霊能力者への道
「絶対に無理ですよ、これは選ばれた者にしか出来ないことなんですから!」
ある女性霊能力者と対面した時、加藤が、「僕も、あなたのような霊能力者になることは出来ますか?」と、質問した瞬間に、彼女は鬼のような形相をしていた。しかも、よほど気分を害したのか、そのイベントの最中は加藤のことを完全に無視するようになってしまった。
加藤自身も接客業をやっているために、参加費を支払った人間に、それも、これだけ遠くからやって来た人間相手に、よく、こんな態度を取れるものだなと呆れてしまいそうになる。
きっと、彼女は幼い頃から、人間関係で良い思いをして来なかったのだろう。それ故に、もしかしたら、「スペシャルな能力を持っている自分」という立場を脅かされたくなかったのかもしれない。強烈な劣等感がそうさせているようだった。
敗血症から死んでしまい、生まれ変わった頃から、加藤は様々な能力者に関する書籍を漁ってきたが、どの人物も、生まれつきの才能によるものだと説明されており、後天的に体得するのは難しいのかもしれない。
しかし、こんなところで諦めるわけにはいかなかった。きっとどこかに、自分のことを導いてくれる人がいるはずなのだ。
*
それからも、あちこちで、霊能力者を探してみたところ、スピリチュアル界隈では、その名前を知らない者はいないとまで呼ばれている、女性超能力者がいるのだという。
公式サイトを確認してみると、そのN先生は、霊視・ヒーリング・気功治療などを始めとした、超能力を有しており、タロットカードや、生年月日による星占いなども行っているようだった。また、エネルギー療法だけではなく、美容グッズや、化粧品などの販売なども行っており、会社の経営まで行っているようだった。
早速、『占い・ヒーリング』というコースで、セッションを申し込むことにしたのだ。早速、公式サイトからメッセージを送ってみたところ、快く承諾してくれたようだった。
これは後から知ったのだが、彼女もまた、『加藤好洋』というフルネームを観た瞬間、ピンとくるものがあったらしい。やはり、『前世からの御縁』があって、この世界で、こうして出会うことは必然だったのだという。
セッションは都内で行われることになり、喫茶店の貸しスペースの、小部屋で行うことになったのだが、対面した瞬間、この時点では、まだ超能力に目覚めていないはずの、加藤でさえ、すぐに「タダ者ではない!」と感じる程だった。
年齢としては、加藤よりも少し上だろう。落ち着いた佇まい、品のある所作、物静かな眼差し。全てを包み込むような、それでいて、何もかも、見透かされてしまうような眼差し。優しさと厳しさというものを、相容れないはずのものを、兼ね備えている。
N先生は、まず霊視した上で、加藤の肉体にエネルギーを送ってくるのだが、その瞬間から、体中の疲れが癒されるのを感じていた。
N先生によると、心が病んでいた時期もあるため、エーテル体も部位によっては、穴が開いてしまっていたらしく、そこを埋めるように注ぎ込んでもらっていた。次第にぽかぽかと体が芯から温まってきて、やつれきっていた身体が元気を取り戻していくのを感じる。
N先生は、どんな人間よりも、高尚な考え方をしていることが波長からも伝わってくる。そして清く正しい心を持っている。最初から神側の人間だったのだろう。闇の中で生まれ育って来た加藤からすれば、まるで、天使がそこにいるかのような錯覚さえ抱いていた。
この世界には本物の超能力者がいるのだと確信する。
そして、自分も、これと同じことが出来るようになりたい。あるいはそれ以上の力が欲しいと願っていた。
「加藤さん、今日はどうして、ここにやってきたの? メールを見た時に、ずいぶんと色々書いていたようだけど」
加藤はその質問に身構えてしまいそうになる。
N先生は、相手の中に眠る潜在的な能力や、本当に考えていること、本当に欲しがっているものを、言い当ててしまえるのだ。どれだけ綺麗事で取り繕ったとしても、あっさりと見抜かれてしまうのがすぐに分かった。
「僕がここに来たのは、どうしてもやりたいことがあって、それは多くの人間を救いたいからなんです……」
加藤は自分の娘のこと、霊視が出来る先輩のこと、社会情勢、医療制度の闇、陰謀論というものを目の当たりにして、多くの人間を救いたいのだということを伝えていた。ありのままの思いをぶつけると、N先生は大きく頷いていた。
「あなたのその想いは本物なのよね」
どうやら彼女は、加藤の熱意が本物であることを認めたようだった。
「……みんな、私の前だと、『世のため、人のため』だと、言い出すのだけれど、どうして、そんな嘘を吐くのか分からないのよ。そんなこと、微塵も思っていないのにね」
N先生は不思議そうな顔をしていたのだが、加藤は内心では納得してしまいそうになる。
これだけ、清く正しい人を前に、自分の本音なんて正直に話せないものだろう。人間なら誰だって、金、異性、権力などを求めるはずだが、この先生が怖すぎて、ついつい、取り繕ってしまったのだ。
「それでね、あなたの生年月日とか、色々と調べてみたんだけど、あなたは飛び級の人なのよ、普通の人間なら、5年も10年も掛かることでも、一瞬で成し遂げられてしまう。だからこそ、結果を出すことも出来るし、人を救うようになることも出来るはずなのよ。その資質は充分にあるわ」
自分でも人を救うことが出来る。まずは、その回答に安堵していた。
だからこそ、目の前にいる、本物の能力者に、自分を導いて欲しいと、望んでいた。
「僕も、N先生のように、神側になって、人を救う仕事がしたいんです」
その瞬間、加藤の言葉に、N先生は困ったような表情を浮かべていた。
「……残念だけど、それは無理なのよ。あなたは闇社会の人だから……」
「えっ、闇社会ですか?」
「そう、闇社会」
正直に言えば、突然、闇社会に所属していると言われても、よくわからなかった。
普通に社会人として勤めているのに?
地元連中との縁は切れているし、暴力団との繋がりも無いはずなのだが……。
何かの比喩表現なのだろうか?
しかし、その言葉が、本当のことだと受け止めるしかなかった。
自分ではどうやら、光の側に着くことは出来ないらしい。
「それとね、あなた、愛されているわよ」
愛されていると言われても、全く身に覚えがなかった。
一体、誰から?
そして、まさか、その相手というのが、ルシファーという悪魔からだったというのは、当時の加藤は知る由も無かった。
*
この当時の加藤は、カウンセリングに関しては、一切の資格を所持していなかった。
カウンセリングの流派は無数にあったが、たくさんありすぎて、どれを選べば良いのか分からなかったし、仮に資格を取得しても、ほとんどの人間は思うような成果は上げられていないようだった。
酷い場合だと、患者の抱える『心の闇』に取り込まれてしまい、身体と精神のバランスを崩してしまうケースもある。海外では、猟奇殺人犯と対峙したカウンセラーが、殺人衝動に感化されてしまい、自らも道を踏み外すと言う悲惨な事例もあるのだ。
映画『レッド・ドラゴン(1986年:アメリカ 監督:マイケル・マン)』では、刑事である主人公が犯罪者を追い掛けるために、殺人鬼であるハンニバル・レクターの助言を受け続けているうちに、自分自身も闇に呑まれそうになる場面があるのだが、あれはあながち、映画的な誇張表現では無いのだろう。
加藤自身も、心の勉強をするために、『闇を描いた映画』だけを観ていた時期があるが、身体の調子がおかしくなり、まともに動けなくなってしまったことがあり、N先生に治療してもらったこともあった。実際に、面と向かって、心と精神に問題を抱えた人間を相手にしていたら、どうなるのか、大体の予想は付く。
自分自身もセラピストになるために、あちこちで、営業を掛けつつも、自分がどのようなカウンセリングを行うべきなのか、迷っていた時期に受け取った依頼が、重度PTSDの女性のカウンセリングだった。その親戚から受け取ったEメールを眺めてみる。
今年で26歳になるその女性は、幼い頃から、ピアニストとしての才能を見出されており、『神童』として、将来を期待されていたのだという。
しかし、ある日突然、不幸に見舞われる。
いつものように自宅でピアノを演奏していたところ、精神的に錯乱した父親が大暴れして、母親のことをハンマーで撲殺。割れた頭部から流れ出した血液が、ピアノを演奏中だった彼女にまで掛かってしまい、その現場はまるで、血の雨が降り注いだような状態だったのだという。
そのことが原因でPTSDを発症。普段から、突如襲い掛かるフラッシュバックに苛まれるせいで、まともな日常生活を送れなくなってしまったのだ。
精神科へ通院しても良くならず、キリスト教の教会にまで紹介(というよりも丸投げ)されていたのだという。多くの著名なカウンセラー達からさえも、受け入れを拒否されてしまい、タライ回しにされてしまっていたようだった。
普通なら、これだけ重度の相手に、全くの素人が対応することが、どれだけ危険なことであるのは、容易に想像が付くはずだ。
それでも、加藤が治療家として、受け入れてもらえたのは、皮肉にも、医療機関全てから見放されている状態だったからであり、ある意味では、体のいい責任転換とも言えた。半ば押し付けられる形での対面でもあったのだ。
依頼としては、かなりハードなものだし、普通に考えたら断った方が良いはずだ。その一方で、「これも、何らかの『ご縁』なのだろう」という想いもあり、引き受けることにした。この依頼が、加藤にとっては、初のカウンセラーとしての仕事になったのだ。
*
カウンセリングは、彼女の自宅から近い、チェーン店のファミリーレストランで行うことになった。格安のイタリアンレストランで、平日の、この時間帯はあまり人がいないから、落ち着いて話すことが出来るという理由で、選んだのだった。
ドアが開くと、瘦肉の女性が、おぼつかない足取りで、不安げに周囲を見回している。
「こんにちは! こっちに来て!」
「……はい」
乾いた唇からは細い声がした。
「君は何を食べたい?」
「……別に、私は何も要らないです。普段から、グミとか、ゼリーしか食べられないんですよ……」
どうやら彼女は酷い摂食障害で悩んでおり、「私は飲めないから……」と、ドリンクバーすらも断られてしまっていた。加藤は自分だけ頼むのも悪いからと、二人分食べる勢いで、二人前のパスタ『アーリオ・オーリオ』を注文していた。
店員が運んできた湯気が立ち上るパスタを目の前にしても、全く食欲をそそられておらず、むしろ、香辛料の匂いに反応して、緩い吐き気さえ覚えているようだった。
臍より少し下、丹田付近にある、1、2、3チャクラは、根底的な生命力を表しているのだが、それが弱ってしまっており、食べるという行為が、命を繋ぎ止めるのだとしたら、生きることそのものを身体が拒絶してしまっているようなものだろう。
まず、彼女の場合、体重をどちらかに傾けるような仕草が目立った。これは、不安を抱えている者によく見られる傾向だろう。指や腕なども、骨に皮が貼り付いているような状態で、体重も30キログラムを下回っている可能性があった。栄養失調症を通り越して、ほとんど飢餓状態に陥っているようなものだろう。ゆったりとしたシャツを着ているから、余計にそれが目立っていた。
何よりも、陰のある、怯えたような目付きや、痩せ細った体全体が、危ういメンタル面を表しているかのようだった。目の瞳孔が常に開いているのも、恐怖心によるものだろう。ほんの少しでも周囲の情報を取り入れようと、身体が先に反応してしまっているのだ。
そして、腕がイカ焼きのようになっている。リストカットなど自傷行為をすることで、鎮静、鎮痛作用のある脳内物質が得られるために、一時的には落ち着きを取り戻すのだが、その分だけ、腕に一生ものの傷痕が増えていくし、勢い余って動脈を切ってしまう可能性だってあるはずだ。
「ごめんね、急に咳が……」
加藤は咳き込んでいた。汗も流れ出してくる。彼女の身体はマイナス情報(つまりは邪気)に塗れてしまっており、それらを受け取ってしまうから、少しでも身体から排出しようとしているのだ。
一般的なカウンセリングでは、トラウマになるような出来事を思い起こさせるのは、自殺・自傷の可能性もあるために、非常に危険であるとされて、禁忌行為となっている。本人が話したい時だけ話す以外には、無理に聞き出すようなことはしないのが鉄則だ。
しかし、相対しているうちに、彼女が抱えている〈闇〉が観えて来たのだ。この時の加藤は、エネルギーを真っすぐ相手にぶつけて、強制的に次元を移行させてしまうという手法を使っていたのだが、これが功を成し、一時間程、雑談で喋っているうちに、元気を取り戻していたのだ。
ある時点で加藤は依頼人の魂の核みたいなものに触れることになる。それは同情とか共感を超えて同化とでも呼ぶべき状態だった。
拒食症だったはずの彼女が、その場で、パスタを一皿全部食べることが出来るという結果を引き起こしていたのだ。
「ほら、だいぶ体調が良くなったよね?」
「はい、こんなに自分が食べられるようになるなんて……」
加藤の問い掛けに、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。青白かった肌には、赤みが差しており、枯れ果てた生命力が息吹を取り戻しているかのようだった。
これが、初めてカウンセリングで成功した瞬間だったのだ。
*
それからというもの、加藤は治療家として、活動を続けているうちに、口コミによって話題になっていく。どんなカウンセラーからも、見放されてしまった、重い症状を抱えた人間でも、一瞬で治すことが出来るようになっていたのだ。
そればかりか、直接の繋がりの無いはずの人間が、加藤に意識を向けただけで、病気が治ったという現象まで起こったのだ。エネルギーの平均化が起きたのかもしれない。加藤の中に眠るエネルギー総量は常人のそれを遥かに超えており、普通の人間が同じことをしていたら、すぐに倒れていたはずだ。
この頃の加藤は、相談者が病気や境遇に悩まされている場合、悪いものが憑いていて、その憑き物を落とすことで、その状況を変えることができる。そういった認識をしており、エネルギーを直球で送り続けることで変容させてしまうというやり方をしていた。
そして、既存の西洋医学では、人間を治療するのは、不可能だとも考えるようになっていたのだ。
加藤のヒーリングを断り、西洋医学による薬物治療を選んだ者もいたが、投薬を始めた瞬間から、体調が悪化してしまい、わずか数カ月後に亡くなってしまったこともあった。
実際に、加藤自身も『医療の闇』を体験しているし、目に見えないエネルギー療法で、原因不明の体調不良が回復するのも体験していた。この二つの治療法を試した結果、どう考えても、副作用の無い、〈魔法〉や〈魔術〉を使っていくのが、ベストだという確信があった。
この地区だけでも、専門家から、見放された患者さんたちが沢山いるはずだし、そういった人間達を治すことが出来るのだとしたら、〈魔法〉の力を強めていくのが一番だろう。
師匠達の元で修業を始めてから、少しずつではあるが、気功の使い方までも学んでいったのだ。
『霊視』が出来るようになるために、事故物件や心霊スポットなどに行くと、その場に残った残留思念のようなものが見えるようになっていた。
高エネルギーを扱う加藤の元には、自然とそういったものが、集まるようになっていた。
Wikipediaで超能力者の情報を片っ端から調べたこともあるが、末路は悲惨な場合が多い。その理由は、こういったモノに、引きずり込まれてしまうからなのだろう。
特に夕方の神社になると、この世ならざる悪いものが蠢いており、憑依しようと引っ付いてくるので、本当に気分が悪くなってくる。誰も気が付いていないだけで、幽霊や、悪霊というのものは、案外、身近にいるものなのだ。
日本人は元々、目に見えない存在に対して、理解があるはずだったはずなのに、CIAの策略で、第六感を始めとした、感受性を捻じ曲げられてしまったのだろう。
いつしか、「西洋医学しか信じられなくなった人間達に、超能力で治せることを分からせてやりたい」という想いが強まっていった。結果さえ出せれば、誰も反論できなくなるはずだと。
そして、この頃から、〈魔法〉を強化させるという、明確な目標が出来ていたのだが、まさか、それが、『脳科学』を学ぶキッカケになるとは思いもしなかった。




