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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
4/21

娘の『死』

 

 加藤は高校三年生になると、担任の教師から、進路相談を受けることになっていた。


 同級生達は、すでに進路を決めているらしく、工場に勤める者、飲食店を選ぶ者、自衛隊に募集する者、そして、中には暴力団に入ることを決意している者さえいるようだった。


 加藤自身もどうしようかと悩んでいたのだが、床屋の仕事を探すことにした。


 父親が床屋の仕事をしていたのだが、あまり熱心に働いているようには見えず、時々居眠りをしていることさえあったので、「昼寝まで出来るなんて、なんて楽な仕事なんだ!」という不純な動機から、やることにしたのだ。


 地元を離れたかったのもあり、県外で探してみたのだが、いくつかの店舗は新人募集を掛けているので、勤め先はすぐに見つかった。そして、高校卒業と同時に、引っ越しを済ませて、床屋の仕事に就くことになったのだ。


 昔から、母親から事あるごとに「お前はぶきっちょだからね」と言われてきたが、自分でも意外なくらいに、床屋の仕事は性に合っており、わずか1年程で、ほとんどの仕事を覚えてしまったのだ。


 しかしながら、当時の社長とは、反りが合わず、喧嘩になりそうになることが度々あった。この社長は三十代とまだ若く、親の会社を引き継いだだけなので、従業員とのやり取りが、未熟なままだったのだ。ちょっとしたことで感情的になってしまう。顔立ちの整った加藤に対する、嫉妬心のようなものもあったのだろう。


 加藤自身も、気性が荒いために、裏で「絶対に殺す」と話していたのが、バレてしまったために、あまり評判は良くなかったのだ。ちょっとしたことで、キレそうになる加藤のことを、周りの先輩たちが宥めてくれることが多かった。


 寮に住むことになったのだが、一週間の間、夕飯に連続でチキンカツが続いていて、キレてしまいそうになったこともある。


 そんな人間関係のトラブルは絶えなかったものの、先代の経営者達は、加藤の実力を認めているようだった。裏では時々、「うちの子は馬鹿だから許してやってね」と、こっそりと500円玉を手渡してくることがあったのだ。どうやら、監視カメラで、こちらのことを見張っているようだった。


 今まで、親からも認められなかった、加藤が、初めて他人から頼りにされたという感動体験もあり、何とかして結果を出そうとしていた。


 そして、奇跡が起こった。


 加藤は一日で50人を仕上げるという偉業を成し遂げていた。これは一人20分で出来るようにしていたからこそできたのだが、普通なら、「絶対に無理」だと言い切れる。今思えば、完全に()()()()()()()()()()()()のだろう。


 人間の髪の毛というものは、結構汚れているし、脂が多いために、ハサミなんてすぐに切れなくなってしまうのだが、これは、無意識のうちに〈念力〉を使っていたからこそ出来る芸当だったのだ。


 また、職人として働いているうちに、社会情勢に興味を持つようになっていた。時流を読むことが出来れば、ビジネスに応用することが出来るかもしれない。という理由だった。何も考え無しに動いている、現社長のことを見ているうちに、その考えが浮かんで来たのだ。


 他の同僚者達が、パチスロや飲み会で時間を浪費する中、加藤だけは、独立開業に向けての準備をしていた。周囲に流されて、同じことを繰り返していたら、間違いなく衰退するだけだろうと、予測していたのだ。今ここで頑張れば、周囲を出し抜くことができるという、考えがあったのだ。


 この頃は残虐性があったために、空手で発散することにしていた。強さへの憧れもあったので、黒帯を取るまでにやり続けていた。


 地元を離れてみて、最初に感じたのは、「町を普通に歩くことが出来る」だった。生まれ育った地域では、すぐに誰かが喧嘩を吹っかけてくるから、安心して出歩くことも出来なかったのだ。


 *


 加藤は25歳で、結婚、第一子を授かるのだが、泣き叫んでいる赤ん坊相手に、どう接すれば良いのか分からず、ほとんど虐待のような扱いになってしまっていた。子供のオムツ替えなんてやったことが無い。それでも、ミルクを与えているうちに、少しずつだが、愛情のようなものが芽生えていた。


 31歳になると、独立することにしたのだ。


 家庭では、妻は子供の面倒を見ることがなく、自分だけが、面倒をみることになっていた。


 家庭内のゴタゴタがあったりしたが、自分の店を出店するために、準備をしていた。


 この頃の加藤は、朝は菓子パンを食べて、家族を起こさないように出勤するという、生活を送っていたのだった。仕事も軌道に乗って来ていた。毎日、忙しかったが、それでも、幸せな生活を送っていたのだった。


 自分の店を開業することが伝わった時、母親からは「そんなこと辞めて頂戴よ!」と引き留められていた。おそらくは、自分迷惑が掛かるということだけにしか、頭が回らなかったのだろう。しかし、母親のことは無視して、開店準備に向けて動き出していた。


 そして、そんなある日のこと、別れは突然にやってくる。


 7月18日の朝だった。


 朝起きると、いつものように、ベビーベッドの上で横たわっている、娘の元に行くのだが、全く動かないことに気が付いた。


 最初は、不自然な状態の娘のことを見ていても、「ただ眠っているだけなのだろう」と考えていた。胸に手を置いて、心臓が動いていないことを確認しても、それは変わらなかった。()()()()()()()()()()()()()と信じていた。


 しかし、119番で救急車を呼び寄せて、救急隊員から、死を知らされた時に、ようやくそれを受け入れざるを得なくなっていた。


 突然のことで、理解が追い付かなかった。


 最愛の娘は、わずか生後五か月で亡くなってしまったのだ。


 それも、前日まで、身体の不調などの兆候が全く見受けられなかったのだ。


 こんなことがあるはずがない。救急隊員に死因を尋ねると、「乳幼児突然死症候群」だと聞かされていた。理由は分からないが、最近ではそれが増えているのだという。今回のケースもそれに当てはまっているとだけ伝えられた。


 加藤はもっと詳しく死因を聞こうとしたのだが、加藤と同年代の救急隊員は、困った様子で首を傾げていたのだ。何も説明出来ず、気まずそうにしている。専門家なのに、理由が分からないなんてことがあるのかと、疑問を抱いたのだが、もうそれ以上のことを考える気力は無かった。


 娘の亡骸はすっかりと冷たくなっており、二度と目を開けることは無かった。


 ✳︎


 娘の死後、周囲の対応は散々なものだった。


 加藤は親戚達から、化物を見るような目付きで睨まれていた。


 妻の親戚の一人が、「加藤が娘を殺した」と、周囲に吹聴した挙句、警察に110番通報までしてしたらしい。もちろん、事実無根だったのだが、周囲の人間達は、なぜかそれを信じ込んでしまったのだ。


 加藤が親戚達と楽しく話している場面を見て、「娘を失った直後の人間が、あんなに笑えるはずがない」と疑念を抱いていたようだ。確かに加藤は、葬式や通夜の時でも、笑ったり、冗談を話していたのだが、完全なる()()()だったのだろう。


 人間には、あまりにも凄惨な経験をした場合、「潜在意識が心の動きを止める」という防衛反応が発動する。もし、まともにそれを感じてしまっていたら、心が()()()()()()ために、それを防ごうとしているからだ。


 それでも、親戚達には、そんな知識や、想像力が無いために、殺人犯だと決めつけているようだった。


 もちろん、加藤は無実を訴えていたのだが、誰にも取り合ってもらえず、結局、自宅までやって来たパトカーで警察署に連行されることになった。車が発信して、窓越しに風景を眺めていると、ため息をついてしまう。どうしてこんなことになってしまったのだろう?


 突然、悲痛な気持ちが襲い掛かってきて、過呼吸を起こしそうになる。潜在意識の防衛反応が薄れていき、金縛り状態が解けてしまったのだ。よりにもよって、このタイミングで、感情が抑えられなくなるなんて、どうかしていた。


「……ああ、こんなことに巻き込まれて、災難でしたね…………」


 ぐったりとうなだれる加藤に、隣にいた、女性警察官は、気の毒そうな顔で気遣ってくれていたのだ。加藤の表情や態度から、すぐに濡れ衣だと気が付いたようだ。


 警察署まで連れて来られると、やはりベテランの刑事達も苦い顔をしている。大勢の犯罪者を見て来たのだし、今目の前にいる父親が清廉潔白であることは、すぐに見抜いたのだろう。一応の事情聴取はされるが、どれも形式的なものでしかない。


 おそらく、すぐに誤解が解けて、釈放されるだろうと予想していたが、刑事達は気まずい表情を浮かべていた。法律上、娘の遺体は、司法解剖委が検査することが決まってしまったのだ。加藤の身の潔白を証明するためには、娘の身体を解剖までしないといけないのだという。リーダー格の刑事が苦々しい顔で、その規則について言い渡してきた。


 病気で死んだ娘の身体を、更にメスで切り刻むというのか?


 答えなんかわかっているはずなのに?


 一体、それでなにが出てくるというのだ?


 最愛の娘の身体にメスを入れるなど、想像もしたく無かったが、司法機関は許してはくれなかったのだ。


「やめてくれよ!」と叫びたかったが、どうすることもできなかった。


 仕方なく、書類にサインをする頃には、放心状態になっていた。


 検査の結果、事件性が無いことが分かると、親戚達は以前と同じように、何食わぬ顔をして接して来たのだが、それがどんなに、心を傷付けてきたのかは分からない。


 娘の死は、この後の加藤にとって、大きな影を落とすことになっていく……。


 *


 娘を失ったことで、加藤自身は失意に暮れていたのだが、仕事だけは上手くいっており、店はどんどん拡大していき、『Cut246』はチェーン店化する程だった。


 しかし、精神状態はあまりにも悪く、二十四時間、常に鬱状態で経営していたのだ。気力が落ち込み、従業員からも心配される状態。


 娘の死を聞いた母親からは、「お前はあまりにも、ツキが無いし、お祓いを受けてきたらどうだ?」と、言われる程だった。普段、自分に一切興味が無い母親が、こんなことを提案してくるくらいなのだから、よほど、マズイ状態なのだろう。


 それでも床屋の経営が上手くいっていたので、今度は六本木に店を出そうと計画していた。いつの間にか、「華やかな世界に出店すること自体」が目的になっていたのだ。セミリタイアして、悠々自適な暮らしがしたいと思っていたのだ。


 しかし、ここで大きなアクシデントに見舞われることになる。


 ある時から、急激に体調を崩してしまい、全く、身体が言うことを聞かなくなっていたのだ。次いで、呼吸が出来なくなるほどで、平衡感覚さえも失っていた。気温は汗をかくほどに蒸し暑いはずなのに、寒気と悪寒が付き纏う。頭の中では、自然と『死』を意識するほどだった。


 さすがにおかしいと感じるようになり、医療機関で診察を受けることにしたのだが、検査結果に、医者は青ざめた顔をしていた。ほぼ全ての数値が、本来ならとっくに死んでいてもおかしくないレベルだという、異常な振り切り方をしていたのだ。


 当然ながら、すぐに緊急入院することになった。加藤としては、病院を抜け出してでも、六本木に店をオープンさせたかったのだが、さすがに諦めざるを得なかった。


 病院のベッドの上では、他人の体臭に過剰に反応するようになっており、女性の看護師が近寄って来るだけで、口や身体、髪から漂って来る、汗や、垢の臭いで、嘔吐しそうになる。


 看護婦の匂いなど、その手のマニアなら喜びそうなものだが、今の加藤にとっては、耐え切れないほどの悪臭として襲い掛かってくる。オマケに病室内にはアルコール消毒液の臭いが充満しており呼吸が出来なくなりそうだった。窓を開けて換気すれば、自動車の排ガスの臭いが気になって、それでまた吐き気を催していた。加藤は、元々はあまり鼻が良くないのだが、死に瀕していたので感覚が鋭敏になってしまっていたのだろう。


 まるで、『エクソシスト』の、リーガンのように震えや発作が止まらないのだ。痙攣しすぎて、ベッド全体が軋むほどだった。激痛を伴う度重なる検査や、薬物治療を施されたのだが、何も改善することもなく、体調は悪化するばかりだった。


 そして、手術の際には、大きなトラブルに見舞われることになる。加藤は体質的に麻酔が全く効かないのだ。後に知ったことだが、「人の言うことを聞かない」「我が強過ぎる」という性質のために、クスリの類は無効になってしまうらしい。


 医者達も麻酔が効かないと慌てていたが、それでも検査は続行することになった。幼少期からの経験から、痛みには人一倍強い自信があったのだが、すぐに吐きそうになっていた。


 そして、この時の手術がキッカケで、院内感染までもを起こしてしまい、更に悪化してしまうという状態だった。敗血症により、どんどん身体が弱っていく。そして、ついに、心肺停止状態になってしまった。


 これが加藤にとっては、人生で、二度目の死であったのだ……。



 *


 目が覚めると、テレビではUAの『情熱』が流れていた。


 病室のベッドの上で、自分がまだ生きていることを確認していた。


 不思議なことに、あれだけ吐きそうになっていた、他人の体臭や、消毒液の臭いも気にならなくなっていた。


 身体も少しずつではあるのだが、回復しているのが分かった。立ち上がれるようになった加藤は、近所の書店に向かうと、深層心理、潜在意識に関する書籍を漁っていた。生き返った直後から、何故か、〈心の勉強〉がしたいと求めだすようになっていたのだ。


 病室の一角は、読破したハードカバーの本が山積みになっていた。次から次へと、人間の仕組みや精神反応を学び出す。その勢いは留まることがなかった。


 それは、ほとんど、()()に近いものであり、以前とは百八十度違うことをやりだした加藤に、周囲も驚きを隠せないようだった。すっかりと人が変わってしまった加藤に、嫁や息子たちも不安そうに見守っていた。


 物理的な繁栄から、『心の充足』への移行……。


 今にして思えば、この頃の加藤は、死んでしまったことで、()()()()()()()()()()()()()のだが、この頃は、それを知る由も無かった。





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