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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
22/22

『どうぶつのおうち』 七つの大罪〈傲慢〉…………自分が他者よりも優れていると思い込むこと。前編

 2017年4月中旬。


 第73代武〇宿禰の予言通り、悪魔による憑依現象が減り、お店の経営も落ち着いてきた頃。


 廣瀬が心理カウンセリング教室で懐かれた女性看護師を『どうぶつのおうち』にスタッフとして連れて来たのだが、それは能面のような顔をした、『チェキ』と呼ばれる30前半の女だった。


『どうぶつのおうち』では、あまりにも体調を崩す子が多かったために、医療の専門家が欲しいとは思っていたし、元々、情緒不安定なところがあるとは知らされてきたが、まさかここまで酷い状態だとは思わなかった。


 彼女の近くには()()へと繋がる穴が開いており、周囲の空気が冷えていくのを感じる。心の無さがそのまま物理空間にも影響を与えている。出会った瞬間の加藤に対しても、コントロールしようする、獲物を狙うような目付きへと変わった。


 この時点で、「ああ、コイツが6人目のサイコパスだ」と気が付いた。


 *


 加藤が話し合った結果、彼女のことを『どうぶつのおうち』スタッフとして受け入れることにした。


 チェキは七つの大罪における『傲慢』を抱えているが、これをセッションで克服出来るのか試してみたかったのだ。


 実際、チェキは看護師だったのでスタッフとしては評判が良かった。いつの間にか店にとってはいなくてはならない存在になっており、周囲から受け入れられていることから、少しずつではあるが笑顔を見せるようになる。今はまだ機械的に作業を繰り返しているだけだが、いずれは『心』が育つかもしれないという期待もあった。


 しかし、大きな問題に直面することになる。チェキは既婚者であるにも関わらず、常に異性に飢えており、他の男性スタッフに対しても「今日は帰りたくない、一緒にいて欲しい」などと誑かすことがあった。


 男性を独り占めにするために『どうぶつのおうち』では唯一の女性スタッフである廣瀬がやってこれないようにと結界を張ってしまう。あまりにも強いエゴから生み出されたそれは、廣瀬の感覚を狂わせるには十分だった。


「加藤さん、先程のお客様から電話が来たんですよ! 値段も聞いてきたので、購入するつもりのようです」


 髙田が上機嫌に報告してくる。


 以前からチェキは、エジプシャンという種類のコウモリを気に入ったからと、餌をあげ続けて無理やり懐かせたので、心配しながら見ていたのだが、結果的には良かったのかもしれない。


 加藤は、早速チェキに報告することにした。


「チェキ、そのエジプシャンの値段を聞いてきた人がいたんだよ! 良かったね、君が懐かせていてくれてたから、お客様に貰われることになったんだよ!」


 他のスタッフ達と同じように喜ぶと思っていたのだが、彼女の表情が曇りだす。


 まるで能面のような顔で、目が据わっているのが不気味だった。そして、スイッチが入ったかのように動き出し、カゴの中に手を突っ込むと手にぐっと力を込める。


「……おい、お前」


 彼女はコウモリを握り潰してしまっていたのだ。全身の骨が砕けてしまったのだろう。黒い体が5個所、指の形に潰れたそれをこちらに差し出してくる。他人に奪われるくらいなら、いっそのこと殺して終わりにしようとしたのだろう。それでも、即座にそれを実行できるとは思わなかった。


 改めて『七つの大罪』の使者なのだと思い知らされた……。


 ✳︎


「私が恨んでいると、相手が勝手に死んでいくんです」


 これはコーチングセッション一回目に出た言葉だが、これがチェキの存在全てを表していた。その言葉に嘘偽りは無く、彼女は念じただけで相手を呪殺することが出来る。


「去年も、職場の上司のことを恨んでいたら、病気になって死んだんですよ。笑えるでしょう?」


 彼女は他人が死んだ話をする時だけは満面の笑みを浮かべていた。皮肉にも、それが初めて見せた無邪気な笑顔だった。


 医療関係者はサイコパスが多い職業ではあるし、看護師などは代表格だろう。彼女もその例に漏れず、『心』が全く育っていない。倫理観や同情心など、人として大切な部分がまるっと欠如している。


 そして、人を殺めたという罪悪感は全く無い。しかし、エーテル内には因果がしっかりと残されている。このままいけば最後は自滅していくだけだろう。闇に対する免疫があるはずの加藤でさえも、咳き込んだり、身体に不調が出る程でセッション中は咳が止まらなかった。


 ✳︎


 加藤は、今後のチェキをどう扱っていけば良いのか、頭を悩ませていた。


 コウモリ殺しのことを知っているのは、髙田と廣瀬だけであり、事情を知らないスタッフ達には、シャンプーの仕方を教えていたり、体調をチェックしたりと作業そのものは出来るので助かっているのも事実だった。


 物理的な治療に関しては、加藤でも対処できないケースがあるために手放すことが出来なかったのだ。


 死んでしまったエジプシャンに関しては、別の個体を購入してもらったが、本来なら、お客様の元で楽しく過ごせたのにと思うと胸が痛んだ。


 また、「コウモリの死を無駄にしたくない」という想いもある。あの子の魂が浮かばれるには、チェキの心に〈変容〉が訪れた時だけなのだろう。


 チェキは仕事自体は真面目にやっているので、とりあえずは様子見することにしていたが、警戒心を解くことは無かった。もしかすると、また何かの拍子にやってしまうのではないかと、気持ちが暗くなってくる。


「あれっ、この子、様子がおかしくないですか?」


 土田がかがみ込む。店内ではウサギが体調を崩したと、騒ぎになっていたのだ。


 一瞬、「またチェキが殺ったのか?」という不安がよぎるが、そのウサギに関しては元々身体が弱い子だったために、今回に関しては何の関与もしていないと分かると安堵した。


 加藤が治療しようと近寄るよりも先に、チェキは膝を折り、ウサギに口付けると、人工呼吸を始めた。指で心臓マッサージまでも施している。


「えっ」


 異様な光景に、廣瀬が呆気に取られた声を出していた。


 ウサギに人工呼吸したところで効果などないし、彼女もそれを分かっているはずだが、これも「動物を愛する自分」という稚拙な演出なのだろう。しかし、ついこの間、コウモリを握り潰した人間がやることだろうか?


「うええええん」


「おいおい、泣くなよ、仕方が無いだろ……」


 チェキは大泣きし始めてしまい、隣の旦那が慰めているのだが、加藤はそれをガン無視することにした。これが完全な嘘泣きであるのは明らか。こんな見え透いた嘘でも、引っ掛かる男は大勢いたのだろう。そして、利用価値が無くなったら捨ててしまうのだ。


 旦那側も、救世主症候群メサイアコンプレックスでも抱えているのか「哀れな女性を救う自分」に酔っているフシがあった。しかし、結局のところは、自分本位なものでしかなく、何か不都合なことがあれば、女子供であろうと平気で殺せるような冷酷さがあるために、廣瀬達は裏では「殺人マシン」と噂している。


 この茶番劇も集中力が途切れるために、治療の邪魔だと思っていたのだが、黙って耐えるしかなかった。


 この二人は類は友を呼ぶような共依存関係であり、自分達夫婦に介入しようとする、加藤のことを敵視しているようだった。


 夫婦でコーチングセッションを受ける場合、二人の人間が加藤を信頼していると、足し算ではなく、()()()のように情報が波及していくという効果がある。しかし、逆に、反発を抱いていれば、マイナスだけが倍増で増えていくので、本人達にとっても、「結果が出ない」という苦しみだけが募っていき、最終的には恨みへと繋がっていく最悪のパターンに嵌っていくのだ。


 煽りを受けて、動物に被害が及ぶ可能性だってある。


 *


 全6回のコーチングセッションを終えたので、実質7回目であるフォローアップがスタートするのだが、当日、加藤はため息を付いてしまう。


『どうぶつのおうち公式サイト』には、スタッフそれぞれが自己紹介を載せている。


 髙田の場合、【たくさんの動物達に癒されに来てくださいね!】


 野田の場合、【どうぶつのおうちの『のび太』と呼んで下さい!】という自己紹介が添えられていたのだが。


 チェキの場合には、【コウモリのお姉さんです!】という自己紹介文だったことだった。


「よりによって、()()()()()()()()()か……」


 ホームページだから仕方がないとはいえ、一体、何の冗談なのだろうと考えてしまう。


 動物好きであることを取り繕っている状態。もちろんそれで、周囲とのコミュニケーションが上手くいっているのも事実だが、根本的な解決にはならないだろう。このままだと、いずれは取り返しのつかない事態にまで発展するのは目に見えていた。


 しかし変わろうとしない本人の意思に反して何度も働きかけたために、猛反発があり、そのまま悪魔に憑依されてしまったのだ。加藤への怒りと反発心から、雛鳥のヒーターの電源をわざと落とすなどを繰り返した。それも、11月頃の冷え込む時期にそれをやったのだから無事でいられるはずも無い。


 加藤が車を運転している最中にも、『666』や『13』などの、不吉なナンバープレートが散見される。


 そして空にはUFOが浮かんでおり、加藤のことを見守っているようだ。


 今回のセッションが、チェキにとっては、運命の分かれ道になるのだろう。


 コーチングセッションは、近くのファミレスで待ち合わせした。店内に入ると、チェキは先にコーヒーを飲んでいたが、やはり悪魔に憑依されているようだった。


 加藤もソファに腰かけて相対する。ここ最近は『祓い』の能力が覚醒しており、加藤が現れた途端、悪魔が逃げ出してしまうパターンも増えていたが、チェキ本人が望んで堕落しているのでベッタリと張り付いてしまっている。


「あー、どう見ても、憑依されているよね、身体とか怠くない?」


「…………ちょっと怠いです」


「だよね、どうして憑依されていると思う?」


「…………コウモリを殺してしまったから?」


「それもあるけど、一番の原因は『在り方』だよね。君は今、限りなく悪魔に近い状態なんだよ、だから、俺がここで祓っても、また憑依されるのを繰り返すだけだよ」


 その会話をしていると、チェキはダルそうにしていた。


「……俺だって、金が全然無い状態で経営しているんだよ。それでも、皆が喜ぶようにと、必死でやってるんだよ。それをないがしろにするのは良くないだろう」


 チェキは今までの人生で、あまり良い扱いを受けては来なかったはずだ。常に異性を欲しがるのも、承認欲求が満たされていない証拠だろう。


 そこを刺激して満足できるように、コーチングセッションで導いてきたし、他人から好かれることを目的とした、小手先の心理テクニックを伝えたこともあった。


 そして、それは上手くいったし、『どうぶつのおうち』で、周囲からもスタッフとして認められたという嬉しさもあったのだろう。だからこそ今の加藤の言葉は受け入れ難いものでもあったのだ。彼女はあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「…………でも、それは悪魔が憑依したからじゃないんですか?」


「悪魔は、その人が持つ性根を引き出しているだけなんだよ。他責にすることは出来ない。君本人は気が付いていないのだろうけど、他人の命を自分のものだと思い込んでしまっている、そういう感覚で生きてしまっている。この店には『七つの大罪』をかたどった、サイコパス達が集まってしまったけど、君の大罪は6番目、『傲慢』なんだよ。しかも、これを抱えていたら、将来的には必ず破滅する。死んでしまったら、その魂は成仏することなく、永遠に彷徨うことになるかもしれない。今ここで変わった方が楽なんだよ」


「…………」


 彼女は、目を逸らしていた。


 不都合な事実を受け入れたくないようだった。


「この前、コウモリのこともあっただろう? あの子は君のことを信じていたんだよ。それでも、君は命を奪ってしまった。今ここで、変わることを決めないと、俺でさえも君のことを助けることは出来ない。今も空にUFOが浮かんでいるけど、あのオリオン座は『太鼓』とか『砂時計』の形に見えるだろ? 審判が訪れるお知らせなんだよ。そのタイムリミットは近い」


 もちろん本気でぶつかり合ったからこその言葉だった。「人を呪わば穴二つ」という言葉通り、最後は必ず自分が因果を背負う羽目になるのだ。


「…………じゃあいいですよ、ここにはもう来ないです」


 チェキから出た言葉は白々しいものだった。


 彼女は立ち上がると、カバンに手を突っ込み財布から千円札を取り出して、机の上に放り投げた。


 憑依されているがゆえに、フラフラとした足取りで、店の外へと歩いていく。


 すぐに、こちらにまで迫ってくる瘴気。膨れ上がってくる憎悪と殺意。


 それは明らかに加藤に向けられたものだった。


 さっきまで談笑してた周りの客達も、突然、何も喋らなくなり、どんよりと静まり返る。


 隣にいた年配の女性客が青ざめた顔で小刻みに震え出す。おそらくは無意識レベルで、霊的な異変を感じ取ったのだろう。


 加藤自身も、これ以上まともに向き合うのは無理だと判断する。『どうぶつのおうち』から追放するために、彼女の情報を断ち切ることにした……。

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