表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
2/3

幼少期

1973年夏。


夕暮れ時、まだ幼かった頃の加藤が、川辺でフナを捕まえていた。


当然ながら、フナは手から逃れようとして暴れ狂っていたのだが、指に力を込めていくと、爪が皮を突き破って、内臓が溢れ出すのを感じていた。


手の中で、もがいていたフナが、次第に動かなくなり、口をパクパクさせてから、息を引き取っていく。西日に照らされたそれは、赤く輝いて見えた。そして、その匂いを嗅いでみたが、アンモニアやヘドロの入り混じったような生臭い匂いがする。それはこの生き物を殺したのだという、確かな実感を与えてくれた。


今度は、使い捨てライターで、小さな焚き火を作ると、別のフナを川水を入れた空き缶で煮詰めていく。そのフナは熱湯の中で弱っていき、そのまま死んでしまったようだった。


この川辺にはアダルト雑誌や、ビール缶など、雑多な物が投げ捨てられていた。不法投棄された冷蔵庫や電子レンジなどもそのままになってこり、魚取りの網や使い捨てライター、包丁などの「道具」も手に入ることから都合が良かったのだ。


頭の中には、次から次へと残虐な殺害方法が浮かんでくる。それを片っ端から実行していくとなると、この河川敷は誰からも見つからない、絶好のロケーションになっていたのだ。


水辺なので、周囲には蚊が飛び回っており、皮膚を刺してくるのだが、それすらも加藤にとっては殺害対象でしかなく、殺虫スプレーや、ライターの火を使って殺し回っていたこともある。


川辺には、今まで殺してきた生き物達の死骸が、まるで狩猟記念品のように並べられており、腐臭を放っており。その中には半分ほど白骨化したスズメやカラスなどもおり、その体表にはウジや蟻が這っていた。どれもクチバシを無理矢理開いて、顎の骨を砕いたり、身体の先から切り刻んでじっくりと死なせたりと、思いつく限り、残忍な方法で殺害したのだ。


最初はイモ虫、カナブンなどの虫から始まった殺しだが、次第に魚や小鳥へと、大きな動物を狙うようになっていた。それも、すぐには殺さず、出来るだけ長く苦しめていくという残虐性。


以前、スズメの手足を一つ一つもぎ取ってみたが、あれは楽しかったなぁと思い出す。あれと同じことを大きな動物でやってみたい。フナなどの魚類には、表情も鳴き声も無いので、痛ぶった時の反応が薄いために、その点では面白味には欠けていたのだ。すでに魚程度では物足りなくなっており、もっと大きな獲物を殺してみたくなっていた。


例えば、犬や猫などの哺乳類を切り刻んでみたりとか……。


ここで捕まえた魚や虫を餌にすれば、案外簡単に捕まえられるかもしれない。


それも、ある程度懐かせて、油断させたところを殺した方が面白いかもしれない。次の計画を建てると、早速、作業に取り掛かることにした。


この頃の加藤にとっては、動物達の、その小さな命を弄ぶことが、最大の快楽だったのだ。生き物を殺すことが一番の喜び。如何に長く苦しめながら殺すか。


そして、いつもどこかで感じているのは、『上』からの視線だった。


加藤は、空を見上げていた。いつも誰かから見られているような錯覚。もちろんそこには誰もいない。


では、一体それはどこから来ているのだろうか?



✳︎



全部で6畳しかない和室には、白黒テレビや、冷蔵庫などのあらゆる家具が所狭しと置かれていた。


父母、そして兄の四人と暮らしていたのだが、狭い部屋の中で、ぎゅうぎゅう詰めになってしまっていた。エアコンなども無いために、夏場は蒸し暑くて、冬場は寒かった。


母親は夕飯も作らずに、どこかに出かけてしまっていたようだった。きっと、どこかで別の男とまぐわっているのだろう。


父親は、床屋で働いていたのだが、稼ぎが少ないからと、家族から蔑まれ、見下されている。彼はたとえ10歳前後の子供達に暴力を振るわれても、石を投げられても、何も言い返すことも、やり返すことも出来ないから、まるで自分の存在を消すかのように、じっと下を向いて、俯いているのだ。


二階では、ほんの少しでも、収入を得るために、芸者が活動できるようにと、部屋を間借りさせているのだ。トイレまでもが共同になっており、そのためか、彼らの声がこちらにまで聞こえてくることがあった、今日は休日なせいか、騒がしい。


見慣れた光景、いつもの日常。


そんな中で、数少ない楽しみが、白黒テレビで、アニメの『デビルマン』を見ることだった。


毎週土曜日の楽しみにしており、オープニングが始まった際には、目を輝かせていたのだが、兄が「音楽番組が見たいから」と、加藤のことを押しのけて、勝手にチャンネルのダイヤルを回してしまう。


「……お兄ちゃん、せっかく見ていたのに」


チャンネル権を奪われてしまったことに、加藤が不満を漏らすと、兄はテレビ鑑賞を邪魔された怒りから、眉間に皺を寄せていた。


「うるせえな、邪魔だろ、ボケッ」


その瞬間、足には激痛が走り、悲鳴を上げた。足の甲には、小刀が刺さっていた。


兄は何の躊躇いも無くそれを放り投げて来たのだ。小刀は皮膚を突き破ってしまっており、足の裏を貫通して、畳にまで刺さってしまっていた。裂けた皮膚からは、血が溢れ出して、広がっていく。慌てて足を抑えるが、血はとめどもなく流れており、幼かった加藤には、それをどうしたら止めることが出来るのか分からなかった。





加藤好洋は、1965年3月5日に誕生していた。


逆子だった為、首に臍の緒が巻き付いた状態であり、呼吸困難から心肺停止状態に陥るという、非常に危険な状態であり、産婆がお湯に浸けて、尻を何度も引っぱたくことによって、ようやく産声を上げたのだという。


その場にいた誰もが、息を吹き返したと安堵していたのだが、実は、この時点で肉体的にはすでに一度死亡していたことが後に判明する。


この時、無理に身体を引っ張られてしまったことが原因で、筋肉の一部分が離れてしまい、股関節から、足が完全に開脚出来なくなるといった、障害を負ってしまったのだ。


後に、()()、出会うことになるスタッフ、広瀬は、西洋占星術によって、その人が生まれ持った性質や才能、そして運命を占断することを特技としている。


西洋占星術において、出生時刻は重要で、外見を司る『アセンダント』や、どんな場所・シーン・方法で能力が発揮されるのかが分類される『ハウス』にも関わってくるのだが、母親の無関心によって、今現在も不明のままとなっていた。


それでも、生年月日と大まかな経緯で、ホロスコープのチャートを割り出してみると、加藤自身の持つ、魚座の太陽に、前世の傷を表す小惑星『キロン』が隣接コンジャンクションしており、「傷付くための人生」であるという暗示がなされていたのだ……。


全体的には、9:1で女性性が強く出ており、四元素では『水』の性質が強く、2つのインコンジャクト(150度)と1つのセクスタイル(60度)を形成する複合アスペクトを描いている珍しい形を形成していた。


これは、アーティストや、オリンピック選手などの、一流の道を極める者が持つという、『神のヨッド』と呼ばれる特殊なパターンであり、「まるで神に定められたかのように宿命を背負う」と呼ばれている。


そして、加藤自身のメインテーマとなる、魚座太陽の15度のサビアンは、『部下の訓練を準備している将校』である。その意味は、「自身の体験を通して、物事をシミュレーションしたりリハーサルしたりして準備に重きをおくこと」なのだが、これは後に指導者という形で成されることになっていく。


マスターナンバーは「11」で、思考を現実化していくことが出来るという性質があるのだ。


また、ゲマトリア数秘術によると、生年月日から導き出されたナンバーは「358」であり、それは救世主を意味するものだった。あのイエス・キリストにも共通点があったのだという。


同級生への暴力沙汰、商品の窃盗、小動物虐待殺害……。


子供時代から犯して来た罪の数々が、後に、多くの人間を救うヒントへと繋がっていくのだった。


なぜなら、人間は必ず罪を犯す生き物だから、自らが罪を犯していくことで、更生へのヒントを探っていくきっかけを掴んでいくのだ。


そして、子供時代の経験が、将来的には、大人のクライアントに対して、人生を大きく変容させるためのアドバイスへができるようにと繋がっていくのだが、この時の加藤は、そんなことを知る由もなく、自分のことを「汚い生き物」だと思っていたのだ。




小学校の教室で、加藤は同級生の顔を殴り付けていた。


相手の子は、突然の出来事に泣き出してしまっていた。目元が赤黒く変色しており生々しい。あたりどころが悪かったら、失明の危険性だってあっただろう。


一体、何故殴ったのか?


それはただ、「こめかみのあたりに血管が浮き出たから」というだけの理由だった。本当にそれだけで、ついさっきまで仲良く遊んでいた友人のことを殴ってしまったのだ。


加藤は成長するにつれて、その暴力的な傾向は増していき、いよいよ歯止めが効かなくなってしまっていたのだ。この頃には自分でも、全く気が付かないうちに他人に危害を加えるようになっていた。


「おい、お前ら何してるんだ?」


騒ぎを聞き付けた教師が、駆け足でやって来たのだが、その途端、教室の中に厭な空気が流れ出す。緊張感から誰かが息を呑む音まで聞こえてくるのだ。


「加藤、またお前の仕業だな」


特に事情を聞くこともなく、最初から加藤のことを犯人だと決めつけているようだった。教師は背も高く、顔立ちの整った美青年だが、その顔は意地悪そうにニヤけていた。


「お前は、一体、なんべん言ったら分かるんだ?」


教師は加藤のことを蹴り飛ばすと、床に倒れた状態で、そのまま何度も執拗に殴り続けていた。大の大人が子供相手に馬乗りになって、本気で拳を振り落ろしているのだ。しかも、鳩尾などの急所を狙って打撃を加えているのだ。あまりにも行き過ぎた体罰に、殴られた子の方も呆気に取られているようだった。


教室全体が騒然となったが、みんな自分の身に飛び火しないように無関心を装っていた。


その教師は、一応は、「乱暴な生徒を躾けている」という大義名分こそあるものの、その口元にはニヤついた笑みを浮かべていた。おそらくは児童虐待の常習犯なのだろう。


1970年代当時、「でもしか先生」というのが急増していたのだが、この教師の場合も御多分に洩れず、他に就職先が無いからと、仕方なく教職に就いたのだろう。当然、生徒に対する責任感など欠片も無く、それどころか、幼い子供達を自らのサディスティックな欲望を満たすための捌け口として見ているようだった。子供に暴力を振るうたびに恍惚の表情を浮かべているのだ。


特に整った顔立ちの美少年である、加藤をターゲットにしているようだった。どうせ虐待するなら、より魅力的な獲物を痛ぶりたかったのだろう。


しかも、母親と面談した際にも、「うちの子には、暴力を振るってでも、厳しく躾けて欲しい」と、許可が下りているために、歯止めが利かなくなってしまっているのだ。残虐性、攻撃性は、一度出力してしまうと、どんどんエスカレートしていく。歯止めが効かなくなってくる。ある意味で、それは、加藤自身の動物虐待にも繋がってくる。


小学二年生の頃、複数人で寄ってたかって、いじめてきた相手を尖った鉛筆で刺したことがキッカケで、復讐リベンジするということに目覚めてしまったのだ。尖った鉛筆の先が皮膚を突き刺す、ブツっという感覚を今でも伝明に覚えている。


側から見ると、一体多数で攻撃を受けていた加藤が不利に思えるのだが、どういうわけなのか、教師は一方的に加藤を悪者に仕立て上げてしまうパターンが多かった。これは、加藤自身に「悪者扱いされてしまう」という、『仕組み』が備わっているからだった。


これは全ての人間に言えることなのだが、人間というのは、目に見えない『仕組み』が存在しており、本人が望む望まないにかかわらず、必ずといって良いほど、その通りに現象化してしまう。加藤自身もその理からは逃れることが出来なかった。


この教室に逃げ道は無く、頼れる大人もいないから、暴力に頼らざるを得ないのだ。この閉鎖的な環境で、完全な悪循環に陥っていた。この頃の加藤は、顔中が傷塗れになってしまい、誰なのか識別が出来ない程だった。



ある日、スーパーの文房具コーナーにいたのだが、ストロベリーやミントの香り、あるいはコーラの香りがするものなど、カラフルな消しゴムが売ってある。ビニール越しでも甘い香りが漂ってくる。元々、甘いお菓子が好きな加藤からすると、物凄く魅力的な物に思えた。


同級生達が自慢しているのを見て、自分も同じものが欲しいと思っていた。しかし、自分のお小遣いでは到底足りない。空き瓶、空き缶回収をしたり、道端に落ちている小銭を拾い集めても厳しかった。


加藤はレジの様子をそっと伺っていた。オバちゃん同士がレジで長話をしていたのだが、気を取られているようで、仕事には全く意識が向いていないようだった。後ろの列に並んでいる中年男性は心底うんざりした様子でため息を付いていた。この様子なら、こちらには気が付かないだろう。


頭の中で、店員や客の位置関係を覚えていく。そして脱出するのに最適なルートを割り出していた。


加藤は香り付き消しゴムをズボンのポケットに隠していた。もし、盗みがバレて、親に通報でもされてしまったら、酷い折檻が待っているだろう。しかし、その欲望を抑えることが出来なかったのだ。


そのまま何食わぬ顔で店の外へと出て行く。狙った通りのタイミングで青信号に切り替わったので、横断歩道を渡っていた。万引きは何度か繰り返しているのだが、大通りを跨いでしまえば、基本的にはバレることが無かった。


加藤はこういった窃盗行為を幼稚園時代から繰り返していた。しかも、その頃から、「大人が子供相手を疑うはずがない」という人間心理を理解した上でやっていたのだ。周囲の大人達も、まさか幼児が盗みを働いているとは思わず、完全に見逃してしまっていた。


だからこそ、万引き行為は、お金を支払わずに、欲しいものを手に入れることが出来る『裏ワザ』だという認識をしていたのだ。


そのまま歩き続けて公園にまで行き着くと、もう大丈夫だろうと思い、ドーム型遊具の中で「戦利品」を確認することにした。ビニールの封を開くと、オレンジの甘い香りが漂ってきて、思わず頬が緩む。欲しかったものを手に入れた満足感に浸っていた。


その時、ふと、「上」からの視線を感じていたのだ。


……空から誰かに見られている?


加藤は、ドーム型遊具の天井を見上げていた。ポッカリと開いた穴からは、青空が広がっているだけだった。


しかし、確かにそこには、何者かの視線を感じていたのだった。


何か悪いことをするたびに、誰かから咎められているように錯覚する。


これは一体、何なのだろうか?



✳︎


加藤の自宅には、スズメ達が巣を作っているようだった。


普段は小動物を捕まえてから、殺害している加藤だったが、このスズメに関しては、母鳥が卵から孵化させる場面を観察していたので、少なからず愛着があったのだ。特に親鳥に対しては、学校の給食で出たパンを持ち帰って、ちぎって与えていたりなどして可愛がっていた。


ここ数日間は子育てを邪魔をしないようにと、そっと見守っていたのだが、雛鳥達は順調に成長しているらしく。チュンチュンと、可愛らしい声で囀っている。加藤はその小さな頭を撫でたくて、そっと手を伸ばしていた。


「……え?」


その生暖かい感触に我に帰る。震える手でそれを眺めていた。そこにあるのは、無残に押しつぶされた、雛鳥の小さな死骸だった。無理やり握り潰していたせいで、圧迫に耐えられずに頭部は潰れてしまい、目玉が飛び出してしまっていた。爪や指には血肉が絡みついており。皮膚の裏では、骨が砕け散っている感触がした。一体どれほどの力を込めていたのだろうか。


その身体は、まだほんの少しだけ暖かかった、少しだけ撫でてみるが、もう息を吹き返すことは無かった。加藤は何もすることが出来ずに、呆然とそれを眺めていた。時間が経つにつれて、その体は冷たくなっていく。


この頃には、小動物殺しも、「ついさっきまで可愛がっていたはずなのに、気がついたら握り潰していた」という、取り返しのつかない段階にまで移行していたのだ。自分でも全く気が付かないうちに、懐いていたはずの、雛がグチャグチャになって潰れている。


心なしか、親鳥はこちらのことを睨んでいるように感じられた。生まれたばかりの我が子の命を、奪い取ってしまったのだから、恨まれるのも無理はないだろう。他の雛鳥達も、怯えて騒いでいるように思えた。


仕方なく、雛のことを土の中に埋めて、埋葬することにしたのだが、「生き物の命を奪ってしまった」という、罪悪感は消えることが無かった。本当ならば、愛されるために生まれて来た、幼い雛鳥を自分は殺してしまったのだ。


そして、いつものように感じるのは、『上』からの視線だった。何故か、いつも、どこかで見られているような気がするのだ。特に、物を盗んでしまったり、動物を殺してしまったという、悪事を見られている感覚に陥るのだ。


まるで、自分の行動を咎められているような気分になってくるのだ。


それから、加藤は、小動物虐待をやらないようになっていた。


子供の頃の加藤には分からなかったが、今なら、なぜ視線を感じていたのか、理解出来る。


それは、神が見守っていたのだということだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ