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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
18/21

『どうぶつのおうち』七つの大罪〈憤怒〉……怒りに任せて行動すること。後編

「これが今月の支払額ですね……」


 ノートパソコンに映し出された金額に、廣瀬が申し訳なさそうな顔をする。加藤もまた、あまりの金額に頭を抱えたくなる。


 床屋で経営のノウハウもあるので、金銭面は、開業前から緻密に計算していたはずだったのだが、次から次へと起こるトラブルには成す術が無かった。


 ただでさえ苦しいのに、次から次へと動物達が死んでいく。その金銭的な損失は多大なものであり、毎月のように3桁の赤字になってしまった。何よりも予想外だったのは、これだけの珍獣達を揃えているはずなのに、お客様が全く入らないことだった。


 窓際には、エミューや金鶏などの目立つ鳥類を配置しているし、国道沿いにある立地を確保している。この店が視界に入らないなんてことがあるはずが無いのに……。


 しかも、動物達は何の予兆も無く死んでしまうので、ただ見守る事しかできなかった。つい先程まで元気に飛び回っていたはずのインコが眠るように死んでいく……。


 通常なら、あり得ない死に方をしているので、医療機関で受診しても、原因が特定されることはないだろう。


「……加藤さん、もし、どうしても難しいなら、私が親戚に相談して、お金の方を都合してもらいましょうか?」


「駄目だ、それだけは出来ない」


 経営者が従業員から金を受け取ることは出来ない、廣瀬の申し出も丁重に断った。


「もうやめませんか……」


 しかし、加藤は首を振っていた。


  「俺にはこの子達を指導する責任があるから途中ではやめない」


 きっぱりと言い切ったので、驚いているようだった。


 それに、本当にどうしようも無くなってしまった場合には、最後の手段として、自己破産することも視野に入れている。経営難から命を絶ってしまう者もいるが、それでも、自己破産すれば命だけは助かるという見込みもあった。これだけ追い詰められているにも関わらず、加藤は冷静さを保っていた。


 そして、こうして話している間にも、また新たなトラブルが発生していた。


 土田が青ざめた顔をしているのが浮かんでくる。


「…………中田が力任せにアルマジロをハンマーで殴って、流血させてしまったんです……」


「嘘でしょう?」


「……中田は怒りながらどこかへ行ってしまいました」


 背中から流血しているアルマジロに、みんなが騒然となっていた。木製のケースの中で赤い斑点が散らばっていたのだ。


 すぐに様子を見てみたが、皮膚には打撲痕と、切り傷が入っているようだった。いくら装甲に覆われているとはいえ、殼ごと押し潰されてしまう可能性だってあるはずだ。


「アルマジロの甲羅は銃弾も跳ね返すはずですよね?」


 廣瀬が言わんとしていることは分かった。


 アメリカ、テキサス州の男性が、庭に入り込んだアルマジロに対し拳銃を発砲したところ、弾が跳ね返ってきて顔面を直撃、そのまま死亡してしまうという事故さえあったのだ。お客様を喜ばせるために、ネットで仕入れたトリビアだったのだが、この話が本当だとすると一体どけだけの殺意を込めてやったのだろう。


 いくら中田でも、こんなことをするとは思えない。やはり悪魔が憑依することによって、一線を越えさせてしまうのだ。


「やっぱり、ここに来たサイコパス達が起こした犯罪は、悪魔に憑依された結果だったんだよ」


「悪魔ですか?」


「ここ最近、急に悪魔の姿が見えるようになってきたんだけど、やっぱり悪魔がこの店に入り込んで、スタッフ達に憑依していたんだよ。『神の家』として創ったのに、悪魔が入り込んでしまったんだ」


 ✳︎


 加藤は思い悩んでいた。


 中田のことを、これ以上この場に置いておくのは危険だと判断した。


 そもそも中田本人には反省する意思がない。コーチングセッションをしても同じことの繰り返しになってしまう。


「さて、アイツのことをどうやって追い出すかな……」


 しかし、こちらもコーチングセッション受講中の生徒である上に、仕事を辞めた状態でこちらに来てもらっている。


 このまま無下に帰すのも、申し訳ないという気持ちが勝ってしまう。指導者として、「何の結果も出せなかった」という後味の悪さもあった。それに、もし仮にクビを切ったことによって逆恨みされでもしたら、動物達に被害が及ぶというリスクがある。


 退職金を手渡して納得させることも考えたが、一体どれだけの額を要求されるのだろう。こっちは毎月の餌代だけでもキツイのに。


 しかし、意外なところで、解決策が見つかることとなる。


「おい、お前、良い加減にしろよ!」


 昼過ぎ頃、髙田が突然キレ始めていたのだ。レジカウンターから、こちらにまで大声が聞こえてくる。朝の準備段階から髙田は機嫌悪そうにイライラしていたのだが、ついに大爆発してしまったのだ。


「ふざけんなよてめえ! 何で言われたことやらねえんだよ!」


「えっ、でも……」


 髙田は自分より年上の女性相手でも、一切手加減することなく、どんどん追い詰めていく。


「お前ふざけんなよっ! いいからさっさとやってくれよ、こっちは疲れてんだよ!」


 彼自身、この数ヶ月間は仕事で疲弊していたのもあり殺気立っていたのだろう。カウンターの机をバンバン叩いての大騒ぎだ。


「ちょっと、髙田くん、落ち着きなよ……」


 髙田は歯を剥き出しにしての凄まじい形相をしていたが、さすがに加藤が止めに入ると、しゅんとして静まりかえる。


「……加藤さん、ごめんなさい、ちょっと気分転換にコンビニにでも行って、頭を冷やしてきます」


 玄関へと歩き出していたが、それでも髙田は不機嫌そうに中田のことを窓越しに睨み付けていた。誰も見ていなかったら、本当に手を上げてしまった可能性がある。


「……あの、髙田さんからの当たりが、あまりにも酷くないですか?」


 彼女の反応から今回が初めてではなく、誰も見ていないところで、時々、ネチネチと詰めていたようだった。中田がいくら攻撃的だとしても、所詮は女性なのだ。力では勝てない男性が本気で怒鳴り散らしたら、恐怖を感じて当然だろう。


「あまりにも酷くて、私、この仕事を辞めたいと思ってしまうんです……」


 加藤はその瞬間、彼女の口から出た「辞めたい」という言葉をチャンスだと捉えていた。


 頭の中で、都合の良い展開に持っていくためのシチュエーション作りを逆算していく。


「…………うーん……彼の場合はねぇ……ああいう攻撃的な態度を辞めさせるように指導しているんだけど、なかなか上手くいかなかったんだよ……。ほら、あれじゃ社会では通用しないだろうし……。そのくせ、三日坊主的なところもあるから、俺も困っていたんだよね……」


「そうなんですよ、私、本当に怖くて……」


 案の定というか、悩みに共感するような言葉を掛けただけで、誘いに乗ってきてくれていた。チョロくて助かると、心の内では安堵していた。


「……もう、だいぶ疲れているようだし、とりあえず今日はもう帰って良いよ。髙田君のこと、今まで気付かなくてごめんね。今度またじっくりと話し合おうか」


 あとは、ダメ押しで相手を気遣うような台詞を掛けると、中田は渋々と帰宅していたのだが、加藤はその背中を見て、内心ではほくそ笑んだ。


 自己犠牲的なつみれとは対照的に、髙田の場合「他人なんかどうでもいいし、相手の都合など知ったことではない」という部分が際立ている。


 彼は生来的な機能障害によって、他人に情を抱くことが出来ず「心を育てる」ことが、コーチングの課題にもなっていたし、動物のお世話で改善することを期待していたが、今回ばかりは、そのサイコパス的な性質が中田を撃退するためのチャンスを作り出したのだ。


 加藤は今回の件が、他の者達にも伝わるように段取りを組んだ。


 ✳︎


 〈加藤さん、この前は休息を下さりありがとうございました。店内に戻りたいんですけど、いつ頃がよろしいでしょうか?〉


 後日、彼女は電話して来たのだが、その声音は勢いを失くしていた。


「悪いんだけど、君のことを復帰させるのは、ちょっと難しそうなんだよね」


 〈えっ、でも、また、戻りたいと思っていたんですけど……〉


「うーん……一度、辞めると言っていたし、今から戻ると言われても困るんだよね…………」


 〈…………〉


「新しい店長候補も見つかったし、今戻って来ても、居場所を用意出来ないんだよね……。申し訳無いんだけど……」


 加藤は出来るだけ、相手を刺激しないように、低姿勢で謝り続けて、自分から諦めるように誘導していた。


 中田側も、髙田の罵倒が効いていたのか、何としてでも戻ろうとする気力は残っていないようだった。長期間休んだことで冷静になり「動物達に危害を加えたので、裁判沙汰になるより、この場で離れて行った方が得だろう」という打算も働いているはず。


 実のところ、中田の加藤に対する執着はそこまで強く無い。成長しようとする思いも無かった。実家が裕福なので生活に困っている様子でもない。コーチングを受けたのも、単なるラッキー狙いなのだから。


「……ちょっと、ごめんね、これからコーチングだから、電話切るよ?」


 〈分かりました……〉


 電話が切れた瞬間、厄介払いが出来たとホッとする。退職金を支払うことも無く、犠牲を最小限に抑えた上で、今までの関係を清算することに成功したのだ。


 中田自身は、それでも引き留めて貰えると思っていたようで、LINEで連絡を受けた者もいたが、周囲は一切相手にしなかったようだった。スタッフ達は、鈴木、中田の件で、憑依者に耳を貸したり、ペースに乗せられると、ロクなことにならないというのを学んでいたのだろう。


 散々暴れ回っていた中田だったが、最後は意外にも呆気なく去っていった。


 ✳︎



 閉店した後、加藤達は。近所にあるファミレスで打ち上げ会をすることになった。


「いやぁー、髙田君、良くやっつけてくれたよ!」


 皆、パスタに持参したヒマラヤピンクソルトを振りだす。


「それにしても、まさか、この短期間で、サイコパスが三人も現れるなんてね……。まあ、厳密に言えば、魅力の無いソシオパスだったんだけど」


 加藤の呟きに、廣瀬が頷く。


「もし、本物のサイコパスが来ていたら、この店は崩壊してしまっていたのかもしれませんよね。ここに集まって来たのは、残念な人達だったから、逆に良かったのかも……」


 派遣されてきたサイコパス達からは被害を受けたが、加害者と被害者がくっきりと分けられているために、まだ対処がしやすかったのだ。


 もし、老獪に立ち回れるサイコパスが来てしまっていたら、何の痕跡も残さず、店を内側から破壊されていたのかもしれない。脳科学セミナーの時のように、スタッフ同士が憎しみ合うようにコントロールされていた可能性だってある。


「その、()()()()()()()っていうのも、ポイントなのかもしれないよね。ほら、あの3人はそれぞれが、『性欲』『金が欲しい』『怒り』、という強い欲望を抱えていたんだけど。これって、聖書における『七つの大罪』に近いんだよね。あいつらの存在自体が『色欲』『強欲』『憤怒』という要素を、分かりやすくデフォルメされた形で出て来たよね?」


 加藤の仮説に、全員が考え込んでいるようだった。


「……そういえば、『七つの大罪』って、ブラッド・ピットとモーガン・フリーマンの映画でもありましたよね」


 映画好きの野田が、そんなことを呟く。


「『セブン』だよね。俺も昔見たことがあるよ。頭のおかしい殺人鬼が、それぞれの大罪を抱えた人間を世直しのために殺していくやつだろ? あれは被害者だったけど、今回は加害者として現れたよね?」


『セブン』は、1997年に公開された、デヴィッド・フィンチャー監督による、サスペンス映画だった。二人の刑事が連続猟奇殺人犯を追っていくのだが、あまりにも衝撃的なラストシーンが語り草になっていたのもあり、古い作品だったが、その場の全員が何となくだけど内容を覚えていたのだ。


 おそらくは、あのクライマックスを思い出した、廣瀬が顔を顰めた。


「……ということは、これから先、残りの、『怠惰』『嫉妬』『傲慢』『暴食』に該当する、4人のサイコパスが派遣されてくるということでしょうか?」


「うん、もちろん、その可能性も考えていたんだけど、直感的に分かってしまったんだよ。先に予言しておくね。()()()()()()()()()()()()()()()()よ」


「えっ?」


 その言葉に、その場にいた全員が困惑したような表情を浮かべていた。まさか、自分達が憑依されるとは思ってもみなかったのだろう。


「今後は、自分の中から出てくる反応をよく観ておくと良いよ」


 そして、加藤の言葉通り、スタッフが次々と憑依されていったのだった。


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