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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
14/22

『どうぶつのおうち』 七つの大罪〈色欲〉…………性的に淫らな欲望を持つこと。 後編

「加藤さん、しっかりして下さいよ……」


 廣瀬は『どうぶつのおうち』で顔を合わせた途端に、怪訝そうな顔をしていた。


 先日の加藤の【あいつはやってないな!】というメッセージに、椅子からずっこけそうになっていたのだという。


「状況証拠的にも、彼は完全に黒じゃないですか、それでも信じるんですか?」


 鈴田は、カフェで話し合った時には、血が流れる程、腕を握り絞めたり、恐怖の表情を浮かべていた。どう考えても、鈴田が犯人だと頭では分かっていたのだが、『心』では相手のことを信じてしまう。


 加藤が何故、このような反応をしていたのかというと、『霊性』の部分では相手のことを信じてしまったのだろう。意識ではわかっているのに、無意識が信じてしまっていたのだ。相手の変容を信じ切れること、そうでなければ、コーチングという仕事は出来ない。実際、霊能者には人に騙されてばかりいる人が

多いらしい。


 しかしながら、動物が被害に遭っているのも事実であるために、ここで何らかの対応をしないといけないのも事実だった。


 昼過ぎ頃、加藤は先日と同じカフェに向かうことにする。


 謹慎中の鈴田から、【二人で話がしたい】というメッセージが来たのだ。


 今回こそは、何としてでも、罪を自白させてやりたい。


 そんなことを考えながら、店内に入り、テーブル席で相対した瞬間、鈴田が緊張したように強張っていた。


「今日は嘘は一切やめなさい」


 加藤はソファに座ると、開口一番に告げた。


「……何度も言いますけど、僕はやっていないんです。僕はその時、別の場所にいたんですよ。ほら、これが証拠ですよ」


 彼が財布から取り出したのは業務用スーパーのレシートだった。加藤は内心ではため息をついた。鈴田は「何時何分にはここにいた」ということを主張しているつもりなのだろうが、こんな稚拙な偽装工作に引っ掛かるわけがない。


「……あのな、こんなことしなくても、分かっているんだよ。俺はこの後、警察に行くことにするよ。とりあえず被害届だけでも提出しに行くから」


 ‘‘警察‘‘という単語に反応したようだった。


「……加藤さん、ちょっと待って下さいよ、警察に行くつもりですか?」


 鈴田のその顔は焦燥感から目を見開いていた。口元をぶるぶると震わせている。自分の罪が露呈することを恐れているのだろう。


「お前がやっていないって言うなら、犯人はどこか別の場所にいるはずだし、それを探し出してもらわないと困るだろ? 指紋だって取れるはずだからね」


 この言葉に激昂し、彼は、いきなり態度を変えた。


「あーそうですか! 加藤さんは日頃警察とやり合っているのに、いざとなれば頼りにするんですか!」


 その表情からは、凄まじい憎しみが滲みだす。これ以上隠せないとみて馬脚を表したらしい。これこそが、コイツの本性なのだろう。「よく、こんなやつの言うことを信じる気になれたよな」我ながらと呆れ返ってしまいそうだった。100%こいつがやった事を確信し、こちらも態度を硬化させた。


「いや、俺は税金をいっぱい払ってるからね。頼るんじゃなくて使わせて貰うんだよ」


 加藤が覚悟を決めたのを見て、これ以上話し合っても、無駄だと判断したらしい。


「わかりましたよ! では、これで!」


 鈴田は立ち上がると、店の外へと飛び出してしまった。


 突然、大きな声を出したので、周りの客達もジロジロと見ている。


 加藤は鈴田の背中を見つめることしか出来なかった……。


 ✳︎


 その日の夜、妙な悪寒がする。


 じっとりとした悪意、それが店全体を取り巻くようなイメージが見えてくる。


 そしてその不安は的中してしまう。廣瀬から写真付きのメッセージ連絡が入ったのだ。


『どうぶつのおうち』を経営している、同ビルの202号室は、スタッフが泊まったり、餌や資材を置くのに使っていたのだが、そのドアの前に、鶏の死骸が放置されていたのだ。しかも、全身の羽毛を皮膚ごと剥かれて、筋肉が露出しているという凄惨なものだった。それも刃物で3箇所刺して、喉を掻き切るという残忍な手口だった。


 それが鈴田の仕業なのは明らかだった。この鶏の死骸が、他の住人に見つからずに済んだのは、不幸中の幸いだろう。誰かに目撃されていた場合、大騒ぎになって営業にも支障が出ていたはずだ。


 ――――俺を警察に売ったら、どうなるか思い知らせてやるぞ。


 死体写真の損傷具合からはそんな憎悪さえ感じさせた。あいつは間違いなく()()()()として、こんなことをしたのだろう。明らかな敵対行為だった。


 連絡を受けた加藤は、すぐさま現場に急行することにした。


『どうふつのおうち』裏側には駐車場があるので、廣瀬とは、そこで合流する。


 鈴田は裏口から侵入して、鶏を攫ってきたのだろうが一つ気がかりなことがあった。


「おかしいな、アイツが侵入するのを防ぐために、ドアの鍵は変えたはずだよね?」


「はい、業者に頼んで、ドアノブをまるごと変えたばかりなんですよ。私も鍵を閉めた後、何度も引っ張って確認したのに、一体どうして?」


 加藤も調べてみたが、専門業者でも複製が難しいはずのディンプルキーだ。それも廣瀬が肌身離さず持ち歩いていたので、鍵をスマホで盗み撮りして複製依頼するなども難しいはず。そうなると鈴田は何らかの方法でドアを開けたことになるのだが、どうしても説明が付かない。念のために確認したが、トイレの窓から侵入した形跡も無かった。


 まずは店内に入って、他の動物達に危害が加えられていないかを確認することにした。加藤と廣瀬が入ってきた瞬間から、動物達が騒めき始める。みんな、次は自分が殺されるかもしれないと、激しく怯えており、恐怖心から威嚇してくるものもいた。


 特に顕著だったのはヨウムだった。灰色の胴体に、赤色の尻尾をした大型インコで、人間でいうと二歳児レベルの感情と五歳児並みの知能があり、海外では「裁判で浮気の証言をしていた」というエピソードまであるのだ。


 知能が高いだけに、それがどういう状況だったのかを理解してしまったのだろう。ヨウムは、鍵が閉められたケージから逃げ出すことも出来ず、犯罪現場を間近で見続けるという地獄を体験してしまったのだ。


 ほんの少し、加藤が動いただけでも怯えたような仕草を見せていた。精神をおかしくしてしまったのだろう。


「ほら、大丈夫だよ。怖かったね……」


 加藤はその場で癒すようなエネルギーを送っていたが、生死に関するトラウマは根深いところにまで浸透しており、決して癒えることは無さそうだった。加藤の声にまで怯えている。おそらくだが、鈴田は快楽のあまりに絶叫していたのだろう。


「加藤さん、鈴田君はもう、完全に元に戻れないんですよね?」


「……ああ」


 警察白書によると犯罪者の再犯率は99パーセントだと言われており、特に性的快楽に結びついていた場合には確実に再犯すると決まっている。鳥や小動物ではだんだんと物足りなくなってきて、猫や犬、最終的には人間へとエスカレートしていく……。


 鈴田は元々の性質が猟奇的であり、『どうぶつのおうち』に来る前から、こんなことを繰り返していたのだろう。


 本人に改める気が無いのなら、加藤でも手の施しようがない。


 改めて、生徒だった者が、別人へと変わってしまったのだと思い知らされていた。


 ✳︎


 加藤は『どうぶつのおうち』から鈴田を解雇することにした。


 鈴田は、別れ際には特に何も言って来なかった。あまりにも淡々としていて、今までの関係は何だったんだよと言いたくなってしまうほどだった。


 しかし、その後も被害は続く。鍵を何度も変えているにもかかわらず、翌朝には頭を切り取られた雉や鶏の死体が数羽転がっており、別の火には背中を焼かれた猿も後に死亡した。


 解雇された後も、繰り返し侵入してくる鈴田に、スタッフ達も怯えているようだった。


 店内に居た動物達は犯罪を見ている。そのトラウマからみんな精神を病み、後に亡くなっていった。いつ自分がやられるかもしれないという恐怖から挙動不審になっていたし、また、鈴田の発する瘴気を浴びて来たのだから生きていられなかったのだろう。


 加藤自身も、鈴田に意識を向けただけでも胸が苦しくなって、咳き込むのを感じていた。情報的にも邪気で汚染されているのだろう。


 ある日、鈴田から、LINEメッセージが送られてきた。


【給料が支払わられていないんです。ちゃんと振り込んで下さい】


 あれだけ動物を殺したにも関わらず、給料だけを要求して来たのだ。


 先日には、『どうぶつのおうち』に労働基準監督署から給料未払いの件で電話が掛かってきた。動物を殺し回った挙句、カネだけでも回収するために通報したのだろう。あまりにも身勝手だったので、怒りが沸いてくる。


【俺の大切な子達を傷付けた奴に金なんか払わねえよ】とだけ、送り返していた。


 そのやり取りをしている最中にも、怨念が伝わってくる。


 このままでは、次の動物が被害に遭うのは目に見えていた。


 幸いだったのは、監視カメラの映像を提出すると、警察達が対応してくれたことだった。


 加藤は『どうぶつのおうち』にまで、警察を呼んで取り調べをしてもらったのだが、動物の死体を見た瞬間、表情を変えていた。「また同じことをやりますよ」と、その警官も場数を踏んでいるからか、すぐに危険人物だと判断したようだった。


「私達が対応するので安心してください、今まで100%解決して来ましたから」


 加藤が警察署で相対したのは二人の刑事だった。


 それも、荒事に慣れているような雰囲気があった。


 この人達が100%だと言い切っているのは、嘘では無い。彼らがどんな手段を使うのかは分からないが、確実に解決出来るという自信があるのだろう。


 加藤はこの二人の刑事にお任せすることにした。


 *


 それきり、鈴田が店に現れることは二度とは無かった。


 プロの刑事達から酷い脅しを入れられて、この町から、慌てて逃げ出したのだろう。生まれ故郷に帰り、実家で両親を頼って暮らすつもりなのかもしれない。


 鈴田という脅威が去ったことでひとまず安心する。


 これでもう、動物達が被害に遭うことは無いはずだ。


 しかし気になるのは、鈴田のその後だった。加藤自身もそうだったように、こういった残虐性を持つ人間は、虫→鳥→猫→犬→人間へと、エスカレートしていくのがお決まりのパターンなのだ。


 殺害方法も毟るだけから、炎で炙る→皮を剥ぐ→刃物で切り裂く、という方法へと移行している。


 典型的な猟奇殺人犯と同じようなコースを辿っており、もう人間相手に実行しても、おかしくない段階だった。


(…………それにしても、アイツは一体、どうやってドアの鍵を開けたのだろう?)


 加藤は、念のために、もう一度、別のディンプルキーに取り替えたのだが疑問が残ったままだった。


 素人がピッキングツールを使ったところで、開錠するのは難しいはずなのに……。


 ふと、目の前にある、グラビアアイドルが写った漫画雑誌が目に留まる。『どうぶつのおうち』では、ミーアキャットの寝床にするために、漫画雑誌を細かく破いて使っていたのだが、気になったのは殺人や拷問の場面が多いことだった。


 加藤が子供の頃読んでいた漫画本は、戦う場面があったとしても、登場人物がヤクザか軍人がほとんどだった記憶がある。しかし、最近は普通の人間同士がリアルな方法で殺し合うような場面が多いのだ。


 漫画では殺害方法が詳しく解説されており、そのどれもが医学的にも正しいものばかりだった。人体をナイフで刺すことや、銃で撃ち抜くことが、性的な興奮と結びついているらしい。最近はどんどん過激になってきており、読者からはエンタメとして受け入れられているようだった。


 鈴田自身の欲望と驚くほどマッチしてしまっている。加藤がそんなことを考えていると、玄関ドアのベルが鳴った。


「ただいまー!」


 店内には無邪気な声が聞こえてくる。この店を気に入った女子大生くらいの客だった。動物好きである彼女は『どうぶつのおうち』の常連になっていたのだ。


「いらっしゃいませ! お久しぶりですよね!」


 元々、コミュニケーション能力に難があったコーチング受講生、土田が上手く対応しているようだった。


「このミーアキャットって、『ライオンキング』にも登場してましたよね?」


「ティモンとプンバァですよね! もし良かったら、抱っこしたりも出来ますよ!」


「えっ、良いんですか?」


「なんなら、餌やり体験も出来ますよ!」


 土田はケージを開き、ミーアキャットを抱き寄せると、女性客に手渡す。


 女性客に抱きかかえられたミーアキャットは指を甘噛みしているが、まだ幼くて力が弱いために、怪我をすることは無いだろう。


 その光景を見ていると、鈴田が女性に執着していたことを思い出す。アイツ好みのターゲットなんて探せばいくらでもいる。鍵を開錠していたことを考えると普通の防犯程度では無意味だろう。一般的なオートロックでさえ、案外簡単にすり抜けられてしまうものなのだ。


 もしかしてだが、自分は殺人者を野放しにしてしまったのだろうか?


 コーチングセッションにより、シリアルキラー気質であるアイツに、まともな思考能力を与えてしまったというのか?


 それも、扉の鍵を開錠することが出来る特殊能力を手に入れた殺人鬼を?


「ハクナ・マタタ、何ていい響きなんだ…………。ハクナ・マタタ、愛のメッセージ…………。悩まずに生きることさ…………」


 店内には、陽気なメロディがなりひびいていた。


 ✳︎


 グレートデンのまゆみと、今回の鈴田の件で、数多くの犠牲を出したが、こんな事件はもう起きないだろうと思った。


 しかし、その後、事件はまだ始まったばかりだったという事を思い知らされることになる。


 まだ悪魔の存在と、加藤達に関わって来ていることに気付いていなかったのだ。

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