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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
13/22

『どうぶつのおうち』 七つの大罪〈色欲〉…………性的に淫らな欲望を持つこと。 前編

 

 『どうぶつのおうち』スタッフとして雇い入れることにしたのは、コーチング受講生の鈴田という30代前半の男性だった。


 鈴田は生来的に軽度の知的障害を抱えており、職場では「使いものにならない」と蔑まされていたようだ。しかし、加藤のセッションを受けてからの成長ぶりは凄まじく、評価を覆すことに成功。飲み会では他の同僚達と楽しい時間を過ごしていたのだという。


「加藤さんの元なら、どんな人間でも変わることが出来るし、成長することが出来ると、断言出来るようになったんです!」


 講演会の時には、壇上に上がって、自分自身が変化できたことを涙ながらにスピーチしており、それを聞いていた廣瀬が『どうぶつのおうち』のスタッフとして勧誘した際には、飛び上がって喜んだ。


 そんな経歴により、2016年6月6日、正式にどうぶつのおうちのスタッフとして迎え入れたのだが、驚いたことに、翌日、店に現れた鈴田は髪の毛が一本も無くなっており、スキンヘッドになっていたのだ。野球帽で隠していたが側面までもがツルツルになっている。


「お前、どうしたんだ、それ?」


 驚く加藤に、彼は照れくさそうに笑ってみせた。


「昨日、風呂に入ってシャワー浴びてたら、毛が次々と抜けてしまったんです。ずるっと……。それで残った髪の毛も自分で引っ張って抜いちゃいました」


 鈴田は帽子を脱いだ。確かに、毛穴から毛根ごと、ごっそりと抜け落ちてしまったのが伺えた。


「……うーん、見たところ、健康状態には問題が無さそうだし、陽性反応の一種なのかもね」


 加藤は口ではそう言いつつも、どうにも納得出来なかった。確かに、セッションを通して、生徒の顔に吹き出物が出来たり、茶色の尿が出る、水のような下痢をするなどの、浄化作用(デトックス)が起こることがあったが、体内に溜まった毒素が排出されているので、むしろ体には良いことなのだ。


 しかし、髪の毛全部が、一瞬にして、ズル剥けになってしまうというのは初めてのことだ。たしかに、毛髪には体内に溜まっている鉄分や毒素を排出するための役割があるのは事実だし、それが抜け落ちることでデトックスしたとするなら一応の辻褄が合う。しかし、これは本当に陽性反応なのだろうか?


 なによりも、鈴田本人に違和感があった。身体全体から、何ともいえない気持ちの悪い波導を発している。居ても立っても居られないような胸騒ぎを覚えたのだが、それが何かまでは分からなかった。


 ✳︎


 そして、その予感は的中することになる。


『どうぶつのおうち』店内の鶏達の羽根がむしられたようになってしまっていたのだ。


 頭部の一部分が引き抜かれたようになっており、「10円ハゲ」のような状態になっていた。


 最初は、鶏同士の喧嘩だと推測していた。オス同士で争い合っている場面を見たことがあるために、それほどおかしなことだとは思わなかった。


「この子達は気性が荒いからね、念のために、ケージを別の場所に移そう」


 ケージは何個か余っているので、スタッフ達には鶏達を別々の場所に移すように指示した。


 これで、こんなことはなくなるはずだった。


 しかし、さらに数日後、鈴木から【店に来たら、こんなことになっていたんです】というメッセージと共に、頭部が焼け爛れた鶏の写真が送られて来たのだった。


 加藤は、この瞬間、「ああ、コイツがやったのだな」と、悟った。


 確認するために店内に入った瞬間から、髪の毛を焼いた時のような異臭がした。一緒に同行していた廣瀬は「うわ、焦げ臭い……」と呟く。


 ケージからは割れた玉子が漏れ出しており、床を汚している。糞尿の臭い、血の臭い、焦げ臭さが混じり合っているので、むせそうになる。


 鈴田から送られてきた写真のとおり、鶏は頭部をライターか何かで炙られたようだ。それも一羽だけではなく、複数の鶏が被害に遭っており、頭蓋骨が剝き出しになっている子までいた。


 あるいは頭部横にある毛が抜けてしまっており、モヒカンのようになっている鶏までいるのだ。何も知らない人が見たら、元からこういう種類なのだと勘違いしてしまうかもしれない。明らかに人間の手でデザインされたような毟られ方だった。


「加藤さん、これ、完全に鈴田君の仕業ですよね?」


 鈴田のことを疑うのは当然だろう。この時間、この場所に一人でいたのはアイツしかいない。前回、鶏の羽根が抜け落ちていた時も、アイツ一人だけの時だった。


「少し前、彼から『僕は加藤さんに疑われているんです。だから上手く説明して欲しいんです』と、電話が来たことがあったんですよ……」


「俺から疑われているとはね……。俺は『お店の事で話があるから来てくれ』と伝えただけなんだけど。自分から騒ぎ立ててボロを出していくというのは犯罪者にありがちな行動なんだよ。どうしたものかな……」


 ``犯罪者``という単語に、廣瀬はショックを受けているようだった。今までの生徒達は心を病んでしまい、ビルから飛び降りて自殺未遂をした者や、自傷行為を繰り返していた者までいるが、加害者になるというパターンは始めてだった。


「……あまりにも必死で電話してくるし、最初は何の話なんだろうと思っていたら、鶏がこんなことになっているし、やっぱり彼の仕業だったんだなと、納得していたんです」


 誰も何も言っていないのに、本人だけが「疑われている」と騒ぎ立てている状態。これでは自ら罪を認めているようなものだろう。状況証拠では完全にクロだった。


「俺の生徒達はコミュ障の子が多いから、どうしようかと悩んでいたんだよね」


 鈴田が性的な欲求不満を抱いていたのは、明らかだった。いつも女性を目で追い掛けており、視線と吐く息には粘っこいものを感じ取っていた。胸や股間、臀部に視線を向けているのも隠そうともしない。加藤は女性スタッフには、距離感に気を付けるように注意をしていた。


 以前から薄々は見抜いていたのだが、鈴田の場合「むしる」ことが性的快楽に結び付いている。実のところ、加藤自身も幼少期には、似たような残虐性を持っているために、見抜くことができたのだ。


 おそらくだが、女性器の大陰唇を開くように、皮膚が丸ごと抉れている場面が見たかったのだろう。鈴田の中では残虐行為が性的快楽とも結び付いており、おそらく犯行時には、()()()()()()と推測する。


 鶏を狙った理由としては、大して懐いていないからだ。表情の変化も乏しく、あまり可愛げが無いからこそ手を掛けられたのだろう。家禽類は痛みに鈍感で、指を失ってもあまり気にしないために、騒がれにくいという都合の良さもあったはずだ。


 逆にミーアキャットや猫などは人懐っこく、表情の変化を見せるために、さすがの鈴田でも、手を掛けることが出来なかったのだろう。


 加藤のコーチングセッションは依頼者が抑え込んできた、欲望や怨念といったマイナス情報までも引き出してしまう手法を取っている。そして、それと向き合わせることによって、人生を良い方向へと導いて来たのだが、彼の奥底に眠っていた残虐性さえも引き出してしまったらしい。


 それでも、本人が『闇』に負けなければいいのだが、アイツはそんなことは気にもせずに、自分の欲求を満たすためだけに思うがまま行動しているのだ。


「……もしかしてだけど、これ、人間相手にまで危害を加えることもあり得るんですか?」


「その可能性はあるよ。子供の頃の俺と同じ道を進み始めているから」


 加藤の言葉に廣瀬は目元を抑えていた。加藤の幼少期のことは知っている。彼女はカウンセリング現場にもいたために、犯罪者を更生させることが、絶対に不可能であることも知っているからだ。


 鈴田をこの店に勤めさせようとしたのは、彼女の提案でもあったために、罪悪感もあるようだった。


「……このまま放置するわけにもいかないし、俺があいつに白状させるから」


 ✳︎


 翌日、ラウンジに鈴田を呼び出し、話を聞く事にした。鈴田は近所に住んでいるにも関わらず、2時間ほどしてから現れた。遅刻してきたことに、バツの悪そうな顔をしている。加藤は何も気にしていないふうに装い出来るだけ明るく声を掛けていた。


「何だよー、元気無さそうじゃん。ちょっとさ、二人でカラオケでも行こうよ」


 室内に入ると、まずは彼の警戒心を解き、緩ませるために、何曲か歌うことにした。


 鈴田も流行曲を歌っていたのだが、緊張感からか、その声はうわずっていた。いつ罪がバレるのかとビクビクしているのが伝わってくる。緊張を紛らわせるためにドリンクに何度も口を付けていた。


 ある程度は緩ませたところで、今度は喫茶店に行って本題に入ることにした。テーブルで向かい合わせに座り、二人分のコーヒーを注文すると質問をしてみた。


「あのさ、たとえばなんだけど、作業中、急に意識が遠のくことはあるかな?」


 加藤がほんのちょっと、探りを入れただけで、表情は青ざめて、恐怖に歪みだす。誰がどう見てもクロなのは明らかだろう。


「……あのな、もう、わかっているんだよ。良いから打ち明けてくれよ」


「……やっていないです…………」


「もし、お前がおかしくなっていたら、治せるのは俺しかいないだろ?」


「…………僕は……やっていないです……」


 鈴田は震えながら右手で左腕を強く握り締めていたために、爪がそのまま皮膚を突き破って、左腕から出血してしまう程だった。血が指先まで伝ってポタポタと音を立てて床にこぼれ落ちていた。


「もう、いいから白状してくれよ、その反応が全てを物語っているだろう? お前がただ一言、『僕がやりました』と言えば治してやるって言っているんだよ」


「…………やっていないです」


 鈴田は何度か白状しそうになるが、踏み止まり、壊れたラジオのように「僕はやっていない」としか言わないので、話し合いは3~4時間程に及び、コーヒーはすでに冷め切っている。それは加藤にとっても地獄のような時間だった。


「………………やっていないです」


 結局のところ、彼は、最後まで「自分はやっていない」と嘘を貫き通したのだ。加藤は自由意志を尊重するために、本人が罪を認めていない場合、強制的に治すということも出来ず。どうすることも出来なかった。最終的にはカフェが閉店時間になった為、その日は解散することになった。


「暫く休んで良いから、何か思い出したら連絡しなさい」


 そう伝えて別れることにした。


 彼も元は生徒なのだ、加藤に憧れ、少年のように目を輝かせていたその顔が頭から離れなかったのだ。


 今にして思うのは、いくら強く腕を握りしめていたとはいえ、それで皮膚が破れてしまうということは無いはずだ。


 過去、加藤自身も、喧嘩を繰り返していたために、無理矢理相手の腕を掴んだり、逆に掴まれたりしてきたが、あの部位からあれだけの出血をするというということは一度も無かった。左腕(陰側)から、一筋の血が流れ落ちる。これは、彼にとって、()()()()()()()を表すサインだったのだろう……。


 鈴田は『最後のチャンス』と言われている、加藤が差し伸べた救いの手をフイにしてしまうこととなったのだ。

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