『どうぶつのおうち』神の家……開店前 フクロウ屋との出来事
グレートデンまゆみの死後もペットショップを経営する計画は進んでいく。
この頃の加藤は、社長業、コーチング、他の仕事をしながらなので、日付の変わる頃から明け方までのお世話に、既に体力的な限界を向かえていた矢先、Facebookページに問い合わせが入った。
どうやらフクロウ屋を営んでいる男性らしく、やり取りの中で、「委託販売で良ければお力になれますよ」というお話があり、有り難くお受けする事にした。
加藤はある日、ペットとしてフクロウを買いにお店を訪ね、店舗に向かうことになったのだが、それはあまり目立たないような、こじんまりとした店だった。
地味な外観に反して、店内には心地の良い雰囲気が充満しており、どのフクロウもよく馴れている。毎日、時間をかけてお世話をしているのが伝わってくる。よほど猛禽類が好きなのだろう。
「ああ、あなたが加藤さんですよね、よろしくお願いいたします!」
店内奥から現れた男性は加藤よりも、10歳ほど年上なのだろう。中年太りしており、人懐っこい朗らかな笑みを浮かべていた。
店主といろいろとお話をして行く中で、加藤が脳科学を用いたコーチングをしていること、霊視、気功が出来ること、などで盛り上がって行ったのだが、店主は、こんなことを言い出した。
「僕も加藤さんのコーチングを受けたいけど、うちには金が無いからなぁ……僕の夢はフクロウカフェをやる事なんですよ」
彼は恥ずかしそうに語る。おそらく誰にも話したことが無かったのだろう。
「やりましょう! 在るじゃないですか! お金の代わり!」
加藤の言葉に、店主である曽田は、まるで少年のように目を輝かせていた。こんなふうに、夢を応援されるとは思わなかったのだろう。フクロウとの物々交換で話が纏まり、翌日からコーチングセッションに入ることが決定したのだ。
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次の日、加藤達はコーチングセッションも兼ねて、鳥カフェに見学に行くことになったのだ。
ここは都内では有名らしく、駅から近いので、アクセスもしやすい。外観もお洒落なカフェみたいだった。店に入った瞬間から、楽しそうな気で溢れているのを感じた。良い店だとスタッフ達が楽しみながらやっているのが自然と伝わってくるものなのだ。
加藤達は周囲を見回して、どのような資材を揃えれば良いのかをチェックしていた。素人だとイメージしにくいだろうし、このお店を丸ごとマネさせるつもりだった。
店内には、あちこちに止まり木が用意されているのでインコ達を間近で眺めることができる。インコ達がスタッフとして一緒に働いているというキャッチーなフレーズ。壁には、インコの写真や、イラスト、マグカップなどが飾られており、近くにある美大の生徒などが出品しているようだ。都会の喧騒を離れて、ゆったりとした時間を過ごすことができるような配慮があちこちに施されていた。
【店内ルール:楽しく鳥たちとふれあうために大切な約束がございます。ご理解とご了承をいただきましたことを条件に入店していただけます】
お客様とのトラブルを避けるために、あらかじめルールを設定しているらしい。これも勉強になるはずだろう。加藤自身も『どうぶつのおうち』を開業するために、参考になりそうなことは全て取り入れることにした。
「えっ、見て見て! 超可愛いんだけど!」
女子大生くらいの客達が写真撮影をしているようだった。インスタグラムに上げるために、「映え」を狙っているらしい。店内には「インスタに上げたら値引きします!」というポップが貼られていた。この店の照明なども、集客効果を狙っての写真撮影と、生体への健康・影響を考えて計算しているに違いない。
「あのさ、加藤さん! 自分も、インコをお店で扱ってみたいんですけど、どうでしょうか?」
女性客たちがインコ達にはしゃいでいる姿を見て、購入を検討しているようなのだが、そこには下心も含まれているようだ。しかし、彼は難易度の高いフクロウの飼育が得意だったのもあり、インコ相手でも十分やっていけるだろうと判断したので、OKサインを出すことにした。
「いいんじゃないかな? 曽田さんなら、行けると思いますよ!」
二人で値段の相場と、インコの種類を確認していた。加藤は「僕が必要な生体は仕入れてあげるから、売れたらその金額はくださいね!」と、資金の無い店主に、伝え、おおよそ300万円程の珍しい鳥たちを仕入れていくことになった。
ビジネスを知らない彼に、店舗の見つけ方、経営に対するノウハウまで、自身の持つ全ての情報を伝えることにした。
不動産会社が送って来た店舗情報を元に、夜中に現地へ行ったり、他のフクロウのお店を案内したり、仕入れ、内見にも同席したりと自分の店の様に力を入れていた。何より自分が楽しみだったと言うのがあったのだ。
そして、加藤自身が物件を探してきた上に、エネルギーを注いできたので、確実に繁栄するのは目に見えていたのだ。
ところが、ある段階から、曽田は、自分では何もせず、全てを加藤に任せるようになった。
出店する時は、立地が一番重要なのだが、本人は何も調べて来なかったのだと言う。勉強になるし、参考にもなると考えて一緒に鳥カフェに行ったのだが、これでは意味が無い。結局、ほとんど全てのことを、加藤が代わりにやることになってしまった。
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そして、二回目のセッションになったのだが、曽田は非常に渋い顔をしている。今回は普通のファミレスで行うことになったのだが、曽田はドリンクバーでコーヒーを淹れると、無言で砂糖を入れて、ティースプーンでかき回している。
「だいぶ疲れているようですね。あまり、眠れてないんじゃないですか?」
「……そうですね、正直言って、精神的にもキツイです」
彼は眠気覚ましのコーヒーをすすりながら、ぼんやりと答える。頭もあまり働いていない様子だった。勤め人とは違い経営者に休む暇などないので、体力気力も削られている。
それに、彼にとっては初めての店舗出店であるし、改修工事などに使う、初期費用だけでも、かなりの額を消費したはず。
経営者につきまとう、次々とカネが無くなっていくという不安は、加藤自身も体験しており、情緒不安定になるのも無理が無いことだろう。
「……それと、インコ達の鳴き声で、眠れなくなっているんですよ、どうにかして欲しいんです」
基本的には静かなフクロウとは違い、ナーバスになっているところで、インコの騒ぎ立てる音が、不快な雑音となっているようだった。
「……その気持ちは分かるけど、あなたがお世話をしないと、あの子達は苦しんでしまいますよ。お客様に渡す子達でもあるのだから、しっかりしないと、売り上げにも関わってくるし」
「でも、ほら、鳴き声がうるさくて、寝ている時にまで騒ぐもんだから、たまらないんですよ……」
「そりゃ、動物相手だから当たり前ですよ。その思い通りにならない生き物を育てるという義務感こそが、心の成長へと繋がっていくんですよ」
「ふーん……そういうものなんですかね……。でも、あの鳴き声を聞いていると、イライラしてきちゃって…………」
加藤がどれだけ熱心に語っても、彼はつまらなさそうな顔をしていた。そもそも、心の成長など求めておらず、物理的な成功、つまりは〈魔法〉だけにしか興味を抱いていない。人間なんてそんなものだと知っていたが、まさか、インコに怒りの矛先を向けるとは思わなかった。
「それで相談なんですけど、出来れば、あのインコ達をどこか遠くにやって欲しいんです。加藤さんが預かってて貰えませんか?」
「えっ?」
「だから、ホームページにも長く載せていたく無いんです……」
予想外の返答に驚いてしまう。
加藤が仕入れた生体は三百万円ほどで、まゆみによるトラブルでその半分を失った事も、もちろん知っている。それにも関わらず、インコの世話をしたくないというのは、あまりにも身勝手な言い分だったし、育児放棄と何も変わらない。
「それはあまりにも無責任じゃないですか、それに、鳥カフェに見学に行った時、インコを観ながらキャッキャと喜ぶ女の子達を見て、ご自分で決めたのではないですか? それと、前は僕の事を何と言ってましたか?」
「はい、そうでした。親兄弟でもしてくれない事をしてくれた加藤さんに感謝してました。すみません」
そこには以前の人懐っこい彼は居なかった。醜悪な顔に不遜な態度、闇丸出しの男が座っていた。
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その後も、何度か感情をぶつけて来たが、加藤しか頼れる者が居ない為、最後には「何とか頼みます」と懇願して終わる。
加藤が講演に出向いていた大阪にまで電話をかけて来て、開口一番〈俺は裏切っていないからね!〉と、言い出してきたのだ。
ああ、裏切る気なんだな…… 。
その様子から、この先を予測するのは容易だった。
【何で不利益になる様な事を押し付けるんだ? 僕が単純だから洗脳し易いとか?】
明らかに第三者から空気が入った事が分かるメールを送って来た。
ペットショップの元店員が新しい依存先になった様で、その子のアドバイスもあり、うるさいインコを排除しようと、導入を加藤の一存で決めた事にしていたらしい。
「それ、一度、弁護士に相談した方が良いですよ! どんな裏があるか分からないですよ」
〈何があるって言うんだ? 女房と言ってたんですよ。『僕は今まで他人に良くして来たから、神様がご褒美をくれたんだね』と〉
…………もう何も言うことはない。
加藤はインコ達を引き取り、報酬のフクロウを受け取らない事を伝え、セッションを打ち切り、完全に縁を切ることにした。そもそも、店が出来上がった時点で、加藤はとっくに用無しとなっていたのだ。
引き取ったインコ達は、様子がおかしくなっており、加藤が何かを持つと怯える様になっていた。店主は怒りに任せて棒か何かでケージを殴っていたらしい、かなり怖い思いをして来たのだろう……。
曽田はその後、開店からずっと売上げ好調で、海外にも買い付けに行っているという噂を耳にするが、同時に初期のスタッフ全員が居なくなり、以前からのお客様を騙したり泣かせたりしているとのことだった。
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この頃、ペットショップの名前は【星川カワユスどうぶつたちの遊べるおうち】に決まった。
名前の由来は、(の)を付けたのは「どうぶつたち」と「おうち」の両側を立たせる。という意味があった。本来なら、「どうぶつたち、と、遊べるおうち」が正しい。スタジオジブリ作品が『の』を付けたものだけ大ヒットしているのは、その流儀に従ったからだ。
カワユスの(ス)はものの中心を、カワユスの(ユ)は裏の中心を表す。
「あかさたなはまやらわ」の中心を観ていると、〈ス〉と〈ユ〉で中心の陰陽を表している。つまり、その一字が神を表し言葉になる。神道に伝わる奥義の一つなのだ。これを組み合わせれば『神の家』となる……。
加藤はフクロウやインコに始まり、アルマジロ、エミュー、キンカジュー、ヤマアラシ、アカハナグマ、ミーアキャットまで仕入れた。いずれも高価なものだったし、動物園でさえ見かけることが出来ないような、珍獣ばかりだった。
初っ端からトラブルが絶えなかったが、ようやく動物達が揃ってきた。曽田との顛末を知っていた廣瀬も安心したような顔をしていた。
「これだけの珍獣達がいれば、きっと大繁盛するはずだよ。なにしろ、ここは『神の家』だからね」
不条理、理不尽な場はここから始まることになったのだが、そして、まだそれが始まったばかりだという事を、この時には全く気付いていなかった……。




