そのアンドロイドは、あなたを永遠に忘れないと誓いを口にした。
一人の老人がベッドから窓の外を眺めながら、薄い呼吸を繰り返していた。
人どころか動物の一匹もいないビル群の上で、三つの月が淡い光を放っている。
ただ光を無機質に照り返す鉄色のロボットが、とうの昔に住む者のなくなったビル群を黙々と整備しているだけだった。
老人はそれを見ても寂しいとは思わなかった。動くもののないその光景は、彼が産まれてからずっと続いていたものだった。
いまベッドに横たわるこの老人と同じようにこの星は死にかけていた。否、老人が産まれるよりもずっと前からこの星は死にかけていたと言うべきだろう。
この星は元々、地球に対して資源を送るために開発された植民星だった。
しかし随分昔に、既存の資源に頼らないエネルギーが開発されたことによりこの植民星はその価値を失い、住民は一人、また一人とこの星を離れてしまった。
ベッドから外を眺めている老人は、そんな星に産まれた最後の一人だった。
ガチャリ。窓を眺めていた老人の耳に扉を開く音が届く。
ゆっくりとした動きで振り返ると、そこには少なくとも外見は若い女性に見える人物が立っていた。
その女性は手に木で出来たトレイを持っていた。トレイの上には湯気を上げるスープの入った器が置かれている。
「お食事をお持ちしました」
女性は優しい声でそう言うと老人の前にトレイを置く。老人は「ああ」と答えると、トレイからスプーンを持ち上げて中身を一口、二口とほんの少しだけ口に運ぶ。
しかしそれ以上は食べようとせずにスプーンを置いてしまった。
そして老人は女性の方へと顔を向けると「私はもう死ぬだろう」と小さな声で言った。
「お前をたった一人残して逝かなければならないのが、残念でならない」
女性は首を振ると、答える。
「貴方や、貴方の親や、そのまた親。ずっとずっと私を使い続けてくれた皆様の思い出があります。どうか、安心して旅立ってください。貴方のご先祖様方と同様に、私はけっして、貴方を永遠に忘れません」
アンドロイドである彼女は、老人のように死ぬことはない。しかも、元々は資源を採取するために開発された植民星であったために資源はいくらでも存在し、たとえどこかが壊れたとしても簡単に修理ができるのだ。そのための自動ロボットもまた存在している。
文字通り、この星が消えてなくなるそのときまで永遠にあり続け、思い出を覚え続けることだろう。
「寂しくはありませんよ」
その言葉を聞き、微笑む女性の顔を見ながら、老人は息を引き取った。
老人が息を引き取るとすぐにアンドロイドは行動を開始した。老人の身体からほんの少しだけ血液を取り、劣化しないように容器へと入れると彼を墓へと運んで埋めた。
そして容器の中に入っている血液をとある機械へと流し込んだ。
それは生物のクローンを作る機械だった。
「貴方とは永遠に一緒にいれますから、忘れることはありませんし、寂しくもありません」
微笑みを浮かべたまま、アンドロイドの女性はそう言った。
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