第196話 一か八かの賭け
現在、都市アージアの空は戦火の煙に覆われていた。
異種族を擁する都市長ウィリアム・クロイスと、エルフの姫巫女エレミヤを討つべく、フリーディア統合連盟軍兵士たちが敵の防衛部隊を突破しようと、激しい攻防を繰り広げている。
空には巨大な魔術戦艦アルカナディアが浮かび、その姿は雲を覆う巨大な要塞のようだった。
地上では、統合軍の装甲車両が市街地を進軍し、砲撃の閃光が建物の間で瞬き、爆発音が街中に響き渡る。
更には隘路を駆け抜けた統合軍精鋭の歩兵部隊が、奇襲を仕掛け防衛部隊との白兵戦を繰り広げていた。
市街に魔弾の閃光が飛び交い、剣や盾がぶつかり合う金属音が響く。双方の兵士たちは、互いの命を賭けて激しくぶつかり合っている。
そんな戦火の真っ只中を、一人の異種族の少女が猛スピードで奔り抜けていく。
「がっ」「ぐっ」「うぐぁっ!?」
その少女は、アージア防衛部隊を援護すべく、フリーディア統合連盟軍兵士たちに目にも留まらぬ打撃を与え、次々に昏倒させていく。
「退がれ! フリーディア同士でこんなの……馬鹿らしいと思わないのか!?」
種族連合最速の戦士であるビーストのナギは、鋭い感覚で戦況を把握しながら、敵軍兵士たちへ向けて叫んだ。
彼らは目に映る異種族の脅威に、動揺を露わにしている。逆に苦戦を強いられていたアージア防衛部隊の兵士たちは、助力してくれたナギに対し、心からの感謝を示した。
防衛部隊を務める兵士たちの顔と名前をナギは知っている。彼らも最初は怯えていたが、一緒に訓練するに従って心を通わせる事ができたのだ。
「スキル・超加速!」
上空にいる姫動魔術戦艦や兵士たちへ向けて、ナギはひたすらに想いを訴え続ける。
「お前たちが私たちを憎んでることは知ってる! 私も多くのフリーディアを殺したことは否定しない! でもそれはお互い様で、パパとママや同胞皆の命を奪ったお前たちがどうしようもなく憎い!! ――でも、だけど!!」
ナギの言葉は、戦場の喧騒を突き破るように響き渡る。
「憎しみ続けた先には破滅しかないことを、ユーリが教えてくれたから! だから私たちは守るために戦ってるの!!」
◇
一方、ナギと同じタイミングでまた、エルフの姫巫女たるエレミヤも、メディアを通してミアリーゼ・レーベンフォルン、そしてフリーディアたちに想いを訴えていく。
「私たちは誰も殺したくない、ただ平和に生きたいだけなの! フリーディアを憎んでいないと言ったら嘘になる……けれど、全員がそうじゃないことも知っているから!!」
異種族だって一枚岩じゃない。未だにフリーディアに対して憎悪の炎を宿す者たちだって大勢いる。
だけど、そうじゃない者たちだって――殺して殺されて殺し続けて、無限に連鎖する憎悪の闇を打ち破る希望はここにまだ残っているから。
しかし、そんな姫巫女の訴えを人類の姫君は一蹴する。
『あなた方が何を宣おうと、私の想いは変わりません。
皆様も、エレミヤの言葉に惑わされないでください! 同情を誘って狡猾な手段でこちらの動きを牽制させるための罠です!』
アルカナディアから響くミアリーゼの的外れな発言に、エレミヤの堪忍袋の緒が切れ散らかす。
「この分からず屋! どうしてそんなに安本丹なのよ、あなたは!!」
感情的になったエレミヤに一瞬場が騒然となるが、これはこれで親しみがあるのでは? と、周囲は止めに入らず静観の構えを取る。
「私たちがこのまま潰し合っても、ナイル・アーネストやグレンファルト・レーベンフォルンの都合の良い展開にしかならないって、何で気付かないのよ!」
革命軍ルーメンは、都市アージア内に潜伏して虎視眈々と機を伺っている。
その証拠に、千里眼で捉えたシャーレが、現在謎の融合型魔術武装と思しき機影と激闘を繰り広げているのだから。
『あなた方異種族の殲滅は、我らの祖――魔術機仕掛けの神様の悲願でもあります。
そもそもの前提からして、あの御方に異種族の想いが届く筈もありません』
魔術機仕掛けの神――ドラストリア種族大戦の折に初めて表舞台に出現したフリーディア始まりの神。
彼の母なるデウスが、エレミヤの故郷を滅ぼし、イリスまでをも連れ去ったことは記憶に新しい。
『それにテロリストについても、あなた方が無用な抵抗をせずに討たれていただければ、こちらも貴重な戦力を削らずに済みます』
もう、どうする事もできないのか? どう足掻いても、フリーディアと異種族は殺し合うしかなくて、主命に賭するミアリーゼの説得も叶わぬまま、易々と夢を奪われるのか?
歯を食い縛り、千里眼から除く悲惨な景色に悔しさを滲ませるエレミヤだが。
『――エレミヤ! 諦めんなです、こんちくしょう!』
「ミグレット!?」
市庁舎の外から轟くミグレットの声に反応して、エレミヤ含めた全員が窓の外へ視線を向ける。
視界には景色が広がるだけで実際に彼女の姿が見えるわけではない。恐らく地表にいて拡声器を通して連絡してきたと分かっていても、その活気のある声音に目を向けずにはいられない。
エレミヤは、慌てて放送を一時中断させて、千里眼で窓の下を覗き込むと、出入り口の真ん前に一台の運搬用の大型走行車両の姿が見えた。
「ミグレット、何て無茶してるのよあなたは!?」
車両の中に、ミグレットがいるのは明白。どうしてわざわざ危険を侵して戦場に出てきたのか追及するも、悲しきかな声は届いていないようで。
『待たせたですよ! 自分が来たからには――って、どっひゃぁぁああぁぁッ!?!?』
再び、市庁舎目掛けて放たれた大量のミサイルをオリヴァーが迎撃。その衝撃と爆風で走行車が激しく揺れ動き、ミグレットが絶叫を上げていた。
「ミグレット!」
オリヴァーの活躍によって、ミグレットは無事。被害はゼロだ。とはいえ安心している場合じゃない。すぐに彼女を避難させなければ。
そう思った瞬間――。
『スキル・共鳴連接!』
どういうわけか、ミグレットはドワーフ固有の他者と魔力を共有化させる異能術を発動させたのだ。
本来であれば、身体の一部を接触させる必要がある筈だが、何故今このタイミングで?
「え……?」
疑問に思っていると、エレミヤは市庁舎にいる全てのフリーディアたちと何かが繋がったような錯覚に囚われる。
勘違いか? いや、周りを見ればウィリアムや他の人たちも不可思議な現象に困惑を露わにしている。
『マジックアイテム――異能術拡張装置! 詳しく説明してる暇はねーです! とにかく皆、エレミヤに魔力集めるです、こんちくしょう!』
「まさか、ミグレット!?」
シャーレから魔力操作技術のコツを教えてもらったミグレットが、技術者たちとコソコソ何かやっていたのはエレミヤも把握していた。
期待させると悪い、ひょっとしたら間に合わないかもしれないと、何を造っているのか教えてくれなかったが、あの大型車両の荷台に積んである物がそうなのか?
「皆! 彼女の言う通り、エレミヤさんに魔力を!」
戸惑う周囲に対して、ウィリアムが迅速に支持を飛ばした。リンク状態にある彼らは魔力をエレミヤ目掛けて放出するだけでいい。
「魔力が……こんなに大量に」
市庁舎に残ってくれたフリーディアたちの数は百名前後。
その全員の魔力が、一気にエレミヤに流れ込んできたわけで、その総量は計り知れない。
そのおかげで作戦の幅が一気に広がり、ミアリーゼ・レーベンフォルンから都市を守り切る算段が見出せた。
「ウィリアム様、今の私なら全戦域にいる敵味方部隊の配置を自由に変えられます!
防衛部隊の方たちに混乱を招かないよう伝えてくださるかしら!?」
「あ、例の転移か! 分かった、すぐに連絡を回すよ」
ミグレットの新たに開発したマジックアイテム――異能術拡張装置の効果と、エレミヤの発言の意図をすぐさま理解したウィリアムは迅速に対応していく。
その僅かの間に、エレミヤは千里眼を利用して、空間を切り取るようにマーキングを施していく。
(普段の五十倍以上の魔力があれば、流石に遠く……は無理だけど、アージア内なら自由に配置を変えられるわ。
とはいっても、向こうにミアリーゼ・レーベンフォルンがいる限り、すぐに戦線を立て直されるでしょうね)
それに今から使うこの策は前回の戦争で使用済み。ミアリーゼも転移は充分に警戒している筈で、この一手が決定打となるのは難しいだろう。
(こうなったらもう、一か八かの賭けに出るしかないわね。防御は捨てて、全部攻撃に振り切る!)
そのためにも――エレミヤは、携帯端末を取り出して、市庁舎防衛を続けるオリヴァーとサラへ通信を繋ぐ。
「オリヴァー、サラ、聞こえる!? 作戦変更よ、あなたたちには敵主力部隊の迎撃に出てもらうわ!」
『『!?』』
二人の息を呑む音が聞こえるも、エレミヤは一分一秒でも惜しいと捲し立てる。
「市庁舎防衛は、こっちで何とかするわ! もう出し惜しみなんてしてられない! 今から転移で空間ごと切り取って敵陣に送り込むから、あなたたちは存分に修行の成果を披露してちょうだい!」
『『あぁ(うん)!』』
疑問を挟む余地なく、オリヴァーとサラは頷いてくれた。
その間、エレミヤは千里眼で戦況を観察し、何処を転移させたらいけないか冷静に判別していく。
(ユーリ、アリカのいる場所は論外。ヒナミ、アイリ、シオンは安全な場所まで退避させる余裕がない、シャーレごめんなさい)
ヒナミとアイリは、シャーレと融合型の戦闘範囲外に逃れて状況を見守っている。
無理矢理にでもこちらに戻すべきかと逡巡するが、魔力を少しでも節約するため、シャーレの勝利に賭けるしかなかった。
次いでユーリとファルラーダだが、こちらは論外だ。互いの魔力の衝突が激しすぎて、千里眼にノイズが奔ってしまう程。これでは転移の照準が定まらない。
残るはアリカとテスタロッサだ。彼女たちもまた、転移させる暇などなく、激闘を繰り広げているが、素人目から見ても勝敗は明白。
ユーリ以上に危険に陥っているアリカを見殺しにする事などできない。こうなったら、彼女を援護に向かわせるしか。
「ふぅ……」
準備は終わりだ。ウィリアムも伝え終わったようで、OKと人差し指と親指を使って、こちらにサインを送る。
エレミヤは、身に溢れる魔力を用いて、ドラストリア荒野以来の超広範囲転移スキルを発動する。
「いきます、異能術・超広域転移!」
この一手で戦局を変える。絶対に誰も死なせない、守り切る――もう二度とあんな悲しい想いはしたくないから。