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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第七章 幼馴染
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第193話 人質

 ヒナミ・クロイスとアイリ・クロイスにとって、叔母であるセリナ・クロイスは、憧れの象徴であった。


 若くして治安維持部隊総司令の地位に就いた彼女は、忙しい合間を縫ってヒナミとアイリに戦う術を伝授し、その他にも様々な面倒を見てくれたのだから慕わない筈はない。


 教えられた技術を全て吸収して、見る見る内に頭角を現していったヒナミとアイリ。


 そんな二人に対して、セリナは「万が一の時は、ユーちゃんの事を守ってあげてね」と、よく口にしていた。


 偶々(たまたま)居合わせていたユーリは、不服そうに「普通逆じゃないか?」と、返していたが、ヒナミとアイリにとって男や女、年下年上といった概念などなく、素直に「「うん!」」と、応じた。


 ユーリは、お世辞にも優秀とはいえず、実力はヒナミとアイリに遠く及ばない。


 だから彼を守るのは当たり前だと思っていたし、中等部時代もユーリに害を及ぼそうとする名家を裏でボコボコにし、父であるウィリアムに何度もお叱りを受けたりするのが通例となっていた。


 そんなトラブルメーカーなヒナミとアイリは、唯一セリナの言うことにだけは素直に従う。叔母も、どちらかといえば破天荒な部類の性格なので、不思議とウマが合うのも理由の一つかもしれない。


 ユーリは、臆病な性格(ゆえ)かあまり他人と衝突したがらないし、セリナも甘やかすものだから密かに将来を心配して、彼に相応しい嫁を見繕おうと、更なるトラブルを引き起こしたりなど、破茶滅茶な日常を送ってきた。


 外では、各戦線の兵士たちが命懸けで異種族と戦争をしているという事実やテロリストの存在に目を瞑り、故郷である都市アージアだけは戦場になる筈がないと思い込んでいた。


 これからもずっと、ユーリたちと賑やかで楽しい日々が過ごせればいい。それ以外は何も望まない、彼女たちは平和を満喫していたいだけなのだ。なのに――。


「「くっそぉォォォォォッーーー!!!」」


 かけがえのない日常は、呆気なく終わりを迎え、ヒナミとアイリを絶望の水底へと叩き落とした。


 何の相談もなくユーリが勝手に軍人になったことから始まり、知らない間に戦争が激化し、テロリストの活動が活発化し、何の前触れもなく突然セリナ・クロイスの計報が彼女たちの耳に届いた時、ようやくこの世界の残酷さを認識させられたのだ。


 都市タリアの壊滅によって、多くの死傷者が出て、その中に叔母の名前があるなど誰が思う?


 遺体は軍に回収され、情勢も相まってか軍葬に参列できず、最期の顔すら拝むこと叶わず、お別れとなってしまった。


 やるせない怒りと悔しさは、この事態を引き起こしたナイル・アーネストとグレンファルト、並びにミアリーゼへ向けられ、必ず仇を討つと心に誓う。


 けれど、そんな誓いも虚しく、従兄妹であるユーリ・クロイスが見知らぬ異種族たちを連れて帰ってきた事で、これまでに起きた全ての真実を知る事になった。

 

 そう、叔母を死に追いやった元凶は、何故かユーリの妹と名乗り、当たり前のように彼の隣にいた。


――シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー。


 叔父であるヨーハン・クロイスと、異種族の間に生まれた異端中の異端。


 ヒナミとアイリは、異種族に対する偏見は特に持ち合わせてはおらず、エレミヤたちの事はすぐに受け入れられたが、シャーレは違う。


 いくら反省して心を入れ替えたとはいえ、大切な叔母を死に追いやった張本人を赦すほどの寛容さは持ち合わせてはいない。


 それ以前に、幼い頃からずっと一緒だったユーリの隠された真実や、次々に明かされる情報の奔流に堪えきれず、脳が理解を拒んでしまったのだ。


 今二人がいるこの場所は、本当に現実なのか? あの臆病だけど優しかったユーリが、どこか遠い存在になってしまったこと。


 ヒナミとアイリより遥かに強くなって帰ってきた彼は、壮大な夢を懐いて命を懸けて戦おうとしている。


 ヒナミとアイリも、ごちゃごちゃ考えるのは止めて、ユーリを守ると誓った。


 叔母の意志を受け継いで、彼の守りたいものを一緒になって守るのだ。


 故郷である都市アージアが戦場になるというのなら尚の事。そう思って、必死に訓練に励んでいたのに――。


"お前たちは、一体どれだけの人に迷惑をかけるつもりだ! 親の言う事もまともに聞けない、実践経験すらないお前たちが出張っても、邪魔になるだけだと何故分からない!?"


 父であるウィリアムにそう言われ、頬を打たれたヒナミとアイリは、これまでの人生全てを否定された錯覚に(おちい)った。


 心の傷は計り知れず、よりにもよってそれをシャーレに見られたというのも大きい。


 頭がぐちゃぐちゃになって、持て余す想いを怒りに変えて、訳が分からなくなって二人は外へ飛び出した。


 執拗に追いかけてくるシャーレとシオンを撒くのに手間取っている間に、戦闘は始まってしまった。


 空間を制圧する絶大な魔力に翻弄されながらも、彼女たちは敵将たるミアリーゼを倒すために、一心不乱に都市を駆け抜けている。


「どいつもこいつも、ヒナたちを馬鹿にしてぇッ!!」


「この戦いで、ウチらが足手纏いじゃないってことを証明してやる!」


 許せない。ヒナミとアイリを認めない父やユーリたち。上から目線で偉そうに説法してくるシャーレも、故郷を陥れたミアリーゼも、全部全部全部全部消えて無くなればいい!!


 アイリが先行して、そのすぐ後ろにヒナミが付いている。


 万が一に襲撃があった場合すぐ対応できるように魔術武装(マギアウェポン)も展開しておく。


 訓練用ではない、本物の銃だ。万が一の時のために護身用として持たされていたものだが、殺傷性は充分。身体強化スキルの恩恵で、ビーストのシオンに匹敵する速度も出せている。


――気合いも魔力も充分。統合軍に奇襲をかけて、全員ぶっ倒してやる。


 そう意気込む彼女たちだが、戦争において一番重要な冷静さと状況把握力が、頭に血が昇った事で(おろそ)かになってしまっていた。


 否、それ以前に学生である彼女たちに、感情的に動く事の危険性が分かる筈もない。


 だからこの状況は、都市アージアに潜伏していた殺戮者にとって、あまりにも都合が良すぎた。


『――威勢が良いねぇ、お嬢ちゃんたち。急いでるとこ悪いが、ちょいと俺の用事に付き合ってくれや』


「…………え?」


 何の前触れもなく、突如として不快感を漂わせる男性の声音が、アイリの耳朶(じだ)を打った。


 同時に背後からゴキリッ、と骨がひしゃげたような鈍い音と共に「がッ」と、ヒナミの声にならぬ悲鳴が上がると。


「ヒ、ナ……?」


 振り返った先にヒナミはおらず、返事の代わりに、真横にあるショーウィンドウのガラスが砕け散り、激しい衝撃音が轟いていた。


「…………」


 何が起きたのか分からず、呆然と立ち竦むアイリ。


 バクバクバク、とうるさいくらいに心臓の鼓動が高鳴り、びっしょりと吹き出した汗がシャツを濡らした。


 恐る恐るショーウィンドウの中へ目を向けると、そこには信じられない光景が映っていた。


 ガラス面の中心に大きな穴が空いており、その他の部分がヒビ割れ蜘蛛の巣のように広がっている。


 そのガラスの向こう側――マネキンや衣装諸共巻き込み散乱する施設の中に、血塗れのヒナミが仰向けで倒れていたのだ。


「ヒ、ヒナ!!」


 見るも無惨な双子の姉の姿に、頭が真っ白になり、慌てて駆け寄ろうとするアイリだが。


『おっと、動くなよ? 動いたら、このキュートなお嬢ちゃんを殺しちまうぜ?』


「ッ」


 刹那、倒れているヒナミの方角から、先程聞こえた不快感を漂わせる男性の声が響き、アイリは足を竦ませる。


 彼女の視界には、男の姿が映っていない。映っていないが、間違いなくそこにいると分かる。

 

 やがて、倒れているヒナミの真上にある虚空が、映写機のように漆黒の何かを映し出していく。


融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポン――殺戮怪魔(ベルナーデ)


 仰向けで倒れているヒナミの上に腰を降ろす形で姿を現したのは、人型の機械仕掛けの昆虫のような鎧を纏った異形の存在だった。


 こいつは、一体何者だ? 明らかに正規軍らしからぬ風貌に、アイリは戦慄したまま動けない。


「アイリ、ちゃん……逃げ――」


 かろうじて意識があるのか、ヒナミは掠れた声で逃げるように促すが。


『へぇ、まだ意識があんのか。お嬢ちゃん見た目に似合わずやるなぁ。それでこそ、(なぶ)りがいがあるってもんよ』


 ベルナーデは、嬉々としてそう言うと、ヒナミの髪を強引に鷲掴みして起こさせた。

 

「がッ……!」

 

 痛みに顔を歪めるヒナミを見て、アイリの中で怒りが沸き立つ。手にした銃に魔力を込めて、目の前の男を撃ち殺そうとするも。


『動くなって、言わなかったか? 次動いたら、このキュートなお嬢ちゃんの顔を削ぎ落とす』


 と、ベルナーデが制しアイリは銃を構えたまま硬直する。


 ヒナミを人質に取られた以上、アイリは絶対に引き金を引くことができない。


 加えて、ヒナミの腕の骨があらぬ方向に曲がっており、身体の至る部位にガラス片が突き刺さった痛々しい姿を晒している。


 放っておけば死ぬ、かといって動いても殺される。ヒナミが死ぬなんて絶対に駄目だ。ならばどうすればいい?


『なに、簡単に殺しはしねぇよ。そうだな……俺の野暮用に付き合ってくれたら、このお嬢ちゃんを助けてやる』


「……え?」


 野暮用? つまり、ベルナーデは目的があってわざわざこんな危険な戦場に足を運んだのか?


『お嬢ちゃんたち、クロイス家関係者だろ? ミグレットって名前の異種族のお嬢ちゃんを探してんだが、何処にいるのか知らねぇか?』


「「!?」」


 ミグレット。ユーリと志を共にするドワーフの少女の名前。意外すぎる人物の名前が挙がり、ヒナミとアイリから困惑と動揺が広がっている。


『俺個人はどうでもいいんだけどよ、ご主人様にやり方は問わねぇから、必ず連れて来いって命令されててな。

 どうすっか考えてた時に、偶々お嬢ちゃんたちが走っていく姿が見えたもんだから、幸運だったぜ』


 アイリの頭の中で、状況が整理できずに混乱が広がっていく。


 ミグレットを探しているというベルナーデの言葉に、戸惑いを隠せない。しかし、目の前で苦しむヒナミの姿に、冷静に判断することさえままならない。


『俺をミグレットちゃんのところまで案内してくれんなら、お嬢ちゃんたちを生かしてやるがどうする?』


 できる筈がない。仮に案内したところでヒナミの命が助かるという保証もない。


 加えて、ミグレットの居場所を教えるということは、(すなわ)ちユーリを裏切るも同然の行いだ。そんなことになったら、一生後悔する。


『おいおい、黙ってちゃ分かんねぇだろ?』


「あぐっ」


 ヒナミの髪を掴み上げたベルナーデが、更に力を加えていく。加えて空いた手の甲からブレードのような物が飛び出し、ヒナミの喉元に突きつけていく。


「や、やめっ」


『止めてほしいなら、さっさとミグレットちゃんの居場所を教えな。

 とはいえ、俺は女子供を傷つけるのが趣味だから、個人的にはもう少し楽しみてぇところなんだがなぁ……』


「ヒッ」


 ブレードをヒナミの頬に当てて、ゆっくりと皮を削ぐように当てていくベルナーデ。


 血が滴り落ち、恐怖に歪んだヒナミとアイリの表情が、彼を悦に震わせている。


「やめ……」


 こんなにも、こんなにも自分たちは弱かったのか?


 何もできず、ただ一方的にされるがままいいようにされて死か裏切りという究極の二択を押し付けられる。こんな事になるなら、素直に父の言う事を聞いておけばよかった。


「う、うぅぅ……ッ」


 悔しい。ヒナミが人質に取られているのに、惨めに泣くことしかできない自分が。


「お兄、ちゃん……」


 ヒナミも激痛に苛まれながら、ユーリの名を呟く事しかできない。


「お兄……」


 ヒナミとアイリの脳内に真っ先に浮かんだのは、ユーリ・クロイスの姿だ。


 普段は頼りないのに、いざとなったらいつも二人を助けてフォローしてくれた。


 双子の姉妹にとって、何よりもかけがえのない存在。そんな彼の大切な仲間であるミグレットを売るなんて、死んでも御免(ごめん)だ。


「「誰か、誰か助けてぇぇええええッーーー!!」」


 最早、二人にできることは、誰かに助けを求めることだけ。だけど、こんな状況で都合よく助けが来るなんてことある筈が――。


魔術武装(マギアウェポン)展開(エクスメント)――無窮血鎖棺(クリュプト)


 それは、如何(いか)なる偶然の奇跡か。


『何!?』


 突如として出現した無数の鎖が、アイリの横を通り過ぎ、ブティック内にいるベルナーデの身体に絡みついていく。


 予想外の敵襲に動揺したベルナーデは、咄嗟にヒナミを手放して離脱しようとするが、拘束された鎖からは抜け出せず、そのまま外へ引き()り出されていった。


『誰だ、邪魔しやがった奴は!!』


 宙に放り出された状態のまま身体に絡みついた頑強な鎖を両手足からブレードを展開し、身体を捻転させて斬り裂いていったベルナーデは、横やりを入れた第三者の姿を捉える。


 そこには華奢な風貌の少女があった。背後に聳え立つ巨大な機械仕掛けの(ひつぎ)から無数の鎖がジャラジャラと蠢いている。


 少女もまた、ベルナーデの姿を捉え、一気に跳躍し、瞬時に距離を詰めると。


魔術武装(マギアウェポン)展開(エクスメント)――血刎大魔鎌(アルバアリス)!」


 華奢な風貌に似合わぬ巨大な機械仕掛けの大鎌を軽々と持ち上げ、力の限り振り下ろした。


「はぁぁああああッーーーー!!!」


『チッ』


 ベルナーデは、舌打ちしながら迫る大鎌の刄の側面部を蹴り、弾き返す。


 獲物を仕留め損ない、苦々しい表情を浮かべながら地表に着地した少女は、ベルナーデを親の仇であるかのような鋭い殺気をぶつけていく。


「……くもッ」


 絞り出すような少女の声音は、怒りで戦慄(わなな)いている。


『あ?』


「よくも、ヒナミさんとアイリさんを! あなただけは、絶対に許しません!!」


 ヒナミとアイリの窮地の危機を救った元グランドクロス――シャーレ・クロイスは、怒髪天を突く勢いで殺意の大鎌をベルナーデへ向けていった。

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