第190話 都市アージア防衛戦
危険を犯してメディアに出演したエレミヤたちの想いは、ミアリーゼ・レーベンフォルンに届くことはなく、無情にもアルカナディアから放たれる超大型姫光魔術主砲が、戦闘開始の合図となった。
やはり、エレミヤの言葉ではミアリーゼの心にまで届かない。
ユーリにとって特別で大切な想い人が故郷に牙を向ける。それがどれ程彼の心を傷つける行いか、本当に分かっているのか?
ミアリーゼの中には、凝り固まった正義感だけしか残っていない。誰の言葉も受け付けず、振り返ることすらなく前に突き進むしか道はないのだろう。
自らを正義の枷で縛り付け、他者の自由を奪おうとする姫君は、きっと心すらも置いてけぼりにしてまっている。
(ミアリーゼ・レーベンフォルン――私は今度こそ、あなたを止めてみせるわ)
最早、ミアリーゼとの交戦は避けられない。戦力差の割合は、前回の戦争と変わらない。
圧倒的不利な状況で、現代文明を遥かに上回る技術を用いて開発されたオーバーテクノロジーの産物――あんな要塞のような巨大な空飛ぶ戦艦相手に勝利するのは至難の業ではあるが、やってみせる。もう誰も死なせたりするものか。
初手で、ミアリーゼが戦艦主砲を放ってくることは事前に読めていた。エレミヤは、焦ることなく迅速に指示を下す。
「サラ、お願い!!」
都市カーラの二の舞にはさせない。ウィリアム含めて、危険を犯して協力してくれた職員のいるアージア市庁舎には、魔法一発だって当てさせはしない。
「分かった!」
サラは、即答すると同時に、職員が開け放ったフロアの窓側へ駆け出し、一目散に外へ飛び出す。
地上六十階のフロアから飛び降りるなど、正気の沙汰ではない。市庁舎周辺を防衛している兵士たちが豆粒のように小さく映っている。
だが、サラはビーストとして卓越した身体能力を持つ身だ。
落ちても死ぬことはなく、加速スキルで助走をつけたことによって、充分な滞空時間を確保した彼女は、視界に満遍なく広がり襲いくる超大型姫光魔術主砲を迎え撃つべく渾身の魔力を捻り出す。
「神遺秘装――娼嫉鏡笏!!」
彼女の眼前に、クリスタルのように煌めく、全面万華鏡に覆われた笏状の杖が展開される。
盾としては少々心許ない形状だが、サラの娼嫉鏡笏は、唯一無二の特性を誇っている。
エレミヤも、恋人であるオリヴァー・カイエスも、ウィリアムたちも、命を預けたサラの背中を固唾を呑んで見守る中で。
「いけぇぇぇええぇぇぇーーーーッ!!!」
気合一閃の方向と共に放ったサラの娼嫉鏡笏が、超大型姫光魔術主砲と接触した。
◇
姫動魔術戦艦の艦主砲を放ったミアリーゼ・レーベンフォルンは、突如として鳴り出した緊急アラートを耳にした瞬間、本能のままに叫ぶ。
「緊急回避!!」
疑問を挟む余地もなく、全長百メートルもある巨大な船体が、強固な魔力防御障壁に覆われると同時に、急速旋回しながら回避行動に移る。
その行動は正解で、先程までアルカナディアが滞空していた場所目掛けて超大型姫光魔術主砲が寸分違わぬ威力で跳ね返ってきたのだ。
「「「ぐぅぅううぅぅっ!?」」」
球体状に覆った魔法障壁を掠めたのか、衝撃で船体が激しく揺さぶられる。
ミアリーゼも何が起きたのか分からず、必死に状況把握に努める。
「一体何が……」
アージア市庁舎は健在。今も尚天高く突き上げるようにビルが聳え立っている。
都市境界の外から放ったとはいえ、堕とせなかった事実――状況を見るに、自慢の戦艦主砲が何者かに跳ね返されたのは間違いない。
この現象は、魔術武装による物ではなく、魔法すら超越せしめる神遺秘装によって引き起こされたものだ。
何故、エレミヤにあのような力が? 以前の戦争では魔法障壁しか用いていなかった筈。それに、彼女の神遺秘装が戦闘に何ら役にも立たない代物だということも判明している。
(いえ、エレミヤの仕業とは限りませんわ。下手に魔法砲撃を撃てば、跳ね返されるという事実だけ受け止め、迅速に次の手を――)
超大型姫光魔術主砲は、チャージまで時間がかかる上に、消費魔力も相応に必要とする。
跳ね返されるのでは撃つだけ魔力の無駄だ。恐らく敵側も無限に跳ね返せるわけではない筈だが、ムキになって迂闊な真似をすれば敗北を招く。
エレミヤ相手に、慢心や油断は一切しない。
今現在も、メディアに全国中継されている状況も相まって、ここで敗北すればミアリーゼは本当の意味で終わってしまう。
(絶対に勝つ、負ければ私に付いてきてくれた方たちに申し訳が立ちません。
兵の数や戦力は、こちらが優っています。砲撃がダメなら、圧倒的手数で押し切りるだけです!)
「ミアリーゼ様、強大な魔力反応を検知! 本艦目掛けて一直線に接近して来ます!」
「!?」
クリスフォラス家組員の上げる声と共に船橋内が再び警告音で満たされていく。
刹那の内にモニターが切り替わり、強大な魔力の発生源たる人物の顔を映し出す。
「ユーリッ……」
ユーリ・クロイス。記憶にある彼と変わらぬ相貌は、最早見間違えようがない。
エレミヤがいる以上、彼がアージアに潜伏していることは分かっていた筈なのに、どうしてこうも胸が締め付けられるのか。
クロイス家が、虚偽の報告をしていたこともそう、誰も彼もが自身の利益のために平然と嘘を吐く。
古くから付き合いがあるため、信じてみればこの様だ。兄も、幼馴染も、皆がミアリーゼを平然と裏切る。
(私はもう……あなたを討つ事を躊躇いはしません。今日この日、全ての過去を終わらせてみせる――人が在るべき正道を切り開くために、今度こそ!)
ユーリは両手に持つ回転式拳銃による風魔法を駆使して、アルカナディア目掛けて突っ込んできている。
加えて、市街地に配備されたアージア治安維持部隊の装甲戦車から、畳み掛けるように砲撃が放たれた。
◇
「ミアリーゼ様!」
本当は、今でも信じたくない。ユーリ・クロイスの生まれ故郷であるアージアへ攻撃を敢行したのが、あのミアリーゼ・レーベンフォルンである事を。
空に浮かぶ要塞のような巨大戦艦から放たれた砲火を、サラが神遺秘装を発動し、華麗に跳ね返してみせた。彼女がいなければ、今頃カーラ市庁舎の二の舞になっていたことだろう。
結果として、先手は種族連合側に有利に傾いた。向こうは、サラの神遺秘装を警戒して、迂闊に戦艦主砲を放つことができない。
現時点でミアリーゼさえ抑えておけば、市庁舎は撃たれることはない。
統合連盟軍が、エレミヤたちを撃つにはアージア領内へ侵攻する必要があり、そこは防衛部隊が命懸けで食い止めることだろう。
この都市アージア防衛戦で、どれだけの被害や犠牲者を被ることになるのか。考えるだけで胸が締め付けられる。
「もう、やめてください! こんな一方的に脅すようなやり方で、胸を張って正義だと言えるんですか!? ミアリーゼ様!!」
ユーリの悲痛な叫びは物理的に距離が隔たっているため、ミアリーゼに届く事はない。それは心に於いても同じで、分かっていても叫ばずにはいられない。
両手に展開した二つの四大魔弾を駆使して、ジェット機顔負けの速度で空中を駆け抜けるユーリは、僅かに姿勢制御を崩したアルカナディアを眼前に捉える。
ファルラーダの千術魔術武装なんて目じゃない出鱈目な大きさだ。
旧時代のテクノロジーが余すことなく搭載された超巨大戦艦に勝つ事は実質不可能に近い。だけど、それでも――。
「ッ」
ユーリは、右手に持つ回転式拳銃を解除すると同時、己が持つ最大火力を叩き込むべく渾身の魔力を収束させていく。
「このまま押し返す! 換装・千術魔閃斬々剣!!」
全長十五メートルに及ぶ超弩級大型大剣が展開され、物理的な意味において姫動魔術戦艦を押し出す為に、ユーリは大きく振りかぶる。
同じく戦艦を後退させようと、都市アージアを守るべく地上に配備された数多の装甲戦車からも支援砲撃が放たれた。
「届けぇぇぇええぇぇぇぇッーーーー!!!」
ユーリは、二重の意味を込めて、ありったけの全てを乗せて叫びを轟かせる――が、しかし。
「魔術武装・展開――機神守城門」
刹那、剛毅果断なる女性の声音と共に、アルカナディア前方に展開された全長三十メートルを超える巨大な機械仕掛けの城門が、圧倒的存在感を放ちながら出現し、ユーリの放った千術魔閃斬々剣と、装甲戦車のから放たれた無数の砲撃を正面から受け止める。
「何!?」
目の前で起きた現象が信じられず、千術魔閃斬々剣と、機神守城門が激突した衝撃で、ユーリの肢体が大きく吹き飛ばされ、止むなく後退を余儀なくされる。
「ぐぅぅッ!?」
完全に押し負けた。
千術魔閃斬々剣が、衝撃に耐え切れずバラバラに砕け散っていく。
対する機神守城門からは、大きな亀裂が奔るも、言語を絶する圧迫感を放ちながら尚も顕在していた。
「くっ」
突破できなかった事に対し、悔しさを滲ませつつ、無人の建造物の上に着地したユーリとアージア治安維持部隊へ向け、追い討ちのごとく隔絶たる魔力の重力が、空間を軋ませながら襲いかかってくる。
「本当、どんな魔力してるんだよ……」
何度受けても慣れないし、恐怖が迫り上がる。アージア防衛部隊の面々も、戦々恐々といった様子で動けずにいる。
ユーリは、額から一筋の汗を垂らしながら、超巨大城門の上に立つ、ダークスーツを着用した麗人を見上げる。
そう、この人こそフリーディア統合軍連盟軍最大最強の戦力を持つ者の一人――。
「よう……久しぶりだな、ユーリ・クロイス。
私の忠告を無視して戦場に顔を出したってことは、そういう意味でいいんだよな?」
千術姫の異名を司るグランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス。
姫動魔術戦艦よりも、遥かに恐ろしく、無限に等しい強大な魔力を有する彼女と邂逅するのは二度目になる。
「ファルラーダさん……」
前回の戦争では傷一つ付けることすら叶わず、大切な仲間を一人亡くしてしまう事態に陥ってしまった。
もう二度とあんな悲しい想いはしたくない。彼女が、ダニエル・ゴーンの敬愛する師であるとはいえ、故郷を撃つというなら止めねばならない。
「私は、ミアリーゼ様の臣として、正道の邪魔となる貴様を殺さねばならん。
覚悟はいいな? 前回のように見逃す、なんて甘い行動は二度と期待すんなよ。
私を超えなければ、貴様が目指す異種族との共存共栄は為せないと知れ!!」
卑劣な手は使わず、正々堂々と挑む千術姫の姿勢は、全く変わらない。故郷の危機だというのに、内心尊敬してしまっている自分がいる。
これは、あの時の戦闘の続きだ。ユーリは、敗北したと思っていたが、ファルラーダの方も、勝利したとは思っていない。
消化不良に終わった戦いの決着を今度こそ付けるぞと、視線が物語っていた。
「勝つ、今度こそ!」
だからこそ、受けて立つ。
元々ユーリの役目は、ファルラーダを抑えることだ。
アルカナディアは、エレミヤに任せ、己は己の果たすべき務めを果たそう。この人を止められなければ、ミアリーゼ・レーベンフォルンには届かないから。
◇
ファルラーダ・イル・クリスフォラスの参戦により、いよいよ本格化し始める種族連合とフリーディア統合連盟軍の戦闘。
ミアリーゼは、臣たるファルラーダの背中を胸に刻み、本命たるエレミヤ討伐のためにアルカナディアを一時離脱させていく。
都市の境界外周に沿うように船体を移動させていき、統合軍主力部隊と合流すべく突き進む。
「これより、アルカナディアは都市アージアへ侵攻を開始いたします!
目標は、アージア市庁舎ならびに種族連合の残党――エレミヤの抹殺です。
種族連合残党は、これまでの相手とは一線を画す戦力を持っていますので、女子供だろうと油断せず、気を引き締めてかかってください!」
『『『『『『了解!!』』』』』』
そうだ、脅威となるのはユーリ・クロイスとエレミヤだけではない。向こうには、元グランドクロスのシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー含め、数多くの猛者たちが集っている。
「テスタロッサ、聞こえていますね! 好きに暴れて構いませんが、くれぐれも兵たちを巻き込まぬよう留意してください!」
『………………』
返事は聞こえないが、彼の耳には届いている筈だ。素直に命令に従うとは思えないが、敵陣営の手練れを仕留めてくれるならば目を瞑ろう。
「アルカナディアが前に出し、敵装甲車両及び各所に配備された超大型魔砲の砲撃を迎撃しつつ、防衛網を突破いたします。
その間にも、市庁舎への攻撃は続行、高速ミサイルを全弾射出してください」
「「「「「了解!」」」」」
ミアリーゼの指示のもと、乗組員たちが魔力を込めてパネルを操作していく。
そして、姫動魔術戦艦に搭載された幾重にも及ぶミサイルを、市庁舎目掛けて射出させていく。
(超大型姫光魔術主砲は跳ね返されましたが、ミサイルなら……。仮に跳ね返せたとしても、多方から迫るミサイルの群に対応するのは困難な筈です)
先程の艦主砲を跳ね返したのは、あくまで個人の能力によるものだ。
身体が一つしかない以上、同時に多方向から迫るミサイルに対応することはできない。
ミアリーゼ自身、この攻撃で決着がつくとは端から思っておらず、敵がどんな防衛手段を有するのか見極め、本命の主力部隊侵攻の足掛かりとすべく放ったのだ。
「あれは……」
姫は、市庁舎を映したモニターを拡大させ、二つの人影が猛スピードでビルの壁面を駆け上がっていく姿を目に留める。間違いない、あれは――。
「オリヴァー・カイエス、サラといいましたか。恐らく、先程砲撃を防いだのは彼女の神遺秘装の力……。では、彼は何を?」
ビルを勢いよく駆け上がるサラの背に、オリヴァーが跨っている形だ。
退避するわけではない、彼らは一気に屋上へ降り立つと、迫るミサイル群を迎撃する構えを取っている。
「まさか……!?」
『魔術武装・展開――薔薇輝械!!』
気付いた時にはもう遅い。
オリヴァーが展開した薔薇輝械が、うねりを上げて伸縮し、迫るミサイル群を一斉に叩き落としたのだ。
アージア市庁舎周辺の空が、爆炎に包まれると同時に凄まじい衝撃が広がっていく。
ミアリーゼたちに爆発の影響はないが、市庁舎内は今頃、激しい大地震に見舞われたがごとき衝撃に見舞われていることだろう。
とはいえ標的は顕在。オリヴァーとサラの二人を突破しない限り、エレミヤ打倒は叶わないということ――しかし、問題はそこにはない。
「対応が早すぎますわ、一体何故……?」
まるでこちらの動きが見えているかのように完璧なタイミングでアルカナディアの高速ミサイルに対応してのけた。
オリヴァー・カイエスが高い実力を持つとはいえ、百発近くのミサイルを漏らさず迎撃するのは至難の業だ。
「まさか、見えているのですか? 敵防衛部隊の位置も、完全に侵攻部隊に合わせられていることから、向こうにも何かしらのこちらの動きを把握する手段が……」
いや、考えられるとすれば一つしかないではないか。以前の戦争で、徹底的に地の利を奪い、活用して戦力差を埋めたエルフの姫巫女。自身が意識して止まない、エレミヤが。
「エレミヤの神遺秘装……それしか考えられません。
思えば、市庁舎周辺の守備が手薄すぎる……オリヴァー・カイエスとサラに一任して、残りの戦力を全て都市近郊の防衛に回したのですね」
とはいえやる事は変わらない。落ち着いて、冷静に、状況判断を間違えれば一瞬で戦力差は覆る。一歩一歩、着実に追い詰めていけばそれで勝てるのだ。
「敵の防衛手段が判明したのは行幸。ならば、アルカナディアを囮にして敵の陣形を崩していきましょう。
市庁舎への攻撃も続けます。魔力を温存するために、威力は最小限に留めてください。恐らく向こうは余裕がなく、全力で迎撃するしかないでしょうから」
姫動魔術戦艦というオーバーテクノロジーの産物がある以上、エレミヤたちは嫌でも意識を割かざるを得ない。
無意味な攻撃や移動で撹乱していき、ミアリーゼ自身を囮にして本命の部隊に切り込ませる。
問題は、ファルラーダがユーリに敗北した場合だが……いや、そんな可能性はある筈がない。
彼女ならきっと、ミアリーゼの期待に応え、裏切り者を討ち果たしてくれるだろうから。