第189話 緊急会見
ユーリ・クロイスの故郷である都市アージアが戦火に見舞われる。
最早変えようのない事実に、戦線に復帰したファルラーダ・イル・クリスフォラスは、神妙な面持ちで、姫動魔術戦艦の船橋内、艦長席のすぐ隣で待機していた。
(ユーリ・クロイス、エレミヤ。奴らがアージアに潜伏していることは間違いない。
市民の避難も順調、且つ都市アージア治安維持部隊が防衛網を展開つつある。やはり、ミアリーゼ様に与する道を選ばないか)
勧告を出して尚、この状況ということは、都市アージアはフリーディア統合連盟軍と敵対する道を選んだということ。
中立派筆頭だったウィリアム・クロイスが、グレンファルト率いる革命軍に属することはあり得ないため、千術姫の予想通りユーリ・クロイスが絡んでいることは間違いなさそうだ。
「ファルラーダ、今回は遠慮など必要ありません。戦闘開始直後、速やかに都市アージアへ侵攻してください」
「御意!」
ミアリーゼの座す艦長席から命が放たれ、恭しく応じるファルラーダ。
胸の内に痞のようなものを感じながらも、その忠誠心は微塵も揺らぐことはない。
「今回は、テスタロッサも参戦するそうです。彼には、アリカ・リーズシュタットの相手を任せますので、ファルラーダはユーリ・クロイスの相手をお願いいたします」
「テスタロッサ……」
緋色の亡霊の名を聞いて、ファルラーダは複雑そうな表情を隠せずにいる。
シャーレ並みに危険で、信用のおけないあの男を飼い慣らせる者などいない。好き勝手に暴れて、戦場を混乱に陥れるのがオチだというのに。
「ファルラーダは、テスタロッサが何者なのかご存知なのですか?」
アージア市民が避難を完了するまでの、ごく僅かの間に、ミアリーゼは何気なく浮かんだ疑問をファルラーダへ問いかける。
「いえ。私が初めてエヴェスティシアに来た時には、奴は既にグランドクロスとして君臨しておりました。
正直、テスタロッサの正体が何者かは想像もつきません。
最古参であることは間違いないですが、シャーレ以上に常識が通用せず、大人しくミアリーゼ様の命に従うとは思えませんので、充分に警戒なされますよう留意願います」
グレンファルトよりも以前からグランドクロスとして君臨していたテスタロッサ。今、彼が何処にいるかも定かでない状況で、味方だと信用を置くのは危険すぎる。
「分かっていますわ。万が一の時は、よろしくお願いします。最早信用できるのは、あなたとクリスフォラス家の皆様だけ……ファルラーダ、あなたはずっと――私の味方でいてくれますか?」
「…………」
縋るような姫の問いに、思わず瞠目してしまうファルラーダ。
統合連盟総帥代行の地位に就いてから、自身の目指す正道に共感が得られず、大半の離反者を出した事実や、自身が入院している間にも様々なことがあったのだろう。
ミアリーゼから覇者としての光が弱まり、年相応の不安を抱えた少女の眼をしていたのだ。
その時、ファルラーダはユーリ・クロイスやナイル・アーネストに言われた様々な言葉が脳裏に過り、それを振り払うように強く応じた。
「無論です。あなた様の正道を阻む敵は、全て駆逐してご覧にいれます!」
ファルラーダの道が、またしても間違ってしまったなんて認めるわけにはいかない。
ユーリ・クロイス……彼の母親には多大な恩義があるが、それとこれとは話が別だ。
逃げるなら見逃す、投降するなら甘んじて受け入れよう。だが、戦場に出てくるというなら話は別だ。
今度こそ、全てを終わらせるために。奴らを正義の暴力で捩じ伏せてやろう。
その時――。
「――ミアリーゼ様、お嬢! 都市アージアより緊急会見が開かれる模様です!」
乗組員であるファルラーダの右腕を自称するスクライド・ハウバーの言葉に、ミアリーゼは焦りを滲ませながら指示を飛ばした。
「すぐに映像を映してください!」
中央モニターの画面が切り替わり、アージア都市長であるウィリアム・クロイスの姿が映し出される。
画面越しでも分かる程、疲労を色濃く窺わせながらも、その瞳は微塵も揺るがず、覚悟の焔で燃え上がっており。
『全都市におられる人類の皆さん。私は、アージア都市長を務めるウィリアム・クロイスです。
テレビをご覧になられた方々は、既にご存知の事と思いますが、現在アージアはミアリーゼ様率いる統合連盟軍に包囲され、無条件降伏を強いられている状況にあります』
ミアリーゼとファルラーダ、そして乗組員たちが緊張感を滲ませながら、モニターを食い入るように見やる。
『私はこれまで、統合軍と革命軍……どちらの陣営にも属さない中立派として、話し合いによる平和的解決を模索してまいりましたが、力及ばすこのような結果となってしまったこと、避難を強いられる市民の皆様に改めて謝罪を述べさせていただきたく存じます』
ウィリアムは、謝辞を述べながら強く頭を下げる。
無関係な市民からすれば、大人しく投降するべきだと声を上げる者が多い筈。実際、彼の耳にも飛び交っているだろうに、敢えてその道を選ばずミアリーゼたちと戦おうとしている理由、それは――。
『ですが、私はどれ程の批難を浴びようとも、統合連盟政府に与することは致しません。無論、グレンファルト様率いる革命軍にも。
その理由は、今のレーベンフォルン家御兄妹を野放しにすれば、何世界の全てを滅ぼしてしまうと考えているからです。
ミアリーゼ様が仰ったように、グレンファルト様はテロリストを裏で率いて統合軍連盟政府転覆を企てていた。それは今も変わらず、例え世界を犠牲にしてでも手に入れようとしている筈です。
ミアリーゼ様も同様に、逆らう者には容赦なく武力による制裁を行う――そんな者たちが率いる未来の……どこに平和があるというのでしょうか!?』
「勝手なことをッ」
ミアリーゼは、怒りを滲ませながら拳を握りしめている。
「…………」
ファルラーダは諌めず、ウィリアムの演説を、ユーリ・クロイスの言葉と同義に捉えて深く吟味している。
『私は、都市アージアだけでなく、この世界全ての平和を願って今ここに立っています! 無論、それは我々に限った話ではありません。
我々フリーディアが誕生してから二千年弱、異種族と永きに渡る争いの果てに齎した結果がこれです!
テレビをご覧になった皆様も見たでしょう!? 革命軍は、異種族すらも味方としている事実を!』
それは、ナイル・アーネストが都市を襲撃した際に、水精霊ウェンディが目立ちたいあまりにテレビカメラに映ってしまったという事実。
これによって、市民は初めて生きた異種族の姿を目の当たりにし、その恐怖を刻まれたのだ。
『人類の仇敵として存在する異種族ですが、その種類は多岐に渡り、多種多様な考え方を持っています。
我々フリーディアが一枚岩でないように、異種族側にも平和を願い、我々のために命を賭けて守ろうとしてくれている者たちがいることを、先ずは皆様にも認識していただきたい』
「「!?」」
この時、ミアリーゼとファルラーダの脳裏に浮かんだのは、種族連合を率いていたエルフの姫巫女の姿。
『そして、彼女たちがどんな想いで平和を、未来を紡いでいこうとしているのか、直接言葉を届けたいと危険を犯してお越しになられました。
どうか皆様も落ち着いて拝聴されますよう、よろしくお願いいたします――』
そして、ウィリアムが画面外へ移動すると同時に姿を現したのは都合三名の男女だった。
一人は言わずもがな、ミアリーゼにとって仇敵に等しい妖精人族の姫巫女であるエレミヤ。
そして意外だったのが、人間であるオリヴァー・カイエス、獣人族のサラが手を繋いで現れたこと。
あの二人は、ダニエル・ゴーンが命をかけて守ろうとした希望。あれだけの被害を被ったにも関わらず、奴らはまだ人類と異種族の共存共栄を諦めていない。
『テレビをご覧の皆様、初めまして。私は、エレミヤと申す者です』
どこか近寄りがたい高貴な雰囲気を漂わせ、丁寧な所作でエレミヤは深く頭を下げる。
『あなた方フリーディアに滅ぼされたエルフ国の姫巫女の位にあり、現種族連合の代表を務めております。そしてこちらは、フリーディアのオリヴァー・カイエスと、ビーストのサラ。
我々は種族連合を代表する者として、胸に懐く想いを知ってもらうために、ウィリアム氏協力のもと、こうして足を運んだ次第です』
「エレミヤッ」
ミアリーゼは、ファルラーダにすら見せたことのない形相で睨んでおり、今にも攻撃指示を下さん勢いだった。
『我々、種族連合の抱える想いはただ一つ。あなた方フリーディアとの戦争の終結、並びに互いの相互理解による和平の締結、果ては共存共栄という新たな未来を築くことにあります。
以前行われました種族会談の折に、故エルヴィス・レーベンフォルン様並びに統合連盟政府首脳陣の方々とお酒を酌み交わし、互いに共存共栄を為していこうと話し合ったことは記憶に新しい』
エレミヤは過去を悔いるように、刹那の間を開け。
『しかし、テロ組織ルーメン、ナイル・アーネストとグレンファルト・レーベンフォルンの暗躍により、それは叶わぬ夢となってしまいました』
ドラストリア種族大戦。ナイル・アーネストとダリル・アーキマンが弾いた引き金により、全ての歯車が狂ってしまった。
「…………」
亡き父の名を出された姫君は、何を思うのか? ファルラーダは、無言でいつでも出られるよう、臨戦態勢を整える。
『当然、私の言葉を信じられないと思う方々が殆どでしょう。証拠はありませんが、エルヴィス様と交わした会話は一字一句この身に刻まれております!
あの御方は、スポーツ観戦を趣味としており、私に是非見るようにと勧められました』
「ッ」
ミアリーゼの尋常ならざる反応を見るに、恐らくエレミヤの言葉は事実なのだろう。
『他にも、ご子息との不仲を憂いておられた事。また、スラムの現状を踏まえ、我々との和平を切っ掛けに、観光業を生業とし、少しでも皆さんの生活が豊かになるよう、考えておられました!』
ファルラーダたちでは知る由もない。当事者間でそんな事を話し合っていたのだと、クルーたちからも動揺が広がっている。
『フリーディアと我々の共存共栄、一見不可能だとお思いでしょうが、ここに種族の垣根を超えて、互いに想い合い愛し合う二人の恋人がおられます!』
エレミヤは、懸命に想いを訴えかけ、希望のバトンをオリヴァーとサラへ託した。
『先程、エルフの姫巫女よりご紹介に預かりました、都市タリア出身のオリヴァー・カイエスと申します』
『ビーストのサラと申します』
緊張を露わにする二人の姿を、観ている者たちにどう映っているのか?
『こ、これを観ている皆様には、信じられない事と映るでしょう。しかし僕……じゃなかった、私とサラが恋人関係というのは紛れもない事実であり、一生をかけて彼女を守っていきたいと思っています』
ガチガチに緊張しているオリヴァーは、言葉に躓きながらも、懸命に見ているフリーディアたちに訴えかける。
『サラは、噂に聞くような化け物なんかじゃありません。世界の誰よりも綺麗で優しくて、生涯を共にしたいと思える程に素敵な女性です! 少し嫉妬深いですが、それがまた可愛くて、偶に口煩い時もありますが、それも私を愛してるが故に出た言葉で、ふたとした瞬間に見せる笑顔を見て、日に日に愛おしさが募っていっています!』
『〜〜〜ッ!』
緊張で台本の内容が頭からすっ飛んでしまったのか、何故か盛大に惚気の言葉を述べるオリヴァーにサラは顔を真っ赤にして俯いている。
明らかに予定のないアドリブだと誰もが思った瞬間だった。
『彼女は以前、フリーディアに気持ちの悪い化け物と罵られたことがあります。テレビをご覧の皆様に、サラとエレミヤはどう映っていますか!?
ハッキリ申し上げます、彼女たちの一体どこが化け物だというのですか!? 正直、僕にはコスプレとの違いが分かりません! こんなにも綺麗で美しくて可愛いサラが、何故化け物と罵られなければならないのか理解に苦しみます!
僕は、一人のフリーディアとして声を大にして言わせていただきたい! 人間、異種族など関係ない、たまたま愛した女性が異種族だったというだけで、互いの種族は理解し合い、愛を育んでいけることを!!』
『オリヴァーくん、暴走しすぎだよ! もうやだぁ、恥ずかしくて死んじゃう!!』
フリーディアに、異種族の存在を理解してもらう為に、熱弁を奮うオリヴァーだが、サラが羞恥に耐えきれなかったようで、慌てて画面外へと逃げていってしまう。
『あぁ、サラ!? すまない、緊張しすぎて僕も途中で何がなんだか訳が分からなくなって――』
そう言いながら全国放送で恋人の背を追いかけるオリヴァーは、他の者にはどう映っているのだろうか。
「「「「「…………」」」」」
多分、ダニエルなら爆笑していただろう……。ファルラーダも微笑ましくて、笑いかけたのは内緒。
この状況で、あんな事が言えるオリヴァーはある意味大物だ。本人は、そんなつもりはないかもしれないが、流石ダニエルが認めた友人だけある。
(ちッ……私の方こそ、こんな時に何を)
愛弟子が、命をかけて守った彼らをファルラーダたちは討とうとしている。その行いは、本当に正義といえるのか? 入院中に見舞いに来たセバス・ロードヴィルの言葉が脳裏に過ぎる。
"お嬢様。老い先短い老人の戯言ですが、ミアリーゼ様と彼が力を合わせれば、より良い未来が築けるのではないか? そう思ってしまうのです"
駄目だ、こんな精神状態で戦場に出るわけにはいかない。ファルラーダは、ミアリーゼに悟られぬよう、瞑想に更けて邪念を祓う。
そして、場を取りなすように、再び画面内に登場したエレミヤが『コホンッ』と咳払いし、オリヴァーの暴走によって緩んだ空気を再び締め上げる。
『フリーディアと我々の共存共栄、その言葉に嘘はありません。この放送を観ているであろう、ミアリーゼ・レーベンフォルン殿にも、武力ではなく対話による平和的解決を――』
そこが、ミアリーゼ・レーベンフォルンの限界だった。
「超大型姫光魔術主砲・起動、目標――アージア市庁舎!」
「「「「「「!?」」」」」」
ファルラーダ含めたクリスフォラス家の面々が驚愕するのも束の間。
「通信回線を私に」
「は、はっ!」
「私は、ミアリーゼ・レーベンフォルンです。市民を惑わし、無用な混乱を招く都市アージアに対し、攻撃を敢行いたします。
市民の皆様も、異種族の言葉に耳を傾けてはなりません。彼女――エレミヤは、種族連合を率い、数多の兵たちの命を不当に奪った張本人であるにも関わらず、そのことを棚に上げて、戦争責任すら負わず利益を得ようなどと虫が良すぎる話です。
エレミヤ、あなたによって齎された兵たちの痛みや市民たちの嘆き、悲しみの傷は決して癒えることはないのです」
『ミアリーゼ・レーベンフォルンッ、あなたって人は!』
「私を信じて付いてきてくれた方々のためにも、悪無き正道を阻もうとするあなた方を討たねばなりません。
統合連盟軍兵士の皆様は、アージア治安維持部隊と、種族連合残党の殲滅をお願いいたします!
ファルラーダ、超大型姫光魔術主砲発射後、速やかにユーリ・クロイスの討滅を」
「は!」
「テスタロッサも聞こえていますね? あなたはあなたの役割を果たしなさい。エレミヤは、私が手ずから討ち果たします!」
主の命は、絶対。そこに余計な疑問を挟む余地など微塵もない。従者は、姫の正道を切り開くべく、背を向けて船橋を後にする。
「超大型姫光魔術主砲、発射してください!」
エレミヤという悪鬼を、これ以上のさばらせておくわけにはいかない。
――都市アージア掃討作戦。
最早、逃れられない破滅という名の運命に、ユーリ・クロイスたちはどう抗うのか?
アルカナディアから発射される莫大な魔力の奔流は、容赦無くエレミヤたちのいるアージア市庁舎へ襲いかかったのだった。