第188話 故郷の危機
都市カーラの陥落。そのニュースは、翌日の早朝に全都市に報道され、観ていた市民たちを恐怖のドン底へと突き落とした。今は寝ている者たちも目が覚めると同時に、早々に厳しい現実を突きつけられることになるだろう。
今朝方ニュースを観たヒナミ・クロイスとアイリ・クロイスも同じく、この情報を共有するため、朝一番にユーリの部屋へと訪れる。
「お兄ちゃん!」「お兄!」
彼女たちは、ユーリの部屋の鍵(複製)を所持しているため、いつでも自由に出入りする事ができる。
ずかずかと部屋の敷居を跨ぎながら、ベッドですやすやと眠るユーリの布団を強引に引っぺがした。
「ん、あぁ……?」
叩き起こされたユーリは、未だに覚醒していないのか、寝ぼけ眼でぼんやりとヒナミとアイリを見つめ。
「あれ、二人ともどうして……? つか今何時……」
「朝の四時だよお兄ちゃん! いいからほら、さっさと起きて!」
ヒナミに腕を引っ張られ、上体を起こしたユーリは、非常に不服そうに不満を訴える。
「四時って、何でそんな朝早いんだよ。昨日遅くまで特訓してたから、もう少し寝かせてほしいんだが……」
「お兄、そんな場合じゃないんだって! ほら、テレビ観てみなよ!」
アイリが慌てて大型テレビの電源を入れると、ユーリの目に飛び込んでくる崩壊した都市の映像に、先程までの眠気が一気に吹き飛んでしまい。
「何だよ、これ!?」
都市カーラの陥落、並びに死傷者五百人超えという情報を伝えるニュースキャスターと、画面に表示されるテロップに、ユーリは驚愕の声を上げる。
しかも、それを行なったのがミアリーゼ・レーベンフォルンと、緋色の甲冑を纏った謎の騎士であることが告げられる。
それだけじゃなく、映像には空中に停滞する要塞を思わせるような超大型飛行物体の姿も映し出されており、これがミアリーゼ・レーベンフォルンの魔術武装だという情報も合わさって、更に困惑を与える事態に陥ってしまっている。
「…………」
絶句して二の句を告げられずにいるユーリへ、アイリとヒナミは怒りを募らせて問いかける。
「お兄、あの人はもうウチらの知ってるミアリーゼ様じゃない。呑気に訓練とかしてないで、すぐにでも止めないとどんどん被害が拡大していっちゃう!」
「お兄ちゃん、アイリちゃんの言う通りだよ! もしかすると、次はアージアが狙われるかもしれない! 話し合いとか悠長なこと言ってないで、こっちから仕掛けてミアリーゼ様を倒さなくちゃ駄目だよ!」
好戦的な二人は、こちらから打って出るべきだと進言している。このまま後手に回り続ければ、ミアリーゼの手によってアージアが沈められる。
ユーリも、本当は今すぐにでも飛び出していきたい。
姫と過ごしたかけがえのない日々は今も鮮明に思い出として残っている。彼女にとって、大した思い入れでもないかもしれないが、それでもユーリは故郷を撃たせたくないのだ。
だけど、自分勝手に動けば、それこそ多くの人たちに迷惑をかけることになる。力があるからといって勝手をしていいわけではない。
ヒナミとアイリに、きちんとその事を言い聞かせねばならない。
「俺たちが勝手に動けば、それこそ状況がややこしくなる。皆無事に内戦を終わらせるためにも、まずは叔父さんの帰りを待たないと」
「「…………」」
ヒナミとアイリにとって父親にあたるウィリアムは、都市アージアの最高責任者だ。
ユーリたちが動くとしても、先ずはアージア都市長と相談しなければ始まらない。
中立派として、話し合いによる解決を模索する叔父と統合連盟政府との交渉は、恐らく決裂する。
焦燥感を懐き、勝手に動こうとする従兄妹を必死に宥めながら、ユーリはウィリアムの帰還を待つ他なかった。
◇
それから三日の時が過ぎ、ユーリたちはウィリアム・クロイスに呼ばれ、地下にある治安維持部隊作戦会議室に集合する。
殆ど眠れていないのか、以前会った時よりも遥かに憔悴した顔色のウィリアムは、ユーリの後を勝手に付いてきたヒナミとアイリを見て頭を抱えていた。
何度言い聞かせても聞く耳持たず、勝手な行動ばかりする反抗期の娘たちは父親の手に余るようだ。
ウィリアムは叱るのは後だと頭を振りかぶり、ヒナミとアイリのことを後に回してユーリたちに現状を伝えた。
「皆には朗報を伝えたかったが、力及ばすこんな結果になってすまない。今から非常に悪い話をするが、覚悟の方はいいかい?」
「「「「(コクリ)」」」」
ユーリたちは頷き、覚悟ができている旨を示した。
「我々は、中立派として統合軍に対して対話による平和的解決の模索を訴え続けていたが、全て徒労に終わってしまった。
都市アージア合わせて十四の都市長による署名を提出したのだが、統合連盟政府からの回答は辛辣なものだった」
クロイス家を主体に、水面下で中立派を築いてきたウィリアムは、名だたる名家の署名を集めてみせた。
内戦の早期決着のために、武力ではなく対話による解決を模索するよう進言したが、ミアリーゼは拒否の意を示したとそういうことになる。
「都市カーラの件もある。最早、中立派は信用できないと、武装解除し、投降しなければ反統合連盟政府組織として扱うと、統合連盟軍は通告してきた。
現在、都市アージア近郊に統合連盟軍の主力部隊が展開し、包囲しつつある」
「「「「「「!?」」」」」」
あまりにも一方的な勧告に、ユーリたちは愕然と言葉を失う。
「私は、武力に屈するつもりは断じてない。ミアリーゼ様の正道をお諌めしなければ、何れ世界中が火の海に沈むことになる。
それはグレンファルト様も同様に、最早レーベンフォルン家に人類の命運は任せておけない。
後ほど発表するが、都市アージアは統合連盟から脱退し、種族連合への加盟を表明する方針で動く」
「叔父さん、それって……」
そんなことを大々的に発表すれば、いよいよとなって裏切り者として処されることになってしまう。
加えて、ドラストリア種族大戦と都市壊滅の影響で、世間での異種族の風当たりは更に強まっている。
暗に、種族連合に加盟すると発表しても意味がない。都市アージアが危機に迫っているこの状況で、ウィリアムには策があるのか?
「どの道、討たれることに変わりはない。恐らく向こうも、ユーリたちの居場所がここだと絞り込んでいる筈――」
ミアリーゼ側からしたら、クロイス家はもう信用ができない存在。
ユーリ・クロイス一派の捜査協力そのものが、嘘である可能性も既に見抜いているのだろう。おかげで時間は稼げたが、失った代償が大きすぎる。
「ならいっその事、開き直って全部を観てもらった方が手っ取り早い。
現在、緊急避難勧告を出して、市民を地下シェルターへ避難させている。向こうも避難が完了するまでは、迂闊に手を出せない筈だ。
その間に、我々の想いをハッキリと全人類へ伝えようと思っている。そのために、エレミヤさんたちの力を貸してほしい」
地下にいるユーリたちには、外の状況がどうなっているか知ることはできない。
叔父もギリギリまで粘ったようだが、今のミアリーゼを説得することは叶わなかった。
ユーリの生まれ故郷、アージアに危機が迫っている。ウィリアムの頼みに、クロイス家に世話になったエレミヤたちに断る理由はないと頷く。
「えぇ、それは勿論。私たちは、何をすればいいのかしら?」
「エレミヤさんとオリヴァーくん、サラさんの三人は、今から私と一緒に市庁舎まで同行してほしい。緊急会見を開き、全都市へ向けて私たちの想いを訴える」
「「「!?」」」
緊急会見。それはつまり、メディアを通してミアリーゼの不当な行いと異種族の想いを訴える――統合軍に包囲された中で、堂々とメディアに出演することは、多大なリスクを孕む。
「説得に失敗した以上、残された手はこれしかない。不甲斐ないと笑ってくれていい、大人の都合で子供の君たちに命運を背負わせようとしていること、本当に申し訳なく思うよ。
種族連合を代表するエレミヤさんと、恋仲であるオリヴァーくんとサラさんの姿を観てもらえれば、人々に新しい希望を与えることができると信じてる。
だからどうか、私たちに力を貸してくれ!」
憔悴を色濃く残しながらも、必死になって頭を下げている叔父の想いに応えない筈がない。
エレミヤとオリヴァー、サラは顔を見合わせ頷きあうと。
「ウィリアムさん、頭を上げてください。僕とサラもエレミヤも、とっくの昔に覚悟は決まってます。むしろ今協力しないで、いつするんですか?
統合軍が、どれ程の戦力で攻めてこようとも、絶対に諦めない。ミアリーゼ様や市民たちに、僕たちの想いを訴えて分かってもらいましょう!」
「うん! ミアリーゼさんに、アージアは撃たせません。どんな魔法砲撃も、私の神遺秘装で防いでみせますから安心してください!」
「オリヴァーくん、サラさん……」
緊急会見中に、統合軍が攻撃を開始する可能性は充分にある。
いや、むしろ放送を止めるために躍起になって襲いかかってくることだろう。
アージア治安維持部隊と統合軍の戦力差はハッキリ言って絶望的だ。
向こうには、あのファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサがいることからも、勝つ見込みは皆無に等しい。だけど――。
「……ミアリーゼ・レーベンフォルン、以前の戦争では負けたけど、今度は違う。あの子の正義を食い止めて、今度こそ皆で勝ちましょう!」
どれだけ戦力差があろうと、絶対に諦めない。諦めなければ、微かな光明も見逃さずその手に掴み取ることができる。
ユーリたちは、そうして今日まで生き抜いてきた。姫巫女たるエレミヤも、再び同じ姫の名を冠するミアリーゼ・レーベンフォルンと相対する気でいる。
「エレミヤさん……ありがとう」
ウィリアムもまた感銘を受け、命をかけてアージアを守ると誓った。皆の想いは一つに繋がり、新たな奇跡を呼び起こすことだろう。
「向こうもユーリがいると分かっているなら、遠慮なくグランドクロスをぶつけてくるでしょうね。
ファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサに防衛網を突破されたら、一貫の終わり――ユーリ、アリカ。あなたたちなら、グランドクロスを止められるわね?」
ユーリとアリカ。互いにグランドクロスに対して並々ならぬ因縁があり、単騎で各個撃破する方針でいる。
無謀もいいところだが、半端な兵士ではユーリたちの足手纏いにしかならず、逆に力を制限する枷となってしまう。
それなら一人で挑んだ方が勝算は高く、二人はリベンジ戦に燃えて頷く。
「「「「勿論!」」」」
都市アージア防衛戦。彼らにとって大規模な戦争は、ドラストリア種族大戦以来になる。
あの時のような悲劇を繰り返してはならない。これは何かを奪うための戦いじゃない、果ては異種族との共存共栄のため、戦いを終わらせるための戦いだ。
治安維持部隊司令官を交えつつ、作戦概要を綿密に練り立てていく。
グランドクロスを止めるのはいいとしても、最も厄介なのがミアリーゼ・レーベンフォルンの有する姫動魔術戦艦だ。
未知数の戦闘能力を有するミアリーゼの魔術武装をどう攻略するかが、防衛戦の要となってくる。
それ以外にも、緊急会見の内容や細かな事を相談していき、ユーリたちは決死の覚悟でアージアを守ると誓い合う。
そうして話は纏まり、すぐにでも動き出そうという時――ウィリアムは厳しい視線を、この場にいるのに最も相応しくない愛娘二人へ向けた。
「そういうわけだ、ヒナミ、アイリ。奮起しているところ悪いが、二人とも危険だからここで大人しく待機していなさい」
「「!?」」
ユーリたちは、数多くの戦場や悲劇を潜り抜け、乗り越えてきた実績があるためウィリアムは認めたが、彼女たちは別。
民間人――しかもまだ学生で、精神的にも未熟なヒナミとアイリは、保護対象だ。
最高責任者として、また一人の親として彼女たちが戦場に立つことを認められない。
いつにない厳しい口調で待機を促すウィリアムだが、双子の姉妹が素直に従う筈もなく、当然のようにくってかかる。
「意味分かんないよお父さん! お兄ちゃんたちが命をかけて街を守ろうとしてるのに、ヒナたちには黙って見てろって言うの!?」
「ウチらにだって、街を守る覚悟がある! それに他の兵士より、ウチらの方が強いし役に立つのに、何でこっちだけ仲間外れにされなくちゃいけないんだよ!」
猛反対する二人に対し、徐に近づいたウィリアムは、ヒナミ、アイリの順に痛烈な平手打ちを放った。
「「…………」」
一瞬、何をされたのか分からなかったのか、頬を抑えながら呆然と立ち竦むヒナミとアイリ。
ユーリも、叔父が二人に手を上げるところは初めて見たので、声も出せずに驚いていた。
「お前たちは、一体どれだけの人に迷惑をかけるつもりだ! 親の言う事もまともに聞けない、実践経験すらないお前たちが出張っても、邪魔になるだけだと何故分からない!?」
地下訓練場を独占し、他の兵士たちに気を遣わせていたこと含めて、ヒナミとアイリの行動は無自覚に大勢の人たちへ多大な迷惑をかけてしまっていた。
そんな彼女たちが戦場に出ても、余計な混乱を招くだけ。ユーリとしても、ヒナミとアイリが戦場に出る事は反対だったため、二人を庇わず、事態を静観している。
「(プルプル……)」
ウィリアムに怒鳴られたことが余程ショックなのか、二人とも悔しそうに身を震わせ目尻に涙を溜めていた。
やがて、ヒナミとアイリの視線は、叔母を死に追いやったシャーレ・クロイスへと向けられる。
「「何で……何でこいつはよくて、ウチら(ヒナたち)じゃ駄目なの!?」」
彼女たちは、何でシャーレがよくて自分たちが駄目なのか、理不尽な怒りを募らせ始める。謂わば、行き場のない悔しさをぶつけたいがための八つ当たりに等しい行い。
「ヒナミさん、アイリさん! 聞いてください、叔父様は――」
シャーレはマズイと思ったのか、慌ててフォローしようとしたが、今のヒナミとアイリには逆効果だった。
「「叔母さんを殺した大罪人が、気安くウチ (ヒナ)の名前を呼ぶな!! お前も、お父さんも皆、大ッッ嫌い! もう知らない!!」」
踵を返して、勢いよく部屋を飛び出していくヒナミとアイリ。
この非常時に、感情的な行動を取るのはあまりにも危険だ。
今の二人は何をしでかすのか分からない。ユーリは慌てて追いかけようとするも、叔父が絶望的な表情で立ち竦んでいるのを見て、思わず足が止まってしまう。
「兄さん、叔父様! ヒナミさんとアイリさんは、私に任せてください!! 絶対に二人を連れ戻してみせますから、皆さんはそれぞれの務めを果たしてください!」
「待って、シャーレおねーちゃん!! シオンも行くから!!」
ユーリが声を上げる間もなく、シャーレとシオンは慌ててヒナミとアイリの後を追いかけて行ってしまった。
これ以上、戦力を分散させることは危険だ。二人は妹たちに任せて、ユーリたちはそれぞれの務めを果たさなければならない。
「叔父さん……」
悲壮感漂う叔父の姿と、喧嘩別れした時の母の姿が重なって見える。
思えば、ユーリもヒナミとアイリと同じく喧嘩して家を飛び出したからこその今があるわけで……。
当時は思いもしなかったが、さまざまな経験を得た今なら叔父の気持ちが痛い程分かる。だけど同時に、ヒナミとアイリの気持ちも分かってしまうため、非常にもどかしい。
「この非常事態に不様な親子喧嘩を晒して申し訳ない。エレミヤさん、オリヴァーくん、サラさん。切り替えてすぐに市庁舎へ向かおう。
ユーリたちも、決して無茶はしないように。死んだら絶対に許さないからな」
ウィリアムは、痛む心を無理矢理抑えつけて、己の果たすべき務めを果たすべく前を向いたのだった。市民たちを恐怖のドン底へと突き落とした。今は寝ている者たちも起きて早々に厳しい現実を突きつけられることになるだろう。
今朝方ニュースを観たヒナミ・クロイスとアイリ・クロイスも同じく、この情報を共有するために朝一番にユーリの部屋へと訪れる。
「お兄ちゃん!」「お兄!」
彼女たちはユーリの部屋の鍵を所持しているため、いつでも自由に出入りする事ができる。ずかずかと部屋の敷居を跨ぎながら、ベッドですやすやと眠るユーリの布団を強引に引っぺがした。
「ん、あぁ……?」
叩き起こされたユーリは未だに覚醒していないのか、寝ぼけ眼でぼんやりとヒナミとアイリを見つめ。
「あれ、二人ともどうして……? つか今何時……」
「朝の四時だよお兄ちゃん! いいからほら、さっさと起きて!」
ヒナミに腕を引っ張られ上体を起こしたユーリは、非常に不服そうに不満を訴える。
「四時って、何でそんな朝早いんだよ。昨日遅くまで、特訓してたからもう少し寝かせてほしいんだが……」
「お兄、そんな場合じゃないんだって! ほら、テレビ観てみなよ!」
アイリが慌てて大型テレビの電源を入れると、ユーリの目に飛び込んでくる崩壊した都市の映像に先程までの眠気は吹き飛んでしまい。
「何だよ、これ!?」
都市カーラの陥落、並びに死傷者五百人超えという情報を伝えるニュースキャスターと画面に表示されるテロップに、ユーリは驚愕の声を上げる。
しかもそれを行なったのが、ミアリーゼ・レーベンフォルンと緋色の甲冑を纏った謎の騎士であることが告げられる。
それだけじゃなく、映像には空中に停滞する要塞を思わせるような超大型飛行物体の姿も映し出されており、これがミアリーゼ・レーベンフォルンの魔術武装だという情報も合わさって、更に困惑を与える事態に陥ってしまっている。
「…………」
絶句して二の句を告げられずにいるユーリへアイリとヒナミは怒りを募らせて問いかける。
「お兄、あの人はもうウチらの知ってるミアリーゼ様じゃない。呑気に訓練とかしてないで、すぐにでも止めないとどんどん被害が拡大していっちゃう!」
「お兄ちゃん、アイリちゃんの言う通りだよ! 次はアージアが狙われるかもしれない! 話し合いとか悠長なこと言ってないで、こっちから仕掛けてミアリーゼ様を倒さなくちゃ駄目だよ!」
好戦的な二人は、こちらから打って出るべきだと進言している。このまま後手に回り続ければ、ミアリーゼの手によってアージアが沈められる。
ユーリも本当は今すぐにでも飛び出していきたい。姫と過ごしたかけがえのない日々は今も鮮明に思い出として残っている。彼女にとって大した思い入れもないかもしれないが、それでもユーリは故郷を撃たせたくないのだ。
だけど、自分勝手に動けばそれこそ多くの人たちに迷惑をかけることになる。力があるからといって勝手をしていいわけではない。ヒナミとアイリにきちんと言い聞かせねばならない。
「俺たちが勝手に動けば、それこそ状況がややこしくなる。皆無事に内戦を終わらせるためにも、まずは叔父さんの帰りを待たないと」
「「…………」」
ヒナミとアイリにとって父親にあたるウィリアムは都市アージアの最高責任者だ。ユーリたちが動くとしても、先ずはアージア都市長と相談しなければ始まらない。
中立派として話し合いによる解決を模索する叔父と統合連盟政府との交渉は恐らく決裂する。焦燥感を懐き、勝手に動こうとする従兄妹を必死に宥めながら、ユーリはウィリアムの帰還を待つ他なかった。
◇
それから三日の時が過ぎ、ユーリたちはウィリアム・クロイスに呼ばれ、地下にある治安維持部隊作戦会議室に集合する。殆ど眠れていないのか、以前会った時よりも遥かに憔悴した顔のウィリアムは、ユーリの後を勝手に付いてきたヒナミとアイリを見て頭を抱えていた。
何度言い聞かせても聞く耳持たず、勝手な行動ばかりする反抗期の娘たちは父親の手に余るようだ。ウィリアムは叱るのは後だと頭を振りかぶり、ヒナミとアイリのことを後に回してユーリたちに現状を伝えた。
「皆には朗報を伝えたかったが、力及ばすこんな結果になってすまない。今から非常に悪い話をするが、覚悟の方はいいかい?」
「「「「(コクリ)」」」」
ユーリたちは頷き、覚悟ができている旨を示し促した。
「我々は中立派として、統合軍に対して対話による平和的解決の模索を訴え続けていたが、全て徒労に終わってしまった。都市アージア合わせて十四の都市長による署名を提出したのだが、統合連盟政府からの回答は辛辣なものだった」
クロイス家を主体に、水面下で中立派を築いてきたウィリアムは名だたる名家の署名を集めてみせた。内戦の早期決着のために、武力ではなく対話による解決を模索するよう進言したが、ミアリーゼは拒否の意を示したとそういうことになる。
「最早中立派は信用できないと、武装解除し投降しなければ反統合連盟政府組織として扱うと統合軍は通告してきた。現在都市アージア近郊に統合軍の主力部隊が展開し、包囲しつつある」
「「「「「「!?」」」」」」
あまりにも一方的な勧告にユーリたちは愕然と言葉を失う。
「私は武力に屈するつもりは断じてない。ミアリーゼ様の正義の暴力をお諌めしなければ、いずれ世界中が火の海に沈むことになる。
それはグレンファルト様も同様に、最早レーベンフォルン家に人類の命運は任せておけない。後ほど発表するが、都市アージアは種族連合への加盟を表明する方針で動く」
「叔父さん、それって……」
そんなことを大々的に発表すれば、いよいよとなって裏切り者として処されることになってしまう。加えてドラストリア種族大戦と都市壊滅の影響で世間での異種族の風当たりは更に強まっている。
暗に種族連合に加盟すると発表しても意味がない。都市アージアが危機に迫っているこの状況でウィリアムには策があるのか?
「どの道、討たれることに変わりはない。恐らく向こうもユーリたちの居場所がアージアだと絞り込んでいる筈――」
ミアリーゼ側からしたら、クロイス家はもう信用ができない存在。ユーリ・クロイス一派の捜査協力そのものが嘘である可能性も既に見抜いているのだろう。おかげで時間は稼げたが、失った代償が大きすぎる。
「ならいっその事、開き直って全部を観てもらった方が手っ取り早い。現在緊急避難勧告を出して、市民を地下シェルターへ避難させている。向こうも避難が完了するまでは、迂闊に手を出せない筈だ。
その間に我々の想いをハッキリと全人類へ伝えようと思っている。そのために、エレミヤさんたちの力を貸してほしい」
地下にいるユーリたちには外の状況がどうなっているか知ることはできない。叔父もギリギリまで粘ったようだが、今のミアリーゼを説得することは叶わなかった。ユーリの生まれ故郷、アージアに危機が迫っている。ウィリアムの頼みにクロイス家に世話になったエレミヤたちに断る理由はないと頷く。
「えぇ、それは勿論。私たちは何をすればいいのかしら?」
「エレミヤさんとオリヴァーくん、サラさんの三人は、今から私と一緒に市庁舎まで同行してほしい。緊急会見を開き、全都市へ向けて私たちの想いを訴える」
「「「!?」」」
緊急会見、それはつまりメディアを通してミアリーゼの不当な行いと異種族の想いを訴える――統合軍に包囲された中で、堂々とメディアに出演することは多大なリスクを孕む。
「説得に失敗した以上、残された手はこれしかない。不甲斐ないと笑ってくれていい、大人の都合で子供の君たちに命運を背負わせようとしていること、本当に申し訳なく思うよ。
種族連合を代表するエレミヤさんと、恋仲であるオリヴァーくんとサラさんの姿を観てもらえれば、人々に新しい希望を与えることができると信じてる。
だからどうか、私たちに力を貸してくれ!」
憔悴を色濃く残しながらも、必死になって頭を下げている叔父の想いに応えない筈がない。エレミヤとオリヴァー、サラは顔を見合わせ頷きあうと。
「ウィリアムさん、頭を上げてください。僕とサラもエレミヤもとっくの昔に覚悟は決まってます。むしろ今協力しないで、いつするんですか?
統合軍がどれ程の戦力で攻めてこようとも、絶対に諦めない。ミアリーゼ様や市民に僕たちの想いを訴えて分かってもらいましょう!」
「うん! ミアリーゼさんにアージアは撃たせません。どんな魔法砲撃も私の神遺秘装で防いでみせますから安心してください!」
「オリヴァーくん、サラさん……」
緊急会見中に統合軍が攻撃を開始する可能性は充分にある。いや、むしろ放送を止めるために躍起になって襲いかかってくることだろう。
アージア治安維持部隊と統合軍の戦力差はハッキリ言って絶望的だ。向こうにはあのファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサがいることからも、勝つ見込みは皆無に等しい。だけど――
「……ミアリーゼ・レーベンフォルン、以前の戦争では負けたけど、今度は違う。あの子の正義を食い止めて今度こそ皆で勝ちましょう!」
どれだけ戦力差があろうと、絶対に諦めない。諦めなければ、微かな光明も見逃さずその手に掴み取ることができる。ユーリたちはそうして今日まで生き抜いてきた。姫巫女たるエレミヤも、再び同じ姫の名を冠するミアリーゼ・レーベンフォルンと相対する気でいる。
「エレミヤさん……ありがとう」
ウィリアムもまた感銘を受け、命をかけてアージアを守ると誓った。皆の想いは一つに繋がり、新たな奇跡を呼び起こすことだろう。
「向こうもユーリがいると分かっているなら、遠慮なくグランドクロスをぶつけてくるでしょうね。ファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサに防衛網を突破されたら、一貫の終わり――ユーリ、アリカ。あなたたちなら、グランドクロスを止められるわね?」
ユーリとアリカ。互いにグランドクロスに対して並々ならぬ因縁があり、単騎で各個撃破する方針でいる。無謀もいいところだが、半端な兵士ではユーリたちの足手纏いにしかならず、逆に力を制限する枷となってしまう。それなら一人で挑んだ方が勝算は高く、二人はリベンジに燃えて頷く。
「「「「勿論!」」」」
アージア防衛戦。彼らにとって大規模な戦争は、ドラストリア種族大戦以来になる。あの時のような悲劇を繰り返してはならない。これは何かを奪うための戦いじゃない、果ては異種族との共存共栄のため……戦いを終わらせるための戦いだ。
治安維持部隊司令官を交えつつ、作戦概要を綿密に練り立てていく。グランドクロスを止めるのはいいとしても、最も厄介なのがミアリーゼ・レーベンフォルンの有する姫動魔術戦艦だ。
未知数の戦闘能力を有するミアリーゼの魔術武装をどう攻略するかが、防衛戦の鍵となってくる。それ以外にも緊急会見の内容や細かな事を相談していき、ユーリたちは決死の覚悟でアージアを守ると誓い合う。
そして話は纏まり、すぐにでも動き出そうという時――ウィリアムは厳しい視線を、この場にいるのに最も相応しくない愛娘二人へ向けた。
「そういうわけだ、ヒナミ、アイリ。奮起しているところ悪いが、二人とも危険だからここで大人しく待機していなさい」
「「!?」」
ユーリたちは数多くの戦場や悲劇を潜り抜け、乗り越えてきた実績があるためウィリアムは認めたが、彼女たちは別。民間人――しかもまだ学生で精神的にも未熟なヒナミとアイリは、保護対象だ。
最高責任者として、また一人の親として彼女たちが戦場に立つことを認められない。いつにない厳しい口調で待機を促すウィリアムだが、双子の姉妹が素直に従う筈もなく、当然のようにくってかかる。
「意味分かんないよお父さん! お兄ちゃんたちが命をかけて街を守ろうとしてるのに、ヒナたちには黙って見てろって言うの!?」
「ウチらにだって、街を守る覚悟がある! それに他の兵士よりウチらの方が強いし役に立つのに、何でこっちだけ仲間外れにされなくちゃいけないんだよ!」
猛反対する二人に対し、徐に近づいたウィリアムはヒナミ、アイリの順に痛烈な平手打ちを放った。
「「…………」」
一瞬何をされたのか分からなかったのか、頬を抑えながら呆然と立ち竦むヒナミとアイリ。ユーリも叔父が二人に手を上げるところは初めて見たので、声も出せずに驚いていた。
「お前たちは、一体どれだけの人に迷惑をかけるつもりだ! 親の言う事もまともに聞けない、実践経験すらないお前たちが出張っても、邪魔になるだけだと何故分からない!?」
地下訓練場を独占し、他の兵士たちに気を遣わせていたこと含めて、ヒナミとアイリの行動は無自覚に大勢の人たちへ多大な迷惑をかけてしまっていた。そんな彼女たちが戦場に出ても余計な混乱を招くだけ。ユーリとしてもヒナミとアイリが戦場に出る事は反対だったため、二人を庇わず事態を静観している。
「(プルプル……)」
ウィリアムに怒鳴られたことが余程ショックなのか、二人とも悔しそうに身を震わせ目尻に涙を溜めていた。やがてヒナミとアイリの視線は、叔母を死に追いやったシャーレ・クロイスへと向けられる。
「「何で……何でこいつはよくて、ウチら(ヒナたち)じゃ駄目なの!?」」
彼女たちは、何でシャーレがよくて自分たちが駄目なのか、理不尽な怒りを募らせ始める。謂わば行き場のない悔しさをぶつけたいがための八つ当たりに等しい行い。
「ヒナミさん、アイリさん! 聞いてください、叔父様は――」
シャーレはマズイと思ったのか、慌ててフォローしようとしたが今のヒナミとアイリには逆効果だ。
「「叔母さんを殺した大罪人が、気安くウチ (ヒナ)の名前を呼ぶな!! お前も、お父さんも皆、大ッッ嫌い! もう知らない!!」」
踵を返して部屋を飛び出していくヒナミとアイリ。この非常時に感情的な行動はあまりにも危険だ。今の二人は何をしでかすのか分からない。ユーリは慌てて追いかけようとするも、叔父が絶望的な表情で立ち竦んでいるのを見て、思わず足が止まってしまう。
「兄さん、叔父様! ヒナミさんとアイリさんは私に任せてください!! 絶対に二人を連れ戻してみせますから、皆さんはそれぞれの務めを果たしてください!」
「まって、シャーレおねーちゃん!! シオンも行くから!!」
ユーリが声を上げる間もなく、シャーレとシオンは慌ててヒナミとアイリの後を追いかけて行ってしまった。これ以上戦力を分散させることは危険だ。二人は妹たちに任せて、ユーリたちはそれぞれの務めを果たさなければならない。
「叔父さん……」
悲壮感漂う叔父の姿と喧嘩別れした時の母の姿が重なって見える。思えば、ユーリもヒナミとアイリと同じく喧嘩して家を飛び出したからこその今があるわけで……。
当時は思いもしなかったが、さまざまな経験を得た今なら叔父の気持ちが痛い程分かる。だけど同時にヒナミとアイリの気持ちも分かってしまうため、非常にもどかしい。
「この非常事態に不様な親子喧嘩を晒して申し訳ない。エレミヤさん、オリヴァーくん、サラさん。切り替えてすぐに市庁舎へ向かおう。
ユーリたちも決して無茶はしないように。死んだら絶対に許さないからな」
ウィリアムは痛む心を無理矢理抑えつけて、己の果たすべき務めを果たすべく前を向いたのだった。