第187話 都市陥落
ユーリ・クロイスたちが、来るべき時に備えて修練に励んでいる間も、状況は刻一刻と変化していく。
あれから一ヶ月近くが経過し、グレンファルト・レーベンフォルン率いる革命軍ルーメン、ミアリーゼ・レーベンフォルン率いる統合連盟軍の争いが、表立って激化してきたのだ。
都市アージア含めた、未だにどちらの陣営にも属さない中立派が、話し合いで内戦を収めるよう声を上げているが、ミアリーゼ率いる統合連盟軍は、そんな悠長かつ甘い対応は、断固として拒否すると意を示した。
理由は様々だが、一番は魔術武装製造の重要拠点とされるFECの存在だ。
これまで中立派に属していた筈の都市カーラが、革命軍ルーメンに対して秘密裏に兵器の供給を行なっていることが明らかになったからだ。
クーリア・クロウ・ククルウィッチが、革命軍にいる以上、FECもグレンファルトの手が及んでいると疑っていたが、案の定だ。
他にも数多くの企業があるとはいえ、軍の魔術武装のシェアを七割も占めているFECが、テロリストに与したことは統合連盟軍にとって見過ごせる事態ではない。
――最早、中立派を謳う都市は信用できない。
統合連盟総帥代行ミアリーゼ・レーベンフォルンが、都市カーラへ向けて再三の通告をするも、不当であると抗議され、暫く睨み合いが続いていたのだが、ついにその均衡が崩れることとなった。
「姫動魔術戦艦、発進してください!」
ミアリーゼ・レーベンフォルン専用に開発された人類を導く象徴の翼たる旗艦――姫動魔術戦艦。
全長百メートル程もある超弩級大型魔術戦艦は、首都エヴェスティシアから飛び立ち、その巨大さに見合わぬ恐るべき速度で上空を駆け抜けていく。
車と違い、この船の速度なら目的地である都市カーラまで一時間もかからない。
到着までの時間を刻限だと通達するために、アルカナディアの船橋内にある艦長席に腰を降ろすミアリーゼは、毅然とした態度を崩さず、クルーに告げる。
「カーラ市庁舎宛てに、通信回線を開いてください」
「了解!」
姫の指示に従う元クリスフォラス家組員が、手慣れた動作でタッチパネルを操り、カーラ都市長へと通信を繋げる。
数コール音が鳴った後、回線が繋がったのを確認すると、ミアリーゼは相手に声を上げる暇も与えず勧告した。
「私は、フリーディア統合連盟総帥代行――ミアリーゼ・レーベンフォルンです。中立派と宣う都市カーラに対し、勧告いたします」
相手がミアリーゼの気迫に圧され、息を呑んでいる。そこへ畳み掛けるように。
「都市カーラ内にいる全兵士たちの武装解除、並びに無条件降伏を要求いたします。
これに従わない場合、反統合連盟政府組織ルーメンに与したものと見なし、武力を以てあなた方を殲滅いたします」
『『『!?』』』
カーラ都市長含めた側近たちが、驚きに目を見張る中で、ミアリーゼは淡々と言葉を紡ぐ。
「期限は、今より一時間とします。その間に返答が得られない場合、要求は辞退されたものとして受け取りますので、努努お忘れなきようお願いいたします」
そう言って一方的に通信を切断したミアリーゼは、ふぅと息を吐き出し、艦長席の背もたれにその華奢な身体を預ける。
もし要求が拒否された場合、アルカナディア一隻で都市カーラを攻め落とさねばならなくなる。
頼みの綱のファルラーダが未だに戦線復帰が叶わない現状、ミアリーゼ自身が動く他手はない。
「万が一、カーラにナイル・アーネストがいた場合、下手を打てばこちらが撃たれる可能性がある……ダメ元でテスタロッサに援護を依頼しましたが、果たして受け入れてくれるのかどうか……」
擬似宇宙空間で魔術機仕掛けの神に旧時代の真実を見せてもらった後、緋色の亡霊の異名を司るグランドクロス=テスタロッサが出現し、会話をする機会を得ることができた。
あの男は、軍という小さな枠に囚われる存在ではない。これまでミアリーゼの指示に従わず、好き勝手に戦場を渡り歩いていたのだが、機会を逃さず、今回の件に協力するよう申し伝えたのだ。
結局、何も言わずに姿を消してしまったが、果たして……。
◇
そして一時間後、都市カーラ上空に辿り着いたアルカナディアの眼下には、武装した治安維持部隊兵士たちが周辺の配備されており、こちらを見上げ、戦慄の眼を浮かべていた。
彼らから見れば、オーバーテクノロジーの結晶たる姫魔術戦艦は、世界に破滅を齎す化身に映っていることだろう。
「どうやら、色良いお返事はいただけなかったようですわね」
ミアリーゼは、都市カーラが中立派としての姿勢を崩さず、要求を受け入れないことに失望と怒りを覚え、柳眉を逆立てている。
証拠も上がっているというのに、未だに虚言を吐き続ける裏切り者たちを処さねば、真っ当に生きる人類に未来はない。
「これより私たちは、都市カーラ、並びにFEC本社の掃討を開始いたします。
民間施設への被害は最小限に、超大型姫光魔術主砲を起動し、照準を市庁舎へ向けてください。
フルパワーで撃てば都市が消し飛びますので、出力を三十パーセントまで抑えるよう留意願います」
「了解!」
ミアリーゼの指示に従い、クルーが魔力を用いて数多あるアルカナディアの武装の中で、最も威力の高い艦主砲――超大型姫光魔術主砲を起動する。
船体の前端部が分離し、その中から煌々と光を放ちながら、筒状の超大型砲門が顔を覗かせる。
その砲身の中に、魔力を充填させていくと徐々に光が増していき――やがて超大型姫光魔術主砲は、青白い光を放ち始める。
「照準カーラ市庁舎、魔力充填三十パーセント! ミアリーゼ様、いつでも撃てます」
乗組員の一人であるクリスフォラス家組員の声に、鷹揚に頷いたミアリーゼは告げる。
「――発射!!」
たった一言。
ミアリーゼにより下された審判によって、超大型姫光魔術主砲から解き放たれた莫大な魔力の破壊光線は、都市カーラ市庁舎を容赦なく火の海に沈めていった。
あまりにも呆気なく、防衛していた治安維持部隊兵士ごと巻き込んで、荘厳なる破壊を刻んでいった姫魔術戦艦に、地表にいた兵士の誰もが言語を尽くしている。
これまで、彼らが学んできた戦争を過去へと追いやる程の圧倒的な破壊力に、完全に戦意を喪失してしまっているのだ。
今更後悔したところで、もう遅い。ミアリーゼは、この程度で攻撃の手を緩めるつもりはなく、次の標的であるFEC本社へ向けて照準を定めていく。
「この状況になっても、ナイル・アーネストとお兄様は姿を現さないとは……。
どうやら、都市カーラは捨て石となったようですわね」
本命である彼らの始末は、次の機会だ。
今回の襲撃で、革命軍への技術支援も食い止めることができた筈。そう思った瞬間、ブリッジ内にけたたましい警告音が鳴り響く。
何事だとクルーたちも情報を精査し、やがて顔色を青褪めさせながから姫へ報告する。
「ミアリーゼ様、FEC本社地下施設より強大な魔力反応の出現を確認! その数十、本艦に向けて接近中!」
「すぐモニターに映してください!」
ブリッジ内の大型モニターに映し出されるは、魔力で編まれた両翼を羽ばたかせた、全長五メートル程もある灰銀の機械仕掛けの鎧であった。
その数は十機にも及び、悲鳴にも似た強大な魔力を放ちつつ、アルカナディアへ接近していく。
「まさかあれは……融合型魔術武装!?」
人間の肉体を魔術武装そのものへ変質させた曰く付きの決戦兵器。
以前接敵した殺戮怪魔の存在を知って以降、嫌な予感はしていたが、ものの見事に的中してしまった。
「十機とも同じフォルム……恐らくあれは魔術武装でいう汎用型のようなものなのでしょう。
やはり、FEC社はテロリストに組みしていた――全砲門を開き、迎撃を! 一機たりともこの船に近づかせてはなりません!!」
「「「「了解!!」」」」
高機動力かつ、小回りの効く融合型魔術武装に取り付かれたら終わる。先の殺戮怪魔戦で、嫌という程思い知った。
カーラに住む民間人の避難もままならぬ中で、このような手に打って出るとは。
流石に巻き込むわけにもいかず、船体を上昇させて、少しでも被害が広がらないよう憂慮せねばならない。
四方八方に散る融合型魔術武装との激戦は、避けられないものとなる。
そう思った時――戦艦内にいるミアリーゼたちへ向けて、地表から膨大な緋炎の魔力が迸る。
『魔術武装・展開――緋々色金国光』
何の前触れもなく、突如として地表に出現した緋色の亡霊――グランドクロス=テスタロッサ。
緋色の機械仕掛けの甲冑を身に纏い、緋炎と一体化した魔術武装の刀身は、黄昏時に暮れなずむ情景を描き出していた。
『リーズシュタット流剣術――緋紅剣・一閃』
その緋炎の刀身から放たれる斬撃波は、アルカナディアに襲いかかろうとしていた融合型魔術武装の一機を、一刀両断にて粉砕する。
胴を真っ二つに裂かれた融合型は、虚しく爆炎を上げながら散っていった。
巨躯な機械仕掛けの人形を、こうも容易く撃破したテスタロッサに驚きを隠せないミアリーゼだが、すぐに切り替えて広域通信で感謝の念を伝える。
「テスタロッサ、ご支援ありがとうございます」
『礼ハ要ラヌ。小娘ハ大人シク見物シテイロ。彼奴ラハ、我ノ獲物ゾ』
酷く素っ気ない反応だが、テスタロッサはミアリーゼを助けるつもりで参戦したわけではなく、ただ融合型魔術武装と尋常に戦いたいだけなのだろう。
剣一本で戦うというスタイルから、ファルラーダのように周囲に被害を及ぼす心配もない。問題は、残った九機の融合型魔術武装がどう出るかだが。
◇
標的を変えて、こちらに迫り来る九機の機械仕掛けの鎧を見据えながら、テスタロッサは溜め息にも似た、どこか落胆したような声色を織り交ぜて呟く。
『仕手ガ脆弱ナレバ、折角ノ獲物モ宝ノ持チ腐レダナ』
哀れな機械人形たちは、テスタロッサの期待値に遠く及ばない。彼が求めしは、真の強者。最早、この世界に緋色の亡霊を超える剣士はいないと見える。
ファルラーダもそうだが、ミアリーゼも戦において邪道なる戦略破壊兵器を用い、剣士の存在意義を無意味に帰す行いに平然と手を染め上げる。
『戦乱ノ世ニ於イテ、無粋ナ戦略兵器ナド不要。其レヲ分カラセテヤロウゾ』
テスタロッサは、グレンファルトやミアリーゼの思想など心底どうでもいいと思っている。
ただ戦果が拡大することだけを望む亡霊は、迫り来る九機の融合型魔術武装を見据えて、甲冑の中で不敵に笑う。
『『『『Α、ααααααα■ααααα■ααα■■αααααッ!!!』』』』
各機、呪詛にも似た雄叫びを上げながら、それぞれブレードや銃火器を展開し、テスタロッサへと襲いかかる。
その攻撃の雨霰を躱しもせず、全て緋々色金国光で打ち砕きながら、テスタロッサは一歩ずつ、確実に機械仕掛けの人形を追い詰めていく。
『惰弱。此ノ程度ノ魔力デ、我ヲ討チ取レルト思ウナ』
従来の兵士の数十倍にも跳ね上がった魔力と実力を誇る融合型魔術武装が、一人の騎士――しかもたった一本の刀で翻弄されている様は、傍から見れば冗談のような光景に映っていることだろう。
『リーズシュタット流剣術――緋紅剣・暁月』
緋々色金国光の刀身から溢れ出る緋炎が、テスタロッサを包囲していた融合型魔術武装を融解させ溶かし尽くしていく。
その威力は、言語を絶する程凄まじく、たった一撃で八機の内三機が敢えなく大破する。
難を逃れた五機も無傷というわけではなく、装甲がドロリと灼け落ち、著しく性能が低下してしまっていた。
更に緋炎は、テスタロッサを中心に拡大していく。
周囲の建造物ごと軒並み灰と化し、巻き込まれた民間人に一瞥もくれず、テスタロッサは悠々と剣を振るっていく。
『足リヌ……足リヌゾ!』
周囲の被害など一切頓着しない、むしろ被害を拡大させるような戦い方に、上空からミアリーゼの制止の声が上がるも。
『テスタロッサ! 今すぐ戦闘を中止しなさい! 残りは私が片付けますので、あなたは撤退を――』
『…………』
当然、従う義理もないので、テスタロッサは無視する。
無理して止めようものなら、今度は緋炎の刃がミアリーゼに向けられる。向こうもそれが分かっているのか、大人しく広域通信を切断し、目標であるFEC本社へ侵攻を再会する。
テスタロッサは、更に被害を拡大させるべく、過剰な魔力を放出させ、残る五機を執拗に追い詰めていく。
『出テ来イ、ユーリ・クロイス、アリカ・リーズシュタット、ナイル・アーネスト、グレンファルト・レーベンフォルン。貴様ラハ、今何処ニイル?』
最早、亡霊の目に融合型魔術武装は、映っていない。
あのファルラーダと互角に渡り合ったユーリ・クロイスと、同じリーズシュタット流剣術を扱うアリカ・リーズシュタット、革命軍の主力であるナイル・アーネストとグレンファルト・レーベンフォルンを炙り出すべく、テスタロッサは無差別に戦場を駆け抜けていく。
最早、勝ち目はないと悟ったのか、融合型魔術武装が背を向けて逃げ出すも、生かしておく道理は微塵もない。
『此レデハ運動ニスラナラン、貴様ラニハ失望シタゾ。緋紅剣・一閃!』
テスタロッサは、緋炎を纏いし刀を振るい、融合型魔術武装の装甲を紙のように斬り裂く。
怒涛の三連撃の一閃により、三機の融合型は爆散し、跡形もなく消え去った。
残り二機に関しては、最早消化試合も同然。緋色の亡霊から逃れる術などある筈もなく、敢えなく緋々色金国光の餌食となった。
◇
――同時刻、FEC本社から激しい爆音と衝撃が轟き倒壊していく。
姫動魔術戦艦が齎した戦略破壊兵器の数々は、容易に本社施設を火の海に沈めたのだ。
ミアリーゼとテスタロッサの圧倒的力を前に、抵抗虚しく敗北した都市カーラは、戦闘開始から僅か二十分足らずで陥落した。
カーラの兵士たちが武装解除し、両手を上げて投降していく。務めを果たしたアルカナディアは、後始末を統合連盟軍兵士たちに任せ、陥落した都市カーラを飛び立っていく。
被害ゼロで戦勝したミアリーゼだが、その表情は険しさを滲ませたまま、真っ直ぐ前を見つめている。
また、空振りに終わってしまった。
ナイルとグレンファルトは一体どこに潜伏しているというのか。加えて、ユーリ・クロイス一派の動きも掴めていない。
可能性を上げればキリがなく、虱潰しで探しても時間がかかりすぎる。こうなったら、目先の中立派を壊滅させて、敵を燻り出す状況に追いやるしかないか。
(それならば次は、中立派筆頭の都市アージア。未だに目撃情報が定かではないことから、ユーリ・クロイス一派を匿っている可能性は充分にあり得ますわ。
情け容赦は最早無用――今度こそ全てを終わらせるために、都市アージアを堕とす!)
ミアリーゼ・レーベンフォルンは脳裏に過ぎる幼馴染との思い出を振り払うように、怒気を込めて殲滅を誓った。