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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第七章 幼馴染
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第184話 誰かを幸せにするために

 シャーレが、自身の姓をクロイスと名乗ったことで生まれてしまった軋轢(あつれき)は、彼女自身の心を再び(むしば)んでいく。


 最厄(さいやく)を司るシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーであった頃に犯した多くの大罪は、クロイス家にとって異種族の存在よりも忌むべきものだ。


 逆を言えば、シャーレがクロイス家の関係者へ罪を告白したことで、エレミヤたちへ向けられるヘイトがなくなり滞在が許されたともいえる。


 それに加えて、ナイル・アーネストが大々的に人間(ニンゲン)と呼ばれる未知の種族について語ったことが大きい。


 フリーディアも、異種族も、元は人間(ニンゲン)によって造られた生命体だったことが、世間で認知され始めているためだ。


 今や討論番組や報道は、内戦と真実の解明にのみ注視されており、ウィリアムはそれを利用して異種族に対する偏見を無くそうと試みている。


 加えて、統合連盟軍と革命軍――どちらの陣営にも属さない、中立派の筆頭としてクロイス家が水面下で動いており、レーベンフォルン家が引き起こした内戦を、話し合いで模索していくことで収束させようとしているのだ。


 シャーレたちは、中立派筆頭である都市アージアが侵攻された場合に備えて訓練に励んでいる。


 ユーリ・クロイスが、グレンファルト・レーベンフォルンと接触し、説得に失敗してしまった今、残されたのはアージア都市長であるウィリアム・クロイス含めた大人たちの交渉力だけ。


 ユーリという爆弾を抱えていることを知っているグレンファルトが、ミアリーゼへ密告した場合、アージアはすぐに戦場になる。


 加えて革命軍側には、転移(トランシス)のスペシャリストであるイリスもいるのだ。


 いつ奇襲を受けるか分からぬ状況の中、シャーレも含めて、ここ数日は気が気でない生活を送っていた。


「あんな事でムキになってしまうなんて、何をやってるんですかね、私は……」


 ヒナミ・クロイスとアイリ・クロイス。売り言葉に買い言葉で、彼女たちの自尊心を傷つけてしまったことを、今更ながらに後悔してしまう。


 ユーリに妹であることの証として与えられたシャーレ・クロイスという名前は、自身にとって他の何よりもかけがえのない宝物だ。


 自分が絶望に陥れた人たちより、多くの人たちに希望を与える存在になりたいと思えるのも、ユーリが胸いっぱいに愛情を注いでくれたお陰。


 罪を償うために仕方なくやってるわけじゃない。過去に犯した大罪も全部まとめて背負い込み、シャーレは皆のために在りたいと本気で思っている。


 その筈なのに、クロイス邸へ訪れて以降、足がかり一つ作れない現状に焦りを覚えてしまっているのが現状である。


 皆の役に立ちたいのに、どういうわけか空回りしてしまう。


「私はただ……兄さんのように誰かを笑顔にしたいだけなのに」


 本当なら、ヒナミやアイリとも真剣に向き合ってシャーレの想いを受け取ってほしい。


 だけど、セリナ・クロイスを死へ追いやったのは紛れもない事実なので、彼女たちが自身へ憎しみを懐くのは当然のこと。


 地下通路を通って、再びクロイス邸へと戻り、何か手伝えることはないかとクロイス家関係者に尋ねて回った。


 使用人含めた皆、どこか腫れ物を触るような態度で断りを入れ、逃げるように去っていく。


 皆、ユーリたちがいる前では取り繕っているが、内心シャーレ・クロイスの存在を(うと)んじている者たちばかりで、人気のないところでヒソヒソと陰口を叩いているのをよく目にする。


「今日は、大人しくしていましょうか。また明日、改めて頑張っていけば……」


 シャーレは、与えられた自室で大人しく待機することにした。


 やることもなく、延々と無駄な時間を浪費していく。


 今こうしている間にも、敵が攻めてくるかもしれない、だというのに自分は何をやっているのだろう?


 ベッドの上に腰を降ろし、ボーッと天井を見上げて眺めていると、否応でもアージア生物学研究所にいた幼き日々を思い出してしまう。


 毎日、毎日、気の狂いそうになる程、採血や検査を繰り返し、様々な実験に付き合わされていたあの辛い日々。


 苦しくて、嫌で嫌で仕方なくて、何で自分は生まれてきたのかすら分からなくなってしまって。


「兄さん……」


 だけど、あの日颯爽と現れたユーリ・クロイスが、シャーレを庇って助けてくれた。彼がいたから、辛い日々の中で幸せを見出せるようになった。


 会いたい、今無性に声を聞きたい。現時点でクロイス家に迷惑をかけているシャーレが、ユーリに会いに行けば、余計に疎まれてしまう――そんなことは分かっているのに。


「…………」


 頭では分かっていても、身体はどうしようもなく兄の温もりを求めていて、気がつけばシャーレは、ユーリの泊まる部屋の前に立っていた。


 扉へ向けて、何度も腕を上げ下げして、ノックをするか逡巡する。


 幸いにも、周りに誰もおらず、もし誰かにこんなところを見られたらどうしよう――と思っていると、唐突にガチャリと扉が開いたので慌てて離れると。


「あれ、シャーレ?」


 当たり前といえば当たり前だが、姿を見せたのは、最愛の兄であるユーリ・クロイスだった。


「に、兄さん……」


 どこかへ出かけるつもりだったのか、タイミング悪くシャーレがお邪魔してしまったらしい。けれど優しい兄は、迷惑そうな表情を一切見せることなく、暖かな笑みをこちらへ向けてくれている。


「丁度よかった。今から、お前の部屋に行こうと思ってたんだ」


「え?」


「ここ数日、バタバタしてて(ろく)に話もできてなかったからな。お前のことだから、ベッドに座って寂しくしてるんじゃないかと思ってさ……中入っていいぞ」


 ユーリに促されるままに、シャーレは部屋へと入室する。


 兄は、妹の行動なんてお見通しのようで、わざわざ時間を作って会いに行こうとしてくれたのだ。


 そのことが嬉しくて、恥ずかしくて、気を遣わせてしまった自分が情けなくて……。


 シャーレは、早歩きでソファのもとまで歩み寄り、(うなが)されるままに腰を降ろし、表情を隠すように俯く。


「シャーレ、お腹空いてないか?」


 ユーリのさりげない気遣いが、今は辛い。本当は、兄を助けられる存在になりたいのに、その逆をしている自分が惨めに思えて仕方ない。


「いえ、お構いなく」


 そう言った瞬間、キュルルーゥー……と、お腹が鳴ってしまい、羞恥心(しゅうちしん)で顔を真っ赤にする。


「はは! 遠慮すんなって。俺も丁度お腹空いてたし、とっておきの非常食もあるから一緒に食べないか?」


「……では、お言葉に甘えて」


 そうして、ユーリがシャーレの前にあるテーブルに置いたのは、魔力ポットと二つのカップヌードル。


 ポットの方は、魔力を込めるだけで簡単にお湯を沸かせる日用品だ。


 以前ミグレットが興奮した面持ちで「自分、これと似たやつ造ったことあるですよ!」と、叫んでいたのを思い出す。


 ポットはいいとして、シャーレが驚いたのは名家であるクロイス家の嫡男が、カップヌードルを食べるという事実にだった。


「兄さんも、こういったものを食べるんですね」


「あぁ、軍に入ったばかりの頃は、よく食べてたんだ。同僚にダニエル・ゴーンって奴がいたんだけど、そいつが食わせてくれてさ。

 訓練でヘトヘトになって、皆で机囲んで食べたカップ麺の味が未だに忘れられないんだよな」


 どこか懐かしそうに語るユーリは、カップヌードルの容器の(ふた)を半分ほど剥がして、ポットにお湯を注いでいく。


「ダニエル・ゴーンさん……」


 シャーレとは面識がないが、ユーリとアリカ、オリヴァーの同期で同じ隊に配属されたかけがえのない仲間だったと(うかが)っている。


 そして、ドラストリア種族大戦――ファルラーダ・イル・クリスフォラスとの激闘で命を落としたことも。


 ユーリは、注ぎ終わったカップの蓋にフォークを乗せて「三分待てば、出来上がるからな」と、告げてシャーレの隣に腰を降ろす。


 三分間……容器の蓋の隙間から漂ってくる匂いが、シャーレの食欲を刺激する。


 肩と肩が触れ合い、微かに伝わる兄の温もりに妹は頬を染め、誤魔化すように別の話題を口にする。


「そういえば、クーリアさんもよくカップ麺を食べていました」


 現在、革命軍ルーメンに在籍しているシャーレの同級生――クーリア・クロウ・ククルウィッチ。


 異生物学者として名が馳せた彼女は、研究の時間を確保するために、時短料理を好んで食していた。


「あいつか……。仲は良かったのか?」


「そうですね……友達、というよりは利害が一致する共犯者という関係が正しいかもしれません。

 私はともかく、クーリアさんは学院内で浮いていましたし、お互いに我欲に塗れていましたので、成り行きで一緒にいることが多かったんです」


 シャーレは、他者の嘆きと絶望の怨嗟を求め、クーリアは己の知的欲求を満たすためなら平気で他者を不幸へ陥れる。


 そんな二人だからこそ、妙に馬が合っていたのかもしれない。


 今では到底受け入れられないが、あの頃は確かに他者の不幸に(えつ)を見出していたのだ。


 自己暗示で記憶すら消し去って、嘘を本当で塗り固めてしまい……そのせいで、一体どれだけの人たちが不幸に陥れてしまったのか。


「彼女は、自分の才能を見出してくれたレーベンフォルン(きょう)に心酔しています。

 彼のためなら平気で禁忌を破り、悪しき融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポンを量産していくことでしょう」


「問題は、そこだよな。グレンファルトさんの説得に失敗した以上、革命軍ルーメンに時間を与えれば与えるだけ戦力が増強されていく。

 今はもう、あいつを縛るものは何もない……早く止めないと、融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポンがどんどん量産されていくかもしれない」


「クーリアさん、あんな性格してますけど、FECフリーディアエレクトリックカンパニーの社長令嬢ですからね。

 ミアリーゼ様としては、短期で決着を急ぎたい筈です。その所為か、脅しに近いやり方で首都近郊の都市を引き込んでいるんですよね?」


「あぁ。叔父さんも相当圧力かけられてるんだと思う。あれから一回も帰ってこないし、連絡もないから心配だな……」


 現在のアージアを取り巻く現状は非常に危ういものであるといえる。


 ユーリたちを匿っているクロイス家の動きを、ミアリーゼも警戒している。


 内戦が激化していない理由も、ナイル・アーネストとファルラーダ・イル・クリスフォラス、共に重症のため動けないというのが最大の理由だろうと、クロイス家の調査結果からそう判断した。


 両名とも、完全回復まで一ヶ月以上の時間を要するため、その間が交渉の最大のチャンスとなる。


 そのために、アージア都市長であるウィリアム・クロイス含めた大人たちは、ユーリたち子供たちを守るために奮闘してくれているのだ。


 そうこう話している内に、気がつけば三分が経ち、ユーリは話を切り上げ「とりあえず食べるか」と、フォークを退かしてカップの(ふた)(めく)った。


 シャーレも兄に倣って蓋を捲っていく。フォークを手に取って二人合わせて「いただきます」と述べ、麺を(すく)い上げて、上品な仕草で口へ運ぶ。


「味、濃いですね」


 シャーレの口内に広がる味の感想を、素直に述べると。


「だろ? でもこれがいい……っていうか癖になる。俺、変に(かしこ)まった上品な料理より、ジャンクフードとかこういった粗雑な料理の方が食べやすくて好きかも」


「うふふ、兄さんって意外と子供舌なんですね」


「そうかな? シャーレが言うなら、そうかもしれないな」


 思えば、兄と二人っきりで食事を共にするのは初めてかもしれない。


 アージア生物学研究所にいた頃は勿論、和解してからも、必ず仲間の誰かがいたから、こういう機会に巡り会えて、胸がほっこりじんわりと暖かくなる。


「何ていうか……皆でワイワイ楽しく食べるのもいいけど、兄妹水入らずで食べるのも(おつ)なもんだな」


「………そうですね」


 兄も、自分と同じ感想を懐いてくれたことが嬉しい。だけど、それと同じくらいに自責の念に(さいな)まれて止まない。


「シャーレ?」

 

 コトリと、フォークと容器をテーブルに置いたシャーレは、再び俯いて懺悔するように呟く。

 

「……自業自得とは分かっているんです。私がシャーレ・クロイスではなく、初めから大人しくシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーと名乗っていれば、クロイス家の皆さんは私を受け入れてくれたことも。

 私が、余計なことを言ってしまったから……クロイス家の皆さんに多大な迷惑をかけてしまっています」


 クロイス邸に訪れた際、関係者たちに自分の素性とこれまで働いてきた悪事を告白した。


 グランドクロスだったことは伏せたが、フリーディアと異種族の間に生まれた混血種であることや、これまで犯してきた大罪を正直に告げたのである。


 その日、ユーリはグレンファルトと大事な交渉があり、ウィリアムも都市長としての仕事があったにも関わらず、クロイス家関係者たちを納得させるためにフォローしてくれたのだ。


「私は、兄さんの負担になりたくないんです。なのに心の奥底では兄さんに(すが)って、甘えたくて仕方ない自分がいる。

 今日なんて、売り言葉に買い言葉で、ヒナミさんとアイリさんに力を見せつけて、自尊心を傷つけてしまいましたし、私は本当に何をしてるんだろうって、自己嫌悪にばかり陥ってるんです。

 狡いですよね、あれだけの大罪を犯したにも関わらず、まだ救われようとしているなんて」


「シャーレ……」


 心の内を吐露したシャーレは、この懺悔ですらも、自己嫌悪の対象となってしまう。


 自分は紛れもないユーリの妹――シャーレ・クロイスなのだと、崩れかけた自身の存在意義を修復したいがために。


 兄の表情をまともに見れない中、俯くシャーレの頭にそっと手を置かれる。そして――。


「だけど、それでも、誰かを幸せにすることを諦めてはいないんだろ?」


 優しくて、暖かくて、包み込むような愛情を込めて放ったユーリの言葉は、暗い闇に染まるシャーレの心に再び光を灯していく。


「はい」


 どれだけ惨めな想いをしようと、(さげす)まれようと、(ののし)られようと、(うと)まれようと、憎まれようと、恨まれようと、諦めるつもりは微塵もない。


 自分が不幸に陥れた何倍もの人たちを幸せにする――胸に懐いた想いは、確かなものとして(ここ)にあるから。


「今すぐには無理でも、小さな幸せをコツコツと積み上げていけば、沢山の人の目に付くようになる。

 少なくとも俺は、シャーレが本気で誰かを想ってるんだと理解してるよ。

 縋って、甘えたい? そんなことで罪悪感を懐く必要なんてない。俺は誰の物でもないし、可愛い妹に甘えてもらえて、すっごく嬉しいし、幸せだ。

 つまり、シャーレは俺に甘えることで俺を幸せにしてくれる。そんで、シャーレも幸せになれる。どっちもWin-Winで、一石二鳥じゃんか」


「兄さぁん……ぐすっ」


――やっぱり、兄さんには敵わないな。


 そう思いながら、シャーレは額を兄の胸にぐりぐりと擦り付けて、小動物のように甘えていく。


「ヒナミとアイリをよろしくな。あいつら人の言葉とか聞かないから、こっちとしてはどんな無茶をしでかすか気が気じゃないんだよ。

 大人しく叔母さんの実家に戻るとは思えないし、万が一の時は守ってやってくれると助かる」


「はい」


 ユーリも、破天荒な性格の二人に苦労させられたのか、どこか遠い目をしてた。


「それじゃ、シャーレの目先の目標は、ヒナミとアイリと和解するってことにしようか。

 向こうで父さんと母さん、それにアリシアさんもきっと仲良くしてほしいって思ってるだろうし」


「お父様、セリナお義母様、お母様……」


 瞳を閉じて、亡きヨーハンとセリナ、そしてアリシアの姿を思い浮かべる。


 セリナに至っては、自分が死に追いやった筈なのに……想像の中の彼女は、頑張れと手を振って、エールを送ってくれていた。


「兄さん、ありがとうございます」


 ゆっくりと身体を離して、上目遣いに兄を見つめ。


「あの……もう少しだけ、甘えてもいいですか?」


勿論(もちろん)。せっかくだし、伸びちゃうから残りのカップ麺、全部食べちゃおうか。

 そんで、その後は二人きりで昔のアルバム見て過ごすか。

 俺がどんな生活してたとか、ヒナミやアイリ含めた昔のクロイス家の事とか話したいこと沢山あるしな」


「はい! 私も皆さんの事、もっと沢山知りたいです!」


 本当は、こんなことをしている場合ではないのかもしれない。


 だけど今は、今だけは――どうか兄妹水入らずで幸せに過ごすことを許してほしい。


 その幸せを皆にも感じてほしい。世界は悲劇や絶望だけじゃない、闇の中にも光はある、そう信じているから。

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