第178話 ささやかな宴 前編
都市アージアに並び立つビル群の中心部にある市庁舎の待合室で、都市長ウィリアム・クロイス主催でささやかな宴が執り行われた。
甥であるユーリ・クロイスとの再会。そして、歴史上初となる異種族の来訪を歓迎して、大きなテーブルの上に、デリバリーで頼んだ料理やジュース、お酒などがズラリと並べられている。
ピザやハンバーガー、ポテト、パスタ、ステーキ等々。ユーリたちは、それぞれ思い思いの料理を紙皿に移して舌鼓を打ちつつ、会話に華を咲かせていく。
その中でも、エレミヤはビールが気に入ったらしく、都合三本目になる缶ビールを豪快に一気飲みしていた。
「ごくごくごく……ぷっはぁー!! 五臓六腑に染み渡るわぁーーー!!」
どことなくおっさん臭い台詞を吐くエレミヤだが、本人が満足しているので水を差すのも憚れる。
ユーリ自身は、お酒を飲んだことがなく、エレミヤがあまりにも美味しそうに飲むため、少しだけ興味が出てきてしまい。
「なぁ、エレミィ。ビールって、そんなに美味しいのか?」
「えぇ、もう最っ高ね! エルフ国にあったお酒も美味しいけど、あれは少しお行儀が良すぎるのよね。でも、このビールはとても親しみを感じるの!
言ってみれば、姫巫女としての私と、素の私みたいな感じかしらね!」
まだまだいける口のようで、四本目の缶ビールを手にするエレミヤ。
「そんなにいいのか……。なぁエレミィ、こっそり一口だけ貰ってもいいか?」
異種族は、お酒を飲むのに年齢制限はないが、人間は二十歳にならないと飲むことができない。
けど、今日は無礼講ということで、ちょっとくらいならいいんじゃないかと思ったユーリだったが。
「ダメですよ、兄さん?」
いつの間にか隣にいる義妹のシャーレ・クロイスが、笑顔でやんわりと制止した。
「シャーレ……いやでも一口くらいなら」
「うふふ、一口でもダメなものはダメですよ? お酒は二十歳からだと、きちんとルールで決められていますので、兄さんはジュースで我慢してください」
有無を言わせぬ迫力でジュースの入った紙コップを渡すシャーレに、ユーリは大人しく「はい」と、言って受け取り、引き下がった。
「残念ね、ユーリ。二十歳になったら改めて一緒に飲みましょ!」
そう言いつつ、エレミヤはごくごくと缶ビールを煽っていく。酒豪というのは耳にしていたが、ここまでお酒が好きだとは知らず、何だか新鮮に映る。
そこでふと疑問に思ったが、エレミヤは、今いくつなのだろうか? ナギたちビースト組の年齢は知っているが、エレミヤ……それに、ミグレットも年齢不詳のままだ。
勝手にシオンと同じ歳くらいだと思っていたが、ドワーフは皆子供のような身姿をしている。
ふと見れば、ミグレットもチビチビと缶チューハイを飲んでおり「ぷっはーーー! めっちゃフルーティーです、こんちくしょう!」と、一人で叫んでいた。
うん。聞くのはやめておこう。そもそも女性に年齢を尋ねるのは失礼にあたる。ここ三日間、傷の療養に努めながら、気の抜けない生活を送っていたため、多少ハメを外すくらいなら許されるだろう。
部屋に備え付けられた大型モニターの映像には、ナイルが語った人間と呼ばれる種族のこと、そして魔術機仕掛けの神の存在有無について討論を繰り広げるコメンテーターたちの姿が映っている。
叔父であるウィリアムは、一歩離れたところで、缶ビールを口に含みながらテレビをジッと眺めている。
ユーリは、叔父のもとまで歩み寄り、改めて見解を聞いてみようと思った。
「叔父さんは、魔術機仕掛けの神の存在は知っていたの?」
「ん? いやまさか。あの日、テロリストの言葉を耳にした時は、くだらない与太話だと思っていたんだが、ユーリの話を聞いて全て真実だと知った時は、本当に驚いたよ。
そもそも、異種族を魔石化させ利用していることや、グランドクロスの存在すら秘密にしていた政府だ。
ひょっとすると、人類始まりの地とされる首都エヴェスティシアは、他の都市とは違う特別な何かがあるのかもしれないな」
首都エヴェスティシア、そこに全ての答えが眠っている――ナイルはそう言っていた。
その真実を知るために、グレンファルトに付き従う革命軍は、エヴェスティシアへ侵攻しようと画策している。
「そういえばシャーレ、君はグランドクロスだと言っていたな。我々が知らない何かを君は知っているんじゃないのかい?」
ウィリアムから問いを投げられたシャーレは、考え込むような様子を見せ。
「そうですね……私が知っていることといえば、エヴェスティシア議事堂の地下に広大な空間が隠されていることでしょうか。
あれを言葉で表現することは正直難しい……確か、地下都市空間? という名称が付けられていて、何のために存在する空間なのかは、グランドクロスにも分かっていません」
「地下都市空間……」
言うなれば、首都エヴェスティシアの地下にもう一つ都市があるという認識でいいのだろうか?
「一つだけ言えるのは、主人様の御目通りが叶う場所が、その地下都市空間の最下層にある擬似宇宙空間ということだけです」
シャーレの説明を受けても、壮大すぎて脳の理解が追いついて来ない。
「あそこは、過去でもあり、未来でもある。何故か形容し難い不思議な感覚に包まれますが、それだけです。私たちフリーディアが人間を元に生み出された存在であることは、知りませんでした」
もし知っていたら、とっくの昔にシャーレは告げている。彼女は、旧時代の歴史について何も知らないのだ。ウィリアムもそれを理解したのか、再びテレビを見やると。
「判断材料が少ない以上、推測の域を出ないか。各都市の動きも気になる。中には統合連盟を脱退し、革命軍にすら属さず、独立を宣言する都市も現れることだろう。対応は、慎重に行わないとな」
「独立?」
ウィリアムの放った独立という言葉に首を傾げたのは、エレミヤたち異種族組だった。
「あぁ。今回の内乱もそうだが、過去にフリーディアが内部分裂を起こしたことは何度もあった。統合連盟政府が発足される、新西暦1860年以前は、都市ではなく国として扱われていたんだ。
現在の都市長は、統合連盟政府首脳陣が決定しているが、昔は領主……その土地の持ち主が覇権を握っていたのさ。
彼らは優れた血統を重んじ、自らを貴族と名乗った。後に優生思想と呼ばれる由縁になり、有能と劣等……貴族と平民の陣営が真っ二つに分かれて内乱を引き起こしたんだ」
エレミヤはなるほどと納得し、ナギとサラ、シオン、ミグレットの四人はちんぷんかんぷんといった様子だ。
「要するに、今回と似たような騒動が、過去に何度も起きているということさ。内部闘争を阻止するべく、統合連盟政府は異種族を最大の敵として認識させ、人々の意志を一つに纏めたんだ。
結局、それも長くは続かずに今に至る。完璧で不変な世界などありはしない。変わっていくこと、変わらなければならい状況に立たされて、初めて人は世界の本質に気付くのさ。《《この世界は何もかもが間違っている》》、ってね」
ユーリ・クロイスや、ミアリーゼ・レーベンフォルン、グレンファルト・レーベンフォルンだって同じ。
彼らは、思い思いに世界をより良い形に完成させたいと願っている。やり方はどうあれ、不完全な世界をどうにかしたいという想いは同じなのだ。
「やっぱり、俺の想う異種族との共存共栄は、争いの火種にしかならないのかな……?」
「そうだね。でも、私は間違っているとは思っていない。その証拠に、エルヴィス様は合意してくれたんだろう?」
種族会談で直接対面して交渉したエレミヤは「えぇ」と、頷く。
「正しいことだけが、良いこととは限らない。間違っていること=悪いことと決めつけるのもまた違う。
正義と悪の価値観が、個人の見解に依存するように、正しい世界なんてものは本来どこにもないのかもしれない」
異種族は悪。ついこの間までユーリはそう思っていた。オリヴァーやアリカだってそう。けれど、ナギたちと出会ってそれは変わった。
ユーリたちは、異種族との共存共栄が世界にとって良いことだと信じている。
でも、そうは思わない人たちだっている。その人たちにとっては自分の歩む道こそが正しいと信じている。それを覆すことは、説得だけでは難しい。
「だから、戦って勝利した方が正しいってことになるのか」
「極論突き詰めれば、そうなる。世の中というものは、いつだって勝者が覇権を握ってきた。その勝者だって、永遠に君臨し続けられるわけじゃない。やがて、より大きな力に呑み込まれて、全く別の何かに変わってしまうことだってある。
だから私は、慎重にならざるを得ないのさ。グレンファルト様かミアリーゼ様――恐らくどちらの道も正しくて、どうしようもなく間違っている。
けれど、力のない者たちにとって安定した生活水準を保証してくれるなら、どちらの陣営が勝とうが、本音のところは何でもいいんだ」
世知辛い、というより殆どの人たちは自分が世界をどうしたいかと思うよりも、損益を重視する傾向が強い。
グレンファルトは、想いに訴えかける――というよりは、革命を成した場合に、どんな利益が出て、どう変わるのか理屈で納得させようとしている。
「グレンファルト様は、旧時代とやらの技術を積極的に活用して、新しい世界を構築すると公言しているから、利益を目的とする人は革命軍側に付く人が多いってことか」
「ユーリの言う通り、革命軍に属する者たちは、その傾向が強い。今現時点で損を被っている者たち、つまりは魔石が充分に行き届いていない都市になる。
反対に、ミアリーゼ様率いる統合軍側に付く者たちは、現状に満足し、何不自由なく暮らしている者たちに限られる。
グレンファルト様は、彼らの今を破壊しようとしているわけだから、損を被る者たちは当然対抗する。
もちろん損益だけじゃない、純粋にミアリーゼ様や、グレンファルト様の想いに共感している者たちも大勢いると考えられる」
既に各地で小規模な戦闘が発生している原因。
革命軍ルーメンは、テロ組織を元に結成されたということもあり、ミアリーゼは自軍に属さない都市をテロリストとして討滅対象に入れている。
「そして、ここ都市アージアだけの利益を考えるなら、ミアリーゼ様率いる統合連盟軍に加盟するのが通例だ。何せ、治安維持部隊の本部はアージアにあるわけだからね」
治安維持部隊総司令セリナ・クロイスが拠点としていたアージア。革命軍、統合軍にとって治安維持部隊本部がある都市アージアを味方に付けることは、大きなメリットになる。
「でも、叔父さんは回答を控えてるって……」
「そうだね。都市を任されている以上、事は慎重に対応しなければならない。現時点では、単なる時間稼ぎしかできていないが、その間にやれることをやるつもりだ。明日からは、眠る暇すらないくらいに忙しくなるよ」
叔父が、今日という大切な時間をユーリたちに割いてくれたことに、皆心から感謝の意を示す。
「ありがとう叔父さん、俺たちのために……。俺、絶対にグレンファルト様を説得してみせるよ」
グレンファルトから届いた手紙。向こうも話し合いに応じる姿勢を示しているため、ユーリはこんな馬鹿げた争いを止めてもらうよう全力で説得するつもりだ。
何より、生まれ故郷を戦場にしたくない。もしもグレンファルトを説得することに成功すれば、戦わずして内乱が収まる可能性がでてくる。
問題は、ミアリーゼ・レーベンフォルンがどう動くかだが……。
「そう気負わなくていい。さっきもそう怒っただろう? あ、もちろん無理矢理止めようなんて思っていないから安心してくれ。ユーリが説得に成功すれば万々歳、失敗しても私は責めないし、誰にもユーリを責めさせない。
武力で守ってやることはできないが、ユーリの社会的立場だけは死んでも守る。もちろん、君たち異種族もだ」
戦力を鑑みれば、ユーリたちは守られる必要がないくらいに強い。しかし、社会における立場や信用において、彼らは大人に守ってもらわなければ生きていけないのだ。
ウィリアムの言葉に、皆が食事の手を止めて顔を向けて頷き合う。一番に反応を示したのは、シャーレ・クロイスだ。
「もし、アージアが戦場になっても、私が全力で兄さんや、市民の皆さんを守ってみせます」
神遺秘装――血霊液を失い、不死ではなくなったシャーレだが、戦闘能力においては依然として他の追随を許さずにいる。
血霊液を完璧にコントロールしてみせた高い魔力操作技術と、魔術武装があれば充分に戦える。そう思っての発言だ。
「あ、もちろん、私だけが背負って戦うわけではなく、皆と一緒に、です」
「「「「「「(コクリ)」」」」」」
シャーレの言葉に、この場にいる全員が強く頷いた。もし一人で背負うと発言したら、先程のユーリのように怒られていただろう。
「さて、真面目な話ばかりしてしまったが、このささやかな宴は、君たちの歓迎会でもある。肩の力を抜いて、存分に楽しもう」
ウィリアムの言葉に、全員の張っていた気が緩んで笑顔を覗かせる。
「そうだ、私は君たちに会った時からずっと尋ねたいことがあってね」
「「「「「?」」」」」
尋ねたいこと? 全員が首を傾げる中、ウィリアムの視線が捉えた先には、オリヴァーとサラがいた。
「オリヴァー・カイエス君にサラさん、だったね。つかぬことをお聞きしたいのだが、ひょっとして君たち二人は、お付き合いをしているのかな?」
「「!?」」
え、何で見ただけで分かったの!? と、オリヴァーとサラは、揃って驚いていた。
「あ、やっぱりそうだったのか! 二人とも距離が近いし、雰囲気も良いからすぐに分かったよ。そうか、フリーディアと異種族の共存共栄は、そういう形で反映されるんだね」
フリーディアと異種族の間で子を成せることは、シャーレ・クロイスの存在が証明している。
つまり、恋人関係であるオリヴァーとサラを起点に、今後は半異人種という新たな種族が、陽の目を浴びる日が実現するかもしれない。
ウィリアムが、新たな変化の兆しに、なる程と納得する中で。
「「ブーーーーーッ!!! ゴホッゴホッ! ――え、えぇ!?」」
エレミヤ、そしてナギの二人は顎が外れんばかりに驚き仰天していた。
しかも、丁度お酒を口に含んでいたところだったらしく、エレミヤとナギはそれぞれ隣にいるユーリとアリカの顔面に盛大に吹きかけるという大失態を犯してしまう。
「「…………」」
「「ごめんなさい 、ユーリ(ごめん、アリカ)!!」」
ポタポタと顔から酒の雫が滴り落ちるユーリとアリカに全力で謝罪しながら、テーブルにあるお絞りを手に、献身的に拭っていくエレミヤとナギ。
皮肉にも、ビールが少しだけユーリの口に入ってしまったのは内緒だ。
初めて味わった酒の味は、何というかこう……ユーリには早すぎたな、と納得する味であった。
同じように、アリカも何とも言えない顔をしており、慌てるナギに対して「自分でやるから貸して」と、お絞りを奪い取る。
「てゆーか、何でアンタら二人は気付いてないのよ」
現在進行形で恋愛をしている二人が、揃って目が節穴という事実に、アリカは顔を拭いながら呆れていた。
「え……皆、知ってたの?」
お絞りを取られて手持ち無沙汰となったナギは、ユーリとシオン、ミグレット、シャーレへ視線を向け。
「うん。まぁ俺は、事前にオリヴァーと相談してたし、帰ってきた二人を見て、すぐに分かった」
「シオンは、見た瞬間にビビビッ! て、気づいたよ!」
「ちゅーか、普通気付くですよ。この三日間、ラブラブな雰囲気醸し出しやがるせいで、こっちが充てられてめっちゃ恥ずかしかったです、こんちくしょう」
「私も、すぐに分かりましたよ。寧ろ、ナギさんとエレミヤさんが気づいていないことに驚いているくらいです」
ユーリ、シオン、ミグレット、シャーレとそれぞれ答えを返す。ナギとエレミヤは嘘でしょ、と呆けた後、すぐにオリヴァーとサラへ向けて。
「サラ! オリヴァーも、何で私に何も言ってくれなかったの!?」
「ナギの言う通りよ! 察しの悪い私たちが、バカみたいじゃない!?」
何故何も言ってくれなかったのか? 問い詰められたオリヴァーとサラは、互いに顔を見合わせて言う。
「伝えるタイミングがなかったんだ。それにこの情勢下だし、全てが終わった後に報告しようってサラと相談して決めたんだ」
「うん。ユーリくんたちも、気づいてたら言ってくれればよかったのに」
オリヴァーたちからすれば、気づいていて何も言わなかったユーリたちが水臭いのだろう。
「フィオネさんの件もあったからな。二人の気持ちを察して皆言わなかったんだ」
オリヴァーの専属使用人だったフィオネ・クルージュは、失恋して自らの意志で融合型魔術武装となった。
その後、ナイル・アーネスト率いるテロ組織ルーメン――革命軍へ身を堕としたことから、彼女が再びこちらを襲ってくるであろうことは容易に想像がつく。
オリヴァーとサラは、フィオネとの決着をつけた後で報告するつもりだったのだろう。その想いを察した仲間たちが、何も告げずに見守ろうと思ったのだ。
「あー、申し訳なかった。もしかすると、余計なことを言ってしまったかな?」
そうとは知らずに、話してしまったウィリアムは、若干気まずそうに頭を掻いていた。オリヴァーとサラは、謝る必要はないと否定する。
「いえ、寧ろ今で良かったと思っています。ウィリアムさんのおかげで、僕たちが変に拘って背負い込もうとしていたことに気付きました」
「うん。無理にフィオネさんのことを背負う必要はない、皆にどうやってあの人を止められるか相談したかったから、私も助かりました」
感謝を告げる二人に、ウィリアムはホッと胸を撫で下ろした。
そして、そっと肩を合わせて寄り合うオリヴァーとサラは、互いに頬を染めて視線を合わせている。
二人だけに伝わる独特な雰囲気に充てられたユーリは何だか、胸がドキドキしてしまい。
「あ、甘い……。これが恋人関係になった男女の空気ってやつか」
これまで恋愛とは縁遠い生活を送ってきたユーリだ。オリヴァーとサラが、何故かキラキラと輝いて見えてる。圧倒されるユーリに、叔父は分かる分かると、何度も頷き。
「うんうん。家柄の格式が高いと、下手に自由恋愛はできないからね。気持ちは、よーく分かるぞユーリ」
「あれ? それじゃ、叔母さんのことは愛してないの?」
当然ではあるが、ウィリアムは既婚者だ。ユーリから見たクロイス夫妻は仲が良いように感じたが。
「もちろん愛してるさ。でも私の場合は、事前に決められて知っている状態から始まった。妻も私を愛してくれているが、フィクションでよくある恋愛はしてこなかったのさ」
決められた婚約者がいる。即ちそれは、自分で選んだ相手ではないということ。結婚相手と恋人関係は似ているようで、少し異なる。
すると、エレミヤがある事に気付き。
「もしかして、既にユーリには婚約者がいるってこと!?」
名家に生まれた以上、ユーリにも婚約者がいることは必然だ。
現在の情勢下を鑑みれば、婚約が白紙になる可能性が高いと踏んでいるが、それでも捨ておけないと、食い入るようにユーリを見つめている。
「いや、俺は何も聞かされてないよ。軍に入る前に、何度か母さんに聞いたけど、知らないの一点張りだったし」
「え? 姉さん言ってなかったのか!? いや、そうか思い出した! 確か二人が十六になったらサプライズで教えるとか言っていたな」
「「「「「「「………え?」」」」」」」
ウィリアムの意外な反応に、ユーリたちはポカンと聞き返した。
「え? 俺って婚約者いるの!? しかも十六って今年だし!」
余談だが、十二月二十五日がユーリの誕生日である。
「嘘でしょ!?」「じゃあ、ユーリはその人と結婚するってこと……?」
ユーリに特別な感情を抱いているエレミヤとナギは、ショックが隠せないようで、露骨に動揺を露わにしている。
ウィリアムは、過剰な反応を見せる二人に対して圧倒されつつ、丁寧に説明する。
「何事もなければ、ユーリはそのまま結婚していただろう。しかし、この情勢下だ。当然婚約は白紙になっているし、私も可愛い甥には自由に恋愛してほしいと思っている。
だから、君たち二人の懸念しているようなことは起きないさ」
エレミヤとナギが、ユーリに対して並々ならぬ感情を抱いていることに気付き、ウィリアムはすかさずフォローを入れる。
露骨にホッと、安堵の息を吐く二人に対して、ユーリは何を言えばいいのか分からなくなる。
「しかし、二人とも反応が娘たちにそっくりだね。娘たちも、どこから聞きつけたのか、ユーリの婚約者についてやけに問い詰めてきたっけな」
「「…………」」
娘たち、というウィリアムの言葉に何かを察したのか、エレミヤとナギの視線が鋭くなる。
従兄妹にあたる双子の姉妹の存在は、ユーリの口から話題に挙げていないので、初耳なのは当然。
「そ、それより叔父さん! 今更だけど、俺の婚約者って誰なんだ? もしかして、俺の知ってる人?」
「うーん。知ってはいるが、果たして私の口から告げてもいいものか……」
「「「「「「叔父さん (ウィリアムさん)!」」」」」」
悩むウィリアムに、ユーリ以外の面々も気になったのか、焦ったそうに叔父の名を呼んでいる。
「分かった、言うよ。今更隠していても意味がないしね――いいかい? ユーリの婚約者は、何を隠そう君たちもよく知る人物――」
「「「「「「(ゴクリ)」」」」」」
「――フリーディア統合連盟総帥代行、ミアリーゼ・レーベンフォルン様だ」
叔父の口から意外すぎる人物の名が放たれ、天地がひっくり返ったような衝撃が、全員に襲い掛かったのだった。