第174話 ペテン師の演説
「バカな――あがぁッ!?」
あと一歩……一歩のところでナイル・アーネストを仕留められたというのに、突如として天から降り注いだ極光の直撃をくらい、千術超大型魔砲が、発射寸前で大破してしまう。
爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされるファルラーダ・イル・クリスフォラスは大地に叩きつけられ、苦痛に呻いた。
「魔力を一切感じなかった……今のは、一体」
初めは四精霊の残りが、ナイルたちを助けに来たのかと思ったが、不意を打たれるほど周囲の警戒を怠っていたわけではない。
意識が朦朧としていたとはいえ、全く気づかないなどあり得ない。今しがた天から放たれた極光はそれこそ魔法ですらない、別の理が働いているとしか。
「空……? いや、まさか」
空を見上げるも、極光を放ったと思しき兵器は見当たらない。そうなれば必然的に空の更に上――大気圏すらも突き抜けた先にある宇宙から放たれたということに。
「御前……? いや、あり得ない。となると残る可能性は」
宇宙から放たれた極光は間違いなく、旧時代のテクノロジーが用いられている。
異種族が、宇宙から攻撃できる筈もなく、フリーディアの祖たる魔術機仕掛けの神が、異種族――神を助ける事などもっとあり得ない。
だからこそ、残された可能性は一つしか思い浮かばない。ファルラーダと同様に魔術機仕掛けの神の恩恵を賜ったグランドクロスの誰かということになる。
緋色の亡霊――テスタロッサ? 違う。奴は剣で戦うことに並々ならぬ拘りを持っている。ファルラーダのような戦略兵器を用いて戦う者に嫌悪感を抱いている現状、戦略兵器を用いるなど天地がひっくり返ってもあり得ない。
最厄――シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー? 可能性は高いが、恐らく違う。通信機が破壊されたため、状況が定かではないが、そもそも奴はユーリ・クロイスに並々ならぬ執念を抱いていた。そもそも奴の性格を考えるならば、ナイル・アーネストに利用されることを嫌う筈。奴の性格を考えるなら、ファルラーダがナイルを殺した直後に撃つ筈だ。よって、彼女も容疑者から外れる。
極光の英雄――グレンファルト・レーベンフォルン? そう、考えられるとすれば、奴しかいない。デウス・イクス・マギアから絶対の信頼を寄せられたグレンファルトは、切り札である禁断の破壊兵器――光核衛星兵器の使用権限を与えられている。そうなれば必然的に、他の衛星兵器の使用許可も与えられている筈で。
「グレンファルトッ!!」
ナイル・アーネストの目的、今回の事件との関連性から全ての事情を理解したファルラーダの怒りは有頂天に達した。
ナイルが言っていた勝負に負けて試合に勝つという意味の本当の恐ろしさを理解し、すぐにでも奴を殺さねばと奮起する。
「やめとけよ。あいつを殺したらそれこそあんたお尋ね者だぜ? 逆にあんたらがテロリスト呼ばわりされる」
試合に勝利したナイルは、敗者であるファルラーダへ向けて親切心で忠告する。
「ナイルッ、貴様の目的は何だ? グレンファルトのバカは何となく想像付くが、貴様が奴に手を貸す理由が分からねぇ」
ここまで来たら隠す必要はないのか、ナイルは己の真実を語る。
「俺の目的は、この世界の生命全てを根絶やしにすることさ。不滅の輪廻に縛られた俺には終わりがない。
だからこそ、全てを終わらせるために滅ぼすんだよ。その一番手っ取り早い手段は、あんたも今しがた受けた筈だろ?」
だからナイルは、己の命すらも賭けて遊戯に興じるのだ。
負けたら一生不滅の輪廻からは逃れられない。言うなれば、ロシアンルーレットを自分自身に向けて楽しむようなもの。そんなスリリングな状況を楽しんでいる異常者に、ファルラーダは声も上げられずに絶句した。
「なら、グレンファルトは」
ファルラーダの知るグレンファルトは、フリーディアの滅亡を望んではいない筈。
ソリが合わず、いけすかない男だと忌避していたが、その信念はミアリーゼに負けず劣らずの本物だと分かる。
「あいつは、不器用なバカだからな。何も言わずに俺を利用すればいいのに、正々堂々と勝負を申し込んできやがった。
グレンファルトは、今の社会をぶっ壊して、新たな理を0から生み出そうとしている。
魔術仕掛けの神を殺して、旧時代の技術をぶんどる。そのためにあいつと俺は共闘してんのさ。
そして、残った俺たちで最後の決着を付ける。そういうシナリオってわけだ」
ナイルの口調からは、どこか親愛の情が込められており、理屈に合わない複雑な事情が絡んでいるのだと悟り、これ以上の追及は諦めた。
「ぐっ、聞いてればくだらねぇ。何が英雄譚だ、こんなのただの自作自演じゃねぇか。そんな事で、市民の明日を奪った貴様らは絶対に生かしておかねぇぞ!!」
聞くだけのことは聞いた、ならば尚の事ナイルを生かしておく道理はない。そう思い、無理矢理身体を起こして、赫怒の殺意を解き放とうとするも。
『『『神!!』』』
残る四精霊の面々――シルディ、ウェンディ、ノインの乱入により、絶対絶滅の危機に陥った。
今の状態のファルラーダでは、彼女たちに勝つことができない。ガンガンと頭が鳴り響き、眩暈と嘔吐が激しく、意識が現実から乖離していく。
そんなファルラーダにトドメを指そうとするシルディたちだが、ナイルは止めとけと、手を振って制止した。
「よー、お前ら無事に逃げてきたみたいだな。どうだった、英雄様の御姿はよ?」
『グレンちゃん? もうすっっごい格好良かったよ! ちゃーんと、やーらーれーたー! って、言って逃げてきたんだから!』
シルディは素直な感想を述べ、やったね! と親指を立てた。
『私も、カメラに向けてしっかり悪役をこなしましたよ。グレンちゃんの登場は、まさしく人々にとって希望のヒーローに映った筈です』
ウェンディはアドリブを効かせ、柔軟に立ち回っていたことを自慢する。
『二人とも、調子の、いいこと、言わないで……。グレンちゃん、マジギレ、してた……』
やりすぎて三つの都市を壊滅させてしまったため、グレンファルトの怒りを買ってしまい、尻尾を巻いて逃げてきたのだ。
土精霊は、しれっと誇張して自慢する風精霊と水精霊へ、ジト目を向けている。
「まーまー、結果オーライってことでいいじゃねぇの。ほら、始まるぜ? あんたも聞いてけよ、千術姫ちゃん」
身体を起こすこともままならないナイルは、大の字で地べたに寝そべり、空に映る星々を見つめながらそう言った。
「ガハッ、ゴホッ」
隙だらけのナイルを殺せる絶好のチャンスだというのに、魔術武装を展開する余力すら残っていない。
ここまで追い込まれたのは、ファルラーダの人生においても初めてで、自身から溢れ出る無限の魔力に、ギチギチと肉体が翻弄されていた。そして――。
『私は、故エルヴィス・レーベンフォルンの子、フリーディア統合連盟軍所属――グランドクロス=グレンファルト・レーベンフォルンです』
テロ組織ルーメンのリーダーであるグレンファルトの演説が、全都市へ向けて放たれる。
何某かのスピーカーの役割を果たす魔術武装を用いているようで、その声はファルラーダの耳にもハッキリと届いた。
『先ず初めに、皆様に謝罪させていただきたい。不詳の妹、ミアリーゼの未熟さ故に、このような事態を招き、多くの市民の命が犠牲となったことを』
「野郎ッ」
敬愛する主を遠回しに侮辱するグレンファルトへ激しい怒りを募らせる。
それと同時に、ファルラーダは自身にも同様の怒りをぶつけ、不甲斐ない己を奮起させようとする。
『私は、軍人としての道を歩み、市民の皆様が健やかに生活していける日々を願っていました。しかし、亡き父の跡を継いだミアリーゼは、横暴に権利を行使し、市民の皆様を恐怖で抑えつけた。
極めて横暴かつ、独裁な政治体制が今回の災害を招いたと言っても過言ではありません!』
強すぎる正義は、独善的で人々を置いてけぼりにしてしまう。それをよく分かっているナイルは、尚も抗おうとするファルラーダへ告げる。
「そういうこった。あんたらは茨の道を選んだのさ。いちいち食器を丁寧に並べ直さずに、盛大に机ごとぶっ壊しちまえばよかったんだ。
お前らがやろうとしてることは、勝手に食器の並べ方決めてルールで雁字搦めに縛ろうとするのと変わらねぇ。要は、主観で善悪決めてるってことだろ?
人ってのは、いつの世も自由を求める生き物だ。それが悪だって言うなら、あんたらは全フリーディアを滅ぼさないといけなくなるぜ?」
「ッ、戯言をほざくな!」
そんな二人のやり取りの中、グレンファルトの演説は続いていく。
『ハッキリと申し上げます。今の統合連盟政府は、腐敗していると。
魔術機仕掛けの神なる未知の存在の秘匿、我々人類が、異種族と変わらぬ偽りの生命体であったと、テロリストの男から耳にした筈です。
そのような事実は、一度たりとも耳にしたことはない! 我々は、真実を知らねばならない! そのために私自らが立ち上がり、現統合連盟政府を解体させ、市民の皆様に真の平和を齎すと誓います!』
グレンファルトは、自ら人々を先導して、歪な魔法社会に楔を打ち込もうとしている。
「俺もあいつも、見えない何かに頭抑えつけられるのが大嫌いなのさ。裏でとんでもない技術隠し持ってるデウス様は、目の上のたん瘤でしかない。
奴を殺さない限り、人類には明日がない――ってな感じでな」
グレンファルトの気持ちを代弁するナイルは、どこか誇らしげだ。
「やり方はどうあれ、あいつはフリーディアの未来を想って行動している。レーベンフォルン家という立場を武器にして、内部からテロリストを掌握し、グランドクロスの地位すらも利用して、軍から完全な信頼を得たあいつは無敵だ。
ぽっと出のお姫様が勝てる相手じゃねぇよ。民衆共も戦えと言われるより、守るって言われた方が安心するもんだろ?」
ナイルは、フリーディアに転生して多くのことを学んだ。グレンファルトの力だけに頼らない戦い方は、これまでの神の常識を覆すものだった。ミアリーゼなど相手になる筈がない。それこそ、あのユーリ・クロイスにだって。
ファルラーダは、ご覧の有り様。フィオネ・クルージュをアジトに送った際に、念には念を入れて、マークス・ガレリアン=ベルナーデを起こしてミアリーゼの捕獲に向かわせた。
グレンファルトの手が届かない痒い部分を、ナイルが担当する。二人の力を合わせれば世界征服も夢じゃないな、と力なく笑った瞬間。
『――お兄様の言葉に、惑わされないでください』
「……は?」
グレンファルトと同じく都市全体に轟く、凛とした少女の声音に、ナイルは素で呆気に取られる。
「って、何じゃありゃ!?」
『『『『!?』』』』
ナイルと四精霊は、彼方上空に浮遊する巨大な飛行物体を目の当たりにして、度肝を抜かれていた。
「姫動魔術戦艦……ミアリーゼ様!」
ファルラーダは、思いがけない主君の登場に、奮起して起き上がり膝を折る。
両者対極の反応を見せる中、姫動魔術戦艦の船体下部からハッチが開き、巨大な筒状の砲身が顔を覗かせる。
「やっべ!? お前ら、全力で逃げるぞ!!」
『『『『うん!!』』』』
即断即決。ナイルと四精霊は、残された魔力を全て解放して即座に逃走へシフトした。
逃げる事に定評があると言っていた通り、その手際は見事なもので、シルディが起こした竜巻を推進力にウェンディとノインが連携し魔法を分散させて撹乱。サーラマが残された力を振り絞り、空間を爆発させて視界を遮り、逃走経路を分からなくしてみせた。
結果として姫動魔術戦艦の主砲は空振りに終わるも、ミアリーゼは何事もなかったかのように演説を続けていた。
『私は、フリーディア統合連盟総帥代行――ミアリーゼ・レーベンフォルンです。私の力が至らぬばかりに、多くの市民の方々が不幸に見舞われたことを、先ずは謝罪申し上げたいと思います』
グレンファルトが言っていたように、今回の件を迅速に処理できなかったミアリーゼの責任は大きい。そこを受け止め、謝罪する姫に従者たるファルラーダは顔を伏せる。
『ですが、今回の異種族襲撃の件、裏でテロ組織ルーメンが関わっていることは明白であり、それを裏で画策していたのは、他ならぬお兄様――グレンファルト・レーベンフォルンであることを皆様にご理解いただきたいのです』
これを耳にしたフリーディアたちには、相当な衝撃が襲いかかっていることだろう。グレンファルトも大人しく見に徹する事にしたのか、反応がない。
『私の言葉が信じられないという方も多くいることでしょう。信じてくださいとは申しません。皆様一人一人がきちんと考え答えを出すことが重要だと、私は考えています。
私は、平和を脅かす悪を赦しはしません。それはお兄様も同様、例え肉親であろうと、情けはいたしません』
これは実質、ミアリーゼからグレンファルトへ向けた宣戦布告に等しい。どちらの陣営に付くかは個人の判断に任せる。ただし敵として立ちはだかるならば悪と断定し、容赦なく殺すと口にしたのだ。
『彼には、もう二度とエヴェスティシアの地は踏ませません。
刺客を差し向け、私を連れ去ろうとしただけでなく、これだけの被害を齎して堂々とペテンを口にする卑怯者を断じて赦しはしません! 隠悪を滅相し、今度こそ正道に光が宿らんことを!』
この日、フリーディアの陣営は二つに分たれた。
グレンファルト・レーベンフォルン有する革命軍ルーメン。そして、ミアリーゼ・レーベンフォルン率いるフリーディア統合連盟軍。
レーベンフォルンの名を冠する兄妹の戦争。
全ての都市が戦場となり、勝利した者が後の世の趨勢を決める。その運命を左右する戦端が、ついに開かれたのだった。