第164話 兄さんの愛は、ずっと心の中に――
人の感情は繊細で複雑で、幾何学を用いても読み解けるものではない。時には矛盾を孕み、自己の願いすらも嘘で塗り固め、本音を覆い隠す。
自分自身が大嫌いで、死にたくても死ねない忌まわしきこの身体が恨めしい。
その所為で悪い大人に利用され、大切な兄を死に追いやったシャーレは、憎悪の対象を自分自身へ向けたのだ。
邪魔となる良心を消し去り、この世で最も劣悪な死を迎えるために。そのためには、最も下劣な手で自らを闇に染め上げよう。どうせ罪に塗れているのだから、今更だ。人に憎まれるためには、憎まれることをすればいい。
他者の絶望と怨嗟の嘆きに悦びを見出せば、きっと皆が自分を恨んで殺してくれる筈だから。
そんな自分自身の本音すら忘却の彼方へと追いやった紛い者が、シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの真実。
結果として、自分の生まれた理由や、他者に共感できないことを悩み、自ら消し去った筈の記憶を追い求めるようになってしまったのは、シャーレ・クロイスにとって、最大の誤算だったに違いない。
あれ程までにシャーレが思い出すことを拒んでいた理由が今なら分かる。なんてことはない、彼女はただユーリに救われたくないだけなのだ。
それとは別に、最愛の兄に会いたいという矛盾した気持ちが鬩ぎ合い、吸血衝動という不安定な形で現れてしまう。
母親を死へ追いやった元凶を憎んで、徹底的にシャーレを壊してほしい。そんな複雑怪奇で矛盾だらけ、自分勝手で我儘且つ、傍迷惑な乙女心を理解できたのは、血の繋がった兄だからこそか。
「あぁ……、何で、どうして!?」
かつてない程に動揺を露わにしたシャーレは、怯えるような眼でユーリを見つめていた。
ユーリの放った真実という名の言葉の魔法は、強引に妹を掬い上げたのだ。
彼女は、既に過去の全てを取り戻している。加えて過去に行なってきた最厄の全てが罪業となって圧し寄せ、震えている。
「お兄ちゃんだからな、妹の考えてることなんてお見通しだ」
そんなことを傷だらけの姿でごく当然のように言うユーリに、今度こそシャーレは言葉を失う。
「そっか……ごめんな、ずっと気付いてやれなくて。俺があの時無茶しなければ、お前があそこまで追い込まれることもなかっただろうに。
自分自身の嘘を本当に変えて、絶望を振り撒くだけの怪物になるなんて……何で、そんな馬鹿なことをさせてしまったんだろうって、俺は」
何故か、ユーリが泣きそうな顔でそう告げながら一歩踏み出すものだから。
「来ないでください!!」
反射的に血霊液を駆使して、ユーリの進行を阻むべく猛威を奮っていく。
しかし、躱す素振りすら見せずに、悉くをその身で受け入れる。鋭い弾丸のような形状の血が、幾重にもユーリの身体を貫通しているにも関わらず、歩みを止めようとしない。
「な、何で躱さないんですか!? 止めて、こっちに来ないでください!!」
あれだけ自身を見ろと言い放ったシャーレが、今度は見るなと支離滅裂なことを口にしている。そこにはもう、怯えた少女の姿しか映らない。
「私は、"兄さん"に沢山酷いことをしてきました! セリナお義母様を殺させたこと、ミグレットちゃんのお父様を殺したこと、シオンちゃんを陥れて大事な同胞が殺されるのを笑って見ていました!
それに以外も多くの罪を犯してきました! それでも、兄さんは私を救おうと言うのですか!」
数多の大罪に身を染め、自ら望んで穢れを孕んだ。
どんな葛藤や迷いを抱えていようとも、第三者から見れば、シャーレは赦されざる大罪者だ。憎悪と共に裁かれて然るべきで、救うなど以ての外。
「シャーレ、赦すことと、救うことを同義に考えてないか? お前がこれまで犯してきた過ちは、絶対に赦されちゃいけないんだよ。
俺は、お前に対して本気で怒ってるッ、どんな理由があっても、母さんを死なせた事だけは絶対に赦さない!!」
「!?」
先程まで向けていた慈愛の視線から一変、激しい怒りの様相でシャーレを睨んでいる。
激怒した兄の気迫は凄まじい勢いで、世界そのものを震撼させた。身体から夥しい血を流しながらも尚、歩みを止めずにユーリは言う。
「だけど、憎しみをぶつけたら、嘘吐きのお前は満足して受け入れてしまうだろう? だから俺は、お前が最も望まないことをしてやるんだ」
「あ……あぁ」
赦すことと、救うことの差異をようやく理解したシャーレは声にならない声を上げる。
乾いた喉が、潤いを求めているのに水を与えない。ユーリがしようとしている事は、つまりそういうことで。
「お前の犯した罪を、俺も一緒に背負う。例え誰に後ろ指を差されて生きていくことになっても、全力で抗ってお前を幸せにする。
罪悪感を……罪と罰を受け入れて幸せになれ! お前が最も望まないこと――それは俺も罪を背負って生きていくことだ!」
「!?」
妹の犯した罪を、兄も背負う。ユーリは適確にシャーレが最も望まない事を口にしてしまった。そんなの絶対に嫌だと否定しようとするも言葉が出てこない。
「それで、シオンと一緒に協力して、これまで最厄に陥れた人の分まで、一生をかけて誰かを幸せにしてもらう!」
シャーレによって絶望の怨嗟に呑まれたシオンだが、同胞を殺した罪を背負って誰かの為に必死になって生きている。かつての自分の姿と重なったのか、シオンが一歩前に出て叫んだ。
「シャーレおねぇーちゃん! シオンは、シャーレおねーちゃんのこと憎んでないよ!!
あの日からずっと思ってた! シャーレおねーちゃんも、シオンと同じ闇をかかえているんだって! ――だから逃げないで! ユーリおにーちゃんの想いに応えてあげて!!」
「シオン……、ちゃん」
最厄という嘘で塗り固めていたシャーレが、シオンの言葉により完全に崩壊する。そこにはもう、邪悪で妖しげな吸血姫はおらず、罪に耐えきれず子供のように泣きじゃくる年相応の少女の姿が、そこにはあった。
彼女にとって最大の失敗は、ユーリ・クロイスと再会してしまったこと。いや、失った愛を想い出す切っ掛けになったと表現するのが正しいか。
ようやくシャーレの前に立ったユーリは、あの日初めて出会った時と同じように妹を優しく抱きしめる。
兄から溢れる愛と憎の矛盾が織りなす感情を一身に受け止めてた妹は、力なく身を委ねる。
「俺は、お前を一生赦さない。だけど、お兄ちゃんだから……憎みきれない自分もやっぱりいて――例え、世界中全ての人たちに恨まれたとしても……俺だけは、お前を愛してる」
愛されたい、抱きしめてほしい、シャーレのような紛い者にとって、何よりかけがえのない宝物。それが愛。
「私、は……うぅ、私っ」
愛を拒めず、その身に受け入れてしまった。シャーレにはもう、ユーリを殺せない。不死を司る最凶の吸血姫であるグランドクロスは、家族の愛情によって敗北した。
「私も……、私も兄さんを愛してます! もう二度と手に入らないと思っていたこの想いは、ずっと私の心にあったんですね」
十年近くの月日を超えて、二人の兄妹愛は確かなものとして蘇った。
矛盾を祓い、本音を曝け出したシャーレは、誰かの絶望なんかに酔いしれたりはしない。ただひたすらに己の犯した罪を悔い改める十五歳の少女の姿がそこにはあった。
「あぁ、そしてありがとう。シャーレが頑なに吸血行為を行わないのは、俺との約束を守ってくれたからなんだろ?」
「あ……」
"私が兄さんから血を吸ってしまえば、本当にただの化け物になってしまいます。だから血は吸いません、何があっても。
普通の人間でいるためなら、私は嫌いなお注射だって我慢できるんです。
兄さんと一緒に生きていきたい、家族になりたい……その為に私、頑張って普通の人間になりますね"
それは、過去に交わした些細な口約束。どれだけ闇に閉ざされ、最厄の狂気を孕んでも、シャーレはその約束を懸命に守り続けた。そんな小っぽけな矜持を、兄は思い出してくれたのだ。
「がはっ、ゴホッ」
「兄さん!?」
自らの血で貫いたユーリは、意識があるだけでも不思議なくらいに重症だ。慌てて神遺秘装を解除し、兄を支える。
「あぁっ! 私のせいで、兄さんが――」
躱せる攻撃を敢えて受け止め、シャーレ・クロイスの記憶を引き摺り出したはいいが、このままでは肝心のユーリが死んでしまう。
「治癒包帯!」
それを悟り、シャーレに受けた負傷の痛みを必死に堪えながら、ミグレットが走り寄り、渾身の魔力を込めて治癒包帯をユーリの患部に当てていく。
「オメェ、ほんっと、無茶ばっかしてんじゃねぇですよ、こんちくしょう!!」
「ごめん……でもこうしないと、シャーレを救えないと思ったから」
そう力なく笑うユーリに、ホッと安堵しながらミグレットはキッ、とシャーレを強く睨みつける。
「オメェが過去にどれだけ辛い想いしてきたかは、何となく想像つくです。けど、例えどんな理由があっても、お父さんを殺して嗤ったことだけは絶対に赦さねーです、こんちくしょう!」
「………はい」
ミグレットの父であるゲオルグを利用して、虫ケラのように使い棄てた。
シャーレは、犯した罪の一つを目を伏せて受け入れる。自己暗示によって、他者の憎悪に快楽を見出して嗤ったのは、紛れもなく本人の意志によるもの。
反省しただけじゃ足りない。今後どれだけ憎悪の視線に晒されようと、目だけは背けてはいけない。
そして、エレミヤと彼女に肩を貸されるナギ、アリカ、シオンたちが集まり、険しい表情でシャーレを取り囲む。
皆、思うところは同じだったのか、頷き合うと同時に、ナギが代表して声を上げる。
「一つだけ聞かせて」
「はい」
シャーレは淀みのない眼でナギを見つめ返す。何を言われても余さず受け入れる。死ねと言われれば死んでもいいと覚悟していた。
「お前は今後、ユーリの味方をするってことでいいのね? 私たちとフリーディアの戦いを終わらせる、そのために戦うと誓える?」
「誓います」
その問いに、シャーレは誓いを込めて即答した。
「分かった。正直、お前とは二度と戦いたくなかったから、助かる。今後も私たちと一緒に、ユーリを支えてね」
「はい!」
ナギが、シャーレのことを認めてくれた。それが嬉しくて泣きながら返事をする。
今後はもう、誰一人死なせなんてしない。忌まわしき神遺秘装の力で、悲劇に陥れてきた何倍の人たちを救ってみせる。
そんな様子を見て、どこか安堵したようにユーリは新たに加わった仲間へ尋ねる。
「シャーレ、タリアの街周辺にも被害が出てる。お前が屍鬼化させた人たちが、街の外に出ないようにしてほしい」
「ごめんなさい、私の呪法――屍鬼隷属感染爆発によって屍鬼化した人たちは、既に制御を離れてしまっています。
私の血に感染能力を与えた魔法なので、効果時間も考えると、もうじき魔力が切れる頃合いです。ですので、タリア以外の都市が脅かされることはありません」
「そうか……」
辛そうな表情で語るシャーレは、謂わば自業自得。同情してはいけない、だからといって責めることはせず、あるがままの事実をユーリたちは受け入れた。
シャーレの罪を背負うと決めた以上、殺された人々の怨念は、ユーリにものしかかる。
シャーレは罪悪感で消えてしまいそうな程にか細い声で「ごめんなさいごめんなさい」と、謝罪を繰り返すしかなかった。
「私からもいい?」
ひとまず懸念すべき点は終わったことで、エレミヤはナギに肩を貸しながら手を上げる。
「あなた、ユーリのお母様を操ってイリスと一緒に合流すると騙していたけど、あの子が本当は今どこにいるのか知っているのかしら?」
シャーレが罠に嵌めた際に吐いた嘘。肝心要のイリスの居場所は、当然聞き及んでいる。
「イリスさんは恐らく、FECの本社――クーリアさんの研究室にいる筈です。
異生物学者にとって、イリスさんはとても重要な存在なので、簡単に殺されたりはしないでしょう。ここからですと、電車とバスを使えば二時間ほどで着けると思います」
「分かったわ。ユーリも皆ボロボロだし、今はここを離れて万全の状態で救出に向かいましょう」
イリスが殺されない事を知ったエレミヤは、ホッと胸を撫で下ろし、近衛騎士救出のためのプランの脳内で纏めていく。だが――。
「皆さんが危険を犯す必要はありません、私が出向いてイリスさんを助けてきます」
立ち上がり、ドレスのスカートに付着した砂埃を落としながら、シャーレは当然とばかりの提案を口にした。
「「「「「「え!?」」」」」」
これには流石のエレミヤたちも呆気に取られ、いいのか? と、視線を向けるも。
「これくらいじゃ、何の罪滅ぼしにもなりませんよ。それに異種族であるエレミヤさんたちが出向くより、私一人の方が危険は少ないと思います。
治安維持部隊は、私がセリナお義母様を操って情報を撹乱させてしまいましたから、取り戻すなら今がチャンスだと思います。
クーリアさんには、私の方から言っておきますよ。エレミヤさんには、転移で行けるところまで私を飛ばしていただきたいのですが、可能でしょうか?」
「え、えぇ。それは構わないけど……」
今のシャーレが逃げるなどあり得ないが、自ら危険な目に遭おうとする彼女を行かせていいのかと葛藤し、ユーリへ視線を向ける。
「シャーレがそうしたいならそうすればいい。俺たちと戦って、これだけピンピンしてるシャーレが、そう簡単にやられるなんて思ってないしな」
言われてみれば、シャーレは不死の特性を司る最凶の神遺秘装を扱える。加えて、あれだけの激闘を繰り広げたにも関わらず、魔力に一切の衰えがなく、本人はピンピンしていた。
「私たちもしかして、とんでもない子を仲間にしちゃったんじゃ……」
戦慄するエレミヤに、僅かに微笑んでみせたシャーレからは頼もしさすら感じられる。
もし彼女に勝てる可能性がある者といえば、同じグランドクロスを司る者か、終滅剣を保有するイリスくらいのものだ。
「エレミヤさん、イリスさんに伝言はありますか? 私が助けに来たと言っても信じてもらえないでしょうから、お二人だけに伝わるメッセージがあれば助かるのですが」
「そうね……。でもその前に、オリヴァーとサラと合流しない? シャーレと合流する場所も含めて細かな作戦を煮詰めておきたいの」
「そうですね、少し早とちりしてしまったかもしれません」
イリスが、今すぐにどうこうなるわけではない。行動は慎重に、ここで焦っても仕方ない。エレミヤの言う通り、シャーレの件をオリヴァーたちにも報告しなければ無用な混乱を招く。
「兄さん、オリヴァーさんについてですが実は――」
オリヴァー、という名を耳にしたシャーレは、フィオネ・クルージュがサラを殺すために融合型魔術武装へ身を堕とした事をユーリたちへ説明する。
「お前……も、そうだがクーリアも本当状況を掻き乱してくれるな! エレミィ、千里眼で、オリヴァーたちの様子を確認できるか!?」
「えぇ! 神遺秘装――千里眼」
エルフの姫巫女たるエレミヤの切り札を発動させ、皆が固唾を飲んで見守る中――。
「大丈夫、オリヴァーもサラも無事みたい! 想像を絶する破壊痕だけど、一体何があったら――って、ッ!?」
刹那――バツンッ、と強制的に千里眼が解除され、エレミヤが瞳を抑えて呻いた。
「エレミィ!?」
「大丈夫……じゃないけど、途中で神……じゃなかった――ナイル・アーネストに邪魔されたわ。あの人は、本当ッ」
エレミヤの千里眼は、神と強く意識が結びついている性質上、どうしても介入を許してしまう。
「とにかく、オリヴァーたちが無事ならそれでいい。急いで合流しよう。それで母さんのところに行って、きちんと弔ってあげないとな」
「はい」
エレミヤによって安全圏に避難させたセリナの遺体を放置するわけにはいかない。何よりもまず一番に母を弔って安心させてあげよう。
「それとシャーレ、お前はナイル・アーネストについてどこまで把握している?」
シャーレは、ユーリに肩を貸して起き上がらせると、僅かに表情を険しくさせて言う。
「反統合連盟政府組織ルーメンにおいて重要な立場にいることは把握しています。
レーベンフォルン卿の相棒……? という認識でいましたが、エレミヤさんの一言で彼に会うたびに血が騒ついた理由に納得がいきました」
「そうか。奴についても一旦戻ってから説明するよ――って、あ……」
「「あ……」」
ユーリとナギ、エレミヤは何かを思い出したように声を上げ、何故か気まずそうな空気が漂い出す。
特にナギは、シャーレの艶やかな唇とユーリの唇を交互に見つめ、何やら複雑そうな顔で胸を苦しそうに抑えていた。
「…………」
この場で唯一事情を知らぬシャーレだが、何か察したように「あぁ、そういう」と、呟くと。
「ナギさん、エレミヤさん」
「「?」」
「私の本当のお母様――アリシアもヨーハンお父様に愛を拒まれていました。
ですが、お母様はお父様には妻子がいると分かっても、諦めずに何度も、何度も、愛を訴えたのです」
「は? おい、シャーレ?」
妹の言わんとしてることをいち早く察したユーリは、冷や汗を浮かべ止めようとするが。
「その結果、産まれたのが私です。だから諦める必要はないと思いますよ? もし仮に、兄さんに好きな人がいても、そんな道理なんて無視して逃げられなくなるまで、何度も何度も迫ればいいのです」
「シャーレェェーー!?」
ユーリの制止も虚しく、記憶が戻った筈なのに黒い一面を覗かせるシャーレに、胸を撃たれたように衝撃を受けるナギとエレミヤ。
「あ、それから私は兄さんに恋愛感情は懐いていませんので、あの時のキスはノーカウント――ですので安心してくださいね」
当然と言えば当然だが、ユーリとシャーレの間に恋愛感情は存在しない。キスしたのも、最厄の舞台を盛り上げるためで特に他意はない。
家族愛という強固な信頼関係で結ばれてはいるが、妹は兄の想いなど無視して、恋を応援しますと二人にエールを送っている。
「「…………」」
ナギも、兄妹ならキスしてもノーカンでいいのかと納得し始め、エレミヤは再び燃え上がる情熱の炎に身を委ねていた。
「シャーレおねーちゃん、すごい……。あれだけ落ち込んでた二人を一瞬で立ち直らせちゃったよ」
「しかも、ちゃっかりキスしたことなかったことにしやがったです、こんちくしょう」
第三者たるシオンとミグレットは、自分たちがあれだけ苦労して慰めた二人が立ち直ったことを、関心と呆れと共に見ていた。
元気を取り戻したナギとエレミヤを見てシャーレは。
「兄さんも、それでいいですよね?」
と、微笑み。
「お前には一生勝てる気がしないよ、色んな意味で本当……」
シャーレ・クロイスが仲間に加わったことで、懸念していた戦力という問題が解決したのは有難い。勿論、戦闘しないに越したことはないが、統合連盟軍と革命軍ルーメン相手にはそうはいかないだろうから。
何より、意識せざるを得ないのは、グレンファルト・レーベンフォルンだ。ユーリの憧れで、兄のように慕っていた彼には、返さねばならない借りが山程ある。
壮絶な破壊痕が残る墓所を離れることは心苦しいが、全てが終わったその日に改めてシャーレと一緒に元の形に戻そうと誓った。
「私は、必ず皆さんを守り抜いてみせます。血霊液がある以上、死ぬことはありませんので、安心してください」
シャーレの誓いは有難いが、それだと負担が大きすぎる。彼女を利用するつもりはない、共に苦難を乗り越えるために一緒になって戦うのだ。
エレミヤも、ユーリと同じことを思ったらしく。
「こら、不死身だからって、自分を極端に犠牲にする必要なんてないわ。イリスの件はお願いするけど、それでも頼りたいときは頼っていいの」
「エレミヤさん……」
「それに、あなたの不死性を過信しすぎるのも禁物よ。うちのイリスがそうだけど、あの子は不変不滅の神すらも殺した最強の剣を持っているんだから」
「神遺秘装――終滅剣」
「そうそう、こんな風に――って、え?」
刹那、凛とした清涼な鈴の音のような声が響き、この場にいる全員が文字通り固まった。
「――兄さん!!」
シャーレが、真っ先に場の異常に気付いて、抱えていた兄を突き飛ばす。
「「「「………え?」」」」
一体、何が起こったのか?
エレミヤたちの視界に映ったのは、蒼銀煌めく艶やかなポニーテールを靡かせた少女が放つ、終焉を齎す剣からユーリを庇うシャーレの姿。
シャーレの胸に深々と突き刺さる終滅剣を目にした瞬間、止まっていた時が動き出したように思考が現実へと追いついた。
しかし、この不可解な状況に困惑が隠せず、カラカラと乾いた喉を潤すことすらできなかった。どうして、何故? と、疑問が渦巻く中で、それでも彼女の名を呼ぶために、エレミヤは必死に声を振り絞る。
「――イリス!!」
エルフの姫巫女専属の近衛騎士――イリス。フリーディアに囚われていた筈の彼女が、何故一人で現れたのか?
「ユーリ・クロイス、そしてシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー。神に仇なすあなたたちは、この私が討つ!!」
強い使命を感じさせる近衛騎士の言の葉に、エレミヤの知るイリスは、もうそこにはいないのだと悟った。