第160話 娼嫉鏡笏
『坊ちゃまと私の未来を邪魔する者は全て殺す――そう、お前だけは絶対にッ!!』
融合型魔術武装――冥月嫉魔へと姿を変貌させてしまったフィオネ・クルージュは、胸部にある砲門の照準をサラへ向け、今度こそ仕留めんと魔力を解き放った。
「サラ!!」
オリヴァー・カイエスが必死の形相で叫ぶも、冥月嫉魔に捕らわれた状況では満足に動くことすら叶わない。
腕部が四本となったフィオネに隙はなく、サラも負傷が大きすぎるため、満足に動くことすらできず、魔法砲撃が迫り来るのを呆然と眺めていることしかできない。
(私、死ぬのかな……?)
躱すこともできず、ましてや防御するなど以ての外。ビーストとして生まれたサラは盾を持たず、己の肉体を武器とするしか術がない。
(こんな時……ダニエル君がいてくれたら)
ダニエル・ゴーン。もし彼が生きていたなら、こんな魔法くらい簡単に防いでいただろう。恋人となったオリヴァー・カイエスの一番の理解者で友人だったダニエルが亡くなってしまったことは心苦しい。彼の分まで、サラがオリヴァーを支えるとそう誓った筈なのに、この体たらくは一体何なんだ?
もし、このままサラが死ねば、恋敵にオリヴァーを取られてしまう。彼はきっと、後悔に打ち震えることだろう。フィオネが、オリヴァーと添い遂げる――そんな未来が訪れてもいいのか?
(……嫌)
内に湧き上がる嫉妬心。それは、美しくも醜くもある愛情という名の感情。一人の男を自分だけのものにしたい、他の女に近づいてほしくない。耳元で好きだよって囁いてほしいし、綺麗だよって言ってほしい。
(そう、私はこの感情をぶつけるしかない。ユーリくんたちみたいに綺麗なものじゃないけど――それも含めて私だから)
自分の中の醜い部分を否定せずに、きちんと受け止める。その上でオリヴァーに包み隠さず打ち明ける。お互いに駄目なところを支え合って、生きていく。下手に隠すよりも、そっちの方がずっといい。
(私は、こんなところで負けるわけにはいかない。だってまだオリヴァーくんとしたいこといっぱいあるんだもん!
ユーリくんたちと一緒に、最高の大円団を目指す――絶対に死んでなんてやるもんか!!)
ミグレットが言っていた。奇跡は起きるものではなく起こすもの。彼女は、それを愚直なまでに実行し、見事にシオンを救ってみせた。
サラの想いだって皆に負けてない。自分が変わってしまうことの怖さを受け入れろ。ナギのような戦闘に特化したスタイルじゃない、サラにはサラの戦い方がある。
「すぅ……」
迫り来る魔力の大奔流を前に、冷静になって呼吸を整える。
胸の内にある激情はそのままに、思考をクリアにして、在るべき自分を曝け出せ。大丈夫、絶対に成功する。あの戦争以降、何度も、何度も、何度も、何度も、血の滲むような努力を重ねてきたのだから。
「神遺秘装――」
サラは、手を前に翳して、天下無法の理を口にする。
彼女の手に顕現されし神遺秘装は、淡い恋心や醜い嫉妬心、怒り、悲しみ、嘆き、喜び、様々な感情を写しとる万華鏡を思わせ――。
「娼嫉鏡笏!!」
これが、サラの強い想いが呼び起こした奇跡の形。クリスタルのように煌めく、全面万華鏡に覆われた笏状の杖こそが彼女の神遺秘装。
「いけぇぇえええーーー!!」
娼嫉鏡笏を前面に押し出すように展開し、フィオネが放った魔法砲撃を真っ向から受け止めた。盾にしては些か心許ないが、サラの目的は防ぐことではない。
『何だと!?』
サラが齎した結果は、フィオネの予想を覆いに覆すものだった。止めとばかりに放った一撃が、寸分狂わず冥月嫉魔目掛けて跳ね返ってきたのだから。
『ぐがぁぁあああッーーー!!』
フィオネの理解を超えた奇跡の現象を前に、咄嗟に回避行動に映るも間に合わず、為す術なく腕がもぎ取られる。
それだけでなく、オリヴァー・カイエスを捕らえていた腕が、根元から消し炭となり、彼を逃すという大失態を犯してしまう。
「サラ!」「オリヴァーくん!」
冥月嫉魔が怯んだ隙に、サラは加速スキルを用いて、オリヴァーへ向けて手を伸ばす。空中に踊り出されたオリヴァーも、その手を取るべく恋人の名を叫び手を伸ばした。
『うぐ、坊ちゃまぁッ』
苦しみ喘ぐフィオネは、損傷した身体に鞭を打って、必死に追い縋ろうとする。
『あ、あぁ……』
しかし、互いに手を取り合うオリヴァーとサラを見て、フィオネの動きがピタリと止まる。彼女は、本能的に悟ってしまった――二人の不動の愛に割り込む隙間など無いということを。
そして、奇跡を起こした張本人であるサラは、慈しむようにオリヴァーへ笑顔を向けて言う。
「オリヴァーくん、これが私の気持ちだよ。全部見せちゃったけど――それでも愛してくれますか?」
娼嫉鏡笏を通して見えるサラの想いは、全てが綺麗なものじゃない。それでも、オリヴァーの瞳にはどんな宝石よりも綺麗に映ったから。
「当然さ、君の起こした奇跡の魔法も、君自身も、他の誰よりも綺麗だよ。愛してる、サラ」
オリヴァーとサラは、不動の愛を誓って、正面から苦しみ喘ぐフィオネと対峙する。
『どうしてッ……、どうしてなんですか、坊ちゃま!! どうして、私じゃ駄目なんですか!?』
甚大な損傷を被った冥月嫉魔は、煙を上げながらギギギ、と歪な音を立てて動こうとする。
「……薔薇輝械」
オリヴァーの放った薔薇輝械は、フィオネの身体へギュルルルルッ! と巻き付き、動かないよう拘束していく。
最早、答えに等しいその行為に、フィオネの心は更に抉られ、嘆きの咆哮が死の街と化したタリアへ広がっていく。
「フィオネ、いい加減分かってくれ。サラは僕にとってかけがえのない大切な恋人だ。彼女がいたから、僕は兄上に立ち向かう勇気を持つことができた――今の僕があるのは、サラが支えてくれたからなんだ!」
『ランディ、様……に、嘘』
義兄のランディ・カイエスに虐げられ続けた日々を、一番近くで見てきたフィオネだからこそ、オリヴァーとサラを見比べて深い衝撃を受けていた。
立ち向かう勇気だって? そんなこと、彼女は微塵も考えたことはなかった。ただ、オリヴァーが成人して家を出るまでの我慢だと、ずっと耐え続けてきただけ。
「フィオネさんは、ずっとオリヴァーくんに仕えてきたんでしょ? お兄さんに虐待されてる主人を黙って見ていることしかできなかったあなたは、彼に何を与えたの?」
『わた、私……は』
サラの問いかけに、フィオネは返す言葉を持たない。出てくるのは心の中で湧き上がる言い訳の言葉ばかりだ。
一使用人如きの言葉で、ランディが止まる筈はない。仕方ないじゃないか、どれだけ手を伸ばそうとしても、オリヴァーが頑なにその手を取らないから。身分の違うフィオネが出しゃばれば、余計に話が拗れてしまう。それなら、ランディが家を出るまで耐え抜けばいい。
「私は、あなたにとって異端の存在。でも、あなたよりもオリヴァーくんの事を愛してる自信がある。
現状に甘んじてばかりじゃ駄目、いけないことはきちんと叱ってあげなくちゃ、何も変われない」
身分差どころの話ではない。そもそもの種族が違うサラに完全敗北したフィオネ・クルージュは、悲しみに喘ぎ、声にならない声を上げて泣き出した。
損傷した冥月嫉魔の装甲が剥がれ落ち、魔素となって空気中に流れていく。やがて身体全体を覆い尽くし、粒子となったその中から人の姿を保ったフィオネが現れた。
「これは……融合型魔術武装は、一度発動すれば元には戻らない筈じゃ」
薔薇輝械が解け、虚しく空を切った。
「う、うん。私もそう聞いてたけど、これって」
目の前に広がる光景に、オリヴァーとサラは信じられない面持ちだ。両手を地面に付け、崩れ落ちた体勢のまま泣き崩れるフィオネは、力なく答える。
「ククルウィッチさんの開発した融合型魔術武装に、そんな欠陥機能なんてありませんよ。
とはいえ前例がないため、どうなるかは分からないと言っていましたが」
「ククルウィッチ……あの有名な天才異生物学者か!」
天才異生物学者と噂されるクーリア・クロウ・ククルウィッチの名は、オリヴァーも当然見聞きしている。まさかここで彼女の名が出るとは思わず、動揺を露わにするが。
「く、今は考えてる場合じゃないな。フィオネ、悪いが暫くそこで大人しくしていてくれ。
あの得体の知れない化け物たちを、街の外に出すわけにはいかない――サラ、君もここで彼女を見張っていてくれ」
そう、サラの起こした奇跡のおかげでフィオネを退けたが、根本の問題は解決していない。街中の人々が血肉を貪る亡者と化したことで、外に被害がどんどん拡大しているのだ。
このままでは収集がつかなくなり、被害はタリアの街だけじゃ済まなくなる。
「オリヴァーくん、一人じゃ無茶だよ! 私も――あぐっ」
初めて神遺秘装を発動した反動は大きく、サラは歩くことすらできずに、その場で崩れ落ちた。オリヴァーは、優しく支えて笑顔を向ける。
「サラの方こそ無茶をするな。フィオネ、君はまだ動けるな? って、聞いていないかッ」
恋だけでなく、戦いにも敗れたフィオネは、虚な眼で虚空を見つめていた。
「は、ははは! そうです、こんな世界認めない……全て滅んでしまえばいい! 坊ちゃま達では、ヴァイゼンベルガーさんを止められませんよ? あなたたちのお仲間は、今頃最厄の餌食になっている頃でしょうから!」
「「!?」」
この事態にユーリたちが駆けつけて来ないのは何か事情があるからだと思っていたが、ここでシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの名が出てくるとは。
他者の悲劇と、絶望を食い物にする悪魔。なるほど、フィオネを甘言で惑わし、こちらの戦力を潰す腹積りらしい。
「フィオネ! ユーリたちは、今どこにいる!? 悪いが君にも協力してもらうぞ? 生き残ってる人たちを助けて、安全な場所に――おい、聞いているのか!」
フィオネの両肩を掴んで激しく揺さぶるオリヴァーだが、返ってくるのは乾いた笑い声だけ。
「ははは……あはははははははは!!」
全てがどうでもいいと、自暴自棄になったフィオネに、これ以上何を言い聞かせても無駄なようだ。
「くっ、とにかく僕は被害を食い止める。シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの思い通りにさせるものか!」
オリヴァー一人ではどうすることもできない状況で、尚も諦めんと男気を見せて立ち上がったその瞬間だった。
「――いいねぇ、カイエスのお坊ちゃん。その意気に免じて、今回だけは助けてやるよ」
突如として乱入してきた男性の声音は、軽薄かつ酷く耳に残るものだった。しかも、その声が天から降り注ぐものだから、オリヴァーとサラは反射的に見上げざるを得ない。
「「な!?」」
その男は、空中に足場でもあるかのように直立した。どこにでもいる一般市民だと言わんばかりのお洒落な私服姿、堂々と余裕をかました態度で、オリヴァーたちを見下ろしていた。
「何、この感覚ッ」
特にサラに至っては反応が顕著だった。今まで味わったことのない奇妙な感覚が身体を突き抜け、動揺の声を上げている。
「神遺秘装に至ったお嬢ちゃんには俺のことが分かるらしいな。まぁいいや、それよりまずは、コレを何とかしないとな――そら、来いよサーラマ!! お前の炎で、ゾンビ共を焼き尽くせ!」
そう告げた男の周りに、朱い掌サイズ程の閃光が激しく踊り出し。
『うるせー! 言われなくても、直ぐにアタシの炎で、ババババーーーーン! してやるよ!』
朱い閃光の正体は、活気のある火精霊――サーラマと呼ばれた小さな異種族。それを見たオリヴァーとサラは、瞬時に相手の正体を悟った。
「「ナイル・アーネスト!!」」
エレミヤを騙し続けてきた正真正銘本物の現人神。その彼に付き従う精霊と呼ばれる異種族のことも、ユーリから既に聞いている。
神――ナイル・アーネストと交渉し、そのおかげでここまで来ることができたオリヴァーたちだが、まさか本人がいきなり登場してくるとは思わず、面食らってしまう。
そして、サーラマから解き放たれようとしている莫大な魔力は、獄炎となりてタリアの街全域に広がっていき。
『炎法・焔燃柱』
刹那、凄まじい熱量と熱気が荒れ狂い、街の至る所から火柱が立つ。最早、数えるもの億劫になるほど大量の炎が天に昇り、その影響で外気温が急激に上昇していく。それらが屍鬼と化した人々を焼いているのは見えずとも分かる。
「な……」
恐ろしきは、サーラマの放つ魔法の規模と範囲が現実離れしていること。
『はははははは!! 燃えろ燃えろぉぉおおおーーー』
「熱ッ! テンメェェ、魔法使ってる時に近づいてくるんじゃねぇ!!」
『ふぅー、ふぅー!』
「熱ちゃちゃちゃちゃ!!」
戦慄するオリヴァーたちを他所に、あれ程の規模の魔法を放っているにも関わらず、口から火を吹き出し、ナイルと戯れているサーラマは余裕の態度だ。
気がつけば、全ての屍たちは焼き払われ、オリヴァーが懸念した街の外への被害は、見事に食い止められた形となった。
『へっへーん! 見ろよ神。アイツら、アタシの実力見てブルっちまってんぜ?』
「ナイルって呼べ。つか、お前が加減しねぇで魔法ぶっ放すせいで汗びっちゃびちゃなんだけど、お前らも大丈夫か?」
サーラマの魔法の影響で、オリヴァー、サラ、フィオネの三名も、サウナ風呂に入った後のように汗だくになっている。
「気遣いはいらない。それよりも何故助けた? 貴様の目的は、全ての生命を滅ぼすことじゃないのか?」
神は、不滅の輪廻の中に囚われている。つまり、死ねば別の生物に転生してしまうため、全ての生命を滅ぼして今度こそ完全な終わりを迎えようとしているのだ。
フリーディアを滅ぼす絶好の機会を、みすみす捨てるのは合理的じゃない。彼が姿を見せた目的は?
「アホ言え。こんなやり方で滅ぼしても面白くも何ともねぇっつの。
俺は、勝手気ままな性格でね。自由をモットーに、気分次第で表にも裏にも平気でなれんのさ」
「ユーリから聞いていた通り、予想できないことをしでかす、ふざけた男のようだな」
気分次第で善いことも悪いことも平気でしてしまう。一貫性がなく、面白いがどうかの価値基準だけで行動している男を理解できる者が果たしているのかどうか?
けれど、テロ組織ルーメンを表立って率いているナイルへの警戒心は、解いてはいけない。生殺与奪は完全に握られており、それこそ彼の気分が変われば殺されることになるのだから。
「おふざけは大事だせ? 真面目すぎると、お姫ちゃんみたいに足下掬われることになんのさ。なに、お前らをここでどうこうするつもりはねぇよ。お二人の熱い愛の力が、俺の気を変えたのさ」
気を変えた? つまり、本来であればナイルはゾンビたちを使って何かに利用しようとしていたということか。
「その想い、大切にしろよ? フリーディアと異種族、二つの力が合わさればグランドクロスだって目じゃねぇ凄ぇ力が出せるんだぜ? その力で、お前らの可能性ってやつを示してやれ」
「どういう……」
何故、敵であるナイルが、オリヴァーとサラにアドバイスするのか? そもそも二人で力を合わせた結果が今の惨状だ。もし、グランドクロスを超える力を引き出せるなら、もっと前に発動しても良かっただろうに。
「話は終わりだ。つーわけで、そこの融合型魔術武装のメイドちゃん、俺が貰ってもいいか?」
「な!?」
「どの道、お前らのところにはいられねぇだろ? そいつは機密情報の塊でね。こっちで回収しとかねぇと、後々厄介になる。
シャーレとクーリア、二人の悪ガキ共のケツを拭うのが大人の務めってやつなのさ」
ふざけた言い方だが、理由については納得がいく部分が多い。ナイルは、ミアリーゼ・レーベンフォルンと敵対しているため、騒ぎを聞きつけた治安維持部隊に鎮圧される前に、フィオネを匿いたいのだろう。
つまるところ、シャーレとクーリアはテロリストに協力しており、今回の一件は彼女たちの独断によって起きた悲劇だということ。
ナイルは、その尻拭いに来たと言っているが、同時に彼女たちの行動を黙認していたことにもなる。
「分かっていて止めなかったのかッ、一体どれだけの人たちが犠牲になったと思ってる!!」
都市タリアで生まれ育ち、見るも無惨な姿に変わり果てた故郷を前に、オリヴァーは言わずにはいられない。
「俺に道徳を説こうなんざ間違いだぜ? でも、お前らの愛は気に入っている。
メイドちゃんにリベンジの機会を与えて、もう一度お前らにぶつけてやる。そっちの方が燃えるだろ?」
「何を!!」
そんな理由で殺さずにおいてやると? 侮辱にも等しい言葉に、オリヴァーはくってかかるも。
「――退いてください、坊ちゃま」
背後から聞こえたフィオネの声は、どこか他人行儀で冷たかった。オリヴァーを横切り、前に出たフィオネは、ナイルとサーラマを信奉するように見上げていた。
「ナイルと言いましたね。あなたなら、本当にこの世界を滅ぼすことができるのですか?」
「お前が協力してくれれば、可能性は上がるな。なに、心配すんな。そう悪い所じゃねぇからよ。先輩もいるし、手取り足取り教えてもらえ」
「分かりました、あなたに付いていきます」
二つ返事で頷くフィオネ。最早、全てを失った彼女にとって、この世界は憎むべき対象となっていた。
「フィオネ!」
勿論、見す見す逃すわけにはいかないオリヴァーは、止めようと手を伸ばすが。
「触らないでください」
パシンッと、フィオネに手を叩かれてしまう。彼女の瞳からは愛が消え失せ、憎悪の色に満ちている。
「フィオネさん! これ以上、道を間違えないで!」
サラの差し込んだ言葉は、この場では逆効果だ。
「お前にだけは言われたくありません。もし、坊ちゃまが私を選んでいたら、彼に付いていくのはお前の方だったんじゃないですか?」
「!?」
フィオネが言う、ifを否定できず、サラは絶句する。
「もう全てがどうでもいい。何もかも滅びてしまえ」
そう吐き捨てるフィオネは、用済みとばかりにオリヴァーたちに背を向ける。
「んじゃ、シルディ頼むわ」
『ほいさ! ビュビュビュビューーーーン!!』
サーラマとは別の、翠の閃光を描くシルディが現れる。フィオネの足下に小さな旋風を作ると、そのまま上昇させ、ナイルのもとまで連れて行こうとする。
「待て!!」
オリヴァーは、フィオネを取り戻すべく、一心に薔薇輝械を解き放っていくが。
『ドドドドーーーーン……。邪魔、させない』
『ザザザブーーーーン♪ 無粋な真似はいけませんよ、僕?』
「何!?」
突如として現れた橙と蒼の軌跡が、螺旋状に夜空を描いて薔薇輝械を阻んでいく。
「くっ、四精霊か」
ユーリの話では、ナイルの使役する精霊は四人いると聞き及んでいたというのに迂闊だった。
水精霊のウェンディ、土精霊のノインは、フィオネの離脱を阻止しようとするオリヴァーへ狙いを定めていく。
「オリヴァーくん! 神遺秘装――」
サラは残る全ての力を振り絞り、愛する恋人を守ろうと再び娼嫉鏡笏を発動するも。
「くっ、発動しない!?」
ガクガクと身体が震えるだけで、二度目の奇跡は不発に終わった。
「ウェンディ、ノイン、そこまでにしとけ。まだメインディッシュが残ってるだろ? 早くそっちに行こうぜ」
メインディッシュ……。ユーリ・クロイスたちのことか、将又別の目的か。オリヴァーとサラは、手も足も出ない状況に心底悔しそうに呻く。
『ドドドドーーーーン……。そーだった。残念だったね、君たち。ボクの凄い魔法、見れなくて』
土精霊のノインは、どこか眠たげな眼で辿々《たどたど》しく告げ。
『ザザザブーーーーン♪ そう言うことなら、早く行きましょう。その前に、フィオネさんを送り届けなければなりませんね』
水精霊ウェンディの言う通り、先にフィオネを匿わなければならない。ナイルは「そうだな」と同意して、改めてオリヴァーとサラへ視線を向ける。
「またな、異種バカップル共。次は、ユーリ・クロイスの故郷――都市アージアで会おうぜ。グレンファルトも、そこで待ってるって伝えておいてくれ」
そう告げるナイル・アーネストと、無邪気に燥ぎまわる四精霊たち。無言でオリヴァーとサラを睥睨するフィオネ・クルージュは、風に乗るようにこの場を去っていったのだった。