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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第六章 吸血姫の愛
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第159話 人間の紛い者

「――後はお願いしますね、お兄さん♪」


 闇に彩られた最厄さいやく饗宴きょうえんが織りなす舞台は、間もなく佳境を迎えようとしていた。


 時間はかかってしまったが、遂にユーリ・クロイスを眷属化することに成功し、シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーは、悲壮感漂う面持ちのナギたちへ、絶望の調しらべを奏でていった。


「「ユーリ!!」」


 ナギとアリカが、傀儡くぐつと成り果てたユーリへ必死に呼びかけるも、応えはなく、迫り来る鎖を必死になって抑え込んでいる。


「無駄ですよ、どれだけ呼びかけてもお兄さんの心には届きません。セリナさんと合わせて、親子二人であなた達を潰してあげましょう」


 シャーレ自身は、戦闘に加わる事はせず、ユーリとセリナ――二人の親子の猛攻に必死に抗うナギたちを見物している。


「お前ッ、どこまで私の神経を逆撫ですれば気が済むんだ!!」


 ナギは激怒し、シャーレへ吠えるも、何ら効果は発揮せず空振りに終わる。そう、吸血姫には分かっている――ナギも、アリカも、エレミヤも、ミグレットも、シオンも、絶対にユーリに対して攻撃できないと。


 意識がない状態からでも操れる以上、肉体にダメージを与えても何ら効果を齎さない。ユーリを救うにはシャーレを殺すしかないが、血霊液(イーコール)がある以上、どんな傷も瞬く間に回復してしまうため、実質彼女たちは詰んでいる。


「お願いユーリ! 目を覚まして!!」


「エレミヤ! お前の千里眼(アインハクラ)で、ユーリを起こせないのか!?」


「この状況じゃ、発動なんて無理! 私の神遺秘装(アルスマグナ)は、そう都合よくポンポン何でもできるわけじゃないの!」


「くっ」


 同じ神遺秘装(アルスマグナ)使いでも、発動条件や性質が全く異なる。ナギのように戦闘に特化したものは別だが、エレミヤやシャーレのように、身体の一部になっているものは非常に繊細で扱い難く、一部で呪いと揶揄やゆされることがままある。


 特に千里眼(アインハクラ)は、発動に大きく時間を要し、使えばエレミヤは完全無防備になる。加えて性質上、(シン)と強く縁が結びついているため、あのナイル・アーネストの介入を許す形となる。


 そのため力が限定され、今この場に限って言えば、ガラクタ同然だった。


「エレミヤさんも私と同じで、神遺秘装(アルスマグナ)に苦労しているようですね」


 同胞(ゆえ)か、その苦労はシャーレの身に染みて伝わってくる。だからといって手心を加えることはしないが、同情くらいはしても構わないだろう。


『シャーレ、かなり無茶してるようだけど大丈夫かい?』


 シャーレの足下にいるしかばねの口からクーリアの声が響いていく。


「今のところは問題ありませんよ。私のことより、クルージュ先生の方を気になさってください」

 

 シャーレ自身余裕をかましているが、弱点も当然存在する。


 ユーリとセリナ両方を操っている以上、神経を裂かねばならないので本人は無防備にならざるを得ない点。


 支配した者の魔術武装(マギアウェポン)や、魔法は発動することができず、シャーレ自身が保有する無窮血鎖棺(クリュプト)を武器として用いなければならない点。


 そして決して表には出さないが、傷付けば当然痛いので、再生する度に心が摩耗していく点も弱点に含まれる。


 つまり、シャーレを倒すには根を上げるまで殺し続ければいいだけで、それを可能とするのは現状フリーディア最高戦力を有するグランドクロスくらいしか存在しない。


 特にファルラーダ・イル・クリスフォラスに至っては、無限に等しい魔力があるため、二十四時間以上常にシャーレを殺し続けることが可能であり、加えて魔法(スキル)の耐性が異常な程強く、血霊液(イーコール)でも支配することが叶わない。


 シャーレが、ファルラーダを嫌いな一番の理由がそれで、単に思い通りにならないから気に食わないだけである。


「まぁ、それは置いておくとして……お兄さん、ちゃんと思い出してくれているんですかねぇ」


 アルギーラで初めて会った時、お互いに記憶の欠落があることが判明し、シャーレは自身の存在意義を見出す鍵を握っているのはユーリなのだと本能的に理解した。


 血霊液(イーコール)で支配して、ユーリの記憶を刺激すれば、何らかのアクションがあるものと期待したのだが、結果はセリナと同じく物言わぬ傀儡かいらいと成り果てただけ。


「ま、終わってからゆっくり聞いてみればいいことですし、今は異種族さんたちが右往左往うおうさおうする姿を堪能することにしましょうか」


 じわじわと追い込まれていくナギたちが、どう足掻くか非常に見ものである。


「ミグレットちゃんが奇跡を起こすのか、それとも別のことわりが生まれるのか? どうか最高の舞台を披露してくださいね!」


 そう言って、高みの見物を決め込むシャーレに対して、一方のエレミヤたちの焦りは募る一方だった。


「ユーリ!!」


 エレミヤがどれだけ叫んでも、彼の心に言葉が届かない。あのユーリがここまで追い込まれるなど予想できる筈もない。改めてグランドクロスの恐ろしさ、イリスでさえ敗北したフリーディア最高戦力の力を身に染みて思い知る。


 ミグレットとシオンを守るだけで神経が擦り減っていき、ナギとアリカも、ユーリとセリナを相手に状況を打開する術を見出せずにいる。


「今にして思えば、戦闘訓練をもっと積んでおくべきだったわ。当時の私のばかばかばか!」


 戦術ならいざ知らず、戦闘に関してはズブの素人同然のエレミヤ。本来護られるべき立場である姫巫女は、魔法も自己防衛に特化したものしか扱えず、今にして戦闘経験を積んでおくべきだったと後悔が押し寄せる。


 当時のエレミヤにはイリスがいたため、何があっても大丈夫だと思い込んでいたのだ。


 加えて、ユーリに会うのが気まずくて、いなくなったことに気がつかなかったという痛恨の過ちも犯してしまった。もっと早くに気が付いていれば、会談や戦争の時もそうだったが、何故エレミヤは肝心な所でいつも失敗してしまうのだ。


 シャーレが、ユーリにキスしたこともそう。ナギがショックのあまり声を荒げていたが、エレミヤは千里眼(アインハクラ)の影響で常に目を閉じていなければならないため直接見たわけではないが、その分気配は誰よりも敏感だ。


 シャーレは、ユーリに恋愛感情は懐いていない。ただ絶望の舞台を彩る役者としての務めを果たしたに過ぎない。


 エレミヤは声や纏う雰囲気だけで、大方の人物像を掴むことに長けている。だからシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーが何のためにこんな悲劇を起こしたのか、知らず知らずのうちに理解していた。


「こうなったら一か八かよ、シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー!」


 彼女は勝利よりも、如何いかにして相手に絶望や怨嗟えんさの嘆きを上げさせるかを重視する傾向にある。


「はい?」


 案の定、シャーレはエレミヤの声に反応し、僅かばかりにユーリとセリナに纏わりつく血鎖の動きが鈍くなった。


 とはいえ、攻撃が完全に止んだわけではないため、猛攻を必死に食い止めながらにはなるがそれでもいい。


 少しでも逼迫ひっぱくした状況を打開するために、これまでの情報で掴んだシャーレの正体を口にする。


「あなた、実はヴァンパイヤでしょ? あんなに激しく出血したのに血は吸わなくて平気なの? それと、ずっと気に掛かってたのだけれど、ヴァンパイヤのあなたが一体どういう理由でフリーディアの味方をしているのかし――ッ!?」


 刹那――エレミヤが言葉を止めざるを得ない程の強烈な殺意が身に降り注いだ。


 ファルラーダの時のような、全てを力尽くで捩じ伏せるような圧倒的な魔力とは違う。まるで光の見えない暗い水底に無理矢理圧し込まれたような圧迫感を感じる。


 操られているユーリやセリナの動きがピタリと制止し棒立ちとなる。だというのに助けに動くことができずにいる。


 夜の闇が、ジワジワとエレミヤたちを圧迫していく。ナギやアリカ、シオンとミグレットの視線が、この場の支配者たるシャーレへ向けられる。


 これまでの淑女然とした雰囲気は一変し、忌々しげに歯を食い縛るシャーレの姿がそこにはあった。


『あー、エレミヤさん? それ、シャーレの地雷だから。何で、言っちゃうかなぁ? あんたとミグレットちゃんは生かして連れ帰りたいのに、シャーレがキレたら、見境みさかいなく殺しちゃうじゃんか!』


 動揺を誘うためにエレミヤが放った言葉は、盛大にシャーレの地雷を踏んだらしい。しかばねから発せられるクーリア・クロウ・ククルウィッチの声音は、悲嘆に暮れていた。


「誰が……ヴァンパイヤですかッ、異種族風情が私を同じに見るな!!」


 人間(フリーディア)の紛い物、と揶揄やゆされるだけでも万死に値するというのに、ハッキリと忌むべきいみなを口にしたエレミヤへ、絶対に許さないと視線が物語っている。


 特に、異種族に同類と言われたことが地雷を踏んだ一番の要因だ。だが、エレミヤもここで引くわけにはいかないため、強気で言葉を返す。


「あら、違ったかしら? フリーディアは本来異能術(スキル)や魔法が扱えない筈、だというのに神遺秘装(アルスマグナ)を保有しているあなたは、私たちと同じ異種族ってことでしょ?

 それに同類って、感覚で何となく分かるのよ。あなたからは、ヴァンパイヤ特有の血臭が鼻に付くほど臭うわ。それを自覚してないのね」


 エルフ国から距離が離れすぎているため、直接戦争になったことはないが、何でも陽を浴びると死に至り、夜の時間しか生きられないヴァンパイヤと呼ばれる種族が存在したとのこと。


 彼らは、エルフを強く敵視していたためエレミヤも警戒していたのだが、ある日から忽然こつぜん音沙汰おとざたがなくなった。


 何処かの種族との戦争で敗れ、滅ぼされたのだろうとエルフ王たちは言っていた。今思えば、ヴァンパイヤはフリーディアに滅ぼされたのだと分かる。


 問題なのは、神遺秘装(アルスマグナ)を保有するヴァンパイヤが、フリーディア側――それも最高位を司るグランドクロスになっている点にある。


「でも、ヴァンパイヤと呼ぶには違和感が……あなたは、存在そのものが中途半端で曖昧な」


 いや、本当にそうか? あれだけ徹底して異種族を廃してきたフリーディアが、シャーレに好き勝手させていることに違和感を覚える。


 ユーリが(シン)の因子を受け継いだように、彼女もまたヴァンパイヤの因子を色濃く受け継いでいるとすれば……。


人間(フリーディア)の、紛い者」


 シャーレという歪な存在を一言で定義するなら、紛い者と称するのがかなっている。


「ッッッ」


 その一言は、シャーレの中にある怒りの臨界点を突破し、深く胸に突き刺さった。


「なるほど、あなたもあなたなりの誇りを持っているのね……悪趣味極まりないけど」


 シャーレの正体に関する謎は置いておくとして、彼女は誰しも当たり前に存在する善悪の区別がついていない。


 だから平気で人をおとしいれるし、その行為によろこびを見出している。だけどそれとは別に、自尊心が強く根付いている事を理解した。


 彼女は、フリーディアであることに誇りを持っているため、自身が異種族だということを認めていない。だからそこを刺激すれば簡単に揺さぶれると思ったが、想像以上に効果覿面(てきめん)だった。


「ハァハァッ、うぐっ」


 怒りで感情が激しく揺さぶられたシャーレは、何かが枯渇したように、突如として苦しみ出す。そこにすかさず反応したクーリアは、動揺し慌てた様子で言う。


『ちょちょちょ、嘘でしょシャーレ!? 出発前に輸血したのに、もう血が足りないの!?』


「うるっさい、ですよ。ここは血の匂いが強すぎますので、少し黙ってッ、ください」


 シャーレに襲いかかる衝動の正体は、むべき《《吸血衝動》》。彼女の中に流れる血が飢え、乾き、枯渇した際に起こる一種の呪いだった。


 事前に血を摂取し、予防していようが関係ない。何かしらのきっかけでうずき出す衝動を、強靭な自我で抑え込んでいたのだ。


 一瞬とはいえ、我を忘れる程の怒りに支配されれば、芳醇ほうじゅんな血の香りが細胞を活性化させる。特にシャーレは、《《生後一度として吸血行為を行なっていない》》ため、内なる衝動の強さは余人には計り知れない。


「今よナギ、アリカ! ユーリと、ユーリのお母様を取り押さえて!!」


「「うん(えぇ)!」」


 千載一遇のチャンスを逃さずに発したエレミヤの号令に、ナギとアリカは強く頷き、再び迫り来る鎖を跳ね返して、ユーリとセリナに急接近する。


「――嘗めないでください、異種族風情がッ!!」


 シャーレが狂おしく咆哮を上げながら、より支配力を強めてユーリとセリナを勢いよく引き戻す。


「「!?」」


 同時に今度は、シャーレ自身がナギとアリカの行く手を阻むべく前に出る。彼女にとって、ユーリとセリナを奪われることは敗北するも同然。


 このまま正面から衝突すれば、近接戦闘に特化したナギとアリカが勝つ。問題は、彼女が不死の特性をつかさどっている点と、血を浴びればたちまち支配される部分にある。


「ナギ、峰打みねうちして戦闘不能に追い込むわよ!」


「分かった!」


 こうなれば、傷を付けずに激昂したシャーレを打倒する他ない。しかし――。


呪法じゅほう血針千本(ブラッディアリクス)


 彼女たちは、シャーレの持つ神遺秘装(アルスマグナ)――血霊液(イーコール)の力を侮っていた。その能力の真の恐ろしさは、支配や不死だけに留まらない。


「「!?」」


 決して、シャーレの血を浴びてはならないと警戒していた二人へ向けて放たれる無数の血の針。シャーレ自身の体内を突き抜けて凝縮された血液が、鋭利な針状へと変化し、突風のごとく襲いかかったのだ。


「くっ、ナギ! 私の後ろに隠れて!! リーズシュタット流剣術――緋紅剣・陣牢!」


 アリカが得意とする防御剣術――地面から突き出た幾重もの真紅の刃が、即席の防御壁となり、迫る血針千本(ブラッディアリクス)を防いでいく。


「私の魔力で編まれた刃のおりなら、すぐ解除すれば支配されずに済む! 嘗めんじゃないわよ、グランドクロス!」


 シャーレの怒りに少しばかり怯んだが、アリカも大切な仲間を陥れた彼女に対して、怒り爆発となっていた。


「アンタは、正面から戦り合うようなタイプじゃない、それならッ」


 傷付けてはいけない都合上、使える剣術は限られてくる。死なないなら、一撃のもと意識を刈り取ればいい。


「ナギ、離れてて! リーズシュタット流――」


「いちいちあなたのお遊び剣術に付き合っている暇はないんですよ! 呪法じゅほう血衝飛沫(インペリウス)!」


 アリカが、シャーレへ向けて剣技を放とうとした瞬間、血霊液(イーコール)を持つシャーレだからこそ扱える死の呪法が炸裂する。


「なっ!?」


 アリカが、驚愕するもの無理なきこと。何故なら、シャーレが跳躍した瞬間、彼女の身体が内側から、パァンッ! と激しく破裂し、血飛沫ちしぶきが撒き散らされたのだから。不可避の鮮血の雨が、アリカとナギ目掛けて豪快に降り注いでいく。


 どんな達人でも、雨の一滴一滴をかわすなど絶対にできない。なまじ自滅を前提とした戦略を即興で対処する方が難しい。


 ダメージはないが、ナギとアリカの全身に血霊液(イーコール)が付着してしまったのは手痛い失敗だ。


 加えて、飛び散った肉片が瞬時に集まり、何事もなかったかのように元の姿形を成していく。そこには先刻と寸分変わらぬシャーレが再び現れ――。


「呪法・血鬼隷属(ヴァンプヴェルフング)


「「がっ!?」」


 瞬間、アリカとナギは足が地面に縫い付けられたように動かなくなる。これではリーズシュタット流はおろか、まともな剣技すら放てない。


 死なないのをいい事にやりたい放題されている。シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの出鱈目でたらめすぎる戦法に、正面から挑んだことが愚かな選択であった。


「あなたたちを操る価値はありませんので、そこで大人しくお仲間が殺されるのを見ていてください」


 ナギとアリカは眼中になく、シャーレの視界にはエレミヤしか映っていないようだ。二人は、必死に吸血姫の支配から逃れようとするも、桁外れの膨大な魔力に圧し留められている。


「シオンもう一回行くですよ!」


「うん!」


 最厄さいやく鬼哭啾啾きこくしゅうしゅうたる殺意を浴びながらも、ミグレットたちは再びナギたちの救出に向かおうとするが。


「あなた達も、いい加減大人しくしてくださいね!」


 目にも留まらぬ速さで、ミグレットとシオンの間に割り込んだシャーレは、すかさず両手を駆使して打撃を放ち、二人を吹き飛ばした。


「「あうっ!?」」


 エレミヤの魔法障壁など、シャーレの前では紙切れ同然。地に伏せるミグレットとシオンは幸いにも生きていたが、ダメージが大きいのか立ち上がることができずにいる。


「シオン、ミグレット!!」


 最後に残されたエレミヤは、倒された仲間の名前を叫ぶことしかできない。


「お仲間を気遣っている余裕があるんですか? 私を紛い者呼ばわりしたあなたには、死よりも深い絶望を味わっていただきます――お兄さん!!」


 ただ殺すだけでは全然物足りない。枯渇したえをしのぐには、エレミヤの怨嗟えんさと嘆きをかてにする必要がある。


 シャーレの魔法により、これまで棒立ちしていたユーリ・クロイスが、鎖と共にエレミヤ目掛けて突っ込んでいく。


「ッ」


 恐らくユーリは、鎖の尖った先端をエレミヤの胸に突き刺すつもりなのだろう。いつも感じる暖かな気配とは真逆の、何ら光を灯していない虚無の心が、エレミヤをより一層深い悲しみへと追いやっていく。


「ユーリ……」


 どれだけ名を呼んでも、エレミヤの声はユーリには届かない。彼女の求める心の距離と、ユーリの想う心の距離には大きく隔たりがある。


 うなれば、友達以上、恋人未満の関係。


 戦争で敗北し、多くの同胞を亡くしたばかりか、イリスら連れ去られ、故郷すらも滅ぼされたエレミヤには、ユーリ・クロイスの存在しか残っていなかった。


 これまでにしてきた(シン)に裏切られた以上、激しく彼を求めてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。恋愛はエレミヤにとって、ユーリが懐く夢と同じくらい大切なものだから。


『やめてくれぇーーー!! エレミヤさんが死んじゃったら、貴重な千里眼(アインハクラ)が消えちゃうじゃんかーーー!!』


「死ねぇ!!」


 場違いなことで泣き叫ぶクーリアを無視して、シャーレはトドメと言わんばかりに叫ぶ。


「エレミヤぁぁああああーーーー!!!」


 ナギ、アリカ、ミグレット、シオンは深い慟哭どうこくさいなまれながら、エレミヤの名を叫び。


「ごめんなさい……ユーリ、皆……イリスッ」


 エレミヤは涙を流しながら、ユーリが一番望まないことをさせてしまったこと、これまで頑張ってくれたナギたち皆や最愛の近衛騎士であるイリスを救えずに命を落とすことに対して謝ることしかできなかった。


 ユーリ・クロイスは、うつろな眼差しのまま、鎖の尖端せんたんをエレミヤへ向けて突き刺していく。その光景を見ることが躊躇ためらわれた四人の少女は、咄嗟とっさに目をそむけてしまい。


「な、何で……?」


 動揺に震えるその声は、本来あり得ざるシャーレの口から発せられたものだった。


「「「「……?」」」」


 最悪の事態を想定していたナギたちは、不可解さを隠せずに、恐る恐る瞳を開く。


「……うそ」


 そして、エレミヤは五体満足無事に生きていた。ユーリが正気を取り戻したわけじゃない。この場に置いて、最も彼を愛する一人の女性が、エレミヤの盾となり、胸部を鎖に貫かれていたのだ。


「ユーリの、お母様……?」


 エレミヤは震える声で、庇ってくれた女性の名を呼ぶ。


「……こふッ――えぇ、初めましてエレミヤちゃん。まさか、ユーちゃんにこんなに素敵なガールフレンドができてたなんてビックリよ。おかげで目が覚めちゃったわ」


――セリナ・クロイス。


 シャーレの支配を、自力で打ち破ってみせた一児の母は、激しく吐血しながら笑ってみせた。

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