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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第六章 吸血姫の愛
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第151話 声明

 紆余曲折あり、ようやく買い物を終えたユーリたちは、大量の紙袋を抱えながら再びタリアの街を散策していた。


 タリアでの目的は終えたので、後はオリヴァーの実家であるカイエス邸へおもむくだけなのだが、街の中心部にある時計塔上部に備え付けられた巨大モニターの前に人集りが出来ており、ユーリたちも世情を知るために人混みに紛れることにする。


『――続いてのニュースです。現在各都市で活発化する反統合連盟政府組織ルーメンなるテロ組織について、統合連盟総帥代行を務めますミアリーゼ・レーベンフォルン様より、新たな声明が発表されました』


 アナウンスの女性が語る内容に、遠目で歩きながら見ていた人々は、モニターに釘付けとなり立ち止まる。周囲がざわつき始める中、画面が切り替わりスーツ姿のミアリーゼ・レーベンフォルンが映し出される。


 かつて皆に振り撒いていた笑顔の面影おもかげは皆無で、どこか孤高を感じさせる鋭い眼光と、人々を正道へ導く光たらんとする姿がそこにはあった。


「ミアリーゼ様……」


 思わず伸ばしそうになる手を必死に止め、ユーリは姫の声明を待つ。そして――。


(わたくし)は、ミアリーゼ・レーベンフォルンです。力及ばす、未だテロ組織ルーメンの壊滅には至っておりません。市民の皆様に無用な不安を強いてしまっている事を、先ずはお詫び申し上げます』


 市民の大半は、ミアリーゼが頭を下げる必要はないと考えている。むしろ厳しい情勢下でよくやっている方だ。


 エルヴィス・レーベンフォルン含め、政府の首脳陣が異種族の手によって暗殺されるという絶対絶滅の状況下で、ろくな引き継ぎも無しに統合連盟総帥代行の地位に就き、右も左も分からない状況の中、率先して矢面に立ち、市民を守ろうとする姫の姿勢は、いたく評価されている。


 その反面、彼女を快く思っていない者も多く、テロ組織ルーメン含めて現状後手に回らざるを得ない状況となっているのもまた事実。


 足場が固まっていないため隙も多く、ナイル・アーネストを利用してユーリもそこへつけ込んで今に至る。彼女の望む正道とはかけ離れた卑怯者に、姫を心配する権利はないのかもしれない。


(わたくし)は、テロに関与する者を決して許しはしません。僅かでも関与を認められた場合、罪の大きさ問わず、例えどのような理由があろうとも問答無用で極刑に処します。

 (わたくし)は、無関係だと見て見ぬ振りを決め込む者を好みません。市民の皆様にも当事者である自覚を持ち、現状を理解していただくために、改めて皆様に問いかけます』


 ミアリーゼは、自分の住んでいる街が安全だからと高みの見物を決め込む市民にかつを入れる。お前たちは、当事者としての自覚が足りなさすぎる。全員が一丸となって悪と戦えと態度で示していた。


「そ、そんなの横暴すぎるだろう!?」


 その発言に異を唱えた一人の男性が、ミアリーゼの信者と思しき集団と揉め出した。俺たちが戦わないで誰が戦うんだと言う信者と、戦いたくないと主張する一般市民が激しく口論を続け、挙げ句の果てに暴力に訴える始末。


 ユーリは止めるべきか逡巡するが、察したオリヴァーが手を引き、今は我慢だと必死に首を横に振る。


――正義に歯向かう者には容赦なく鉄槌を下す。

 

 正しさの押し付け合いにより、乱闘騒ぎにまで発展し、先程まで活気に満ちていたタリアの街が異様な雰囲気に包まれ始める。


『今あなたの隣に立つ方は、本当に味方なのでしょうか? 皆様一人一人が疑い意識してくださるだけでテロ活動を抑制することができます。

 少しでも怪しいと感じた場合は、勇気を振り絞って通報してください。ほんの些細な小さな行動が、真面目に生きる方々の今を守るのです』


「「「「「「!?」」」」」」


 ミアリーゼの発言によって、モニター前にも集まる人々が疑いの目で見つめ合う。今隣に立つフリーディアは、テロ行為に加担しているのか? エレミヤたちに気さくに声をかけてくれた人々も同様に、殺気立って辺りを見回している。


「これはッ!?」


 このまま此処にいたらマズい。そう思い、この場から皆を連れて離れようと視線を合わせて頷く。しかし――。


『断言いたします、今その場から離れようとした者こそが、皆様の敵です!!』


 まるで、その場で見ていたかのような絶妙なタイミングで言葉を刺したミアリーゼ。寸前でユーリたちは止まったが、一部間に合わなかった者もいたようで、その人は「違う、俺はテロリストじゃない!!」と、必死に抵抗しながら周囲の人々に取り押さえられる。


 疑心暗鬼に駆られた人々が、逃げようとした男性に殺到していく。本当にテロリストかどうかはこの際関係ない。今この場で分かる筈もないのだから。テロリストの動きを牽制するために放ったのだろうが、効果は絶大。


 逃げようとした者は、内に後ろ暗いことを抱えている者だと、ミアリーゼの意に反した者は例外なくその場で切り捨てられる。そんなこと――。


「――止めろ!!」


「「「「「!?」」」」」


 そんなこと、認められる筈がない。多量に抱える紙袋をその場に置き、人混みを掻き分け、集団暴行を受けているフリーディアを助けに行く。


 理性では駄目だと分かっているのに、感情が制御できなかった。テロとは何ら関係ない一般市民が殺されるなどあってはならない。何故なら、ユーリこそが、そのテロ活動に関与しているのだから。


「何だ、このガキ急に……」


 突然乱入し、男性を庇うように出てきたユーリに、周囲の人々からどよめきが奔る。


「あんたたちは自分が何をしようとしているのか本当に分かってんのかよ!! 煽動せんどうされただけで、自分を見失って暴力に訴えることを正義とは呼ばない! こんな魔女狩りみたいなやり方で決めつけて……なんで誰もおかしいって気付かないんだよ!!」


『――未熟な(わたくし)に、どうか力を貸してください。テロリストを殲滅せんめつし、異種族全てを排するその日まで、(わたくし)も皆様と共に戦う事を誓います!!』


 ユーリ・クロイスと、ミアリーゼ・レーベンフォルンの言葉が、同時に重なって消えていく。


 テロとは縁遠い筈のタリアの街が、たった一瞬で正義の暴力に支配された。関係ない人々を巻き込みたくないユーリと、無関係な者を巻き込み、強引に当事者に仕立て上げたミアリーゼの想いは対極している。


「くっ」


 もどかしい。正しさを盾に無抵抗な者へ暴力を振るう人々が。正義は我にありと高らかにうたい、統合連盟政府転覆を目論むテロリストが。異種族と共存共栄のために戦争を終わらせる……そのために正義を殺し、テロリストと交渉した己自身が。


「正義って、何なんだよッ」


 異種族と行動し、偽善を振り撒く自分は正義なのか? 正義でなければならない理由は何だ? 何故人は正義と悪で二分化する? 心というものは、そんな簡単に割り切れるものではないだろうに。


「「「「…………」」」」


 ユーリを取り囲む人々も、どうするべきか迷っている様子。その時、ピピーッと騒ぎを聞き駆けつけた二名の警察官が笛を鳴らしながら群がる人々を強引に引き剥がしていく。


 今、警察のお世話になるのは非常にまずい。もしユーリの存在がミアリーゼの耳に伝われば、エレミヤたちが潜入していることに気付かれる恐れがある。


「くっ――変幻機装(トランスフォルマ)


 そして、警察官の目に留まる寸前、ユーリは顔を見られるのはマズいと、魔術武装(マギアウェポン)で精製した仮面で顔を覆い、即座に気配を殺してその場から離脱した。



「ごめんなさい」


 万が一が起きた時のためにあらかじめ決めていた合流場所――タリア街外れにある古びた様式の墓地にて、ユーリは必死に頭を下げて皆に謝罪する。


 この墓地は、カイエス家が管理している場所で人は滅多に近寄らない。


 事前に合流場所を準備しておいて本当に良かったと思う反面、ユーリに関しては二度とタリアの街を歩けず、迂闊うかつに動けなくなってしまったことは非常に手痛い失敗である。


 沈痛な面持ちで謝るユーリに対し、皆はどこかホッとしたような空気を漂わせており。


「ううん、ユーリが止めてくれて寧ろ安心した。謝る必要なんてない。迷惑かけていいんだよ? 私が全部受け止めるから」


 そう言ったナギは、笑みを浮かべながら優しくユーリの頭を抱き留める。


「ナギの言う通りさ。どの道ここへは寄る予定だったんだ。君が気にする必要はない」


「オリヴァー……」


 そう、ここはカイエス家当主が眠る墓所。祖父が亡くなった時、オリヴァーはその最期を看取ることができなかった。あの悲劇と混沌に満ちた戦場で、オリヴァーとサラは祖父の最期の言葉を聞いたという。祖父が起こした些細な奇跡が、今のオリヴァーとサラを繋ぎ止めている。


「それに、謝るのは僕の方さ。最初に暴行を受けていた人を助けようとした君を止めてしまった。

 タリアは僕の故郷だ、本来なら僕が務めを果たすべきだったッ、こんなんじゃ……お祖父様に申し訳が立たないよ」


 祖父の墓前に立ち、懺悔するように悔しさを噛み締めるオリヴァー。


「ミアリーゼ様を止めるぞ、絶対に」


「あぁ!」


 ユーリの誓いに、オリヴァーは強く頷いた。他の皆も同意し、カイエス家の迎えが来るまでの合間を縫って、全員でオリヴァーの祖父の墓前で手を合わせた。


 そしてタイミングよく、遠方から車の魔力(エンジン)音が鳴り響く。名家御用達のリムジンは、タリアの街並みと同じく純白に彩られ、運転席から一人の女性が降り立った。


「――坊ちゃま!!」


 慌ただしく駆けつけた女性は、服装から見てもカイエス家の使用人だと分かる。よほどオリヴァーのことが心配だったのだろう、その表情は歓喜に震えていた。


「フィオネ!」


 オリヴァーも使用人との再会に、顔をほころばせて迎い入れる。再会を喜び抱き合う二人を見て、ユーリも故郷に残した使用人や友人たちの姿を思い浮かべる。


「心配かけてすまない。ろくな戦果を上げずに帰ってきてしまい、お祖父様の葬儀に立ち会えず、カイエス家の復興も……」


 オリヴァーは戦果を上げ、カイエス家の名を轟かせるために軍に入隊した。けれど今はその目的を果たせず、当主を亡くした現状、カイエス家は名家として存続することが不可能になってしまった。そのことについて謝罪するオリヴァーだが、フィオネはいいえと首を振り。


「私は、坊ちゃまが無事でいてくれたらそれでいいのです。当主様、ランディ様がお亡くなりになり、使用人たち皆この地を離れて行きました。もう私と坊ちゃましかカイエス家には残っていませんが、それでも構いません。

 また一から始めましょう……今度は、二人で」


 軍を抜け、何の後ろ盾もないオリヴァーにそれでも仕えるとフィオネは言ってくれている。その想いは純粋な忠誠心からくるものなのか、それとも別の感情が端を発しているのか。


 ユーリたちを置いてけぼりに、完全に二人の空気になってしまっていることに気付いたのか、オリヴァーは慌ててフィオネから離れ、取り繕うように咳払いをする。


「ゴホンッ、すまない皆。彼女は、フィオネ・クルージュといって、幼少の頃から僕に仕えてくれてるカイエス家専属の使用人だ」


「フィオネ・クルージュと申します。坊ちゃまがいつもお世話になっております」


 フィオネは、使用人として主人をこの場所まで導いてくれたことへの感謝も込めて、丁寧に挨拶する。それにならって、ユーリたちもそれぞれ名を名乗り、挨拶を交わしていく。


「フィオネ、状況は説明した通りだが、今の僕は軍にせきを置いていない。いつ手配がかかるか分からない状況の中、こうして迎えに来てくれたことを嬉しく思う。だが……」


 何の罪もないフィオネを巻き込んでしまっていいのか、とオリヴァーは逡巡するが。


「いいえ、坊ちゃまがどんな道を選ばれても私は最後までお供いたします」


「フィオネ……」


 フリーディアを敵に回し、全てを失ったオリヴァーを慕ってくれていることに、感情が熱く震え出す。彼女になら、サラたちのことを話しても受け入れてくれるのではないか? そう思ったオリヴァーは。


「フィオネ、その……彼女たちについてなんだが、実は――」


 異種族なんだ。そう言葉を口にしかけた、その瞬間。


「――待って、オリヴァーくん!」


「サラ?」


 サラが突然制止の声を上げたことに、オリヴァーは目を丸くして驚いている。彼だけじゃない、ユーリ、ナギ、エレミヤ、アリカ、シオン、ミグレット、サラ以外の全員がキョトンとしていた。

 

「あ、えっと……」


 サラ本人も戸惑いを浮かべながら、サッとオリヴァーの手を引き、フィオネの耳に入らないよう耳打ちする。


「オリヴァーくん、私たちが人間(フリーディア)じゃないことは言わない方がいいと思うの(ボソッ)」


「え、あ……」


 サラは、自分の吐息が耳にかかり、顔を真っ赤にするオリヴァーを揶揄からかいたい気持ちをグッとこらえ続ける。


「うまく説明できないんだけど、今だけは言う通りにしてほしいの……お願い(ボソッ)」


「あ、あぁ」


 頷いたオリヴァーは、不審げなまなこでこちらを見てくるフィオネを誤魔化すため、口から出まかせを発していく。


「ごめんね、オリヴァーくん……」


 オリヴァーにとって家族同然のフィオネに、嘘を付かせてしまったことを心苦しく思うと同時に、それでもこの判断は間違ってないとサラは確信している。


 根拠なんてない。これは所謂いわゆる女のかん。一見すると主人を想う従者を気取っているが、サラには分かる。フィオネは、オリヴァーに対して忠誠心以上の感情を懐いていることを。彼女の向けるサラたち女性陣に対しての視線に、僅かな敵意と警戒心が灯っていたことも。


 そして、サラ自身も胸の内を渦巻く黒い感情を持て余している。オリヴァーとフィオネが抱き合っているのを見た時、胸の奥がズキリと痛んだ。彼女は、サラよりも多くの時間をオリヴァーと共に過ごしてきた。当然サラの知らないオリヴァーを知っているということでもあり、それが嫌だと思う自分が恐ろしくて仕方ない。


 だから、フィオネにサラたちが異種族だと打ち明けてはいけない。敵対する口実を与えてはいけない。


「ッ」


 オリヴァーの説明を受けているフィオネの視線が、サラへ向く。お前はオリヴァーの何なのだ? と、強くこちらを意識しているのが伝わる。


 オリヴァーを大切に想う気持ちは一緒なのに、どうしてサラは嫌だと思ってしまうのか。今の彼女にできることは、自分自身の感情を持て余しながらフィオネの射抜くような鋭い視線から逃れることだけだった。

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