第146話 囚われのイリス
イリスにとって、神遺秘装はエルフの誇りそのものである。それは世界に神の意志が存在しないと分かっても変わらない。
エレミヤと己を繋ぐ絆の証明、力は確かに本物で、この世の万物全てを終わらせる無法の剣の前に敵はいない。
エルフ最強の近衛騎士を相手に、フリーディアは手も足も出ず敗北する――そんな夢みたいな妄想を本気で信じていたのだ。
"無様な姿だな、異種族。見えもしない何かに縋っている奴に私が負けるかよ。この程度で心が揺れるようじゃ高が知れる。そんなんでよく最強を名乗っていられたな"
フリーディア最高位を司る千術姫――グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス。そして――。
"貴様ニ恨ミハナイ、新タナ戦乱ヲ巻キ起コスタメノ礎トナレ"
同じくフリーディア最高位を司る緋色の亡霊――グランドクロス=テスタロッサ。
神遺秘装を持たない、それどころかスキルすら扱えない、世界や神の恩恵に授かってすらいない二人のフリーディアに、手も足も出ず完敗した。
何が最強だ。驕り高ぶっていた、かつての己を叩き斬ってやりたい。種族連合を勝利に導けず、エレミヤの身を守ることすらできず、挙句の果てに敵の手に堕ちるなど。
「……うっ」
意識を取り戻したイリスは、大の字になってベッドに寝かされ、両手足が頑強な拘束具によって縛られ身動きが取れなくなっていた。
加えて視界も何かで覆われているため、ここがどこなのか検討すら付かない。
鼻腔を擽る嗅いだことのない薬品の臭いや、聞き慣れない電子音に顔を顰めながら、ベッドごと周囲を吹き飛ばそうと魔力を絞り出すが――。
「ガッ!? あぁぁぁあぁぁぁぁッッッッ!?!?!?」
魔力を検知したのか、拘束具からピー、という機械音と共に、激しい電流がイリスの身体中に流れ、痛みに耐えかね絶叫を上げる。
魔力は中途半端に霧散し、魔法が不発に終わる。ガクガクと痙攣が収まらず、未だかつて感じたことのない痛みに意識が断絶されかける。
「――目が覚めたみたいだね、綺麗なエルフのお姉さん。拘束具、私がチューニングした特別性なの。どう? 効くでしょ?」
「……ぐぅッ」
激痛に悶えるイリスの近くから、聞き覚えのない少女の声音が、部屋に反響している。視界が塞がれているため、気配と声だけで相手が誰でここは何処なのか探らなければならない。
「ちなみに、転移は使わせないよ? 一定域の魔力量を検知したら、感電死するように設定してあるから気をつけてね」
忠告を無視して、もう一度スキルを発動するべきか考えたが、万が一死んでは元も子もない。
それにしても、この少女は一体何者なのだ? 彼女からは戦士特有の覇気を一切感じられない。片手で簡単に捻り上げられる程、脆弱だ。
「………」
だというのに、イリスは少女から言いしれない恐怖を感じていた。端的に言って狂ってる。気が狂いそうになる程の薬品塗れの部屋の中で、平然と笑っているのだから。
「あなたは……何者ですか? ここは何処で、私をどうするつもりですか?」
「ここ? カーラって都市にあるパパの会社の中にある研究室だけど? ま、言っても分かんないだろうし、敵地のど真ん中って判断してくれればいいよ。お姉さんをどうするかについても、状況を見れば分かることで、いちいち尋ねなくても分かるでしょ?」
「ッ」
「あ、取り敢えず自己紹介いっとくね――私の名前は、クーリア・クロウ・ククルウィッチ。技術開発者兼、異生物学者やってる華の女子中学生さ! ま、来年には高校生になるんだけどね」
クーリア・クロウ・ククルウィッチ。異生物学者、女子中学生など、言っている意味の半分以上は理解できなかったが、フリーディアにおいて何かしら重要な地位にいる可能性が高いことだけは理解した。
「あはははは! やけに大人しいけど、もしかして私から少しでも情報を探ろうって腹づもり!?
言っておくけど、脱出なんて不可能だよ? それとも、助けが来るって信じてるのかな?」
「そういうあなたは、少々お喋りがすぎますね。今の会話だけで、あなたの人柄はだいたい掴めました」
「ふーん。だから? 別に隠してるわけじゃないし、こっちとしては一人で黙って研究するよりも喋りながらの方が捗るってだけだしね」
カタカタとリズミカルな音を立て、何かを指で操作しながらクーリアはそう言った。恐らくイリスの身体を調べている最中なのだろう。尋問というよりは、雑談に近かった。
「ねぇ、綺麗なエルフのお姉さん。名前教えてよ」
「あなたに名乗る名前はありま――ッッッッ!?!?」
――せん。と答えようとした瞬間、再び電流が身体全身を駆け巡り、腰を浮かせ、仰け反りながら苦悶の声を上げる。
先程のような痛みじゃない。むしろ逆で、味わったことのない未知の感覚に脳が溶かされていく。
「立場を理解しなよ、異種族。会話のキャッチボールを拒否する権利はあんたにない。
今のは悶えるほどの快楽を与えたけど、次は身の毛がよだつ最悪の苦痛を味あわせてあげようか?」
「ハァハァハァ」
快楽。そう、今しがたイリスが味わったのは、未知の快感だ。多量に発汗し、興奮が収まらず、大きく息を荒げ、心臓が激しく鼓動を鳴らしている。
「どう? いい加減、ボール返す気になった?」
「……イリス、といいます」
「うんうん、素直でよろしい。改めてよろしくね、イリスさん。そうやって大人しくしてれば、殺しはしないから安心していいよ――それなりに酷いことはするけど、ね」
クーリアから溢れ出す純然たる好奇心に、イリスの心が蝕まれていく。己は一体どうなってしまうのか? 視界すら塞がれた状態での拷問――果たして心が耐えられるのかどうか……。
「大丈夫、とっっても気持ちよくしてあげるから。最後はイリスさんの方から、ちょうだい……ちょうだい! って求めちゃうくらいに」
「下種がッ」
「何とでも言えばいいよ。それより聞きたいことがあるんだけど教えてくれないかな?
あんたが目を覚ますまで何もしなかったのも、どうしても確認しときたいことがあるからなんだ」
「確認?」
「見たよ、フリーディアと異種族の大戦争。いやぁ〜、グランドクロスは強かったねぇ。バッタバッタと敵をなぎ倒してさ、見てて爽快だったよ。
流石のイリスさんでも、クリスフォラス卿には敵わなかったみたいだね」
「…………」
「答え辛い? なら雑談は無しにして本題に入ろうか。イリスさんはさ、ミグレットちゃんっていうドワーフと仲良かったりするのかな?」
ミグレット? どうして彼女の名前が出てくる?
「……知りません」
何故、クーリアがミグレットについて知りたがっているのか? 迂闊に名前を出せば、彼女に危険が及ぶ可能性もあり、しらを切り通すことにした。
「あのさー、脳波はこっちで計測してるんだから嘘言ってるのバレバレだからね?」
「!?」
何故!? と、イリスは動揺を露わにする。エルフの文明は、フリーディアに数歩劣る。何かしらのマジックアイテムで、嘘を見破る術があるのかもしれない。
「お、動揺したってことは合ってるってことだ! というわけで、イリスさんの知ってるミグレットちゃんの情報を詳しく教えてよ!」
「……お断りします」
何故、クーリアが会ったことすらないミグレットにこれ程執着しているのか? 視界が黒一色に覆われている現状、イリスにできるのはこれ以上情報を与えないことだけ。
「――が、あっ、あぁぁぁぁぁあぁぁッッッーーーーー!?!?」
「拒否すんなっての。ったく、こっちは時間がないってのに」
未だに屈さないイリスに、クーリアは苛立ち混じりに言葉を吐く。
「どの道、結果は変わんないんだから、抵抗しても無駄。
一回徹底的にやんないと駄目かな? あー、でもうっかり死なれたら困るし、どうしようかな……?」
「ハァハァハァハァ……」
イリスはビクビクと痙攣しながら、必死に肺に空気を取り込んでいく。死ぬ……身体がじゃない。エルフの姫巫女を守護する最強の近衛騎士としての矜持がだ。
もう止めてと泣き叫びたい、少しでも楽になれるのなら、全部クーリアにぶちまけてしまいたい。
「私は……」
自分は、こんなにも弱かったのか? エレミヤやミグレットを守りたい――その気持ち以上に誰かに縋りたい。助けて欲しい。
亡き神の恩恵を一身に賜る神遺秘装――世界の意志。歴史が全て嘘だったなんて、思いたくない。思いたくないから、一縷の希望を口にする。
「神……」
どうか神よ、この憐れな身に救いを与えてください。
「――そこまでにしておけ、クーリア」
「「!?」」
刹那、自動ドアの開閉音が響くと同時に、聞き慣れぬ青年の声が耳朶を打つ。動揺の声を上げたのはイリスだけではなく、尋問を続けていたクーリアも同様であった。
「本当、お前は油断も隙もねぇ。誰がインモラルな拷問プレイなんざしろっつったよ。子供のお前にゃ、まだそれは早ぇ」
「あなたは……」
何故か分からないが、軽快な口調で話す青年の声を聞いた瞬間、身体中がざわつき、言い知れぬ奇妙な感覚がイリスに襲い掛かってきた。
それは、同胞を見つけたことに対する歓喜の震え。更に言えば、上位存在に巡り会えたことに対する畏敬の念でもある。
「あなたは……神、なのですか?」
縋るように問いかけるイリスに、青年は自身の視界を覆っていた拘束具を解いていく。開けた視界に映る、二十代半ば程の美青年だが、年に似合わぬ何か心理を悟ったような遠い目をしていた。そう、彼こそ――。
「あぁ、そうだ。今生の名は、ナイル・アーネスト。お前の言う通り、俺こそがお前らエルフの騙る神話に出てくる不変不滅の神さ」
反統合連盟政府組織ルーメンの主犯格――ナイル・アーネスト。イリスたちの祖、全ての種族の始まりとされる神は、イリスへ寵愛を注ぎながら笑みを浮かべていた。
「ナイル・アーネスト――本当に……あなたがあの神なのですか!」
未だ拘束された状況でありながら、イリスの頬に手を添えるナイルを見て、救われたと思ってしまった。この人が、正真正銘本物の神なのだと確信する。
「ナイル、あんたどうやって入ってきて……てゆーか指名手配中の癖に、何堂々と姿曝け出してんのさ」
イリスの前では嗜虐的な態度で接していたクーリアが、不快感を剥き出しにして、ナイルへ食って掛かっている。
「俺があの程度の連中に捕まるかよ。逃げることに関して、俺に敵う奴なんざいねぇさ」
「なにその情けない自慢。それと、拘束具勝手に外さないでくれる? 今イリスさんに魔法使われたら、こっちはひとたまりもないんだけど?」
クーリアの批判を聞き流し、全ての拘束具を外したナイルは、自由の身になったイリスへ。
「そんなことしないもんな?」
と、笑いかける。イリスは未だ夢見心地で「はい」と頷いてしまう。
「……ナイル、あんた一体何者なの?」
イリスの様子を見て、さらに警戒心を引き上げたクーリアは、敵意を込めてナイルへ質問をぶつける。
「さっき、イリスさんが言っていた神って、あれでしょ? あんたがその神とか、本当に意味が分からないんだけど」
クーリアが知っているナイル・アーネストという男は、士官学校時代のグレンファルトの旧友であり、ルーメンの創設に関わった主要人物ということだけ。初めて会った時から、いけ好かない態度だと思っていたが、ここにきて怪しさが加速している。
「お前如き小娘じゃ、俺を理解するなんざ一生できねぇよ。天才豪語すんのなら、自分で調べて答えを得な」
「ちっ」
返す言葉もないのか、舌打ちしてクーリアは不貞腐れる。
「それで? 結局、イリスさんをどうするわけ?」
どうしていいか分からず、終始右往左往しているイリスを見て、警戒するのも馬鹿らしいとナイルへ問いかける。
「どうするもこうするも、ルーメンに入れるに決まってんだろ? イリスの持つ終滅剣の力は、お前も知ってる筈だ。
このまま実験体にしておくのは勿体ねぇと思ったから、迎えに来たんだよ」
「は?」「え?」
迎えに来た――その返答に、クーリアと横で聞いていたイリスまでもが、ポカンと間抜け面を晒してしまう。
「ちょ、バカじゃないの!? ルーメンに入れるって正気じゃない! 裏切られたらどうすんのさ!」
「裏切る? 誰を? 俺を? それこそあり得ねぇよ。イリスは敬虔な信徒だからな。国も名誉も失われた以上、縋れるのはもう俺しかいねぇんだぜ?」
「………」
ナイルの言葉に何も言い返せず、クーリアは押し黙る。
「待ってください! 国が失われたって、どういう――」
イリスは、すかさず立ち上がり、今しがたナイルが放った発言が聞き逃せず、詰め寄ろうとするも、ぐにゃりと視界が歪み、耐え切れずその場で崩れ落ちた。
「止めておけ、疲労が誤魔化せていない。脳に蓄積したダメージは、しばらくお前を蝕み続ける。大人しくしておいた方が身のためだぞ?」
「くっ」
「さっきのは冗談じゃねぇぞ? お前の故郷――エルフ国は、フリーディアによって塵も残さず歴史ごと消え去ったよ。当分生物が生きていけない程に、ヒデェ有様さ」
「そ、んな……嘘、だ……」
信じたくない、認めたくないと、絶望するイリス。クーリアが反論しないこと、この場でナイルが嘘を言うとは思えないので、エルフ国が滅びたことは純然たる事実なのだろう。
父、母、兄、王含めた諸侯たちと二度と会えない。そう思っただけで、自然と涙が溢れ出てくる。
「エレミィ、は?」
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ」
ぽんっと、優しく肩を叩き答えるナイル。良かったぁ、と泣くイリスを見て、事情を知っているクーリアが「どんだけ鬼畜だよ、あんたは」と、ボソリと呟くが、彼女の耳には入らなかった。
しばらく泣き続けたイリスは、ようやく落ち着いた様子でナイルを見やり。
「あの、私はこれからどうすれば……?」
自由の身になったにも関わらず、行き場を失い迷子になった近衛騎士は、縋るようにナイルへ問いかける。
「さっきも言ったろ? 俺の仲間になれ。俺とこいつは、フリーディアと敵対する組織に属してる。辛酸を舐めさせられたグランドクロスにリベンジするチャンスだぜ?」
「………」
グランドクロス。あのファルラーダと再び戦うことになるのか? イリスから湧き上がるのは対抗心ではなく、また負けるのではないか? という不安だった。
「大丈夫大丈夫、俺とグレンファルトとお前がいれば、向かうところ敵なしさ。それと、エレミヤちゃんもな」
「!?」
そうだ、イリスにとってかけがえのない誰よりも大切な主は今どこで何をしているのか?
「エレミヤちゃんは今、ユーリ・クロイスたちと行動を共にしている。こっちに乗り込んで玉砕覚悟で挑もうって腹積もりらしいぜ?
当然、俺たちにも牙の矛先は向いている。この間、こっちの要求突っぱねられたもんだからイリス、どうにかしてエレミヤちゃんを説得してくれねぇか?」
突っぱねられた? 何故、エレミヤは神を否定したのだ?
「それは勿論ですが……神」
「ナイル」
「失礼しました! ナイルは、千里眼を発動したエレミィと対話していたのですよね?」
「そりゃ勿論。何の因果か、千里眼の発動に同調して、意識だけを飛ばして対話ができちまう。こっちでいう電話みたいなもんさ」
「で、んわ?」
意味が分からず首を傾げるイリスに、「あ、文化間違えた」と、露骨に失敗した反応を見せるナイルは。
「人間の常識は追々説明するとして、問題なのがエレミヤちゃんが神ではなく、ユーリ・クロイスに心酔しちまってることなのさ」
「ユーリ・クロイス……」
エレミヤが偶然同調したとされる異質な気配を漂わせていたフリーディア。思えば、彼と邂逅してから、エレミヤは大きく変わったような気がする。
「奴は人工的に造り出された神でな、お前が感じたのも奴の中にある神の因子だろうな。
どういうわけか、ここ最近になって千里眼に干渉するようになったんだとか。あくまで推測だが、戦場に出たことで眠っていた因子が呼び覚まされた影響なんじゃないかって――な、クーリア?」
これまで静観……というか話すら聞かず、カタカタとキーボードを叩いていたクーリアは、突然名前を呼ばれ、「え? 何か言った?」と、惚けてみせた。
「お前、この状況で研究とかどんだけ豪胆……つかアホなんだよ」
「いや、私には関係ないでしょ? エレミヤさんがこっち側に来るのは好都合だし、ミグレットちゃんに余計なちょっかい出さないならそれでいいや」
「…………」
ナイルに対しては心を許したが、クーリアからは先程拷問紛いの責め苦を受けたばかり。ミグレットにご執心の様子だが、もし先程のような行為を行うというのなら――。
「安心しろ、俺が野暮な真似させねぇからよ」
「ナイル……」
彼から伝わる頼もしさに心酔していく。エレミヤとは違う、心が浮ついた感情を持て余してしまう。
「ミグレットちゃんだけじゃねぇ、どうせならエレミヤちゃん含めたお前の仲間全員こっちに引き込んでやろうぜ。その方が、お前もやり易いだろ?」
脳裏に過ぎる、エレミヤたちと行った女子会の風景。エレミヤとナギがお酒を煽り、それを困った様子で笑って見ているサラや、恥ずかしそうに縮こまるミグレット。お酒に興味津々で隙を見て飲もうとするシオン。
思えばあの時、イリスは幸福だったのだ。もう一度あの景色が見たい、感じたい。故郷を無くしてしまったからこそ尚のことそう思う。
イリスの信じた神もそう仰っている。だから――。
「はい!」
もう二度と、あのような醜態は晒さない。何としてでもエレミヤを説得し、こちら側に引き込む。それが一番現実的で、イリスが幸せになれる最短の近道なのだから。
「よーし、いい返事だ。そんじゃ俺に付いて来い! 俺の親友に会わせてやるよ。そんで倒そうぜ、神の名を騙る偽者を、グランドクロスを、ラスボスを!
お前にしかできねぇ大役だ、今度こそ負けんじゃねぇぞ?」
「御意!!」
ナイルとイリス――二人だけで盛り上がる中、クーリアだけは第三者目線で頬を引き攣らせていた。友人のシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーが、ファルラーダやミアリーゼよりも嫌いだと豪語する人物こそが、ナイル・アーネストだ。
いつの間にかユーリ・クロイスを倒す敵として、彼の仲間たちを救うためだと大義を与えて本人をやる気にさせる。強制するわけではない、ただこの男に従うのが正しいと思わせられる。心が脆弱で、自分を保てない愚か者程、顕著に傾向が現れる。イリスなど典型的な詐欺のカモでしかない。
ルーメンの面々も、同じような手口で軍内部に浸透していった。グレンファルトの魅力と、ナイルの手腕が合わされば、向かう所敵なしだ。
ナイルは労せずして最強の剣を手に入れた……否、取り戻した。
「イリス、転移は使えるな? それ使って、俺ごと思いっきり空の上まで飛ばしてくれ。
んじゃあな、クーリア。イリスがお前の手に渡って本当助かったぜ」
ナイルの命令に粛々《しゅくしゅく》と従ったイリスが魔力を込めた瞬間、二人は忽然と姿を消した。
「…………」
しばらく無言で虚空を見つめていたクーリアは、やがて大きな溜め息を吐き「何か色々疲れた……」と、デスクへ突っ伏した。