第138話 戦略破壊兵器の業火
「すごい……」
激突するユーリ・クロイスと、ファルラーダ・イル・クリスフォラスの戦闘の範囲外に逃れたエレミヤたちは、二人の次元を超えた戦いにただただ呆然と魅入っていた。
エレミヤだけではない。ナギも、アリカも、シオンも、ミグレットも、オリヴァーも、サラも同様に、グランドクロス相手に互角の戦いを繰り広げているユーリの底知れぬ実力に、畏怖の念を懐いている。
最早、余人が入り込む余地がなく、まるで神々の戦闘を拝んでいるかのような気分だ。そんな二人の戦いを穢すことなかれ。割って入るなど言語道断。エレミヤたちにできることは、ユーリの勝利を願うことのみ。
「ダニエル……」
ファルラーダ・イル・クリスフォラスを相手にしていた筈のダニエルは無事なのか? オリヴァーとサラからファルラーダとの関係を聞かされた一同は、複雑な心境を抱えていた。
かつては家族同然だった師と敵対してまで、オリヴァーたちを守ってくれたこと。だけど本当にそれでいいのかと考えてしまう。大事な家族と再会したというのに、碌に話もしないで殺し殺し合うなんて悲しすぎる。
そう思うのは、オリヴァーたちのエゴだろうか?
「「「「………」」」」
オリヴァーたちは、どうすればいい? 魔力が尽き果てた今、ユーリを助けに行っても足を引っ張るだけ。だから、せめて――。
「そう、私たちにできることは信じることだけ。世界を……神をじゃない――ユーリの勝利を信じてる。この切なる祈りが、彼に奇跡を与えんことを」
エルフの姫巫女が、手を合わせ祈るように呟いた。その神聖なる様を見て、ナギたちも瞳を閉じエレミヤに倣う。
ユーリ・クロイスの勝利を、戦争の停戦を――ひいては、もう一度共存共栄の実現を。
◇
ミアリーゼ・レーベンフォルンと、ファルラーダ・イル・クリスフォラスの望む理想を認めるわけにはいかない。だからユーリは、命を賭して否定する。
人の感情を、彼女たちは履き違えている。人の抱える闇を光で無理矢理掻き消しても……そんな荒療治じゃ、いつか必ず限界が来る。
「あんたは強いから……強すぎるから人の弱さが分かっていない、認められない! 俺はようやく分かった、人は完璧になんてなれない。
デウス・イクス・マギアの言う善悪ってそういうことじゃないのか!!」
「会ってすらいない貴様ごときが、御前のお気持ちを知った気になってんじゃねぇよッ!!!」
激高するファルラーダの剛拳が、容赦なく繰り出され、ユーリは再現した黒切で受け止める。
無限を誇る彼女の拳は凄まじく、黎切の耐久力を以ってしても、耐えることができなかった。
ガシャンッ、と呆気なく圧し折れ、破壊されるも、ユーリは瞬時に黎切を再展開。再び、ファルラーダへ肉薄していく。
「なら、デウス・イクス・マギアに会わせろ! 善悪統べる神が、本当に懐く願いが何なのかを俺が確かめてやる!」
「会わせるわけねぇだろうが! なま言ってんじゃねぇぞ、ガキがッ」
ファルラーダは、憤怒を纏わせた脚撃で、黒切ごと、ユーリの腹部を抉っていく。
「ごふっ」
近接戦闘は不得意と見たユーリだったが、それがどうしたとばかりに、ファルラーダは剛力で押し通してくる。
躱せば衝撃で吹き飛ばされる、受け流すなど以ての外。ファルラーダ・イル・クリスフォラスから際限なく溢れる憤怒の魔力が、ユーリの動きを牽制しているのだ。
卑怯な手は使わせない、挑むなら正面堂々とかかってこい。道理を通したければ、私に勝てと態度で示していた。
「確かに、私は御前のお気持ちを本当の意味で理解しているわけじゃねぇ。そもそもあの御方は、何も語らねぇ。私はただ世界の真実を――旧時代の記録を拝んだに過ぎない」
倒れ、呻くユーリへ向け、ツカツカと歩み寄りながら語るファルラーダ。
「人は完璧になんてなれない。そんなこと分かってんだ。どれだけ間違えても、逃げることだけは決してしねぇ。完璧を目指すことに意味があるんだよ!
それを邪魔する愚物の存在は認めねぇ。貴様だって同じだろうが、偉そうに説教垂れてんじゃねぇぞ!」
「だから、俺は完璧な世界なんて目指してない。俺は傲慢だし、許せない奴ももちろんいるからぶっ飛ばしてやろうって思ってる。ナイル・アーネストを、シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーを、俺は許せないって思ってる。
けれどそれでいいんだ。奴らを許せないと思う、この心含めて人なんだ。
一歩……そう、一歩ずつでいい。ゆっくりでもいいから、自分を見つめ直して他者を認めていく。
それは、人も異種族も関係ない! ただ際限なく続く殺し合いを終わらせるために、俺は今戦ってるんだよ!!」
「シャーレ……だと? 貴様どこまでッ」
ユーリの口から出た意外すぎる人物の名を耳にしたファルラーダは、明後日の方角へ赫怒の殺意を放った。
「グランドクロス同士、仲良しってわけじゃないんだな」
シャーレに対し、明角な敵意を見せるファルラーダ。
「あの紛い物は、人類の汚点だ。グランドクロスだからといって同じに見るな。
そもそも、グランドクロスを冠する誰もが、今の立場に固執してねぇのさ」
或いは、そういう人たちだからこそ、グランドクロスに選ばれたのかもしれない。神の恩恵に授かろうと縋る者は、ファルラーダ流に言うなら品が無い。
ファルラーダの義、シャーレであれば悪のように、何かで魅せるカリスマ性がなければ、グランドクロスには選ばれない。
「何でだろうな、命のやり取りをしてるってのに、あんたと言葉を交わすことを優先してる自分がいる」
戦闘が始まって以降、一区切りごとにユーリとファルラーダは確かめ合うように言葉を交わしている。これは殺し合いにおいて、異常な部類である。
そもそも今は戦争中。瓦解した種族連合が、必死に応戦している状況下で交わすやり取りではない。
「貴様も分かっている筈だ。この殺し合いは、ただ武威を示すだけのものじゃねぇ。後の世の趨勢を決める儀式のようなものだ。
私は貴様の目を見て、言葉を聞いて、全てを知った上で殺す。だから想いを吐き出して全てをぶつけて来い!」
そう、ただ殺しただけじゃお互い納得がいかない。現にファルラーダは、ユーリの真に迫る言葉の鏃によって、楔を打ち込まれている状態だ。
ユーリを真っ向から撃ち破る。そうでなければ、ミアリーゼ・レーベンフォルンに顔向けできないと彼女は思っている。
ユーリには人を変える力がある。ファルラーダは、それを認めた。しかし、時にはそれが悪い方向に働くこともある。だからミアリーゼと彼を会わせるわけにはいかない。
「換装――二重四大魔弾!」
ユーリは、戦法を変えるようだ。両手に持つ二丁の回転式拳銃を見て、ファルラーダが鼻を鳴らす。
「大したお家芸だな。制限解除状態であるにも関わらず、立て続けに魔力を行使しても壊れない強靭な肉体と、激痛に耐え得る精神力。まさに人が描く理想の体現――完全無欠不老不死ってか?
マッドサイエンティストが、貴様の親は神でも生み出そうとしていたのか?」
ファルラーダの剛撃をその身に受け、尚も崩れぬ不壊の身体。その肉体と精神は、まさに金剛不壊と呼ぶに相応しい。
「ま、私はこれっぽっちも羨ましいとは思わんが」
ファルラーダは、人の身を超えたいなどと微塵も思ったことがない。この身に宿る特異な力にも固執していないし、自慢したいとも思わない。
昔は嫌で嫌で仕方なかったこの忌まわしき力。母は、ファルラーダを生んだと同時に憔悴し、亡くなった。
その事実は、幼いファルラーダの心に深い傷を負わせた。そんな彼女が前を向けるようになったのは、裏社会を取り締まるクリスフォラス家前当主だった父が亡くなってからだ。
「ミアリーゼ様、申し訳ありません。少しの間、御不便をおかけします――来い、自律型千術魔装機兵!!」
ドラストリア荒野を駆け、種族連合と激しい戦闘を繰り広げていた千術機兵たちが、一瞬でファルラーダのもとへ集う。
空一面を埋め尽くす膨大な数の自律型千術魔装機兵は、マスターの意向に従い、ウイングパーツを羽撃かせ、撃つべき敵へと照準を定めていく。
「私はあまり過去を振り返らない質なんだが、貴様相手だとどうにも調子が狂う」
わたしを捨て、私として生きると決意したあの日から、ファルラーダに宿る憤怒の灯火は変わらず心にある。
「私は恵まれていた。母上は私を生んだと同時に憔悴し亡くなられたが、父上が何不自由ない暮らしを与えてくれた。一人の普通の人間として育ててくれた。
クリスフォラス家の家族たちがいてくれたからこその今がある。そう、私は幸せだったんだよ」
「あんた……」
己は幸せだった――奇しくもユーリがよく口にしていた言葉と全く同じ台詞。両者とも、人の枠から外れた存在だが、優しい家族のおかげで幸せな毎日を過ごしていた。
ユーリも、ファルラーダも己の意志で戦いに身を投じている。ある種の親近感というやつだろうか? まるで合わせ鏡を見ているかのように、ユーリもファルラーダも心のどこかで感じていた。
「「いくぞ!!」」
ファルラーダは、再び千術魔銃を展開し、発砲。ユーリは、二丁に構えた回転式拳銃を駆使して、縦横無尽に駆け抜け、千の魔弾を回避する。
ファルラーダを狙うことは勿論だが、先ずは千体近く存在する自律型千術魔装機兵を突破しなければ始まらない。
《敵対象補足。迎撃行動に入ります》
千術機兵たちは、ファルラーダの意志とは関係なしに、自前で高い戦術処理能力を持ち合わせている。
全てが計算によって導き出された最適解によって、マスターや他の同機の邪魔にならないよう、ユーリ目掛けて差し迫っていく。
「こんなもの!! 属性複合・水泡弾」
水属性と風属性を複合させた特殊魔弾によって、千術機兵たちの放つ魔弾が勢いを減じて空中で停滞する。
ぷかぷかと浮かぶ幾重もの水泡の群れは、まるでシャボン玉が空を泳いでいるかのよう。ユーリは、無造作に水泡弾を撃ち続け、千術機兵たちの動きを牽制していく。
《解析完了――炎法・炎浄爆発》
AIを搭載した千術機兵は、即座にユーリの魔弾の特性を解析。膨大な火属性魔法をウイングパーツから放出し、水泡を弾き飛ばしていく。
「こいつ等、まさか全属性の魔法を!?」
ユーリの目算から、一機一機がクレナ・フォーウッドと同等の実力を有していると判断。力の温存などという甘い考えは即座に切り捨てる。
「属性変更・雷弾完全解放!!」
機械仕掛けの人型兵器から意志は感じない。AIの原理を理解していないユーリだが、感覚でこの世界とは別の何かが歩んできた技術が搭載されていると悟った。
《M.F展開》
ユーリの持つ最高貫通力を誇る雷弾は、魔法障壁を展開した二機の千術機兵によって、防がれる。
しかし、威力に耐えきれず内一機が損傷し、爆散する。
「よし、いけるな。全部で968機、やってみせるさ!!」
しかし、ユーリの分析力も自律型千術魔装機兵に負けていない。敵の魔法障壁の耐久力を計算し、即座に解答を導き出す。
「――させると思うか? 自律型千術魔装機兵・武装換装――氷結機関砲、耐雷盾」
《了解、マスター》
それは、ユーリにとって絶望に等しい光景。一斉に武装を変更させた自律型千術魔装機兵によって、計算に狂いが生じる。
《換装完了。氷結機関砲、セット》
「クッソッ」
気付いたところで遅い。あの盾は雷弾を通さない。氷魔法を帯びたガトリングガンの連射射撃を躱しながら、相手をするのは至難の業だ。
それなら――。
「換装・千術魔閃斬々剣!!」
全長十五メートルを超える超大型大剣で纏めて吹き飛ばす!
「うおぉぉおおおおおおッッーーーーー!!」
ユーリの咆哮が爆ぜ、千術魔閃斬々剣による超弩級極大斬撃が、自律型千術魔装機兵目掛けて奔る。
一気に十機近くの千術機兵たちが鉄屑と化すが、残りは分散し、難を逃れる。
《目標補足、発射》
千術魔閃斬々剣の斬撃をすり抜けた千術機兵たちから放たれる氷結機関砲が、ユーリ目掛けて襲いかかる。
「属性複合・灼渦弾」
氷魔法を帯びたガトリングガンに対抗するために放った灼熱の魔弾。ズガガガガ、と瞬く間に地表を氷結させていた大地が、高温で溶け出し、蒸気が視界を覆う。
その隙にユーリは、重盾鉄鋼を遠隔操作で再展開し、ファルラーダ向けて突貫する。
彼女さえ倒せば自律型千術魔装機兵は、機能を停止する筈。
「小賢しいんだよ、愚物。魔術武装・展開――千術超大型魔砲」
しかし、千術姫はユーリの予想を尽く上回る。彼女の背後に展開された全長十メートルを超える超弩級大型魔法砲門が出現する。
ユーリが蒸気に紛れたのなら、その蒸気ごと吹き飛ばせばいいという至極単純な理屈を可能にしてしまうグランドクロスの圧倒的な力に愕然となる。
「く、一々規模がおかしいだろうが! こんなのどうしようもない!?」
ファルラーダが保有する魔術武装は、徹底して戦略破壊のために特化した兵器。世界を火の海に沈める程の火力を、これでもかと押し付ける強引な戦り方は、いっそ清々しさすら感じる。
「終わりだ、ユーリ・クロイス。私に勝とうなんざ、千年早ぇってことをその身に刻んでやる!!」