第131話 戦勝の狼煙
「正直、世界に意思があるかなどどうでもいい。神については思い当たる節があるが、そんな奴とっくの昔に死んでんだよ」
デウス・イクス・マギアによって旧時代の記録を拝んだファルラーダは、神が実在したことを知っている。そして自ら死を選んで、自決した事も。
「死んだ神に依存し、それを超えようとする意思を示さない者に、私は絶対に負けねぇ」
グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスの圧倒的力の前に、為す術なく敗北したイリス。
いや、そもそも純粋な力量だけで測るなら、両者はほぼ拮抗している。趨勢を分けたのは、意志の強さ。ファルラーダの強い意志にイリスが終始翻弄されたということ。
心が砕けなければ、奇跡などいくらでも起こせる。ダメだと思った瞬間に、もう勝負は付いている。
「私の意志を上回る御方は、御前と、ミアリーゼ様しかおられない。私ごときに絆されるようじゃ、フリーディアには勝てねぇぞ異種族共!!」
敵に対して発破をかけるファルラーダの気持ちは、ただ一つ。主であるミアリーゼ・レーベンフォルンの敵が、この程度であっていい筈がない。この大戦の結末如何で、後の世の趨勢が決まるからだ。
ファルラーダ・イル・クリスフォラスは、尋常なる勝負を望む。姑息な手段なぞ用いず、正面から堂々と挑む様は、敵味方全体にどう映っているのだろうか?
「「「「「う、うおぉぉぉぉぉぉぉッッッーーー!!!」」」」」
種族連合は、ファルラーダの意思に感化されたのか、まだ必死に諦めずに足掻こうとしている。
「そうだ。私を殺せれば、まだ貴様らにも勝てるチャンスはある。気張って掛かってこいよッ!!」
生き残った統合軍兵士たちは、迅速に撤退しつつある。その間にファルラーダを殺せば、勢いを押し切って種族連合の勝利となる。
例えイリスが敗れたとしても、まだ可能性は残っている。全身全霊を賭けて種族連合の精鋭たちは、ファルラーダ目掛けて無数の魔法攻撃を撃ち出した。
「効かねぇよ!! こんなものじゃねぇだろ、貴様らの想いはッッ!!」
空鱏を駆使して回避したファルラーダは、再び展開した千術魔弾を解き放つ。
「おらぁッッ」
そして、再び空鱏の砲身から容赦なく放たれる破壊の閃光。それはまさに、天地を裂くかのごとく降り注ぎ、絶対の力を握る者の裁きを体現していた。
しかし、進軍は止まらない。エルフ兵士たちは、まずイリスを救出するために、全霊を賭して戦場を駆け抜ける。
「諦めるな!! 命を賭してでもイリス様を守れ! あの御方は、我々の希望! そして、必ず奴を倒せ!! まだ時間はある!!」
一人のエルフから放たれる発破に奮起したのか、種族連合軍から雄叫びが上がる。彼らは決して逃げず、果敢に立ち向かう。
イリスのもとへ群がる自律型千術魔装機兵を退け、最優先で救出に向かっていくエルフの精鋭たち。
その光景を前に、半ば諦めていたイリスは感化され涙を流した。
「皆……」
皆がまだ諦めていないというのに、イリスは何をやっているというのか。魔力切れを起こした己の不甲斐なさに強く憤激し、ガラクタ同然となった終滅剣を強く握りしめる。
「イリス様、後は我々にお任せください。必ずや、グランドクロスを討ち果たしてご覧にいれます!」
イリスはすでに戦闘不能。過去最長の神遺秘装の行使による反動が押し寄せてきている。
「申し訳ありません、エレミィ」
このような無様を晒しては、姫巫女の近衛騎士を名乗る資格もない。イリスは、複数のエルフ兵に守られる形で撤退していく。
その様子を見たファルラーダが「させるかよ!」と、イリス目掛けて空鱏の超火力を押し付けようとするが。
「「「やらせるかぁぁぁッッーーー!!!」」」
撤退するイリスたちの背に、複数の魔法障壁が形成され追撃を阻止してみせた。
最早、種族連合に撤退の二文字はない。彼らは一願となり、ファルラーダの防衛網を突き抜けようとする。
「流石に一人じゃ手に余るか。いいぞ、そうこなくちゃ張り合いがねぇッ!!」
いくら自律型千術魔装機兵の性能が優れているといっても数に限りがある現状、ファルラーダ個人の負担は大きい。
しかし、そんなことを微塵も感じさせぬファルラーダの気迫に押され、種族連合は徐々にその数を減らしていく。
「ち、あのエルフ、どさくさに紛れてどこ行きやがったッッ」
恐らく敵指揮官であるエレミヤの指示だろう。ファルラーダが種類連合へ意識を向けた隙を突き、地形操作魔法で巧妙に逃走経路を確保してみせた。エルフたちの決死の行動によって、戦闘不能に陥ったイリスの姿を見失った。
「視界が悪い、敵の地形操作魔法は苦ではないが一々破壊していたらキリがねぇ。深追いはせず、敵の戦線を崩すことに集中するのが最善か」
イリスを逃したことは悔やまれるが、今は己が敷いた防衛ラインに敵を近づかせないことが最善。冷静に怒りを保ちつつ、ファルラーダは猛突する種族連合部隊を相手にしていく。
「敵はたったの一人だぞ! 何としてでも墜とせ!!」
エルフ兵士が、焦燥感に駆られながら叫ぶ。種族連合からすれば、悠長なことをしていられる時間はもうない。玉砕覚悟で特攻を仕掛けていくも、フリーディアの技術の粋を集めた戦略破壊兵器たちの前では等しく無に帰す。
「無駄だ! 私を斃したくば、今の千倍の戦力を持ってこい!!」
種族連合部隊を一人で相手にするファルラーダは、未だ無傷。ラゴーン、ナギ、イリスといった強敵相手に連戦したにも関わらず、まるで消耗の色を見せない彼女は強さの次元が違う。
現実は、無情だ。どれだけ信じても、神様なんて助けてくれない。世界の意志という奇跡が介在する隙間もない。
「エレミヤ、貴様の敗因はイリスとかいうエルフの力を過信しすぎたことだ。一対一で戦らせるべきではなかったな。今のように連携して戦っていれば、まだ勝算はあっただろうに」
この短時間で、種族連合の勢力が三割削られた。彼らの表情には、深い絶望と諦めの色が灯っており、戦意は完全に失われてしまっている。
『――ファルラーダ、間も無くアルギーラより二十万の兵が到着いたしますわ。
彼らが到着し次第、後退を。戦線が整い次第、ドワーフ本国へ進行します。それまで好きに暴れなさい!』
空鱏の拡散通信機能により、再びミアリーゼ・レーベンフォルンの力強い声が戦場へと木霊する。
「二十万……? エルヴィスたちが死んだこの状況で増援をおくる余裕なんて……あぁ、嘘か」
ファルラーダも、一瞬何のことだ? と、思ったがなんてことはない。ミアリーゼの指示が敵に筒抜けな状態で、本当のことをわざわざ言う必要はない。
時には嘘を混ぜて、敵の戦意を圧し折ることで、ファルラーダの負担を減らそうと考えたのだろう。
「お気遣い感謝します、ミアリーゼ様」
姫の命令を聞いた瞬間、退避していたフリーディア兵士たちは、勇ましく咆哮を上げる。ミアリーゼの嘘は、自軍の士気を高め、効果は絶大となった。
役目は果たした。ファルラーダは健在、フリーディア陣営の被害も、最小限に留めることができた。
『ファルラーダ、本当にご苦労をおかけします。あなたがいなければ、西部戦線は全滅していました。
おかげで戦線も崩れてきましたし、敵も撤退を考えている頃合いでしょう。一度戻って休まれては?』
そして、胸元にある個人用の携帯端末機から、敬愛すべき主から労いの言葉がかけられる。
「勿体無き御言葉。ですが、私はまだ戦えます。敵主力を逃した上に、エレミヤにまで撤退する時間を与えるわけには参りませんので、このまま敵本陣へ切り込みます」
ファルラーダとしては、イリスを逃したことが痛恨の極みといえる。汚名返上を果たすべく、速やかにエレミヤを殺す必要がある。
『分かりました。ただ、無茶だけはしないようお願いします。あなたの戦闘スタイルに口を挟むことはしませんが、少しだけ危うさを伴っているように感じたのです……』
ミアリーゼに、余計な心労をかけてしまったことを申し訳なく思う。それと同時に、本気でファルラーダの身を案じていることが伝わり、胸が熱くなる。
「ご心労をおかけして申し訳ありません。ですが、いくら異種族とはいえ彼らにも意志がある。それを無為にすることは、私の流儀に反します」
『そうですわね。私は彼らの死を受け止めねばなりません。どれだけ恨まれても決して逃げない、意志を貫き通すこと……戦争という悲劇の中で、敵に唯一できる手向けです』
「えぇ、奴らを下賤な輩に殺させません。終わらせるために、私たちが責任を持って命を背負いましょう」
『はい! グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスに命じます、我らフリーディアに勝利を齎しなさい!!』
「御心のままに!!」
ミアリーゼとファルラーダ。二人の絆は決して揺らがず、異種族を殲滅するまで足は止まらないだろう。全ては、人類に新たな可能性を示すために。
統合連盟首脳陣を失った人類は未曾有の危機に陥っている。しかし、ミアリーゼ・レーベンフォルンが矢面に立ち、皆を導くことで、新たな世界が築かれることとなる。
「そうだ、私が貴様らに示してやるよ。人類の可能性を――ミアリーゼ様の歩む覇道をなッ!!」
これより、千術姫による一方的な蹂躙が始まる。逃げ場など何処にもない。空鱏を駆り、猛進するファルラーダは、もう誰にも止められない。
「――千術収束爆弾!!」
空中を駆け、先攻したファルラーダから投下される千術収束爆弾により、超極大範囲に及ぶ爆発の渦に呑まれていく種族連合兵士たち。
「まだ、終わりじゃねぇぞッ!!」
エルフの精鋭たちが、エレミヤのもとへ行かせまいと必死に抗うも、もはや無駄な抵抗に等しい。
「魔術武装・展開――千術大破壊飛翔魔砲台!」
千術姫の恐ろしさは、まだまだこんなものではない。
種族連合中央部隊に風穴を開けるべく、展開された魔術武装――千術大破壊飛翔魔砲台。
超弩級大型砲台は、ガコンッと、鈍い音を立てながら空鱏の下部の砲身に連結される。
「こいつは、対魔法戦術用に開発された弾道ミサイルだ。追尾機能は勿論、使用者の負担度外視でカスタマイズされているから、破壊力はお墨付きだぜ?」
異種族たちの信仰心を圧し折り、勝敗は決したにも関わらず、尚も攻撃の手を緩めないファルラーダ。傍からから見れば、悪の大魔王に映っているのかもしれない。
千術大破壊飛翔魔砲台の照準を向けられた種族連合の兵士たちの表情が強張る。回避しようにも逃げ場など何処にもない。
「この状況では引くに引けまい。投降は無意味。撤退しようにも、後ろはドワーフ国という壁しかない。
貴様らに残された道は、最後の瞬間まで抗うことだけだ!」
グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスから告げられる死の宣告と共に、容赦なく放たれた弾道ミサイルは、フリーディアの戦勝を決定づける狼煙となった。