第128話 自律型千術魔装機兵
「自律型千術魔装機兵、こいつらは私の意識が続く限り、無制限に暴れまわる。
さらに一機一機が自由意志で判断し、行動する。私の意思など介在しない、魔力さえあれば誰でも動かせる無敵の兵隊ってわけだ」
自律型千術魔装機兵は、デウス・イクス・マギア自らが調整を施した特注品だ。
「私とミアリーゼ様がいる以上、貴様らに勝ち目はない。
異種族風情が今を生きるフリーディアの邪魔をするなよ。どれだけ醜くても、救いようがなくても、それでも愚物共は生きようと必死に足掻いて前を向いている。
私は人間だから、御前やミアリーゼ様のように気高き御心を備える方々も知っているから……」
そう。人間として生まれた以上、人を愛するのは当然なのだ。だからファルラーダは真面目に明日を生きている人間ために在りたいと願っている。
「人類の内に巣食う悪を討つのは貴様らを滅した後だ、異種族共。ミアリーゼ・レーベンフォルン様の覇道を阻む者は、誰であろうと容赦はしねぇ!」
例えどんな理由があろうとも、今を生きる人類を陥れるのならば容赦はしない。そんなファルラーダの想いに呼応するように、自律型千術魔装機兵が種族連合へ向け差し迫っていく。
フリーディア統合連盟軍西部戦線の兵士たちが撤退するまでの間、ファルラーダ・イル・クリスフォラスは一人で種族連合の相手をする。撤退を終えるまでに彼女を殺さねば、種族連合の負けは確定するということ。
◇
『――だから、お願い諦めないで!! ファルラーダ・イル・クリスフォラスを何としてでも倒して!!』
エルフ、ドワーフ連合司令官を務めるエレミヤが発した懇願にも近しいその声音は、魔信機を通して異種族たちの心に響いた。諦めるのはまだ速い。まだ勝つ可能性は残されている。
「「「「「うおぉぉぉおおおおおおッッーーーー!!!!」」」」」
迫りくる自律型千術魔装機兵の群れに、果敢に立ち向かっていく種族連合の猛者たち。
《敵の接近を確認、迎撃行動を開始します》
自律型千術魔装機兵から放たれる無機質な機械音声と共に、無感情かつ無遠慮な銃口が向けられる。
彼らは心を持たない機械。マスターから命じられた役目を果たすべく忠実に任務を遂行するだけの人形でしかない。故に躊躇はない。ただ目の前の敵を排除するのみ。
「バカな!? 何なのだこいつ等は!?」
戦闘を行う異種族たちは、自律型千術魔装機兵たちの底知れぬ素性に困惑の声を上げる。
それぞれを一つの生命体だと勘違いしている彼らは、未知の存在に恐怖を覚えるのも当然といえる。それも、全く同じ外見の機械人形が千体もいるとなれば尚更。
これこそが千術姫の真髄。ファルラーダ・イル・クリスフォラスがワンマンアーミーとして名を轟かせた最たる所以。
一機一機が、並の兵士を遥かに凌ぐ戦闘能力を有し、且つファルラーダの魔力によって稼働している自律型千術魔装機兵は、謂わば彼女の分身そのもの。
種族連合の猛者たちが必死に駆使する魔法も、自律型千術魔装機兵の厚い装甲を焼くことが叶わない。
どれだけ力を尽くしても、一機も傷付けること能わず、ただ虚しく蹂躙されていくだけ。エレミヤの指揮すら意味を成さず、地の利すらも解析し、逆に利用される始末。
まさに戦略破壊兵器の名に相応しい性能を誇っている。
ドワーフなど最早相手にならない。名だたる王国騎士たちは、王の仇を討ち取ること叶わず、千術機兵の餌食となる。
自律型千術魔装機兵の武装は、銃火器によるアウトレンジ戦法に特化しており、彼らは近付くことすらできず容赦なく蜂の巣にされていった。
エルフについても言わずもがな。異種族最高戦力を有する彼らは、様々な魔法や地形操作を施して千術機兵たちを追い詰めようとするも、その悉くを解析、対応され徒労に終わる形となった。
種族連合にとって幸いな点は、自律型千術魔装機兵の数が、千機しか存在しないことに尽きる。そのおかげで圧倒的数で勝る種族連合が、多大な犠牲を払いつつも、千術機兵の足を止めることができている。
しかし、足止めでは意味がない。一刻も早くファルラーダとミアリーゼを倒さねば、文字通り詰むことになる。
両陣営の指揮を務めるエレミヤと、ミアリーゼ・レーベンフォルンにも分かっている。この瞬間こそが運命の分岐点。
ファルラーダ・イル・クリスフォラスを倒し、このまま攻め切れば種族連合が勝ち、撤退し陣形を立て直すことができればフリーディアが勝利する。
「うぉぉぉおおぉぉおおおおッッーーーー!!!」
その事をいち早く理解したのか、天に轟く咆哮と共に鏃のような雷閃が、ファルラーダ目掛けて迫りくる。自慢の自律型千術装甲機兵が反応する余裕さえない。千の波を突き抜ける白雷を前に、ファルラーダは僅かに瞠目する。
「何だ!?」
千術姫の目には雷が奔ったようにしか映らない。彼女の繰る空鱏は、雷撃を回避すべく急速旋回する。バヂィィィイイイイッ!! と耳を劈きかねない雷鳴を響かせながら、刹那の間両者の目が合う。
「速いな小娘、目で追えなかったぞ」
ファルラーダは視線の先にいる白雷を纏った異種族へ賛辞の言葉を送る。
「お前は、絶対に私が倒してみせる!!」
爆ぜる咆哮を上げながら、再び空鱏と対峙する獣人族――ナギ。ファルラーダは圧倒的力の差を見せつけられながらも、勇敢にも立ち向かった戦士へ敬意を払う。
「貴様相手だと貴重な自律型千術装甲機兵が何機か破壊されかねん。
その瞳に宿る覚悟に敬意を評して、私が手ずから葬ってやる」
「戯言を!!」
グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスと、ナギの激突。
種族連合最速を誇るナギは現在、エルフによる魔法支援を受けて過去最大に身体能力が強化されている。
「雷法・雷爪牙!!」
先刻、クレナ・フォーウッドを倒した最強の矛が、再びうねりを上げる。
「ッッッ」
空中を蹴りながら、歯を食いしばりドリルのようにファルラーダの最強のフリーディアを穿かんと迫る雷爪牙。ナギの視線の先に映るファルラーダは、表情を崩すことなく冷静に、胸に確かな憤怒を懐いたままナギを見据え。
「貴様、噂のビーストだろ? 貴様のせいで貴重な友軍を数多く失った。その損失のツケを払え」
「誰が!!」
奔る白き雷閃の前では、鱏など鈍重な亀も同然。迫る雷爪牙を相手に抵抗する術を持たないのか、ファルラーダは無防備を晒す。
しかしそれでもファルラーダの表情に変化はない。それどころかその表情は不敵な笑みへと変化していた。そして彼女は告げる。
「魔術武装・展開――絶縁手鋼」
同時にファルラーダの手に魔力が収束していき、その姿を現す。それは黒いグローブだった。指先まで伸びた漆黒の手鋼は、そのまま難なくナギの腕を掴み取る。
「なっ!?」
雷撃を纏ったナギに触れるなど正気の沙汰ではない。てっきり躱すと思っていたナギはファルラーダの予想外の行動に思わず目を剥いた。
「威力は大したものだと言いたいが、気を抜いたな小娘。そんなに空鱏に追いつけたのが嬉しかったか?」
「ぐぅぅッ、どうして……!?」
先ほどから全力で逃れようと抗うナギだが、ファルラーダの拘束から抜け出すことができない。さらに加えて白纏雷を発動し雷魔法で応戦しようとするも、悉く遮断されているのだ。
「絶縁手鋼。対雷魔法に特化した魔術武装だ。こいつは雷魔法を通さねぇ、触れただけで意味をなさなくなるのさ」
「そ、そんなの!?」
思わず反則と言いかけたナギだが、そもそもこの戦争にルールなど無いと気付く。ただ単にファルラーダ・イル・クリスフォラスが上手だったというだけ。
数多の魔術武装を持つ彼女は、全属性の魔法に対抗する術を持つ。魔法が効かないのであれば肉弾戦しかないが、見ての通り常人を遥かに上回る膂力を持つ筈のナギが遊ばれている。
「異種族とはいえ、女を甚振る趣味はねぇ。敵の指揮官はあの地点か? 挨拶代わりだ、吹っ飛べ小娘!!」
「がはッッ!?!?」
その瞬間、ナギの身体に弩級の衝撃が伝う。空気そのものが爆発したかのごとき衝撃音に、何が起きたのかすら理解できない。
ファルラーダによる桁外れの膂力から放たれた蹴りをまともに受けたナギは、文字通り瞬殺され彼方へと吹き飛んでいく。
一瞬で意識を吹き飛ばされたナギは、既に戦闘続行不可能。彼女の肢体は、そのままエレミヤのいる駐屯地へと勢いよく墜落していった。
「エレミヤとか言ったな、貴様の首は私が手ずから獲ってやる。今のはほんの挨拶代わりだ、心して受け取れよ?」
兵たちは続々と撤退し、ドラストリア荒野から逃れている。彼らの瞳には、ファルラーダに対する感謝と敬意がありありと映っていた。
「ふん」
しかし、ファルラーダ本人は不服そうに鼻を鳴らす。この戦争の主役はファルラーダではない。彼女は、主たるミアリーゼ・レーベンフォルンの忠実なる臣下だ。
異種族たちは、気付いていない。今、彼らの命があるのは、ファルラーダが分を弁えてくれているおかげだと。今後の未来を考えるなら、ミアリーゼの指揮のもと連盟軍兵士たちが立ち上がることに意味がある。
「ん? 自律型千術魔装機兵が一機落とされたか。どうやらまだ骨のある奴がいるらしいな」
ファルラーダは、次の獲物を求めて戦場を見渡す。
「あ? また一機やられただと? どこのどいつだ、嘗めた真似しやがったのはッッ!!!」
一機どころではない、三機、五機、十機と、デウス・イクス・マギアから賜った自律型千術魔装機兵が破壊されていく。
そして、ファルラーダの視界に捉える青銀の魔力を放つ少女。この絶望的な状況下で彗星のごとき輝きを放ちながら、真っ直ぐにファルラーダのもとへ突っ込んでくる。
「神遺秘装――終滅剣!!」
「……何だ、あの剣は!?」
ファルラーダは彼方にいる青みがかった銀髪のエルフが持つ、禍々《まがまが》しくも神々《こうごう》しさを放つ奇妙な剣に目を奪われる。
その剣が自律型千術魔装機兵に触れた瞬間、終焉を迎えたがごとく塵になっていく姿を捉え、ファルラーダは警戒レベルを一段引き上げる。
「あなたは、あなただけは、私が止めてみせます!!」
どこか焦燥感に駆られながら叫ぶエルフ最強の騎士――イリス。彼女は、ファルラーダ・イル・クリスフォラスの存在を絶対に認めてはならないと、果敢に立ち向かっていく。
「…………」
ファルラーダはそれを無言で見据える。あの終滅剣を拝んだ瞬間、胸に奇妙な違和感が迫り上がってくるのを感じる。
「さっきのビーストの小娘とは違う別の神遺秘装……触れただけで対象を消し飛ばすとはな。
どんな絡繰かは知らんがまぁいい、圧倒的手数と威力で貴様をぶち殺せばいいだけの話だ!!」
「ッッッ」
グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスとイリスの激突。人類と異種族が、この世界に生誕して以降、史上最大規模の戦いが幕を開けた。