第127話 千術姫
千術姫――ファルラーダ・イル・クリスフォラスは、陣形を立て直すべく撤退する統合連盟軍兵士たちを庇うように前へ出る。
「来いよ、異種族。身の程も弁えぬ愚鈍で蒙昧な貴様らに力の差を教えてやる」
推定約四万規模に及ぶエルフ、ドワーフ連合軍を前に、一切怯むことなくファルラーダは言葉をぶつける。彼女の言葉に触発され、異種族たちに戦意が舞い戻っていく。
「神遺秘装――龍創召喚!」
一番槍を務めたのは、エルフの中でも召喚魔法に長けた屈指の実力を有するラゴーンと呼ばれる男だった。先程、ファルラーダが放った一撃で一部壊滅状態に追いやられた彼らだが、一切怯むことなく突っ込んでくる。
「よくも、同胞たちを! 貴様だけは絶対に許さんぞ!!」
空中に浮かぶ強大な魔法陣の中から、全長十メートルを超える巨躯を靭やかに操りながら、一匹のドラゴンが躍り出る。
「ほう……」
ラゴーンは勢いよく跳躍し、ドラゴンの背に飛び乗る。ファルラーダも想定外の異種族を目の当たりにし、僅かに目を見開いた。
ドラゴン――その膂力は一騎当千、その息吹は山を砕き、その鱗はあらゆる攻撃を弾く。まさしくエルフにも引けを取らない最強の種族に相応しい実力を有する異種族。
「先ずは貴様が一番手か、デカブツ」
バトイデアの砲身を下部へ向け、種族大連合の地上部隊へ魔法砲撃を放ち、退避していくフリーディアのもとへ向かわせぬよう牽制しながら、ドラゴンの背に跨るラゴーンを見据える。
「爬虫類がそこまでデカいと壮観……というより邪魔にしかならんな。これでは支援もままならんだろうに」
ファルラーダの言う通り、ラゴーンが前に出たことで、彼女へ放たれる魔法攻撃は皆無の状況だ。万が一にもドラゴンに当たってしまえば目も充てられない。
ファルラーダは空鱏の上に乗り滞空しているため、エルフたちも地形操作による支援ができずにいる。
「そんなことは百も承知だ。貴様のような賊にイリス様の手を煩わせるわけにはいかん! 故にこそ、俺が前に出て決着をつけねばならんのだ」
賊呼ばわりはいただけないが、迷いのない覚悟を背負ったラゴーンに対し、ファルラーダは不敵に笑みを浮かべる。
「中々骨のある愚物だな。その気迫と覚悟に免じて先手は譲ってやるよ、さっさと来い!」
これは、ファルラーダにとって敵に対する最大の敬意だ。彼女が好む人種は、どんな状況に立たされても迷わずに懐いた想いを大切にする者。
それはフリーディア、異種族関係ない。未だ怒りは冷めぬし、殲滅することは変わらないが、魂をぶつけ合う戦いにどこか心を踊らせていた。
彼女個人、昔からよくスラム街へ訪れていたことから、戦いを好む傾向にある。アリカ・リーズシュタットとはベクトルが違うが、やはり戦士としての気質が勝るらしい。
先手を譲ると言ったその言葉通り、ファルラーダは無防備を晒している。
「その言葉、後悔しろフリーディア!!」
ラゴーンが叫ぶと同時、ドラゴンはその巨躯に似合わぬ素早さで空中を泳ぐように滑走し、巨大な爪を振り下ろす。並の生物であれば一撃で両断される程の威力。
迫りくる強大な爪撃を前にファルラーダは顔色一つ変えることなく、ただそこに指を添えてピンッ、と軽く爪弾く。
刹那、信じがたい現象が起きた。所作に合わぬ強大な衝撃音が轟いたと同時に、ドラゴンの爪がバラバラとなって砕け散ったのだ。
それだけに飽き足らず、表層にある強固な鱗すらも引き剝がし、ドラゴンの巨躯は大きく仰け反った。
「バカな!?」
ラゴーンの声は、驚愕と苦痛に塗れていた。しかし、それ以上に驚愕したのは種族連合を構成する異種族たちだった。
「な、なんだあの力は!?」
「龍の一撃を弾いた……!?」
傍目には、ファルラーダが何をしたのか預かり知れない。ドラゴン自慢の一撃が何らかの方法で無効化され、爪を砕かれたと映っていることだろう。
「私に勝とうなんざ、千年早ぇ。一から出直してこい、愚物」
ファルラーダ本人からすれば、強めにデコピンした程度の認識しかない。
「う、うおぉぉぉおおおおおおッーーーー!!!」
半ば焦燥に駆られながらラゴーンは、全身全霊を込めて魔力を解き放つと同時に、ドラゴンの顎の砲門を開く。そこから吐き出されるはもはや炎というより光に近い。
ファルラーダの持つバトイデアから放たれし魔法砲撃と同じ性質の魔法を放つことができるのだろう。
現在、空鱏の砲身は敵地上部隊の牽制に回っている。よってラゴーンのブレスを防ぐには、攻撃を中止し退避するか、砲身の向きを変えて迎撃する他ない。
「炎法・極光炎魔砲!!」
ドラゴンが扱う中でも、最上位に分類される究極魔法。その光芒は、大地を焦土に変え、空気そのものを焼き尽くす程の熱量を持つ。
躱せば、統合軍兵士たちに被害が及ぶ。防げば、地上にいる種族連合が再び進軍する。究極の二択がファルラーダに突きつけられるものの、本人は涼し気な顔で呑気に呟く。
「あれをまともにくらったら流石に服が溶けるな、仕方ねぇか」
何故か己の着用するダークスーツの心配をするファルラーダは、次の瞬間信じられない行動に移る。
「魔術武装・展開――機神守城門」
ファルラーダの眼前に展開された全長三十メートルを超える巨大な機械仕掛けの城門がズウゥゥゥウウウンッ、と圧倒的存在感を放ちながら出現し、ラゴーンの放った極光炎魔砲を正面から受け止める。
言語を絶するほどの壮大な破壊が刻まれ、ドラストリア荒野全域に時空震が沸き起こる。
「…………」
敵味方問わず、介在の余地のない圧倒的な光景を前にどよめき犇めく中、ファルラーダは眉一つ動かさない。
徐々に収縮していく光の奔流を見届けるファルラーダと、最早言葉を上げる余裕すらないラゴーン。
「――機神守城門は、首都エヴェスティシアが万が一にも侵略された際、強大な遠距離魔法に備えて開発された防衛機構の一つだ。
本来愚物が拝める代物ではないが、貴様の意気込みに免じて特別に披露してやった」
絶対守護を誇る首都防衛機構の一つ。その性能が遺憾無く発揮され、満足している様子だった。
「あ、あり得ん……その尋常ならざる魔力といい今の魔法といい何なのだ貴殿は!?」
地上部隊を牽制する片手間で、ラゴーンの切り札を防いだファルラーダに戦慄し、声を荒げる。
「ふん、どうやらもう打つ手はないらしいな爬虫類。最早言葉を交わす意味も意義もない。
消えろよ愚物、フリーディアの偉大さを思い知れッ!」
機神守城門が粒子となって掻き消え、ファルラーダの右手に別の粒子が収束していく。
「!?」
瞬間、ラゴーンは己の死を予感した。まるで心臓を直接鷲掴みされたような恐怖心が全身を駆け巡る。
「魔術武装・展開――千術魔銃!」
都合、三つ目に及ぶ魔術武装の展開に、退避していたフリーディアたちも思わず目を剥いた。
それもその筈、魔術武装は原則一人に一つとされている。兵器として強大な魔力保有量を必要とする魔術武装をストックするには限界がある。
個人の許容量を上回る量や質の魔術武装を無理に起動しようとすれば、ランディ・カイエスのように内側から風船が破裂するように暴発してしまう。
そのため、ほぼ全てのフリーディアは、魔術武装を一つしか扱っていない。
しかし、ファルラーダ・イル・クリスフォラスにはその常識は当て嵌まらない。彼女の魔力保有量は実質無限、一種のブラックホールと化している。宇宙空間にいくら玩具を投げ込もうが溢れることはない、それと同じ理屈なのだ。
――千術姫
使用者の負担度外視で、従来の千倍に及ぶ魔力の出力を可能とする千術魔術武装。それらを保有するファルラーダは、無数の手数を持っている。
身体能力は言わずもがな。指を弾いただけで、ラゴーンの強固な爪を砕いたのも、身体強化スキルが通常の千倍にも及ぶ強度を誇っていたからに過ぎない。
「セット」
ファルラーダは、銃型魔術武装――千術魔銃の銃口を容赦なくラゴーンへ向ける。
その瞬間、ファルラーダの周囲に千にも及ぶ魔法陣が浮かび上がる。もはや何が起こるのかは誰の目にも明らかだ。
これより、千術姫による一方的な蹂躙が始まる。
「千術魔銃、一斉掃射」
その一言と共に、都合千発に及ぶ極大魔弾が、ラゴーン目掛けて一斉掃射された。
空中に漂う千の魔法陣から放たれし破壊の閃光は、死の嵐と呼ぶに相応しい光景。戦士としてではなく、戦略破壊に特化したファルラーダ・イル・クリスフォラスの実力の一端を垣間見たラゴーンに、最早打つ手はなく。
「申し訳ありません、エレミヤ様……イリス、さ――」
殺到する千発の強大な魔弾を前に、ラゴーン含めたドラゴンの巨躯は容赦なく蜂の巣にされ、原型すら残さず消失した。
「「「「「「……………」」」」」」
あまりにも一方的な展開に、種族連合の兵士たちが言葉を失う。特にエルフに至っては、反応が顕著だ。彼が使役する中でも最大火力を誇るドラゴンが、手も足も出ずに殺されたのだから。
当のファルラーダ本人は歯牙にもかけず、眼下を下ろす。
「それにしても数が多すぎるな。一々相手にしていたらキリがない上に面倒だ。アレを使うか……」
四万を超える大軍勢相手に、出し惜しみしてる暇もない。早々に切り札を解き放つ決意をしたファルラーダは、主命を賭すべく動き出す。
「刮目しろよ、異種族共。これが人類の叡智の結晶。貴様らが恩恵に授かる魔法など意味を為さないと教えてやる!」
魔術武装――それは万人へ向けられて造られた異種族に対抗するための決戦兵器の総称。
その種類は多岐にわたり、様々な形で運用されている。しかし汎用型にしても特化型にしても、個人に向けられて調整された物ではないということ。
戦場でいつ命を落とすやも知れぬ者に、一々個別に調整を施していたら手間もかかる上に、何より膨大な費用がかさむ。
だから個人の特性に合わせた専用の魔術武装が開発されることは本来ないが、何事も例外というものは存在する。
その筆頭がユーリ・クロイス。彼の持つ変幻機装は、神遺秘装を解析し、人工的に生み出された彼専用に開発されたもの。よってユーリ・クロイス以外には扱えない。
これは、ファルラーダ・イル・クリスフォラスにもいえること。彼女以外には決して扱えない専用にチューニングされた魔術武装は確かに存在する。
デウス・イクス・マギアに見初められた彼女が扱う専用魔術武装は、遍く大軍勢を相手にすべく開発された決戦兵器。
「魔術武装・展開――自律型千術魔装機兵」
グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス専用魔術武装――自律型千術魔装機兵。
何もない虚空から突如として出現した、千にも及ぶ人型の魔術武装。その精錬された純白のフォルムは、天の御遣いが光臨したと思わせるほど。
一瞬幻想的な光景であるともいえるが、両手に持つ凶悪な二丁の銃、背面部に取り付けられたウイングスラスターユニット、妖しく光る両眼と機械で覆われた全身パーツと、禍々しい外見も合わさり、神聖さなど微塵も感じられない。
ファルラーダから放たれる圧倒的威圧感はそのままに、次々に戦場へと降り立つ自律型千術魔装機兵たち。
「これが御前より与えられし、私専用の魔術武装。
覚悟して挑めよ異種族。こいつ等は私のように慈悲なんて与えてくれないぜ?」
天使と悪魔を混合させたがごときフォルムを漂わせる千機の自律型千術魔装機兵たちは、無機質かつ機械的動作で種族連合へ襲いかかった。