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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第五章 終焉の光
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第124話 天変地異

「……そう、ありがとう」


 今しがた、ナギがクレナ・フォーウッドを撃退したとの報告が入り、エレミヤは震える声で応答した。


 イリスは依然として無傷のまま、種族連合のフォローに徹している。


 サラに関しては、オリヴァー・カイエス、ダニエル・ゴーンと名乗る二人のフリーディアと行動を共にしているらしい。ユーリ・クロイスとこころざしを同じくする者たち。一人が重症のため、エレミヤたちがいる駐屯地へ退却しているそうだ。


 アリカ・リーズシュタットと呼ばれるフリーディアの所在は依然として掴めず、エルフの転移魔法の巻き添えを受け、今もどこかで奔走しているに違いない。


 状況は、種族連合が圧倒的に有利。今この瞬間にも停戦を呼びかけるべきか?


 しかし、向こうの指揮官は撤退の指示を下していない。戦犯たるダリル・アーキマンは、今どこで何をしているのか? まさか指揮を放り出して、逃げ出したりはしていまい。


「――エレミヤ、大変です!」


「!?」

 

 思考にふけっていたエレミヤへ、横からミグレットの切羽詰まった声が届き、我に返る。


「どうしたの?」


「ドワーフ本国からです! 眠ってた筈のユーリがいなくなってるそうです!!」


「なんですって!?」


 ユーリが? いなくなった? ひょっとして意識を取り戻して、こっちに向かっている?


 本来喜ぶべきことの筈なのに、ミグレットのかんばしくない表情と、種族会談が失敗に終わったことを知られたくない気持ちが、無い混ぜとなり、複雑な心境へ陥る。


「そんで、国境を警備してたドワーフ兵士たちはユーリの姿を見てねーって言ってるです!

 一部の目撃情報によれば、何者かに連れ去られた可能性があるとか!」


「どういうことなの?」


「自分も分かんねーですよ、こんちくしょう!

 連絡寄越した兵たちも、状況が分かってねーみたいですよ」


「くっ、とにかく正確な情報だけを取捨して報告するよう伝えてちょうだい!

 どの道、私たちはここを動けないし、もし万が一ユーリが来た場合は、絶対に手を出すなと連合の皆に伝えて」


「りょ、了解ですこんちくしょう!」


 どれだけ現実逃避をしても、結果は変わらない。ユーリがこの惨状を見たらどう思うか……? そう考えるだけでゾッとする。

 

 エレミヤは、間接的に多くのフリーディアを殺した。私は悪くない、全ては会談を台無しにしたダリル・アーキマンの所為だ、なんて言い訳じみた真似はしない。


「ユーリ……」


 最早、個人の力ではどうすることもできない事態にまで発展してしまった。それを事前に止められなかったのは、エレミヤたちの力不足。


「この戦争は、私たちが勝つ。エルフ、ドワーフは、このままフリーディア本国へ侵攻を続けるでしょうね。

 それを私には止められない。だから大人しく投降してよ……じゃないと」


 このままフリーディアは、種族連合に呑み込まれて終わる。勝利は揺るがない。もしもこの絶体絶命の状況に立たされたフリーディアが逆転する可能性があるとしたら――。


「待って、……あれ?」


 ふと、何かがエレミヤの脳裏を過り、疑問の声を浮かべる。何かを見落としているような、そんな違和感に襲われたのだ。


「どうしたです、エレミヤ?」


 形容し難い違和感を余所に、エレミヤが突如として上げた声に、首を傾げるミグレット。


 しかし、その声に答える余裕はなく、エレミヤは再び思考の渦へと呑み込まれていく。趨勢すうせいは決したにも関わらず、消えてくれない大きな違和感。


 徐々に顔が青褪あおざめていくエレミヤの尋常ではない様子に、ミグレットも何かを感じたのか口を開こうとした瞬間――。


「!?」「ヒィッ!?」「「「「!?」」」」


 エレミヤ、ミグレット含めた駐屯地にいる者たちが同時に恐怖の悲鳴を上げた。


 あぁ、何故エレミヤはこんな重要なことを忘れていたのか? 種族会談、戦争の指揮をしたりなど、ユーリのことで頭がいっぱいで失念していた。


 そうだ、まだ終わりじゃない。いや、そもそも始まってすらいなかったのかもしれない。


 二人が感じたのは、空間そのものを征服したかのごとく放たれた強大な魔力。その隔絶された魔力によって、空間がビリビリとひしめいている。


「な、何です、こんちくしょう!?」


 ミグレットがガタガタと震え、狼狽ろうばいしている。他の兵士たちもそう。その問いに応えられるものは誰もいない。そもそもここまで桁外れな魔力を持つ存在は、種族連合に存在しない。


 一つだけ分かるのは、この桁外れな魔力の持ち主が激怒しているということ。その存在は種族連合、フリーディア西部戦線全てを巻き込んだ世界そのものへ赫怒かくどの殺意を向けている。


 まさに天変地異すら起こさんとする圧倒的存在感を前に、エレミヤは脳裏に過った存在の名を告げた――。



 その巨大な影は、戦争が始まってしばらくした後に出現し、戦況を把握するために上空で停滞していた。


 まるでえいを思わせる強大な影の上に立つ二つの人影。二人の人影は、ジッと気配を殺し、戦場全域を見渡している。敵の真意を見極めるために。そして、全てを終わらせるために。


 種族会談は失敗に終わった。フリーディア統合連盟総帥エルヴィス・レーベンフォルン含めた首脳陣が、異種族の罠にかかり命を落としたらしい。


「お父様ッ……」


 間に合わなかったと、姫は己の無力さを痛感し涙を流す。あと少しでも早く辿り着いていたなら、結果は違ったかもしれないと。


 しかし、いつまでも悲しみに暮れているわけにもいかない。起きてしまった事象は変えられない。内なる嚇怒かくどの炎を抱えながら、姫は己の為すべきことに注力すべきだと判断した。


 その気高き姿勢に、従者も畏敬の念を込めて姫を支えるべく敵戦力の分析に移る。


 まずは種族連合の戦力は約四万。数と連携で勝る筈のフリーディア統合連盟軍の陣形が、ミキサーで混ぜられたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。


 これでは自慢の装甲戦車やミサイルなどといった戦略火力兵器は役に立たない。恐らく噂されるエルフの魔法を用いた罠だろう。敵はあらかじめ、この事態を想定し準備していたのだ。業腹だが、脅威だと認めるしかない。


 地の利を活かして、自在に行使する地形操作魔法は非常に厄介だ。これが敵のかなめである以上、エルフの排除が真っ先に優先される。


 加えて、地突核(ベルクレステラ)によって形成された岩柱は、地上から見ると一見ランダムに出現させたように思えるが、上空から眺めると不自然に配置されている。


 恐らく、随所に設置された場所のどこかに、種族連合の要となる存在がいる。高所で戦況を観測し、何らかの方法で司令官に報告しているのだろう。指針となる岩柱の排除も、優先すべきといえる。


 味方陣営においては、目も充てられない状況だ。エルフの魔法によって、空間ごとあべこべに転移させられたフリーディアたちは、大混乱に陥り、陣形を立て直すことができずにいる。


 指揮官は無能の集まりか? 一体全体何をやっているのだ?


 見たところ撤退指示どころか、戦線を立て直す様子も見せない。これでは要らぬ犠牲者が増すばかりだ。よって、フリーディア西部戦線司令ダリル・アーキマン大佐から、速やかに指揮権を奪取する必要がある。


 エルヴィスたち統合連盟政府の首脳陣を守れないどころか、この体たらく。この戦争が終わったらしかるべき処罰を下す。楽に死ねると思うなよ、散っていった兵士全てに謝罪させ、それ以上の苦痛を与えて殺してやる。


 何やら陰謀めいたきな臭さを感じるが、ひとまず後回しだ。次の統合連盟は誰が率いるかは明白。そのために、従者たる己は全霊を賭して使命を果たそう。


「「…………」」


 ここらが潮時だ。統合連盟軍兵士たちの戦意は完全に喪失し、一人が逃げ出したのを皮切りに、一斉に命令を無視して退避しだした。


 その様子を見て感じたのは、深い失望と沸いて出る憤怒の激情。


 不甲斐ふがいないにも程がある。何だそのザマは。貴様ら軍の地位に甘んじておいて、このていたらくとはどういう了見だ?

 

 平民と名家の間で、確執が広まっているのは聞き及んでいた。昔から指摘されていた問題(ゆえ)に、今更気にすることもないと思ったが、何より度し難いのは、その確執を戦場にまで引っ張ってきたことにある。


 我先にと生き残りたいがあまり、同士討ちを始めた愚物共、貴様らの背に守るべき家族や友人がいることを忘れたか?


 治安維持部隊という微温湯ぬるまゆに漬かり、足を引っ張っるしか脳のない名家、そしてそれをコントロールできなかった西部戦線司令、勝利を確信し調子に乗る異種族共、等しく万死に値する!

 

 そして溢れ出す赫怒の殺意を必死に抑えつけ、黒い大きな影は、カレウム鉱山地帯にある駐屯地へと降り立つ。


 そこにいた統合連盟軍兵士たちは、一瞬警戒の色を見せるが、大きな黒い影の上から降り立った姫の姿を捉え、驚愕の声を上げる。


 姫は颯爽さっそうと歩を進め、狼狽ろうばいする兵士たちを無理矢理引き連れて中へと入っていく。姫からの言葉はない。恐らく自身と同じ激情を懐いているのだろう。その儚くも気高き、高潔な雰囲気を纏わせた背中でこう語っていた。


――あなたの役目を果たしなさい。


 姫の背中から放たれた命令に、その場でかしずこうべを垂れる。胸の内にすくう憤怒の感情を、戦場に全てぶつけろと言っているのだ。


 本当に、姫に忠を誓って良かったと思う。己と同じ志を懐き、神を超えるのではなく見返すのだと高らかに告げた姫の覚悟は、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。


 姫にとって、この戦争が初陣ういじんとなる。絶体絶命の状況をひっくり返すのは至難の業だが、彼女とならきっと――。


魔術武装(マギアウェポン)展開(エクスメント)――空鱏(バトイデア)


 航空制圧用に開発された特化型魔術武装オリジンマギアウェポン――空鱏(バトイデア)


 全長五メートルを優に超える巨大な(えい)を思わせる漆黒の機械仕掛けのフォルム。機体下部に搭載された筒状の砲身から放たれる魔法砲撃は、山をも一撃で穿つ威力を誇っている。


 この魔術武装(マギアウェポン)を前にして、生き延びた異種族は存在しない。


 久々の戦場だ。腸が煮えくり返るが、姫の初陣をけがすことだけはあってはならない。彼女の覚悟を、想いを、この戦域全てに存在する愚物共へ示すのが己の務めである。いくぞ、覚悟しろ異種族共。貴様ら一匹残らず殲滅してやろう。


 刹那、ドラストリア荒野全域に赫怒の殺意が満ち溢れた。人の身でありながら、人の身在らざる無尽蔵の魔力を有する破壊の化身。


 デウス・イクス・マギアより賜りし千術姫せんじゅつきの異名、それが意味する本当の恐ろしさをその身に刻め。

 

「――グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス、出陣する!!」


 空中で停滞する空鱏(バトイデア)の上へ勢いよく飛び乗り、フリーディア最高戦力を有するグランドクロスは、戦場へと飛び立った。

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