第122話 決別
オリヴァー・カイエスとサラ。二人は祖父の起こした奇跡の魔法で互いの心を通わせた。どれだけすれ違っても、喧嘩して傷付いたとしても、この想いだけは確かなものだから。
一緒に戦おう。二人なら、奇跡なんて簡単に起こせる筈だから。
「そうさ、サラがいてくれるから、僕は僕でいられる! 兄上なんかに絶対に屈しない!!」
「オリヴァーくんのお義兄さん、そういうわけだから、その魔術武装を彼に返してもらえないかな?
もう好き勝手はさせない、これ以上オリヴァーくんを傷つけようとするなら私が相手してあげる!!」
オリヴァーが怪我をしている以上、無茶はさせられない。サラは臨戦態勢を整えて、ランディを見据える。
しかし、オリヴァーとサラ――お互い想い合う姿を見せつけられたランディは、軽蔑の眼差しを向けるだけ。彼らの言葉は、何一つ胸に響いていない様子だった。
「ガッカリだよ、愚弟。よもや貴様にそんな変態趣味があったとはな。しかもお祖父様が死んだとか訳の分からない妄言を吐かしやがる始末。救いようがない。
でも本当に死んだのなら、これほど嬉しいことはない! カイエス家の遺産は名実共に私のものになるのだからな!!」
亡くなった祖父に対し、侮蔑の言葉を投げかけるランディだが、オリヴァーとサラの絆を砕くことはできない。フリーディアが異種族に対し、奇異の目線を向けていることは周知の事実。
オリヴァーとサラが戦わねばならない敵は、意識に刷り込まれた固定概念そのものなのだ。二人はようやく見つけることができた。戦う理由を、戦うべき相手を。
「兄上、どうか気付いてください。あなたは名家として残った誇りすらも捨て去ろうとしているのだと!」
「うるッさいんだよ、裏切り者が!! あぁ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッッ、本ッッ当に、吐き気がする!!
異種族、貴様たち汚物が存在するから私はこんな目に遭っているんだぞ!! さっさとくたばれよッ!!」
手に持つ魔術武装を頭に添え、爪でガリガリと頭を掻き毟るランディの表情は狂気に満ちていた。
「オリヴァーくんと同じ血が流れているのに、どうしてそんなにも違うの?
弟に銃を突き付けて戦わせて……最低だよ。あなたは種族、フリーディア関係なく、自分より弱い立場の人に対して威張り散らしたいだけ。
そんなんじゃ、いつか誰もあなたを見なくなる! 人は、種族は一人じゃ生きてけないんだよ!?」
「サラ……」
義兄の本質を突いた発言をするサラにオリヴァーは瞠目する。
「オリヴァーくん、一緒に戦おう? 君を一人で戦わせない。私には君がいる、そして君には私が付いてる。大丈夫、お義兄さんなんて怖くないよ」
そう言ってサラはそっとオリヴァーの手を握る。血に濡れてしまっているけれど、そこには確かな温かさがあって……。
「「!?」」
その瞬間、パァンッと乾いた発砲音が鳴り響く。サラが咄嗟にオリヴァーの身体を庇って飛び退いたおかげで事なきを得たが、そのまま立っていたら間違いなく死んでいた。
「痛ッ」
「サラ!?」
ドサリと、地面へ倒れ込んだオリヴァーとサラ。けれど彼女の肩口に魔弾が掠ったようで、僅かに痛みに顔を歪ませながらも、「大丈夫だよ」と、微笑みかけた。
「ははははッ!! 何だ、ちゃんと当たるんじゃないか。今まで何を怯えていたんだ私は……」
ランディ・カイエスが狂気の表情で嗤う。その手に持つ魔術武装の銃口から僅かに魔力煙が揺蕩っていた。
「そうだ、私はランディ・カイエス! 異種族ごときに遅れなど取るものか!!」
気が付けば、エルフによる地形操作の攻撃は止んでいた。そして先程の発砲音を聞きつけたのかフリーディアが「どうした!?」と続々と姿を現していく。
「くッ」「そんな!?」
事態は最悪の方向へと向かっている。サラを見たフリーディアの一人が「ビーストがいるぞ!!」と、叫んだことでオリヴァーたちに銃口が向けられる。
「皆、あそこにいるオリヴァー・カイエスは、エルヴィス総帥殿を殺した異種族の仲間だ!! 我々を裏切り、人類を陥れようとする愚か者に鉄槌を下せ!!」
ランディが発した号令に、呼応するように雄叫びを上げるフリーディアたち。彼らは異種族によって数多くの仲間を目の前で殺されている。その憎しみは留まるところを知らず、サラと一緒にいるオリヴァーごと殺さんと魔力を込めている。
「せめて、彼女だけでもッ」
絶対絶命のピンチにオリヴァーはサラだけは逃がそうと行動するが、どうやら彼女も同じ気持ちだったようで、視線がバッティングしてしまう。
「あはは、最後まで気が合うね、私たち」
ランディを説得することが叶わず、絶体絶命のピンチに陥る中、サラは奇遇だねと笑う。
「そうだね。なら、最後まで一緒に抗おうか」
「うん」
もう、迷わない。オリヴァーとサラは大量のフリーディアたちを前に一歩も引かず、覚悟を決めて駆け出していく。
「「うぉぉぉおおおおおおッッーーーー!!!!」」
玉砕覚悟、最早特攻にも等しいオリヴァーとサラを見て、一瞬動揺を浮かべるフリーディアたちだが、すぐに臨戦態勢を整えて魔術武装の銃口から魔弾を放っていく。
「スキル・超加速!!」
サラは加速スキルを用いて、迫りくる魔弾を爪撃で弾いていく。そんなサラをフォローする形でオリヴァーも銃口から魔弾を放つ。
「「こんなところで、負けるもんかぁぁぁあああああッッーーーーー!!!!」」
オリヴァーとサラ、二人の咆哮が戦場に木霊する。散開したフリーディアたちが放つ魔弾を悉く凌いでいくが、多勢に無勢。次第に防戦一方となり、徐々に追い込まれていく。
エルフやドワーフ兵たちも戦力が集中しているフリーディアたちのもとへ駆け付けるつもりはないのだろう。外から周って囲うように襲うつもりなのかもしれない。
それに、例え駆け付けたとしても果たしてオリヴァーと一緒にいるサラを助けるのだろうか? フリーディアたちのように裏切り者として処される可能性も充分にある。
「それでもッ、僕たちは絶対に――」「――そう、絶対に諦めない!!」
例えどんな状況に陥ったとしても、絶対に諦めない。泥に塗れても、最後まで足掻いて足掻いて足掻き切ってやる!!
そして、その想いを受け継ぐものは、オリヴァーとサラだけじゃない。
「――ったく、心配して来てみれば全然元気じゃねぇかよ。やっぱ女がいてこそだよな、親友!!」
その瞬間、逞しくも低い男性の声音が二人の耳朶を打った。ずっと、ずっとオリヴァーのことを心配してくれた大切な仲間。そして掛け替えのない友人の助勢に、二人は歓喜の声を紡ぐ。
「ダニエル!!」「ダニエルくん!!」
――ダニエル・ゴーン
フリーディアの中で異種族を想う数少ない同志の一人。
「おらぁッ、ぶっ飛ばせ! 重盾鉄鋼!!」
颯爽と駆け付けたダニエルは、特化型魔術武装――重盾鉄鋼を前に突き出し、戦車のごとく獰猛に突撃しフリーディアたちを薙ぎ倒していく。
「貴様、下民風情が何てことしてくれるんだよッッ!!!」
フリーディアたちの影に隠れて様子を見ていたランディ・カイエスが、目を剥き出しにしてダニエルの登場に絶叫を上げる。
「おいおい、そんなに取り乱してどうしたよ? ひょっとして俺が来たことにブルっちまってんのか? 漏らすなら好きにしろや、見なかったことにしといてやるからよ」
「何だと貴様ッッ」
ダニエルの軽口めいた挑発に、ランディは怒髪天を衝く勢いで激高する。予期せぬ援軍の登場に、周囲のフリーディアたちは警戒の眼差しを向ける。
「へ、もう軍に戻れねぇなこりゃ。おいオリヴァー、今からお役御免ってことで、俺の代わりに除隊届け出しといてもらえるか?」
「ふん、どうせならそこにいる先輩方にでも頼めばいい。ついでに僕の分も渡してもらえると助かる」
「お? お前さんも抜けんのか? カイエス家はどうすんだよ?」
「それはもういい。お祖父様の想いは充分に受け取ったさ。今は彼女と――サラと服を買いに行くことの方が重要だ」
「そっか。いい面するようになったじゃねぇか、親友」
「今まで心配かけて悪かった。本当にありがとう、君は僕にとって、掛け替えのない友人だ」
オリヴァーとダニエル。互いの友情を確かめ合うように言葉を交わす。
「ま、お前さんらヒデェ怪我だし、ここは俺に任せておけ。安心しろ、重盾鉄鋼の防御は、誰にも突破できねぇよ」
「頼もしいよ、後は任せていいか? 親友」
「おうよッ!!」
そこからは、一方的な展開だった。そもそも汎用型しか持たない彼らに、重盾鉄鋼を突破する術はない。
ランディ・カイエスは、あり得ないと驚愕の表情で倒される仲間たちを見送ることしかできない。
「で? お前さんは見てるだけか? 情けねえな、それでも男かよ」
「あぁ!?」
オリヴァーとサラの必死な訴えは、ランディには届かない。それなら別のやり口で攻めればいいだけ。幸いにも、ダニエルはそのやり方に長けていた。
「プライドが大事だってのは分かるが、お前さんのは履き違えてるだけだ。
――男の維持ってやつはなぁ、例え無茶でも誰かのために戦うことをいうんだよッ!!!」
「あがッッッ!?!?」
怒りで頭が真っ白になっていたランディには、反応できなかった。ダニエルが振るった拳が顔にめり込み、情けない声を上げながら吹き飛ばされる。
「ふぅ~、ここ最近ずっとモヤモヤしてたからな、スッキリしたぜ」
ランディの返り血が付いた右手をプラプラさせながら、ダニエルはホッと息を吐く。
「ぐぅぅわぁぁああああッ、またしても、この私に、この私に暴力をぉッッ!!」
呻きながら地を這うランディに、同情の視線が突き刺さる。
「兄上、あなたはもう終わりです。薔薇輝械は、あなたのような人には相応しくない。
お祖父様の大切な形見、返してもらいます!」
オリヴァーにはもう憂うことは何もない。義兄がしてきたこと、しようとしていること、最早擁護する必要もない。
この瞬間、オリヴァーはランディと決別した。
「ハァ、ハァハァ……下賤の血が流れる愚弟と、愚かな下民、そして家畜の分際で調子に乗る異種族ッ。
まだ、終わりじゃない。手は残されてる……殺す、絶ッッッ対に殺してやる!!!」
ランディに残された手はもうない筈。だというのに、降参の意を示さないのはどういう了見だろうか?
「兄上、まさか!?」
しかし、オリヴァーは義兄が握る薔薇輝械から魔力が呼応していくのを感じ、慌てて止めようとするが――。
「魔術武装・起動!!!」
時すでに遅し。義兄の魔力によって起動した薔薇輝械は淡い光を放ちながら、ランディの胸に溶けていく。
「あぁ……あぁッ! 感じる、感じるぞ!! これが特化型、カイエス家の象徴――薔薇輝械!! 私が持つに相応しい最強の魔術武装だ!!」
天を仰ぐように両手を広げ、歓喜に震えるランディ。悲しきかな彼は気付かない。魔力許容量を大きく超えた身体のあちこちから噴水のごとく血が噴出していることに。
「あはははは、跪け下民共! 貴様らの明日は、もう無いと知れ!!
魔術武装・展開――薔薇■■■■■■■■――――――――――がぁぁぁぁぁああああああああッッッーーー!?!?!?」
刹那、薔薇輝械を展開しようとしたランディの身体が、気泡が浮かぶようにボコボコと膨張し出す。
「い、痛い!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い何だこれ、何なんだよこれぇッッ!? あが……が、がががががあぁぁぁぁあああああッーーーーーー!?!?!?」
断末魔の叫びを上げながら、破裂寸前まで膨らんだ義兄の身体は、ついに限界を迎える。内側から爆発したかのように、ランディの身体が勢いよく弾け飛び、まるでトマトのように肉片が飛び散った。
ダニエルが咄嗟に重盾鉄鋼を構えてくれたおかげで、義兄の最後の姿を拝まずに済んだ。盾越しに広がる凄惨な光景に、一同何も言えずに黙り込む。
「ダニエル、ありがとう」
「礼を言うようなことじゃねぇさ。お前さんは目閉じてろ、俺が薔薇輝械を回収してくる」
「いや、僕が行くよ。兄上があぁなった一因は僕にあるから、どんな最期を迎えても……きちんと送ってあげないと」
「そか」
オリヴァーの言葉を受け、ダニエルはポンと肩を叩く。
「オリヴァーくん、私も一緒に! 私も、受け止めるから」
重盾鉄鋼の陰から出ようとするオリヴァーをサラは袖を引っ張り止めた。ランディ・カイエスの死をオリヴァーだけに背負わせない。サラの一途な想いが、オリヴァーの心に涼風を運んでいく。
薔薇輝械を回収したオリヴァーはすでに重症。サラとダニエルも大きく体力を消耗している。
けれど、まだ終わりじゃない。フリーディアと異種族による戦争は今も続いている。戦火が広がり、収集の付かないこの事態がこれからどう動くのか? その結果はまだ、誰も知れない。