第113話 エルフの力
妖精人族。それは、神に最も近い存在と謳われる種族であり、その美しさ、高い知性、強大な魔法を備えることから他種族から尊重される存在であった。
特に特筆すべき点として、フリーディアの持つ魔術武装同様に、全員が強力な魔法を行使できるという点。
四大元素はもちろんのこと、さらに派生し転移、治癒、強化など多種多様な特性のスキルを扱うことができる。
「異能術・超広域転移!」
エルフの姫巫女エレミヤが開戦早々、保有するほぼ全ての魔力を解き放ち、万が一の際に準備していた切り札を晒したこともそう。
エルフ最高戦力の一人であるイリスは言わずもがな、テロ組織ルーメンの主犯格たるナイル・アーネストが放った超極大魔法砲撃を難なく防いでみせた。
神遺秘装に選ばれたからエレミヤとイリスが強いわけではない。彼女たちが強いからこそ、神に選ばれたと捉えた方が正しいだろう。
「ナギ、更にもう一つ手を加えます。申し訳ありませんが、フィールドが整うまで待機していてください」
「う、うん」
今しがた起きた現実離れした光景を前に、ナギは信じられない面持ちでイリスを見つめている。
「――エレミヤ様、イリス様!」
イリスが発動した魔法が合図となったのか、後ろで控えていた兵士たちが続々と姿を現した。
尋常ではない様子のエレミヤたちを見て、喉を鳴らす兵士たち。彼らは先ほどのダリル・アーキマンの演説を耳にしており、何が起きたのか察している。
「イリス、それに第一部隊のエルフたちは追撃の魔法を放ってちょうだい!
手筈通り、土魔法を形成して地形そのものを変化させる! 徹底的に地の利を活かす、敵が陣形を立て直す前に決着を着けるのよ!!!」
「「「「はッ!!!!」」」」
現在フリーディアはエレミヤとイリスのスキルにより、陣形は崩壊し、完全に足を止めている。混乱による同士討ちが始まった今、荒野で覆われたフィールドそのものを書き換え、さらに優位に進めていく。
「「「「「土法・地突核」」」」」
更に駄目押しといわんばかりにエルフたちから放たれた魔法により、地中から次々と無数の巨大な岩の柱が出現する。何もない平野に複数の遮蔽物を置くことで、方位を狂わせ、指揮系統をさらに掻き乱すという目的がある。
その効果は抜群で、更なる混乱に陥ったフリーディアたち。そこへ目掛けてイリスを先陣にエルフとドワーフ兵士たちが一斉に突撃していく。
「数にいくら開きがあろうとも、陣形を崩され地の利を失えばただの烏合の衆と化す。私たちを甘く見るなよ、ダリル・アーキマン!! 絶対に、絶対に報いを受けさせてあげる!!」
エレミヤの放つ憎悪の怨嗟に応えるように、異種族たちの嘆きの号砲が戦場に轟いた。
エルフ兵士に守られる形で、魔力が枯渇したエレミヤは、ミグレットとシオンの待つ駐屯地へと向かっていく。
「エレミヤ!」「エレミィおねーちゃん!」
そして顔面蒼白でエレミヤを迎い入れるミグレットとシオン。彼女たちは不安と焦燥が隠せない様子だが、気にかけている余裕はエレミヤにはない。
「説明が惜しい。シオン、あなたは周囲に敵がいないか見張りをお願い。そしてミグレットは私の補佐を。
魔信機を全開稼働するから魔力を注入し続けてちょうだい」
「分かったです」「う、うん」
鬼気迫る様子のエレミヤに頷くしかないミグレットとシオンは、すぐに指示に従い行動する。
「第一部隊から第十部隊へ、こちらエレミヤ。手筈通りそれぞれのポイントにてフリーディアを各個撃破して。
イリスは予定ポイント到達と同時に追撃の地形変化魔法を発動、その後随時戦況を報告してちょうだい。
これは世界の命運をかけた戦いよ、気合い入れてかかりなさい!!」
◇
「承知しましたエレミィ!」
エレミヤの指示を受けたイリスは、すぐさま行動に移る。エルフたちも彼女の後に続きフリーディアを迎撃すべく、魔力を解き放っていく。
「「「「魔術武装・展開!!」」」」
流石にそのまま自滅する程フリーディアは愚かではないようで、イリスたちの行動を妨害するため、各々《おのおの》が魔術武装を展開する。
「来なさい、フリーディア。前回は力を見せつけるために神遺秘装を開放しましたが、今回は別。
これは本来あなたたち程度が拝める代物ではありません」
フリーディアから放たれる大量の魔法の弾丸を、エルフたちは難なく魔法障壁を展開し、防いでいく。
「あなたたちは神の存在を認めていない様子。あの時は何も言いませんでしたが、人間とは何と愚かな種族なのだろうと失望しましたよ」
イリスの澄んだ青みがかった銀髪がふわりと風で揺れ動く。彼女の瞳からは静かな怒りが灯っている。
「エレミィがどれほど種族会談に命を賭けていたのかあなた達には伝わりますか?
種族の命運を背負ったプレッシャーと、ユーリが目覚めぬのは自身の責任だと悔いながら、何度も眠れぬ夜を過ごし、不安に駆られながらも立ち向かっていった彼女の勇気が、どれほど私たちの心を打ったのか分かりますか?」
表面上は明るく取り繕い、お酒を大量に飲んで不安を一気に洗い流す。ナギと喧嘩しストレスを発散して、和平交渉に成功した場合と失敗した場合の対処を兵士たちに徹底的に仕込む。
エレミヤがこれ程までに誰かのために動いた姿を、イリスは見たことがなかった。全てはユーリ・クロイスとの出会いが彼女が変わる切っ掛けとなったのだ。
それを良い変化だとイリスも捉え、ずっと側で控えて見ていた。彼女の努力と研鑽、千里眼に依存せず、姫巫女という立場に慢心せず、だからこそエルフとドワーフたちはエレミヤに命運を託したのだ。
「あと少し……あと少しでエレミィの願いは叶ってたんです!! フリーディアと私たちが共に手を取り合っていける未来の道は、手の届く距離にあったのにッ」
だというのに――。
「それを――お前たちのくだらない欲に躍らされ、全てを台無しにされた気持ちが分かりますか!?
私は絶対にフリーディアを許さない! ダリル・アーキマンという男を司令に据えたお前たちにも原因があるんだということを知りなさい!!」
イリスの胸に渦巻く感情は悔しいという想い。悔しい――エレミヤの想いが成就されなかったこと、泣かせたこと、憎しみを懐かせてしまったこと、そして何よりあの場でいいように踊らされた己の不覚が。
「イリス様! 予定ポイントに到達しました!」
「分かりました。あなた達は魔法障壁を展開させ続けてください! 私が援護しますので、隙を見てフリーディアたちを殲滅してください」
「「「「承知!」」」」
イリスはそう言うと同時に、天高く聳える岩柱を駆け上がっていく。そのまま頂上へ躍り出ると、眼下に広がる光景を見下ろしていく。
青みがかった銀髪を激しく靡かせ、強風に煽られながら、イリスは静かに両手を広げる。
「土法――」
もう、二度とエレミヤを悲しませてたまるか。必ず戦争に勝つ。フリーディアを根絶やしにてやる。エレミヤが懐いた絶望をその身に味わえ。
「――地突核!!」
先のエルフたちが放った地突核とは比較にならない超広範囲で魔法を発動させるイリス。地面が隆起し、無数の槍となってフリーディアたちへ襲いかかる。
威力よりも範囲を優先したためか、殺傷能力は低く、完全にフリーディアを殺すには至っていない。
「今です!!」
しかし、攻撃していたフリーディアたちが姿勢を崩したことで大きく隙が生まれ、エルフとドワーフたちは的確に敵を処理していく。
『イリス! 状況は!?』
イリスの持つ魔信機から放たれるエレミヤの切羽詰まった声に胸が痛みつつも、彼女は冷静に戦況を報告していく。
「今、私の地突核にて、フリーディアの陣形を崩しました。先程の転移の影響で、右翼側に戦力が集中しているようです」
岩柱の頂上に立つイリスの役目は、常に戦況を把握しエレミヤに逐一報告することと、エルフ、ドワーフ兵士の援護である。
『イリス、敵右翼側がバラけないように適宜地形操作魔法で援護してあげて。中央からドワーフ部隊を増援に向かわせるわ。
それと上空にいる敵の索敵もお願い。手薄になった中央部隊に気を留めつつ臨機応変に対応してちょうだい。かなり無茶な要求だけど、この戦争はあなたが要なの。
絶対に勝つ! 皆、どうか私の想いに応えて!!』
魔信機から伝わる姫巫女の想いに応えるようにエルフ、ドワーフが雄叫びを上げる。
我らの想いを裏切ったフリーディアを殲滅する。一致団結した種族連合は、過去類を見ない程士気を高め、次々に魔法やマジックアイテムによる攻撃を駆使していく。
「もちろんです、エレミィ! 異能術・索敵」
イリスも指揮が高まった影響か、いつになく気合を入れ、右翼部隊を支援しつつ魔力によるソナーを展開していく。
流れは種族連合側にある。このまま押し切ることができれば、勝機は充分にある。残る問題は空襲を行った敵の居場所を突き止めることだけ。
そして――。
「「――見つけました!」」
その声は全くの同時に放たれていた。戦場に重なる二つの声音。一つは言わずもがなエルフの姫巫女エレミヤ専属の近衛騎士、イリスのもの。
「あなたがこの摩訶不思議な現象を引き起こしているエルフですね。これ以上、アーキマン司令の邪魔はさせません!」
もう一つの声は、フリーディア西部戦線――クレナ・フォーウッド少佐によるものだった。彼女は四大魔弾による風魔法を推進力として空中を駆け、猛スピードでイリスへと向かっていく。
どうやらクレナがお求めていた獲物はイリスだったらしい。フリーディア側としては、地形操作を行うイリスの排除を真っ先に優先したいはずだ。
イリスは迎え撃つ姿勢すらみせない。今のクレナの状況から考えると、もうあまり永くはないのだろう。
「部下の命を平気で犠牲にするダリル・アーキマンのやり方は気に入りませんね。
しかし、残念ながらあなたの相手は私ではありません」
「!?」
そう告げると同時、地表からクレナのもとへ超高速で飛来する雷閃が姿を現した。轟音渦巻く雷の矢は、本来の雷の役目を果たしていない。
雷とは本来、雲と地表の間に生じる電荷の不均衡を調整するために起こる現象のこと。天から地へと降り注ぐ落雷は、大地と大気の間で摩擦を起こし、放電するというもの。
しかし、地表から天翔してくるそれは決して自然現象で放たれたものではなく、誰かの意志による魔法で引き起こされたものだ。
それにこの雷は生きている、意志がある。白い雷閃から轟く赫怒の咆哮は、天地すらも揺るがした。
「神遺秘装――白纏雷!!」
イリスの頭上を通り過ぎ、爆ぜる白雷を轟かせているのは、数少ない獣人族の生き残り――ナギ。
「ッ!?」
突如現れたナギに驚愕しつつも、四大魔弾を駆使し、身体を急速旋回させ、ギリギリのところで回避に成功する。
「クレナ・フォーウッドォォォオォォッーーーー!!!」
ナギにとって、クレナは故郷を襲い、母を殺し、幼馴染のジェイ含めた数多の同胞を殺した因縁のある相手。
ナギの人生を懸けた種族会談を台無しにされた今、憎悪は再燃し、本能のままに殺す獣と化した。
「お前だけは、お前だけは絶対に赦さないぞ、フリーディアッ!!」
「ビースト……確かナギといいましたか。怒り任せの単純な攻撃で、私を殺せると思わないことです」
ナギ VS クレナ・フォーウッド。今後の戦局を左右する重要な戦いが幕を開けた。