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武装魔術戦記-フリーディア-  作者: めぐみやひかる
第四章 種族会談
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第108話 開幕

 フリーディア最前線基地アルギーラ。前代未聞の異種族との会談を控え、前線ではピリついた空気が漂っていた。


 たった一人のエルフによって本隊は壊滅させられ、やむを得ず戦線を後退させられるという事態に陥ったのは増援に来た名家たちが自身の力を過剰評価し、異種族を侮っていたがため。


 名家が犯した失態の罪は大きい。戦場では平民の足を終始引っ張り、謝罪の一つもない。それどころか、敗因は平民にあると声を上げ、アルギーラ内部は完全に勢力が二分した。


 現代社会において、貴族より平民の数が圧倒的勝るという事実、そのことで経済においてどういう影響を齎すのか、名家の跡取りたちは分かっていなかった。


 まず始めに起きたのは、統合連盟政府の信用が著しく低下した。これは異種族に敗退した事実を世間に秘匿しようとしたことが大きい。


 どこから情報が漏れたのか、事実を聞いた平民たちに動揺が広がってしまった。加えて戦犯たる名家の横柄な態度も同様に耳に伝わっている。


 そこにことづけて、テロ組織、ルーメンが大々的に統合連盟政府の打倒を声に上げて示し始めた。


――真に平等たる世界の実現を。


 現統合連盟政府総帥エルヴィス・レーベンフォルンの政策も、名家と平民の確執を無くす方向で動いていたため、表立って検挙することはできず板挟みとなってしまっている。


 エルヴィス総帥は話し合いによる解決を模索するが、不満の声を上げる市民たちの勢いは衰えるどころか増すばかり。


 噂される世界の真実、魔術武装(マギアウェポン)の技術を軍が独占せず、一般公開すること。平民の首都エヴェスティシアへの受け入れなど、無茶な要望を訴え出す彼らに、エルヴィス総帥も頭を悩ませている。


 そのためか、今回の種族会談にはエルヴィ本人が参加し、汚名を返上しなければならない。彼を補佐すべく名だたる首脳陣たちも、まとめて出席することとなった。


 この会談に応じた統合連盟政府の一番の理由は、異種族の真意を確かめるためだ。


 彼らが何を想い、何故話し合いの場をもうけたのか? もちろん罠の可能性も有り得るため、アルギーラ最前線基地に十万を超える統合軍兵士を集わせ、エレミヤのときと同じく、入念な戦争の準備を行っている。


 その準備に追われるオリヴァー・カイエスは、以前の陽動作戦以降一度もアリカとダニエルと会っていない。


 そもそもダニエルを見逃す変わりに、二度と関わらないと義兄であるランディ・カイエスと約束してしまったため、どうすることもできないのだが……。


 現在を取り巻く歪な状況は、オリヴァーにも伝わっている。何もできない自分に自己嫌悪し、庶民たちからの鋭い視線が胸をえぐる。


 薔薇輝械ロードナイトエリキシルをランディに取り上げられ、変わりの一般的な銃型魔術武装(マギアウェポン)を支給されたはいいものの、扱う気になれず、一度として起動していない。


 ランディも陽動作戦でりたのか、二度と異種族など見たくない様子で、今も部屋でどう作戦から逃れるか必死に考えている。


「兄上、ダルトリー・アイマン副司令から作戦指示書が届きました……」


「あん? 貸せ!」


 あの一件以降、ランディのオリヴァーに対する態度は、彼が下民に対するものと同じになっていた。


 乱暴にオリヴァーから作戦指示書を奪い、目を落とす義兄の脇には、起動していない薔薇輝械ロードナイトエリキシルが。


 ランディは、移動する際もこの薔薇輝械ロードナイトエリキシルを肌身離さず常に持ち歩いている。


「何だ、これはッッ」


「あ、兄上?」


 ランディは目を通していた作戦指示書を床に叩きつけ、わなわなと怒りを露わにした。


「オリヴァーッ、私は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言ったよなッ!!

 アイマン副司令には私たちを後方支援部隊に回すように頼んでおけって。なのに何で前衛部隊に配備されてるんだよ、あぁ!?」


「うぐっ」


 義兄から容赦なく拳が振るわれ、ガシャンッと家具を巻き込みオリヴァーは倒れる。


「本当ッ、役立たずの愚弟ぐていが!! 貴様が未だにカイエス家を名乗れるのは誰のおかげだと思っている? 誰のおかげで、無礼を働いた下民二匹が表を歩けると思ってんだ!!」


 憤怒ふんぬ形相ぎょうそうでランディは何度もオリヴァーは足蹴あしげにする。


「あぐっ……あ、兄上……です」


「そうだよ、私だ、フリーディア統合連盟軍治安維持部隊ランディ・カイエス中尉だよ!!

 だというのに、何でこんな辛気臭い場所でけがらわしい下民と一緒に異種族と戦わなくちゃいけないんだよ!!」


 どうやらランディは、先の陽動作戦でドワーフの襲撃に遭ったことがトラウマとなっているらしい。なまじ治安維持部隊は死と隣り合わせの前線とは違う。加えて下民のアリカとダニエルに救われたことが、彼のプライドを大きく傷付けたのだろう。


「私には、婚約者もいるんだぞ!! 将来その家に嫁ぐことで私は安寧を得られるというのにッ、私がそのためにどれだけ努力したと思ってる!!」


 オリヴァーは何も言い返さない。幼少時に受けたトラウマがフラッシュバックし、頭を抱えて震えている。


「クソッ、こうなったら会談が無事に終わるよう祈るしかないか……」


 種族会談を控え、オリヴァーは自分の無力さにただただ打ちひしがれていた。



「アリカ、部隊の詳細が決まったみたいだ。オリヴァーたちとは別の後方部隊らしいぜ?」


 時を同じくしてダニエル・ゴーンは作戦指示書を手に、ベッドに座るアリカ・リーズシュタットへ声をかけていた。


「それはいいけど、オリヴァーとランディは?」


「アイツらそろって前衛部隊だとよ。正直戦闘になった場合、合流は難しいだろうな」


「そう」


 ダニエルから受け取った作戦指示書に目を通し、アリカは素っ気なく返事をする。


「会談……多分ナギたちが働きかけた結果よね。なのに私らは何もできず、状況に翻弄ほんろうされただけ……。

 後方部隊って、ほとんど待機してろってことじゃない。実質何もするなって言ってるのと一緒よ。

 ユーリもまだ戻らない、全部ナギたち頼みで情けないったらないわ」


 実際その通りで、アリカもダニエルもこの戦争において終始蚊帳(かや)の外となっている。


 名家と平民の軋轢あつれきを止められず、オリヴァーを救うこともできない。声を上げても誰も耳に貸さず、むしろアリカたちに対して疑いの目で見られ、肩身が狭い思いをしただけ。


「戦える、その力も覚悟だってある! それなのに、何だってこんなッ」


 変えることができない。その事実に悔しさが込み上げてくる。自分の無力さに腹が立って仕方がない。アリカがいきどおっても、事態が変わらないことが何よりも今の現実を現している。


「ま、所詮しょせん俺たちは、フリーディア統合連盟軍って組織に所属してるただの一般兵ってことさ。何の後ろ盾のない俺たちが騒いでも、頭がおかしいとしか思われねぇのさ」


「組織に所属している以上、命令は絶対。だからこそ私たちは同じ志を懐くダリル・アーキマン司令に託した……なのにッ」


 ダリル・アーキマンに託したことで、状況は良くなるどころか悪くなる一方で。アリカがどれだけ面会を求めても、時間が空いていないの一点張り。


 会談の要請を受諾したとはいえ、もうダリル・アーキマンを無心で信じるわけにはいかない。


「私はあの男を信用できない。クレナ・フォーウッドも全然姿を見せないし、絶対裏で何か企んでる」


「とはいえ、証拠がない以上、立証するのも難しい。そもそもフリーディアにとっては俺たちの考え方が異端なんだ」


「そんなこと分かってるわよ。てゆーか、さっきからちょいちょい水差すの止めてくれない?」


 アリカは気分を害した様子でダニエルを睨みつける。


「そうでもしねぇと、お前さん勢いのままに飛び出していって、アーキマン司令を襲うかもしれねぇだろ? 誰かが冷静になって、止めにゃならんのさ」


「あんた、私を猛獣かなんかと勘違いしてない?」


「ははは! ちゃんと手綱は握っておいてやるよ」


「否定くらいしろっての!」


 本当に失礼な男だと思いながらも、少しだけ冷静になれたことに感謝する。ユーリもオリヴァーもいない今、ダニエルが唯一の清涼剤となっている。


 思えば、男女二人っきりでここまで長く過ごしたこともなかった。会った当初は見た目の厳つい何考えているかよく分からない男としか映っていなかったが、ランディに対して怒りを見せたことでアリカはダニエルを見る目が変わった。


 ユーリともすぐ仲良くなり、オリヴァーとも親しくしている彼の人柄はアリカたちにとっての支え、柱である。


「さて、会談が無事に終わることを祈って私たちは来たるべき時に備えましょ。その時が来たら私も……覚悟を決めないといけないから」


「お前さんはどっちと戦うんだ? 異種族か、フリーディアか」


 和平交渉が決裂した時、恐らくそのまま異種族と戦闘になるだろう。考えたくはないが、万が一に備えて準備しておくに越したことはない。


 戦争を終わらせるという志を懐くアリカは、その刃を誰に向けるのか? 再びナギとぶつかる道を選ぶのか、それとも――。


「決まってるでしょ、両方よ」


「へっ、やっぱそうなるよな」


 アリカの答えを予想していたのか、ダニエルは満足そうに笑う。


「どっちがとか、そんなの関係ない。両方救う、だから両方と戦う。フリーディアを裏切ることになるかもしれないけれど、そんなのは些細な事よ。

 私はフリーディアよりもユーリの剣であることを望む――当然、あんたも手伝ってくれるんでしょ?」


 ニヤリと、笑みを浮かべ問い掛けるアリカ。この問答は、互いの決意を改めて確認する儀式のようなもの。アリカの心は最初から決まっている。彼女は、フリーディア統合連盟軍に忠誠を誓っているわけでも、異種族と敵対することを良しとしているわけではないのだから。


「当然。クビになったら一緒に傭兵ようへいでもやろうぜ。ついでにオリヴァーとユーリも巻き込んでよ。俺らの実力なら食いっぱぐれることはねぇだろ」


「それ、アリかもね。今思えば軍に入らずに傭兵ようへいやっとけばよかったかもって思ってる。ま、貰えるお金は全然違うんだろうけど」


 アリカとダニエルは笑い合う。こうして冗談を言い合えるのは、お互いが信頼し合っている証だろう。


 トリオン基地で療養中のユーリが完治して戻ってくること、オリヴァーがトラウマから抜け出すこと、そして人類フリーディアと異種族が手を取り未来を歩めるようになることを祈りつつ出立の時を待った。


 

 前代未聞の種族会談当日――ドラストリア荒野は異様な空気に包まれていた。


 荒野中央にそびえ立つ、場違いな議会堂(カウンシル・ホール)さかいに、人類フリーディアと異種族の陣地が鮮明に切り分けられていた。


 その一線を画すのは、不可侵の境界線。そこのラインを超えることが許されるのは、それぞれの種族の選出された代表者のみ。


 フリーディアと異種族。互いにテーブルに着く人員は書簡にて示しており、事前に取り決めが行われている。


 フリーディア側の人員は、フリーディア統合連盟総帥エルヴィス・レーベンフォルン含めた十名の首脳陣、護衛にフリーディア西部戦線司令――ダリル・アーキマン大佐と、クレナ・フォーウッド少佐の二名が選出されている。


 対する異種族側は、エルフの姫巫女――エレミヤ、そしてドワーフ国王ファガール含めた諸侯十名。護衛にイリスと、ビーストのナギが選出された。


 互いに護衛は二名まで。これは戦いではなく、話し合いの場なのだから当然だというエレミヤの要望にフリーディアが応えた形となった。


 先に議会堂(カウンシル・ホール)のテーブルに着き、フリーディアの到着を待つエレミヤたちに場違いな声が響いた。


『あー、てすてす。聞こえるですかエレミヤ? 議会堂(カウンシル・ホール)に向かってるフリーディア一団は、ちゃんと十二名みたいです、こんちくしょう』


「了解よ。ミグレットのマジックアイテム、ちゃんと機能してるみたいね。

 それにドラストリア荒野の大地はエルフに有利なフィールドと化している。

 不可侵領域に足を踏み入れる者の数も、控えているフリーディア軍がどれだけいるのかも、ちゃんと分かってる」


 ミグレットの製作したマジックアイテム――魔信機(インコミュ)は、エレミヤの予想以上の効果を発揮している。


 感知役のエルフを、ミグレットの直ぐ側に控えさせることで、リアルタイムでフリーディアの状況が伝わる。今ドラストリア荒野にどれだけの兵が待機しているのか、少しでも怪しい動きがあればすぐに分かるし、有事の際のシュミレーションも何度も行った。


 あまり失敗ばかり気にしていても仕方がないことだが、どうか仕掛けた罠が発動しないことを願うばかりだ。


『控えているフリーディアの数、とんでもねぇ数ですよ。軽く十万は超えてやがるですこんちくしょう!』


「本当、数に差がありすぎて笑えてくるわね。こっちは必死に掻き集めてようやく四万。しかもその全員が魔法を扱えるわけでしょ? 無謀に突っ込まなくて良かったと心から思うわ」


 ユーリが言っていたように、正面から戦争なんてしたらまず勝てない。エルフがどれだけ優れた種族でも数の力で圧倒される。だからこそ戦術そのものが無意味になる開けっぴろげた荒野を選んだのだ。


 地の利さえ得ていれば、どれだけ数がいようとエルフ側が有利だ。伊達に世界最強の種族を名乗っていない。


「さて、それじゃそろそろ切るわね」


 ミグレットとの通信を終え、魔信機(インコミュ)の子機を懐に仕舞う。

 

「すぅ~、ふぅぅううう……」


 スッと、息を吸い深呼吸をし、エレミヤは緊張をほぐしていく。目には見えないが、後方に控えるエルフ、ドワーフたちの命の息吹を感じる。


 彼らの命を背負う重圧を感じながら、和平交渉を成立させなければいけない。


「エレミヤ殿、そう気負わずに。あなた一人に背負わせぬ」


「ファガール王……ありがとうございます」


 エレミヤの左隣に着席しているドワーフ王ファガールが、そっと肩に手を添える。


 後ろに立ち控えるイリスとナギも無言で頷く。彼女たちは、絶対にエレミヤたちを守ると奮起し、いつでも動けるよう臨戦態勢を整えている。


「ありがとう、イリス、ナギ。あなたたちがいてくれるだけで心強いわ」


 エレミヤは一人で挑むわけではない。その事実が彼女の心を軽くする。


(それにしても、名簿の中にミアリーゼと呼ばれるフリーディアの名前がないのは意外だったわ。(シン)が殺せとまで言って警戒していた人物だから、てっき来るものだと思ってたけど、そこまで地位のある人じゃないのかしら?)


 エレミヤは、ミアリーゼ・レーベンフォルンがフリーディアにおいてどういう立場にあるのか知らない。予想では自身と同じく姫巫女のような立場なのでは? と少しだけ親近感を懐いたものだが。


(今は気にしても仕方がない。フリーディアたちが来るまで毅然きぜんとしてなくちゃ)


 きっと、ユーリも注目してくれてる。出立前にサラとミグレットから、フリーディアの種族に対する差別問題を指摘されたが、それを解きほぐすためにも、目の前の会談は絶対に乗り越えねばならない。


(それにしても、気持ち悪いは失礼しちゃうわ! サラは私から見ても可愛いし、ユーリだって私を見てドギマギしてくれたんだから、差別問題なんてどうにでもなるわ。

 寧ろ私の魅力に充てられて、求婚する殿方が増えないのかが心配よ。そうなったら三角関係? いや、もっとよね。ユーリに嫉妬されちゃわないか心配だわ)


 そんなくだらないことを考えられるくらいには、余裕ができたエレミヤだった。



(エレミヤ、絶対余計なこと考えているな。私には分かるぞ)


 一方、エレミヤの背後に控えるナギは彼女から放たれるいやしい雰囲気を悟り、眉をひそめていた。


 どちらがユーリに相応ふさわしいか、数多くの勝負を繰り広げた結果、望んでもないのにエレミヤが何を考えているか大体分かるようになったのだ。


 信頼が深まった、といえば聞こえは良いのかもしれないが、ナギにとってエレミヤは大好きなユーリを奪い取ろうとする女狐めぎつね以外の何者でもない。


 とはいえ実力を認めているのもまた事実で、エレミヤはナギには絶対できない数々の偉業を成し遂げた。


 フリーディアを撃退したこともそう、ミグレットに画期的なマジックアイテムを発明させたこともエレミヤの提案あってこそだ。


 それに、今から行われる種族会談も全てエレミヤがセッティングし、交渉役まで務める始末。完全におんぶに抱っこの状態だが、それゆえに戦闘が得意でないエレミヤの安全を何としてでも確保する必要がある。


(ユーリが眠りについてから、約一ヶ月半。一緒にいたのはたった数日だけなのに、彼がいない事に違和感を覚えてしまう。早く笑顔が見たい……声が聞きたいよ)


 ユーリの安否は依然として不明なまま。皆も口には出さないがもう目覚めないんじゃないかと不安がっている。


(ユーリ……)


 せめて無事でいてほしい。また元気な笑顔を見せてほしい。それだけを願いフリーディアたちの到着を待つ。



 そして、遂にその時はやってくる。


 ギィィ、と議会堂の扉が大きくゆっくりと開かれる。その音に導かれるまま、エレミヤたちは一斉に起立し視線を向ける。ナギも同様にいつ襲われてもいいよう、警戒心を強めていく。


 続々と姿を現していくフリーディアたち。皆一様に同じ格好をしており、ナギたちには馴染みがないスーツを着用していた。


 年齢は四十を超えるものが大半で、中には六十を超えているだろう老人の姿もあった。彼らは備えられた椅子の前に立ち、エレミヤたちを静かに見据えている。


 両陣営に言葉はない。しかし最後に現れた二人の男女の姿を見て、ナギの表情は驚愕に包まれる。


「なッ……」


 思わず喉から出かかった声を寸前で抑えつけ、こらえるナギ。しかし動揺は隠せず、最後に現れた男女と目が合ってしまう。


「……ほう」


 内一人の男性は、ナギを見て小さく声を上げる。どうやら向こうも気付いたらしい。隣に立つ女性は無機質な機械のごとく、静を保っていた。


(どうして、あいつ等がここに!?)


 最後に現れた男女――ダリル・アーキマンとクレナ・フォーウッドの姿に、ナギの頭は混乱に包まれる。


 忘れるわけがない。彼らはナギの故郷を襲った張本人で、クレナに至っては同胞(かぞく)を皆殺しにされたばかりだ。


「どうかしたのかね、アーキマン君?」


 そんな中、ダリル・アーキマンが僅かに驚いた様子を悟ったのかテーブルの真ん中に立つ、五十代前後の男性が声をかける。


「いえ、以前殲滅(せんめつ)させたビーストの生き残りがおりましたゆえ、少々驚愕しておりました」


「あぁ、彼女が例のビーストかね。思ったよりも可愛らしい見た目をしているのだな」


 フリーディアたちの視線を受け、ナギは値踏みされている感覚に陥り、不快感が胸を伝う。しかし、この場でナギは発言を許されていない。もし余計なことを言って、会談を台無しにすれば目も当てられない。


華奢きゃしゃだからと油断は禁物です。ビーストは、素早い動きでこちらの息の根を刈り取る獰猛どうもうな生き物です。いつ襲いかかってくるものか分かりません、充分に警戒なされた方がよろしいでしょう」


 ダリル・アーキマンが放った言葉に、どの口がッ、とナギは強く睨みつける。


「そうか……万が一の時は頼むよ、アーキマン君」


「はい、全霊を賭して御守りする所存。どうかご安心なされますよう」


 ナギは悔しさで唇を噛む。両親の仇が目の前にいる。憎しみは飼い慣らすことができるが、ビーストをバカにしたような物言いは許せない。


 目尻に涙を浮かべ、ダリル・アーキマンたちのやり取りを聞いていたその時。


「――生憎ですが、誓ってあなた方が敵意を示さない限りこちらから動くことはありません。偏見へんけんの目で彼女を見るのはお止めください」


「……エレミヤ」


 声を上げたのはエレミヤだった。冷静な態度で、エルフの姫巫女としての畏怖堂々たる立ち振る舞いと美しさに、フリーディアたちは魅入られている様子だった。


「フリーディアの皆様、このたびは遠路はるばるおしいただき、まことにありがとうございます。

 私はこん会談の進行を務めさせていただきます、エレミヤと申す者です。種族は妖精人族エルフ、今は亡き我らが(シン)の代弁者を務める姫巫女に存じます」


 妖艶ようえんな雰囲気を漂わせ、場の空気を支配していくエレミヤ。普段の年相応の少女らしさは微塵もない、姫巫女として相応しい振る舞いに、ナギの怒りも収まっていく。


 そう、これはナギたちの命運をかけた種族会談。余計な雑念に囚われず、頭をクリアにし、エレミヤとフリーディアの行く末を静かに見守った。

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