雲上道化
少女はエレベーターに乗った。そのエレベーターはどこで止まるのであろか。上へ、上へと進んでいく。
ポーン……。
何階なのか、その少女にもわからなかった。
エレベーターの扉が開く。エレベーターの扉とその部屋は直結していた。
その部屋には、少女以外の他にも少女がいた。皆、同い年に見える。この部屋には全員合わせて四人の少女がいる。
その部屋の中央には、車が一台停車していた。
そろそろ出発の時間であった。全員その車に乗り込む。運転席はない。座席もない。外観だけ精巧に作られたレプリカのような車であった。その部屋に存在しているのは、少女たちと、レプリカのような車と、大きなシャッターだけであった。
四方の壁の一面だけが大きなシャッターになっている。シャッターが開く。
車は空を走った。雲の道を走り続けた。
沈黙が車内に充満した。
一人の少女の携帯電話が振動する。知っている番号だった 。
他に乗車している少女に確認する。
「アノ……。電話に出てもいいですか?」
返事はない。知らんふりをするか、ため息が聞こえるかのどちらかだった。
どうしようもなくて、その少女は結局電話に出ようとする。
隣に座っていた少女が、突然、言葉を吐き出した。
「出てもイイヨ。だけどね、コワいことだけには巻き込まないで。ソレならイイヨ」
電話に出る。
ツーツーツー。ちょうど切れてしまった。
ツーツーツー。電話に出た少女の脳裏にある光景が侵入してきた。
マリオネット人形が、並べられた本の前で踊っている。糸が絡まり合うことはない。器用な動きであった。
人の形に見えるだけで、それを構成しているものは、おそらく頭に見えるであろう立方体と、おそらく手足に見えるであろう細長い円柱と、そして、おそらく胴体に見えるであろう直方体であった。目、鼻、口は、付けられていなかった。
少女は、脳裏に浮かんだその光景にひどく怯えた。
なぜだろう。人の形を模したように見えても、少女には何か違うものに見えたのだろうか。何か少女にしか感じ得ることのできない、説明しようのない矢印があったのだろうか。それとも、それを操っている者が何者なのか、わからなかったからだろうか。
丘の上にある少年の家からは、この町すべてを覆うほどの棚田を一望することができた。
少年は、平屋建てのその家の中、曇った濁りガラスの窓の近くで、何か、機械のようなものを好き勝手して、ただボーっとしていた。
どことなく少女が脳裏で見たマリオネット人形に似ていた。
濁りガラスの窓に黒い形が出来上がる。それに気づいた少年は、その濁りガラスの窓を開けた。
黒い形の正体は、ピエロであった。正確には、頭だけピエロの、黒いスーツを着た男だった。ピエロは、少年に何もしなかった。怖がらせるつもりもなかったし、おどかすつもりもなかった。
ピエロは、少年が持っていた機械に手を伸ばした。そして、そのスイッチを切った。
機械は止まった。
ピエロの薄ら笑いが少年の視覚と聴覚を奪い取った。
少年の家の裏にある小屋の前、二人の男が今にも喧嘩を始めそうだった。こちらには気づいていない。
ピエロは、平屋建てのその家の陰からソーっと覗いて、その二人の男の喧嘩開始前をまったく興味のない目で眺めていた。
少年は、そのピエロに質問する。
「ピエロの君は、あれに参加しないのかい? ピエロは、ああいうのにチョッカイかけて、問題を大きくするのが好きでしょ? 自分はまったく関係ないって顔してサ」
ピエロは、少年のほうに向き直り、人差し指を立て、こう言う。
「少年、戦争とは、どのようなものか知っているかい?」
少年は、少し考えてから答えた。
「……ウーン。スゴく音が大きくて、コワくて、やっちゃいけないことだったとオモウ」
「ハハッ! たしかにソウだね。コワいよね」
バッと手を横に広げ、つま先立ちになったピエロを少年は見上げる。見上げたときに見えるのは顔のピエロだけで、黒いスーツの体は視界に入らなかった。先ほどまで身近に感じていたソノ男が、人とは異なったナニかに変身してしまったような感覚に対して、少年は少しだけ寂しさを感じた。
「少年ッ! 戦争とは沈黙さ! 音が大きいのは、指導者と兵器のみ! 戦争のほとんどが沈黙で構成されているんだよ。開始の合図を出した指導者に対する従属的要素たちの沈黙、それに対して微熱狂的で微興味津々な民衆の沈黙、攻撃の雨に降られた者たちの沈黙、そして、うわべの交友を宣伝するだけして中身のない他国の沈黙、これこそが戦争だよ。解かるカイ?」
「……わからない」
ピエロの眉が垂れ下がる。
「だろうね。まぁボクが言いたいのはつまり、あの二人の男の喧嘩はね、ボクが何か手を加えなくても勝手に始まって、とんでもなく恐怖的で残虐的な方法を誰の干渉もなしに生み出して、その喧嘩は完結するってことサ」