戦闘用ドール、メイドになる
アール・14はため息を吐いた。
現在の状況に、である。
世界には『ドール』という魔法機関で動く『物』が、人類の数以上に膨れ上がっている。
ドールの役目は様々だ。メイドやら農作業やらもあれば、戦場に繰り出される物もある。
アールもそんな一つの『物品』だ。
今のアールの、ドールとしての役目はメイド。
ある下級貴族に引き取られたのだが、メイドとしては全く上手くいっている感触はない。
「また、壊れたのか……?」
その下級貴族であるガイアは、頭を抱えていた。
それもそうだ。よりにもよって箒『だったもの』は先端を残して跡形もなく粉微塵に柄が砕かれているのだ。
「申し訳、ございません、旦那様……」
「今回の箒、一応お前に合わせるつもりでタングステンの柄にしたが、それでも粉微塵か……」
ガイアが頭を抱えるのもわかる。
タングステンはかなり硬い。普通の人間にはまず曲げるなど不可能だし、メイドのドールでも粉微塵にするなど不可能だ。
では何故こんなことが出来るのか、理由は至ってシンプルだ。
アールはメイドをやるために作られた存在ではなく、本来は戦闘用のドールだからだ。
そこで優に一本で百kgは超える身の丈以上の巨大な剣を両手に持ち、更にはそれの予備も背中に四本背負って、敵のドールや魔法で動く巨大兵器を幾度もなく屠ってきた。
そんな重装備でも、隊の中で一番早かった。自分は切り込み隊長として戦列を突き崩すために作られた、パワーとスピード双方を兼ね備えた最新鋭にして切り札として投入されたドールだったからだ。
だが、数ヶ月前、戦争は終わった。
ドールのコストが割に合わなくなったのもあるが、アールと同型のドール部隊が一斉に敵国の首都を奇襲し、製造中も含めたドールというドールを全部破壊し尽くして、相手が全面的に降伏したのが大きな理由だった。
しかし、平時になると軍隊というのは邪魔者扱いされるのが世の中だ。
結果アールを始め、軍隊にいた様々なドールは再就職先を探すのを余儀なくされた。
戦後復興を考えたとき、人間だけでは限界があるから、どうしてもドールに頼らざるを得ないのだ。
アールはまだマシな方だった。すぐさまガイアという引取手が見つかったからだ。もっとも、メイドとは思わなかったが。
なんでも以前ガイアに仕えていたメイド型ドールが強盗の襲撃に会い大破したため、代わりがどうしても必要だったのだという。
それで戦闘用でもいいからと、一般生活に支障があるレベルでパワーがありすぎて割安だったアールが目をつけられ、そしてここでアールは再就職した、というのが今までの話である。
魔法で硬質化された不格好な鎧から、ロングスカートのメイド服へと服装を変えたが、未だに慣れない。
ここに来て二週間。料理なども野戦料理のようなものしか出来ず仕舞い、掃除で力加減がわからず破壊したガラスは数しれず。
もはや不出来にも程があるレベルだった。
「やはり力がありすぎるね、君は」
「力加減が、上手くわからないのです。旦那様もご存知かと思われますが、我々のタイプは機動力とパワー双方を最大限まで要求されて作られたドールです。どうしても一般生活にはなかなか……」
「だがな、アール。我が家には、ドールをもう一体雇う金もないのだ」
「承知しております。孤児院の経営が厳しいという実情も」
ガイアは戦災孤児を引き取り、自ら経営している孤児院で育てている。
孤児院には専属のドールがいるが、その専属のドールを用いるわけにはいかない。
なにせこの戦争で孤児は増加した。つまり孤児院を回すためには必然的にドールの数が必要になる。
しかし問題もある。孤児院の経営だ。
あくまで経営資産はガイアの毎月出ている貴族に対する特別受給金と寄付だ。だが、戦後なので寄付など出来るゆとりのある家庭はない。
下級貴族であるガイアにとってみれば、せいぜい一般人よりはマシな生活が送れるという程度でしかないのだ。
邸宅も質素なもので、平屋が多い一般の居宅と異なり三階建てだし客間も多いが、それ以外はそこまで広くない。
アールはこの家が存外に気に入っている。
ガイアの品性もまた悪くない。
ここをクビにはなりたくないなとは、実際に思っているのだ。
そんなことを考えながら力加減を練習しているが、二階の自分の部屋には軍からもらったままの大剣があるだけ。
その柄を握ったり離したりしながら、力を入れては離すことを繰り返している。
「はぁ……。力を存分に振るえる必要がないというのは、難しいな」
そう思って、椅子に座る。座って、神経を集中させた。それを夜半まで、ずっと続けていた。
自分達ドールは眠らない。眠るときは、死ぬときだ。
それ故に夜間のちょっとした物音でも、すぐに反応する。
妙だと感じたのは、その音だった。
庭園の方から聞こえてくる。
足音の数は、五。
近頃周囲で噂になっている強盗か!
そう思った瞬間、剣を背負って三階のガイアの寝室に走っていた。
全力で走ると、床に足跡が出来て、えぐれていた。階段はどんどんひび割れていく音がしている。
だが、知ったことではない。
主の危機と家の状況では、天秤にかける重さが違いすぎる。
ガイアの部屋を開けると、ガイアは寝ぼけ眼のまま、自分を見た。
「アール……? 何事だ?」
「旦那様! 強盗です! 数は五、こちらに向かってきます」
「周囲にいるから注意しろとの話があったが、ここにも来たか!」
ガイアはすぐに着替えたが、あくまでいつものスーツ姿だ。
それを見て、アールは跪く。何か、威厳を感じるのだ。
「旦那様のお命、私がお守りいたします。たとえ誰が相手でも、旦那様には指一本触れさせません」
「戦闘用ドールの本領発揮、といったところか。その言葉ありがたい」
ガイアが、アールの肩をぽんと叩いた。
「だが、剣は置いていけ。アール、君にちょっとした試験を与える。すべての強盗は、生かせ。殺戮は許さん」
「はっ……はぁ?!」
今何といった。
強盗相手に殺人を許さないと、確かにガイアは言ったのだ。
それも強い目つきで。
いったい何を考えているのだと思ったが、主の命令は逆らっても仕方がない。
「しょ、承知いたしました。出来る限りは……」
「これは試験、といったはずだよ。全力を尽くすんだ、いいね」
ガイアの瞳の訴える力がより一層強くなった感じがした。
ガイアは確かに試験といった。
何の試験なのかは分からない。だが、何か重要なものが掴めそうな、そんな気がアールにはするのだ。
剣をガイアの部屋に置いた。
「かしこまりました。不肖、このアール・14、旦那様の試験に受かってまいります。剣は脅しにはなるでしょう。こちらに置いておきます。旦那様、私に万が一のときは、お逃げください」
「アール、君に万が一があるのかな?」
ガイアがふっと微笑んだ。
それに対し、自分はにやりと、笑うだけだった。
「ありませんね。では、行ってまいります」
そう言ってから、ガイアの部屋から出て、庭園の方角の窓を開けて飛び降りた。
三階から飛び降りようが、自分の身体は特別性だ。痛みすらない。
周囲は暗闇。だが、自分には暗視スコープがある。
影。見えた。
駆ける。まだこちらには気付いていない。
殺してはいけないと言われた。
即ち、戦闘不能にしつつも手加減せよ、ということだ。
まずは出会い頭に一人のシャツの首の後ろを掴んだ。
そのまま首を絞めつつ、ナイフを持っていた手を手刀でへし折る。
相手が絶叫を上げるより前に、自分は木をバックにしてその男を人質とした。
「ドールだと?!」
「この家、メイドのドールじゃなかったのか?!」
「誰だよ、この家のドールメイドだから大した事ないって言ったの!」
相手は明らかに動揺している。
畳み掛けるなら今だ。
すぐに、人質の折れていない方の指を掴んだ。
「あなた達に選択肢を与えます。立ち去るか、それとも抵抗するかを選んでください」
「て、てめぇ、ドールの分際で!」
一人がナイフを前に出した。
なるほど、相手は恐れている。
ならば話は簡単だ。
「立ち去るならあと五秒以内にしてください。では数えます。まずひとつ」
アールが言った瞬間、人質の指を一本、曲がることのない方向にへし折った。
大した力はいらなかった。
それを見て、更に動揺が広がったのがわかった。
昔拷問官がやっていたのを見様見真似でやっているが、なるほど効果はある。
「ふたつ」
反応がなかったので、もう一本、逆方向に折った。
そうしたら、悲鳴を上げながら一人、また一人と逃げていった。
「まだ二秒だというのに、貴方の仲間は薄情ですね。仲間を見捨てて逃げるなんて」
「ち、ちくしょう、なんでメイドのドールがこんなに強ぇんだよ……」
「こう見えても戦場帰りですので」
「せ、戦闘用かよ! だ、ダメだ、勝てねぇ……。た、頼む、命だけは助けてくれ! なんでも言うことは従う! だから!」
「ええ、いいですよ。殺生は禁止されておりますゆえ」
人質がこちらを向いたが、呆然としていた。
「……え? 普通に、戦闘用のドールなのに殺生禁止って、きつくね?」
「ええ、きついですよ。正直もう少し力を入れてしまったら、貴方の首を締めた瞬間に首と胴体が完全に分割させることも可能ですし。でも、おかげで力加減、というものを学べました。ありがとうございます、人質さん」
「は、はぁ……。で、俺どうなんの?」
「そうですね、警察に引き渡しますので」
そう言ってから、アールは人質の残っていた指を一斉に全部へし折った。
人質の絶叫が響いた。
「戦闘不能にはさせていただきます。覚えておくと良いですよ。ガイア様の邸宅には、化け物がいる、とね」
それからの騒ぎはなんてことはなかった。
人質の両腕骨折も、正当防衛として認められ、散り散りに逃走した残り四人の強盗も、恐れをなしてか全員自首した。
その後のアールはというと、屋敷を走って破壊しまくったことへの掃除に追われている。
ただし、前と違うことがある。
箒の柄が、木製ということだ。
あれ以降、不思議と力加減の入れ方が分かるようになったのだ。
〇か一〇〇かという力の入れ具合でずっといたということが、よくわかった。
あれ以降、道具を破壊することはなくなっている。
しかし、料理は未だに野戦料理のようなものしか作れないし、掃除はともかく紅茶すら満足に入れられない。
メイドの修行は、始まったばかりだ。
クビにならないように頑張ろう。
アールはティーパックで作った紅茶をガイアに入れながらそう思った。
後で、庭の掃除が待っている。
こういうふうにゆっくり過ごすのも悪くないと、どこかで感じられた。
(了)