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雨が上がる時⑥
「いらっしゃい」
夜になって店を訪れた彼が入ってきた瞬間に動悸が激しくなる。なんとか平静を装って普段通りに挨拶をすると彼はバツが悪そうに口を開いた。
「あー、昨夜は飲み過ぎてすまなかった。恥ずかしい事に記憶が曖昧なんだが………店に迷惑は掛けてはいないだろうか?」
どきっ、と鼓動が跳ねた。口ごもる私には気付かずに父と彼が話している。
「あぁ大丈夫だよ。暴れたり、吐いたりなんてしなかったし、可笑しい事もしなかった。あれだけ飲んであんなもんなら大人しい方さ」
「そうか、なら良かった………いや、実はどうやって帰ったかも分からないんだ」
その言葉に父がチラッと私を見たけれどすぐに笑顔で「一人で帰って行ったよ」と続けてくれた。
(き、気不味い…でも…やっぱり覚えていない)
私はホッとした様な、残念な様な複雑な気持ちに苦笑いを溢した。
(覚えていたらどうなっていたのかな…)
ううん。きっとこれで良かった、と昨夜よりも顔色の良い彼を見て思った。忘れられない彼の肌の熱さ、まだ残る感触に心が疼いて切なさは増すのだけれど。
(15/11/28→24/03/11)