雨が上がる時①
雨が沢山降る日だった。
その日は朝からずっと降っていて夜になり激しさを増した雨が降り続いていた。
「今日は雨の所為で客足も少ないなぁ」
酒場のカウンターの中でお父さんがグラスを拭きながらそんな事を不意にぼやく。
「そうね」
私は店内のテーブルを拭く手を止めずに短く返答を返す。そうしてふといつもこの位の時刻に来るお得意様の将校達を思う。
(今夜は流石に来ないかな…)
綺麗に着飾って仕事を待っている何人かのお姉さん達も『今夜は商売上がったり』と部屋に帰って行った。数人いたお客さんも割と早めに引き上げてしまい寂しくなった店内に雨音だけが響く。
「今夜はもう閉めようか」と言う父の言葉に片付けの手を早めていた時に、入り口の扉が音を立ててゆっくりと開いた。
「こんばんは、今夜は一人なんだけど今から良いかな?」
「あぁ。いらっしゃい。今だったらレザファさんの貸し切りだ。ゆっくりして行ってくれ」
父に了承の返事を貰ってテーブルに着いた馴染みのお得意様ににこやかに薄布を差し出す。
「こんばんはいらっしゃいませ。このままじゃ冷えてしまうから、どうぞ使って下さい」
「あ、ありがとう。ラム」
笑顔で受け取ってくれた彼───レザファさんはお酒を飲むだけでなく食事をしにもうちをよく使ってくれている。今夜の様に雨や遅い時間になった時にも気兼ねなく来てくれるのは、彼に会いたい私にとって嬉しい事だった。
食事を取る彼を気付かれない様に見つめる。
(やっぱり素敵)
でも彼は皇子殿下の弓兵隊長。酒場の娘で一般人の私には到底手が届かない人。憧れに似ている気持ちはこうやって彼の姿をかいま見れるだけで充分だった。
(住む世界が違うんだから好きになっちゃいけない。身分違いで叶わない恋をする程に私は愚かでも無謀でもない。素敵な人とただ店員とお客様になれただけで満足満足)
そう、思ってた。
(15/11/28→24/03/10)