今日、世界は三日月の下で
「…うん。今日も綺麗だ」
寂れたビルの屋上で、鉄柵に寄りかかり月を見ながら私はそう溜息混じりに呟く。時間も経ったからだろうか、月も少しずつ沈んでいこうとしていた。
下に見える影も理解しているのだろうか?…深夜の東京もは思えないほど静かだ。
……ああそうか、あれから2年が経ったのか。
君は…この綺麗な三日月を見ているのかな?
…いや、やめよう。こんなご時世だから希望を持って生きる、不安になることは言わない。
君との約束だ。
以前…君と最後に会った時の事だが、君は泣いていた。別れの時、私はなんと言ったか。
ああそうだ。
「ごめん、どうか元気で、またいつか」
そんなありきたりな事を言ったのだ。
……はは、18歳にもなったのにあんな事しか別れ際に言えないとはね。滑稽だな。
そんなことを思いながら私は持っていた煙草に火をつける。
もう辞めると決めていたのだが、今日くらいは許してくれるだろう。
「あー……」
星空へと溶けてゆく煙を見ながら、私は彼女の事を思い出す。
誕生日が一緒だった。趣味が一緒だった。性格が一緒だった。やりたい事が一緒だった。経験した苦楽が一緒だった。
……ずっと一緒だと思っていた。
………。
まぁ、彼女ならきっと大丈夫だ。よく泣くけれど、私よりも強い人だから。
そう私は楽観的に世界を見据える。
「そんじゃ、行くか」
そう言って歩こうとすると、突然膝が崩れて私はそのまま鉄柵に倒れ込む。
「んぁ?」
見ると、私の着ていたスーツが赤く滲んでいた。血の滲み様から、自身の死期が近づいていることを悟る。
「……あー、やっちまったか。でもまぁ、もう関係ないわな」
2年前、世界中で大厄災が起こった。人類の99%は死に絶えゾンビ化し、2年後の天体の衝突による世界滅亡が予言された。
辛うじて生き延びたのは私だけだった。人類史など、厄災の前では無力に等しかった。
私は全身全霊でこの世界を生きた。彼女との約束を守って。終末世界旅行は思いのほか楽しかった。
「ははっ。頑張ったんだけどなぁ」
もうこの物語の結末など分かっている。でも、せめての祝福を。私に。彼女に。
「……ハッピーバースデー。エリセ、私」
薄れゆく中で、私は背後から空が放った閃光を垣間見た。
それは明日への希望の光か、それとも今まさに死に絶える地球の咆哮か。
……まぁ、私には関係ない。