「でかくて」「凶悪な顔で」「強いけれど」「弱い」
小学2年生の時、私はちょっと気になる男の子を見つけました。
その子とは隣の席になりました。
やんちゃで、ひょうきんで、優しくて、よく気が利いて、あの頃はまだちょっと太っていた事を気にしていた私なんかにでも、とても良く話しかけてくれました。
背の高い子でしたが、ちょっと怖い顔をしていました。
でも、私にとってその顔は、ちっとも怖くありませんでした。
話し方も態度も行動も『お母さんより優しいなあ』って毎日思ってました。
給食の時間、嫌い過ぎて飲み込めないピーマンが憎くて憎くて涙が流れた時でした。
「ピーマン、苦手なの?」
その子は怖い顔でいながらも凄く優しい眼差しで私を見つめました。
凄くドキドキしたんだよ?
「死ぬほど苦手……」
ほんの少ししか口に入れていないピーマンを飲み込めないまま私は答えました。少し行儀が悪かったかもしれません。
でもその子は
「その皿、こっちに寄せて」
誰にも聞こえないような小さな声で私に言ってくれました。
「え?」
この子は何を言っているんだろう? 実はこの時の私はそう思いました。
だって、ピーマンを私の代わりに食べてくれるなんて思いもよりません。
誰だってピーマンは嫌い。世界中の誰もがそう思っているはず。
その時の私はそう信じていました。
「こっそり僕が食べてあげる」
誰もが嫌いなピーマンを……この子が食べてくれる?
実際にピーマンをもしゃもしゃと食べてくれるその子が私にはとても素敵な人に見えました。
今思えば、なんて単純でなんてちょろい初恋だ…… 自分でも本当にそう思うよ。
でも、理屈じゃないんです。
私はその子に恋をしてしまいました。
その子の名前は真田勇樹君。
☆★☆ 高校1年生 春 ☆★☆
(初めてのラインメッセージ。こんなもんでいいかな?)
今日。入学式の前日。両親が私にスマホを持たせてくれました。
あんまり嬉し過ぎて、すぐに真田くん家に押しかけてって連絡先を交換した。
真田くんごめん。凄く驚いてたよね。
でも『仲良し』なんだから許してね?
もう同じ高校じゃないし、お昼休みに話す事もできない。
中2の時、真田くんと『仲良し』でいる為に、お互いで約束した条件。
『放課後は会わない』って取り決めをしたから、これからはもうなかなか会う機会も無くなるんだし。
ただ『休日も会わない』って決めなかったのってちょっとした抜け穴だよね。私は最初から気付いてたけど、真田くんは気付いてた?
もし気付いていたのに見逃してくれてたなら嬉しいな。
他にも私、実は個人的な取り決めをいくつかしています。
真田くんとずっと仲良しでいるための『マイルール』
一つ。もう二度と私から真田くんに告白はしない。
だから真田くんから告白してくれないと、私たちは一生恋人にはなれない。
もう覚悟の上です。子供の頃、あんなに苦しめちゃったんだから、今度は私が苦しみます。5年なんて言わないよ? 無期限で永遠に苦しんであげます。
二つ。無断で真田くんに触らない。
真田くんが葛原を毛嫌いしている大きな理由があのベタベタしたスキンシップ。
私から手を繋ごうとした時に、葛原を見るような目で睨まれて怯んじゃったってのもある。
真田くんは私に触られることを今でもまだ嫌がってるのかな?
今度はちゃんと直接聞いて許可をもらうまでは絶対に触りません。
三つ。ラインメッセージは毎日します!
これは今日から。初めてのメッセージが告白みたいな内容になっちゃってるけど、これは告白じゃないからね? 勘違いしないでよねっ。
こんな恥ずかしいメッセージは今回だけ。
明日からは毎日、とりとめのない話題でメッセージします。
とにかく真田くんとは繋がっていたい。
嫌われるのはイヤだから、やめろと言われたらやめます。
ただ、言われるまでは絶対にやめないからね。
☆★☆ 高校1年生 夏 ☆★☆
ジム帰りの真田くんとバッタリ出会った。
偶然なんだけど実は偶然じゃない。
大体この時間この道を通れば会う確率が高い。
絶対に会えるわけでは無いけれど期待は大きい。
そんな高確率な偶然。
「よお」
真田くんの方から挨拶してくれた。ちょっと嬉しい。
「久しぶり。今日はもう終わり?」
「ああ」
相変わらず真田くんは言葉が短い。ちょっとぶっきらぼう。
「もし暇だったらちょっとそこでお話ししない?」
真田くんは少し迷ったような表情をしたけれど
「汗臭いからあんま近づくなよ」
なんて、質問には答えないで許可をくれる。
真田くんは結構そう言う所がある。間接的に答えてるみたいな?
「わかった。あんまり近づかないねっ」
私がちょっと喜んだのが伝わっちゃったのかな?
「チッ」
真田くんは私が喜ぶと舌打ちをする。もう慣れちゃったけど……私を喜ばすことで照れてるみたい。
「あ、お茶買ってくるね」
私は真田くんがジュースを飲まないことを知ってる。ボクサーの身体を作るのに糖分とか脂肪分は結構邪魔になるみたい。ネットで調べた。
「俺も行く」
一緒にジム前の自動販売機に並んで何を飲もうか悩む。
私は缶のストレートティー。
真田くんは……
「え!? コーラ?」
どうしたんだろう? 真田くんが私の知らない真田くんになっちゃった?
「ああ、これ、小学生の頃好きでさ…久しぶりに飲みたくなった」
驚く私をよそに真田くんはスタスタとタコ入道の後ろに歩いて行く。
真田くんは私と離れて座りたいからかベンチの端っこに腰を下ろして、私はベンチの真ん中らへんに座る。
人一人分くらい離れてるからいいよね。
真田くんは別に文句も言わなかったからOKだと信じてストレートティーのプルタブを起こす。
「懐かしいな……」
真田くんがコーラを一口飲んで口角を上げた。つまり笑顔だ!
それを見たら私も嬉しくなってしまってついつい笑顔に。
「約2年ぶり?」
私は懐かしいという言葉を勘違いした振りをして、この公園で泣き喚いた日の事を指して話した。
本当はコーラの事を言ってたんだろうけど、あの時の事も懐かしいと思ってくれていたらな~
「そうだな……長かった」
相変わらず真田くんは質問には直接答えない。おい、ちょっともどかしいぞ?
「何が……長かった……のかな?」
「ん? あ~うん……俺が、俺に戻るまでの期間、かな?」
真田くんは遠い目をして雲を見てる。あ、あの雲……魚みたいな形をしてる。
「なあ、お前から誘われてここに来たんだけど、また俺の方から話をしてもいいか? あの時みたいに」
卒業して離れ離れになってから4か月。真田くんの雰囲気がすっかり変わってる。
なんかとても落ち着いたって言うか、大人になったような感じがする。
「いいよ。私が話したい事なんて、とりとめのない話ばっかりだからねっ」
「そうか」
真田くんはそう言うと目を閉じて少し考える仕草をした。
☆★☆ ☆★☆
「小5の時にお前と葛原を呪った時、そこから俺は人間じゃなくなってたんだと思ってる。あ、もちろん『比喩』だ。ちゃんと人間なんだけど、精神的に『化け物』まあ、鬼とかゾンビみたいな奴になってたと思うんだ」
「……」
「で、弱い『化け物』じゃ嫌だし、強い『化け物』になりたくて身体を鍛えた。まあ、身体は強くなったと思うよ、実際。でも心が弱かった。あの日お前が言ったとおりだ。俺はまだまだ『弱虫』だ」
「あ、あの時はごめんなさい……私すごく興奮してて我を忘れちゃってたと言うか、とにかく言い過ぎたと反省してるの……」
「わかってるよ。だからお前はあの日以来強くなろうとしてたんだろ?」
「うん。私は真田くんに『弱虫』って言った。でも自分だって『弱虫』じゃない? そんな事言う権利無い、無かった。そう思ってその日から強くならなきゃって心に決めたの」
「実は俺『お前だって弱虫だろ』って気付くのに何日もかかってさ、文句言う前にお前が強くなっちまったから正直いって気持ちがモヤモヤしたままなんだ」
「あのね? 私、ちゃんと文句を言われたかった…… 真田くんの怒りとか憎しみとか、ちゃんと受け入れたかった」
「わかってる。だから『想像じゃない本物の私をちゃんと殺しなさい』って言ったんだろ?」
「うん……」
「2年前のここで、俺はもう実はお前を憎む気持ちは無くなってた。刺さっていた呪いが砕けたのが分かった。でも、呪いは消えても傷は残ってた。あ、これも『比喩』なんだけど、傷口からの出血が酷かったよ」
「呪いが消えるだけじゃダメって事?」
「ああ、まだまだ心が弱いって思い知ったね。だってよ、次の日か? お前が次々と自分の問題を自力で解決しちまって、俺との強さの違いを見せつけやがったんだ。正直ショックだった」
「そ、そこまで気が回らなかった……あの時はとにかく真田くんと仲良くなりたくて必死で……」
「まあまあ、逆にそこまで気を回せるような奴がいたらそいつは人間じゃねえよ。ファンタジーか神様だ」
「でも……」
「まあ待て。でだ、俺も過去の事を少し振り返って見た。お前が最初にくれたラインのメッセージを読んでからな」
「あ、あれ、恥ずかしいから削除していい?」
「……嫌だけど、どうしても消したいってんなら消していい」
「……や、やっぱり消さない」
「どっちだよ!? って、まあいい。そのメッセージの中に『世界中の誰もがそう思っているはず』って文があった。ピーマンの話だったけど、それって『お前の中の常識』って事だよな? まだガキの頃の世の中を知らない自分だけの常識」
「子供だったからね……」
「そう。子供だった。で、俺の話だ。俺は3年の時『もう私に関わらないで』ってお前に言われた。もう一生関わってはいけないって思い込んだ。でもそれも『俺の中の常識』であって、まだガキの頃の世の中を知らない自分だけの常識だったって気付いた。このメッセージのおかげだ」
「あの時の私は……」
「いや、いい。いいんだ。そのメッセージを読んで俺は、ガキの頃のすれ違いをいつまでも引きずっている馬鹿な奴。救いようのない弱虫だって事にようやく気付いたんだ。やっとわかったよ。『俺の中の、俺だけの常識』それでお前を憎むなんて、なんて愚かでバカバカしい奴なんだって理解できるようになった。だからこれだけは絶対に言いたい。聞いてくれ!」
俺はベンチから立ち上がり立花の正面に立つ。
地に膝をつけ、手で大地に触れる。
「立花さん。僕の憎しみは逆恨みでした。ごめんなさい。それと、僕の心を癒してくれてありがとうございました!」
俺は10秒?あるいは20秒くらいそうして地に這っていた。
俺は立花からの反応がないのが気になって顔を上げると、立花も地面に膝をついて座っていた。
顔を見るとやはりと言うか何と言うか、泣き虫の立花はやはり泣き虫のままだった。
そこだけは成長できなかったようだ。
「3年生にもなってさ、男子からパン貰って、人より多く給食を食べる女子って……ちょっと考えれば普通はわかるよな。俺がやってた事は独りよがりな迷惑行為だったってさ。でもそんな事にも気が付かないで……俺はお前を辱めるような事を何度も何度も繰り返してやっちまってた……」
立花はまだ涙が止まらない。
「恥ずかしかっただろ? 嫌だっただろ? それなのに、何度『やめて』と言ってもやめない俺にイライラして『もう関わるな!』って怒る。そりゃあ怒るよな。今考えりゃ当たり前のこと過ぎて萎えるし、逆に笑える……」
ポケットティッシュくらい持って来れば良かったな……
「そんな俺を今でも好きだって思ってくれるんだったら……」
立花が真っ赤な目を見開いて俺を見つめている。
「くれるんだったら?」
立花が期待を込めた眼差しで近づいてくる。
土の上に直に座っている立花の足は土塗れだろう。それなのにズリ足で至近距離まで近寄ってくる。
「本当は俺の方から呼び出して、ちゃんと男らしくするべきだとは正直思う。でも、今言わないで次って言うのも男らしくない…… だから今、ハッキリ言う」
立花の期待が最高潮を迎え、泣き顔は笑顔に、真っ赤な瞳に輝きが戻る。
「俺と……友達になってください!」
「ええ?」
「頼むッ!」
「え? 恋人……とかじゃないの?」
「こ、恋人は…まだ俺には荷が勝ちすぎているっていうか……」
「エエ!? 普通に恋人でいいじゃんよ?」
「て、手順を踏ませてくれ! まずは友達から」
「私はもう普通に友達だと思ってたんですけど?」
図体ばかり「でかくて」「凶悪な顔」して、腕力も体力も誰にも負けないくらい「強くなった」のに……俺はまだまだ心が『弱い』
真田勇樹くんが、もう少しだけ心が強くなって立花亜優さんと恋人関係になる未来を創るためには、まだまだ修業が必要なのかもしれない……
もうすぐ夏休みが来る。
☆★☆ おしまい ☆★☆
ここまで読んでくれた皆様…
有難うございました!m(__)m