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内気で人見知りで弱気で臆病だと思っていた

 俺を捕まえて放そうとしない立花だが、敢えて振りほどきベンチに座らせ、俺もベンチに戻った。


 人一人分ほど離れて座り、立花が泣き止むまで待った。


 立花はハンカチを持った両手で両目を押さえ下を向くとそのまま動かなくなった。


 立花が俺を再び捕まえに来る事は無かった。


 特に時間を計ったわけでは無いが、泣き止むまでに30分はかかったと思う。


 やがて泣き止んだ立花に、俺は言う。


「俺が、弱虫だって事は認める。だが、だからと言ってお前を受け入れる気持ちは無い」


「うん……」


 泣き止んだ立花はなんだか弱気になったみたいだ。まるで興奮状態から醒めたかのように。


「そもそも俺は、お前が俺の事を好いてくれているなんて、これっぽっちも考えちゃいなかった」


「そう……だよね。ずっとそんな態度取ってた自覚はあるし……」


「孤立していた俺は、卒業まで放置されてたからな」


「チャンスはたくさんあったのに、臆病で、全部見逃してきた……」


「そんなお前に対して今日の俺の最初の一言は不用意過ぎたな。まあ、好かれてると知っていたらそもそも呪われてなんか無かっただろうがな」


「私も、真田くんが私を好きだってわかってたら…… 自分から話しかけてたと思う」


「どうだかな……」


「もし答えを知っていたら勇気を出して……」


「おい、答えを知ってから行動するのは勇気じゃ無いぞ、答えが分からないからこそ考えて決断して行動するのが勇気だと俺は思う……がな」


「そっか……そうだよね」


「それに今さら『たら』とか『れば』は意味がないだろ」


「うん……」


 立花は目を押さえていたハンカチをたたみ、赤く腫れた目で俺の方を向いて見つめてきた。


「あのね? 小学校の給食でね、私の苦手なものに気が付いてくれて……ううん、給食だけじゃないね。人見知りな私にたくさん話し掛けてくれて、弱気な私をいろいろ助けてくれたのって、真田くんだけだったんだよ。あの時は本当に助かりました。ありがとう……」


「お、おう」


「今でも、真田くん以上に優しいと思える人なんかいない……」


「そうかな」


「そうだよ。それなのに今日のお昼休み、私『嫌いなおかずは克服した』って言っても私のピーマンを全部取ってって食べちゃったよね?」


「あ……! まさか!?」


「今はね、ピーマン。大好きになってるんだよ? 話を最後まで聞かないで取って行っちゃうなんて……今の真田くんってひどい人」


「そうだったのかよ……スマン」


 今の立花は本当に落ち着いているみたいだ。さっきまでの興奮したような激しさが無い。


「2年生の時の真田くんのおかげでさ、嫌いな食べ物がどんどん無くなって行ったの。アレもコレも真田くんが食べてくれたっけ……って、そう思いながら食べてくうちに、好きになっていったものがたくさんあるの」


「そうか……知らなかった」


「それからだね、私ずっと真田くんの事が好きで、忘れられなかった。関わらないでと言った事も、冷たい態度をとった事も、最後まで話し掛けられなかったことも全て……私が臆病だったからです。ごめんなさい」


「……」


「恋人とか、付き合うとか言って困らせてごめんね? 真田くんの気持ちを知って私、超舞い上がってた。今日知ったばかりで、今日付き合いたいとかって何それ? ホンットに私、頭沸いてたよ~…はは…もう~私ってばかみたいだよね? 恥ずかし~」


「……」


「……」


「……」


「ありがとう真田くん。 ジム…… もう行っていいよ」


 どこかスッキリとした表情で…… そしてぎこちない笑顔で俺を見て、すぐに目を伏せる。


「あ、ああ?」


「今日もちゃんと、私を殺してね?」


「……」


 調子が狂い、また俺は立花の事をずっと好きだった事を思い出してしまう。


「行って。私はもう少しだけここにいるから……だから先に行って」


 本当はまだ立花と一緒にいたい。もう少し長く話をしたい。

 でも、何を話したら良いのか思い浮かばない。


 追い払っている感じではなさそうだが? なにか、なぜか後ろ髪を引かれる。名残惜しさが後を引く。


「わかった」


 それでも、俺から話しかけるのは今日で最後だ。今後立花から話しかけられなくなったとしても後悔は無い。

 俺は明日から、前を向いて進んでいく。


「じゃあね」


 だから立花の『じゃあね』にはしっかりと応える。


「じゃあな」


 日はまだ落ち切らず、5月の空は青々としている。


 約2時間。フラれるために話をしたはずだが、逆に俺がフッたみたいな感覚に陥ってしまったな。


 この日のオレはいつものような身体を壊すほどのトレーニングはせず、メニューを軽くこなすだけで終えた。


 シャドーボクシングはしなかった。

 やる必要が無いと思った。




☆★☆ 2日後 ☆★☆




 昨日は、もしかしたら立花が話かけてくるかもしれない。などと警戒しつつも、俺は何となくそわそわしていたが、立花から話し掛けられる事は無かった。


 むしろ、朝はギリギリに登校して来て、昼休みはどこかへ出かけ、放課後はすぐに教室を出て行った。


 だが、授業中たまに俺の方を向いてニコッと笑いかけてくれる立花の表情は、孤立している女子とは思えないほど眩しく見えた。


 


 そして今日の昼休み。

 立花が弁当箱を持って俺の席にやってきた。


「真田くん、一緒にお弁当食べよ?」


 俺からは話し掛けない。そう決めていたが、立花の方から話しかけられたらどうするべきか、どういった態度で接するべきかを俺はまだ考えてはいなかった。


「おう…」


 短く答えた俺の返事を聞いているのか聞いていないのか、混乱している俺をよそに、立花は近くの空いている席から椅子を勝手に借りて来て、俺の机で弁当を広げる。


「昨日、葛西くんにちゃんとお返事してきた」


 立花はいきなり、クラスメイトの存在も気にしていない様子で秘密とでも言うべき自分の話をし始めた。


「おい、教室のど真ん中でするような話じゃないぞ?」


「いいじゃんいいじゃん。早く真田くんに報告したかったんだから」


 立花は臆す事も無く堂々と言い放った。


「もう誤解とかされたくないから、ちゃんと好きな人がいるんですって伝えた」


「おい、それって……」


「私の好きな人が誰かって事は秘密ね? ある人にはバレバレみたいだけど。あはは」


 俺は、立花が壊れてしまったのではないかと少し心配になったがもう少し様子を見ることにした。


「あとね、お昼休みに、葛原と絶縁してきた」


 楽しそうに話す立花について行けない。会話だけじゃなく、思考も追いついて行かない。


「今まで思っていたことを多分全部言えたと思う。っていってもそんなに多くはないんだけどね」


 俺がそっと周囲を見回すと


「聞かれても良いと思っているから言ってるんだよ? あ、でももしかして真田くんはみんなには聞かれたくない? 私の話」


 ある意味、今の立花は注目を浴びている女子だと言える。


 孤立の原因が恋愛に関する噂にあるからだ。


 噂と言うのはほとんどが正しくない情報に尾ひれがついて真実からは遠ざかっていく印象を俺は持っている。


 だが、立花本人が正しい情報を俺を通してクラスメイトに聞こえるように話す事で、誤解の無い、もしくは誤解の少ない事実としての噂にしたいって事なのか? もしそうならば……


「立花の……今の誤った噂が正されるんなら、我慢する」


 失言した!『我慢する』って、今度は俺が立花に誤解される。

 と思ったが、立花は俺の失言をスルーしてくれた。


「ありがとう。でね、葛原に言ってやったの『小5の時席替えで真田くんを後ろに追いやった事、まだ許してないんだぞ』って」


 この『ありがとう』は俺の『我慢する』に繋がっている。と、自惚れではなくそう思った。だから自然に会話を繋げられた。


「やっぱりあれ、追い払われてたんだ? 俺って」


「うん。だって真田くんがしょんぼりしながら後ろの席に移動している時に『目立つ奴が私の隣に居ると邪魔だから、試しに言ってみたら上手くいった』みたいな事を得意気に話してたから。あの時からだよ。私は葛原なんて大っ嫌い! 他にもいろいろ! もうい~っぱい言ってやったよ~」


「立花ってさ、もっと内気で人見知りで弱気で臆病だったと思ってたよ。でも案外強くなってたんだな……俺が知らない間に……」


「え? そ、そんなこと無いよ。私は真田くんが言った通り『内気で人見知りで弱気で臆病』なままだよ。私が強くなろうと思ったのは一昨日からなの。真田くんが知らない間なんかじゃないよ」


 どういうことだ? いまいち理解できない。


「と、とにかく、葛原とは完全に絶縁出来ました。真田くんのおかげです……ありがとう」


「な、なんか俺の我儘と言うか……嫉妬を清算させちまったみたいで悪いな」


 また失言した!『嫉妬』はねえだろ!? うわ、やべえ顔が赤くなってる感覚が来た。

 だけど立花はそれもスルーしてくれる。ちょっと助かる。


「いいのいいの! でね、聞いて! 葛原と言い合ってたらね? 葛原のクラスの女子の4人くらいが、私の味方をしてくれてね『気持ち悪い』とか『エロ顔ウザい』とかって言ってくれて、思ってたより葛原って女子から嫌われてたみたい。私が切っ掛けになって結構盛り上がったんだよ~」


 なんか和む。この『いいのいいの』は絶対俺の『嫉妬』に対する華麗スルーってやつだ。もう赤面が止まらない。


「放課後にはね、須藤君にも『もう今後は試合の応援には行かない』って言ってきた」


「え? それは別に言わなくても良かったんじゃない?」


「どうして?」


「だって立花は敵チームの応援席にいたわけだし、応援して欲しいって意味も理解していなかったわけだからさ、普通にしてたらもう二度と誘われないと思うけど……」


「うん。そうだね。意味はなかったかもしれないけど…… ()()()をつけたかったの。応援に言った意味は『普通の応援』敵の応援席にいたのは『知らなかったからの勘違い』だよって」


「ケジメか……」


 その言葉を使われると弱い。

 一昨日俺も、ケジメをつけるために立花に話しかけた。

 だったら何も言う必要も、権利も無い、か。


「うん。ケジメ。で、須藤くんの取り巻きの一人が近くにいたから思いっきり謝ってみたの『全然分かってなくてごめんなさい』って。そしたらね、向こうも今まで意地悪してゴメンって言ってくれた。結構さっぱりしたよ?」


 マジかよ…… 俺が一昨日突き付けた、立花を拒絶した理由をたった一日でコイツは……


「あ、真田くんのお弁当の卵焼き、今日も一個頂戴?」


 立花はもう……あの頃の立花では無いんだな。


「いいよ。勝手に取って行っても」


 俺が知っている立花なんて、外見以外は小学2年のままで止まっている。


「真田くんが真田くんの箸でちゃんと私に渡してよ」


 立花はたぶん、その内面をどんどん成長させてきた…好き嫌いだけじゃなくて、内気で人見知りで弱気で臆病な部分も。


「俺は俺が口を付けた箸で人に嫌な思いをさせるのが嫌なんだよ」


 逆に俺は、多分全然成長していない……誰とも関わって来なかったからだ。


「いいからいいから。私は嫌だなんて思ってないよ?」


 ジムで接した大人たちは良いが、友達とかクラスメイトとかは必要ないと思ってた。


「おい、近くにいる奴に聞こえるぞ!?」


 やり直したい……あの日、小学3年生のあの時から


「聞かれたっていいじゃん? だってもうこれ以上私には誤解されるような事は無いでしょ?」


 もう私には関わらないでって言われたあの時から


「お前にとっては誤解じゃなくても、俺にとっての誤解になる」


 恋人も彼女も俺は要らない


「だったら誤解されようよ。そしてゆっくりと誤解を解くか……」


 だが、あの時からの、俺の時計の針を先に進めていきたい


「できれば誤解を真実に変えて行こ? 何年かかっても良いからさ」


 これは、俺の小学生時代の空白を塗りつぶせるチャンスなのかもしれない。だから


「友達ですらない、ただの仲良しからでも良いんだったらな!」


 立花亜優は、今までにかつて見た事も無い眩しい笑顔を俺に……俺だけに向けて


「うん!」


 迷うことなく頷いてくれた。

次回、最終話ですm(__)m

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