拒絶されて、凹んで落ち込んで、拗ねてヘタレて逃げた弱虫だった
☆★☆ 中学1年生 ☆★☆
中学校では立花とも葛原とも別のクラスになった。
なんだかホッとした。
僕は僕が考える『普通』の中学生活を送り始めた。
勉強は全然だが、体育ではずば抜けた動きになっていた。
もはやジム通いによる筋肉痛も僕の動きを妨げる事など無く、あまり目立ちたくないと思った僕は少し手を抜いて体育の授業を受けるようになった。
二学期。隣のクラスから聞きたくない噂が流れて来た。
1年にしてサッカー部のレギュラーになった『須藤』というイケメンが、立花に『応援に来てくれないか?』とクラスメイトの前で頼み込み、承諾してもらったと言う話だった。
その話に嫉妬して僕は驚いた。
僕は、まだ立花の事を意識していたのか? と。
あれから何年だ? もう4年は経っている筈だよな。
『私とは関わらないで』
そう言われてからすでに4年。
僕は須藤という男を見たくて隣のクラスまで行った。
なるほど男前だ。
比較して僕は。
考えるのをやめた。
くだらない。僕には関係ない。
しばらくしてまた立花の噂が聞こえて来た。
立花が須藤の敵チームの応援をして、クラスの女子全体から敵視されるようになったと言う話だった。
なんだ? なんで敵の応援をしたんだ?
僕は訳が分からなかったが、どうでもいい。どうでもいい事だ。
そう自分に言い聞かせてその噂を頭から追い払った。
そんな事、出来やしないくせに。
二学期終了前、また立花の噂話が聞こえて来た。
今度は学年トップの学力を誇るイケメン『葛西』が立花に告白したが、返事をもらえず保留されたと言う話だ。
『須藤に想われていながら、葛原と仲良しで、その上あの葛西をキープしている』
立花はいつの間にか、クラスどころか学年全体の女子から敵視される存在になっていた。
だが、そんな立花を擁護する男子は多いそうだ。
ますます僕の関知する話では無いな。
そう思いながらも噂の真偽を確かめたい衝動には駆られる。
僕は今現在、クラスメイトに恐れられてはいるがボッチではないと思う。
だが、意図的にクラスメイトとは深く関わらないように、話し方や付き合い方に壁を作っている。
教室では一緒に駄弁るが、部活には入らない。放課後に誰かと遊ぶことも無い。
ただひたすらにジムで体を鍛えて、誰かを殺すイメージのシャドーボクシングを繰り返している。
僕がシャドーをする目的ってなんだったっけ?
そう。自分の凶悪な顔を確認して、僕は立花に相応しくない。そう再確認する為。
いつの間にか僕がジムに通う目的は、ストレス発散では無くなって、自分の心を壊す為になっていた。
そんな事どうでもいいさ。
もうどうなったっていい。
死んだってかまわない。だが、死にたいわけでは無い。
でもどうせ死ぬならば戦って死にたい。
もし出来るのなら、プロボクサーにでもなってみるか。
そして、いつか誰かを殺して、いつか誰かに殺されたい。
こ ろ せ る も の な ら ば な !
女子に疎まれ、男子にモテる立花に激しい嫉妬を燃やして、僕は今日から自分の事を『俺』と呼ぶ。
☆★☆ 中学2年生 ☆★☆
ジムで
「プロ志望に転向したい」
そう話したら
「プロコースは高校生からだから、今はまだフィットネスで我慢してね」
と、トレーナーさんに諭された。
そうか、俺はまだ中学生。パンフレットにも書いてあったな。
「でも、練習期間が六ヶ月過ぎてるから、貴方のお誕生日にはプロテストを受けられるわ」
とも言われた。
「高校生になっても、プロを目指す気持ちに変わりが無かったら、もう一度教えてね」
なるほど納得した。
☆★☆ ☆★☆
クラス替えがあった。
立花と同じクラスになった。
本来ここの中学ではクラス替えはしない方針だったという話だったが、父兄宛に諸事情により臨時でクラス替えを行いますと説明があったそうだ。
俺には事情なんかどうでもいいが、立花と同じクラスになった事は何となく気まずい。
今のオレは孤立していないが、今度は立花が孤立している。ように見える。
4月中、立花に話しかけた女子は一人もおらず、男子も挨拶こそすれどそれ以上の会話をする奴は一人も見かけなかった。
俺も、話かけなどしていない。
挨拶すらしていない。
俺が立花を意識している事は認めるが、どうでもいいと言う考えを改めるつもりは無い。
だから俺は毎日ジムに通い、身体を虐める。
ゴールデンウイークが明けた。5月。
昼休みの教室で、相変わらず誰にも話し掛けられない立花をそっと見た。
暗い表情で俯いていた。
手にはティシュを持っていて、涙がこぼれていた。
そう言えば泣き虫だったな。あの頃から。
ああッ……くそッ!
俺は耐えられなくなっていた。
『私にはもう関わらないで』
あれからもう5年。
あの呪いには時効とかあるのか? それとも一生の呪いだったのか?
話しかけたいとは思ったが、俺は自分の顔の凶悪さを思い出して話かけることを思いとどまった。
だってそうだろ。
立花はもう、めちゃめちゃ綺麗になった。
そして俺はメチャメチャな悪人顔になった。
やめだやめだ。
俺には立花を救えない。救うことはできない。
誰かきっとイイ男がいつか、立花を……
その場面を想像して俺はゾッとした。
いいのか?
本当に俺はそれでいいのか?
5年間。
『関わらないで』と言われた有効期限ってどのくらいだ? と言うか、もしかして俺にはもう本当に立花と関わる資格も無いのか?
そこをハッキリと確かめなければ諦められるものも諦めきれないんじゃないのか?
曖昧な決めつけではなくて、キチンと引導を渡されたい。
そう思ってみたら、身体が、心が、口が、勝手に動いた。
「立花。昼飯、一緒に食おう」
そう言って立花の席の前の椅子に座り、立花の机で俺は弁当を広げた。
「え!?」
立花は驚いていた。まぁそうだろうな。
凶悪な強面がぶっきらぼうに近づいて『一緒に食おう』だ。普通に引くだろう。
だが、俺は気にしない。
今日で最後かもしれないんだ。
いや、最後だろう。
最後なんだ。
初めて好きになった女子。
立花には、立花にだけは、ちゃんとフラれたい。
そして俺にとっては多分、一生に一度、最初で最後の『恋』
だから
「今日だけでいいんだ。小学2年生の時のように、おまえと一緒に飯を食べたい。弁当に嫌いなおかずは入ってないか? あったら俺が食ってやるぞ」
俺が凶悪な顔だって事は分かっている。だけど、敢えて今だけは忘れさせてくれ……
あの頃の、無邪気で素直な自分を……例え一時だけでも取り戻したいんだ。
頼むよ! 俺! 僕!
「あ、あの……嫌いなおかずは克服した、ん、だけど、ピ、ピーマンがお弁当に入ってる……」
「だったらそれ、俺にくれよ」
「あの、あの、あの……」
俺は勝手に立花の弁当からピーマンを奪う。奪いまくる。
「俺の弁当の中に、お前の好きなおかずはあるか?」
あの頃のパンの代わりだ。
「え、と、大丈夫。全部好きなものばかりだから……」
ふん、俺にもまだ冗談を言える余裕があるのか。そう感じたから俺は敢えて言う。
「全部とはまた食いしん坊だな? あの頃から全然変わってない」
いやいや、すげー変わってるけど、これ、冗談だからな?
「そ、そこまで食い意地は張ってないですッ! 好きなものが増えたって言いたかっただけ!」
凄い睨まれた。でも、ガキの頃に戻ったみてえだ。遠慮とか忖度とかは要らねえな。
「はん。そうか」
だったら何にもやらねえよ。
「あ、で、でも、そ、その卵焼き一個下さい……」
「は? なんで?」
「お、いし、そう、だから……」
「そうか」
だったらやるしかねえな。
「自分の箸で取れ。俺の箸はもう口を付けてしまっている」
「真田くんって、そう言う気遣いちゃんとするよね…… あの頃から変わんないね」
「当たり前だ。俺は……チッ、いいから取れ!」
「う、うん」
「お、俺はな、こんな顔だが、人が嫌がることはあんまり……チッ、くそッ」
俺は何を……何を口走ろうとしている? 俺が本来どんな性格かなんてどうでもいい事だろ?
いや、本当にどうでもいい事なのか?
今後、もし誰かと仲良くなった時、俺の外見や見た目だけじゃなくて、内面を理解してくれる奴がいてくれたら……
「おいしい~」
!?
俺は今、何を考えていた? 引導を渡されたいんじゃ無かったのか?
「今日じゃなくていい。でも、お前とは一度本音で話がしたい」
「……」
「二人だけで、誰にも聞かれないような場所で」
「うん」
立花は、俺の目を見て、にっこりと微笑んだ。
俺はその意味を計りかねた。
「出来れば、近いうちに」
そう言った俺に立花は迷いなく言った。
「じゃあ、今日。放課後、帰りに送って」
予想外の展開に俺は焦った。
「ずっと真田くんに言いたかった事……ううん、ずっと謝りたかった事があるの」
「今もこの会話、誰かが聞いているぞ」
「いいの。もう私は自分を誤魔化したくないから……」
「俺は……俺は自分を誤魔化したい。もうあの頃には戻りたくないからな」
俺は今、何を言っているのか良く分からなくなってきた。誤魔化したいのは今の自分。あの頃には戻りたいとしか思っていない。小学2年生の頃に……
「行きたい所があるの。一緒に」
「そうか。わかった」
どうせ最後なんだ。だったら立花の望む場所で話し合いをするのも悪くは無いな。
俺はこの時、そう思った。
☆★☆ 放課後 午後3時頃 ☆★☆
「真田くんがここに毎日のように通っている事は知っていたんだよ」
立花が行きたい場所と言うのは『升形ボクシングジム』だった。
正直意外だった。だって俺はここに通っている事を誰にも言っていないからだ。
「なんで知ってる?」
当然の疑問だ。
「あの、後をつけたの。ごめんなさいストーカーみたいなことして……」
「いつ?」
「6年生の始めころ……」
「結構入門したての頃か」
「うん」
「中には入りたくねえ。そこの公園に行かないか?」
「わかった」
小さめの児童公園だが中央にタコ入道があって、低学年の頃はここでよく遊んだ。
タコ入道の背後にある、隠れて目立ちにくいベンチに二人で並んで座る。
「で、俺が話したい事から先でいいか?」
俯いた立花はちょっと困った顔をしたが
「いいよ」
と、笑顔を見せた。
ドキッとした。
俺が立花の顔をちゃんと見たのは、5年生の席が隣になりそうになったあの時。それが最後だと思う。
もう3年も前だ。
あの頃はまだ、今よりは子供らしいあどけない顔立ちで、それでも綺麗だなと思っていたものだったが、今の、中学2年生になった立花はさらに綺麗になった。
俺は一瞬息をのみ、言葉を失いそうになったが、立花には聞きたいことが山ほどある。
気を取り直して立花に臨む。
引導を渡されるために……
「じゃあ話したい事を言う」
立花が心持ち身を固くするのが分かった。
「俺はお前が好きだ。だが、もう諦める。だから今、俺をフッてくれ」
「えっ!? 本当に?」
「ああ、バッサリとフッて欲しい……」
「ふ、ふらない……ふらないよ! 嬉しいです」
「そう言われても困る。今日限り、もうお前には話かけない。だからフッて欲しい」
「え!? いや、嫌! 嫌だ!」
「俺は5年間、お前の『私に関わらないで』という呪いに苦しめられた。話し掛けたくても話掛けられない。魔法のような呪縛を破ることが出来なかった」
立花はまだ『泣き虫』が治ってないんだな。教室でも泣いてたし、今も泣いてやがる。
「だがもうお前に拘り続けるのが辛いんだ、苦しいんだ! だからもう俺を開放して欲しい。頼むよ……」
「私と付き合うとか……できないの?」
「出来ない」
「なんで? なんでそうあっさり言えるの? 好きなんでしょ?」
ふう~ コイツ、全然分かってないのかな?
「お前は『須藤』に想われているのに『葛原』と仲良しで『葛西』をキープしているような女だ。そんな女と俺は付き合う気はない。俺は、かつてお前を好きだったと言う事……つまりお前を過去の思い出にして前に進めるようになりたいだけなんだ。だから今日、お前に話がしたいと切り出した」
立花は目を見開いて固まってしまったようだ。
「ち……違う」
「『私に関わらないで』って、お前はどんな気持ちで俺に言った? 俺は、もう一生関わってはいけないと解釈した。なのに俺はまだお前の事が好きで忘れられない。だから俺は自分の気持ちに、早くケジメをつけてしまいたいんだ」
「そんな……そんなつもりで言ってない」
「かもな。でも俺はそうは思えなかった」
「……」
「だったら何でお前から話しかけてこなかった? 俺からは話せないとは思わなかったのか?」
「……」
「黙られちゃあ何にもわかんないぜ?」
「ごめんなさい……」
「何が? 何に対してのごめんなさいだ?」
「真田くんに、話かけるのが怖かった……嫌われたくなくて、だから話し掛けられなかった」
「俺としては、話かけられなかったから、諦めることにしたんだがな」
「嫌いに……ならないで!」
立花が俺にもたれかかり抱き着いてきた。
俺はそれを強引に振り払う。
「触るなッ!」
立花に抱き着かれたくなんかない。断固拒否する。
「なんで……?」
立花はもう流れる涙を隠そうとも拭おうともしない。
「葛原なんかにべたべた触られてるお前になんて触れられたくねえんだよ!」
「べたべたなんて触られてない!」
「いや、触られてんだよ。お前は。それに、触らせてんだよ俺的にはな!」
「絶対違う!」
「俺は、葛原に手を握られて肩を抱かれてニコニコしているお前を何度も見た。一番後ろの席からな。その頃からだ。俺は心が壊れ始めて怒りとストレスを発散させるためにここのジムに入ったんだ」
「……」
「俺は見たんだよ。何度も何度も!」
「イヤ……葛原なんか嫌い! 気持ち悪いししつこいし、あんな奴のせいで真田くんに嫌われたくなんかない!」
「だったらなんでその時に拒否しなかったんだよ? 触られるがままだったじゃねえか」
「こ、怖かったから……」
「怖い奴になら触られてもいいってのか? ああ!?」
俺は立花を威嚇する。俺が怖ければ、俺も触ってもいいって事だよな? 触らねぇけどよ。
「そういう怖さじゃなくて……」
俺の考えを読んでいるかのように立花が話す。
「周りのクラスメイトとかに嫌われたり責められるような気がして……強く拒否できなかった」
「わかんねえな。その考え。俺だったら嫌な事は嫌だってハッキリ言うけどな」
「真田くんだって! みんなから悪口言われてても言い返さなかったじゃない!」
「直接言われたわけじゃねえし…… 言い返す相手がいねえじゃねえか? 誰に言えばいいんだ? 陰口への文句って」
「それは……」
「お前は、嫌な奴に直接嫌な事されてたんだったら文句言う相手がいたんじゃねえか」
「もう、二度と私に近付かないように葛原には言う。ハッキリ」
「そうだな……それがいい」
☆★☆ ☆★☆
「今度は私の話も聞いて……」
ハンカチで涙と鼻水を拭いた立花は、まだ目を赤く腫らしたままだ。
「5年生の時……席が隣になりそうだった時、私嬉しかった。でも、葛原が真田くんを後ろに追い払って凄くショックだった。真田くんに話しかけようとしたんだよ?あの時。でも、真田くんは振り向いてくれなかった…… ちゃんと名前を呼べばよかったんだね」
「そうだな。名前で呼んでくれてたら絶対に振り向いただろうな」
「あの時もそうだったもんね」
「ん? あの時?」
「6年生の時、田中さんがカラオケに行こうって言った時、真田くんに呼びかけないで用件だけ言ってたくせに『無視された』って」
「ああ。俺に話しかける奴なんかいねえって思ってたからな。確か『そんなに睨まないでよ』って言った人だ」
「ふふふ、あの時、真田くん全然睨んでなんか無かったのにね」
「ほう。良く分かったな」
「だってあの時の真田くんって『凄い優しい目をしてたのに』って思っちゃったから」
「まぁ、でも俺って凶悪な悪人顔だしな」
「私は……真田くんってカッコイイと思うよ」
「はあ!? 俺だって鏡くらい見たことあるぞ? そんな訳あるか! 馬鹿にすんな」
「馬鹿になんかしてないよ。強面でワイルドなVシネマ俳優さんみたいだって、ずっと思ってた」
「みんな怖がってるんだけどな」
「みんなに見る目が無いだけだよ。ジムでも嫌われてるの?」
「……いや、ジムでは誰も、なんにも……」
「きっと……大人には分かるんだよ。真田くんは絶対に将来モテモテになる」
「信じられない」
「真田くんは、凄い優しい人だと思う」
「お前の勘違いだ」
「だって、給食の時間に私を助けてくれた」
「下心あったからな」
「今でも……下心、持ってくれてる?」
「いや、もう無い。それよりももう、そろそろ俺をフッてくれ」
会話の流れがまずい。さっさと終わらせなければ迷いが出る。
「なんとか……何とかならない? せっかく真田くんが私の事を好きだってわかったのに……私は諦められないよ~」
「本気で言ってるのか? こんな『でかいだけ』で『凶悪な顔』してる『弱い奴』を?」
「どうしたら付き合ってくれますか? せめてヒントをください」
俺は……揺れている。立花に心を持っていかれようとしている。だが
「『須藤』の応援を受け入れたのはなぜだ? あれは事実上の告白だ。わかってて受け入れたんだろ?」
「え!? そんなの分からなかったよ? だって……」
「『須藤』の取り巻きはそう思っちゃいねえ。それなのに相手チームの応援までしてお前は何をしたかったんだ?」
「えーと……応援をしに行ったのは、ただ「応援くらいだったらしてみてもいいかな」って思ったのと、空いてる場所で落ち着いて応援しようと思ったらそこが相手チームの応援席だって言う事を知らなかったってだけで……」
何たる勘違い。言葉もねえ。
「じゃあ、『葛西』の告白を保留してキープしてる理由は?」
「キープなんてしてない! ただ……たくさんの人前で告白されたから、そこで断ったら傷つくだろうな、って思って……後でこっそり断ろうと思ってたんだけどなかなか良い機会が無くてそのまま……」
「人前でいいからさっさと断れよ! そういう奴は人前で断られてもいいからやってるんだ。そのくらい分かれよ!」
「わかった。さっさと断る。これでいい?」
『ああ』と肯定しようとしたが咄嗟に気付いた。『これでいい?』の意味、これは『これで付き合ってくれる?』って事だ。
この俺が、こんな不細工な顔で、立花みたいな美人に迫られてなに意地を張っている? とは思わないでもないが…… 俺には深く刺さって抜く事の出来ない言葉の呪いがある。
「だめだ……」
この5年間の事を考えると、まだまだ俺は心が締め付けられる。
呪いはまだ、解けちゃいない。
「お前に言われた呪いがまだ心に刺さったまま残っている。抜けないし消えない。だから、どうしてもお前の事は諦めなければいけない」
「なんで? なんでそんなに頑固なのよ!」
「5年間、5年間だ。俺はお前に関わることを禁じられ、お前は俺と関わろうとしなかった。その間に呪いが心に深く食い込み過ぎちまってよ、もうどうしても抜けないんだ」
「……」
「闇に沈んだ5年間ってのは俺の心を壊すには十分な時間だった…… 俺がどんな気持ちでジムに通って、何を望んで身体を鍛えていたか、想像できるか?」
「……ごめんなさい……わかりません」
「復讐だよ」
「!?」
「シャドーボクシングって知ってるか? 目の前にはいないけど、敵がそこにいると想定して戦う練習。わかりやすく言えばエアギターとかあるよな? それの人間バージョンで、敵が目の前にいると想像しながら戦う訓練の事だ」
「何となくわかった」
「俺は葛原を一番多く『仮想敵』にした。殺すつもりで身体を動かし続けてな…… だが、殺すつもりだったのは葛原だけじゃない……実は」
俺は立花の目を視線で射る。
「え…?」
「実は立花…… お前もだ。俺はお前をも殺すつもりで『仮想敵』にした。ボコボコに、殺すつもり……いや、死んでも殴り続けるつもりでシャドーボクシングを……毎日毎日やってきた。毎日だ、昨日も……そして多分今日も」
「そんな……」
「俺は確かに立花の事が好きだ。でも、それ以上に憎いんだ! 殺してしまいたいほどに憎んでいる! だから……だからお前とは付き合えないんだ。わかったか?」
「……」
立花が沈黙した。
「さっさとフッてくれ。お前との関わりは今日限りだ」
「……」
沈黙は続く。
「フッてくれないんなら、その沈黙を了解と見做して、俺はジムに行くぞ」
「……」
「じゃあな。俺からはもう二度と話し掛けねえ。そして立花、お前は『もう二度と俺と関わるな!』」
敢えて自分を呪った言葉を立花に向かって吐き、俺は立ち去ろうとする。
けれど、後ろから捕まえられた。
強い力で。多分それは立花の全力なのだろう。
俺の力ならそれを振りほどいてしまうことも出来ただろうが、そうすることが出来ずに何故か次の言葉を待ってしまった。
「いやだ! 関わる! 絶対に関わり続ける! そんな事言われても拒否する、拒絶する! だって、文句を言う相手が目の前にいるんだから!」
立花のその言葉にハッとさせられた。
さっき俺は『嫌な奴に直接嫌な事されてたんだったら文句言う相手がいたんじゃねえか』と、そう言った。
今立花は俺にその言葉をそっくりそのまま返している。
まるでブーメランだ。
「それに、真田くんだってあの時私に嫌だって言ってくれてたら私は絶対に謝って仲良くなってた! 呪いになんかならなかった!」
ピキ……ピキッ
心の中の何かにひびが入った気がした。
「真田くんが呪われたのは私のせいだけど、それだけじゃない! 3年生のあの時、私に『関わらないで』って言われても『嫌だ』って言う勇気が真田くんにあったら呪われてなんかいなかった! だって、文句を言う相手は! 私は……目の前にいたんだから!」
ピキピキピキッ!
「あの時、言えばよかったのに! なんで拗ねてヘタレて逃げちゃったのよ!? この『弱虫!』」
パリーン!!!
俺の中の何かが砕けた。
そして『弱虫』と言われた事に心がしっくりとした。
ああそうだ……俺は弱虫だった。立花の言う通りだな……
立花に拒絶されて、凹んで落ち込んで、拗ねてヘタレて逃げた。
ああ、俺は本当に弱虫だ。
「今だってまた逃げようとしてる! 想像の中の私を殺して何が楽しいのよ!? 本物の私をちゃんと殺しなさいよ! ちゃんと……」
立花の目からまた涙が溢れ出した。
「ちゃんと殺してくれるんだったら……死んであげてもいい。あんたに私の全部をあげる……あげるから貰ってよぅ~」
しゃくりあげ始めた立花はまだ言葉を止めない。
「勇樹! あんっ、たの名、まえ、勇樹! 全ぜ、名前に、負け、まけちゃってっ、るじゃない… ちゃ、んとほ、ントの… 勇気、出してよぅ 私、今、勇気、出したよ」
そこからはもう言葉を紡ぎ出せないようだ……号泣と嗚咽だけが公園に響く。
「………………………………!!」