でかくて 凶悪な顔で 弱い
またまたコメディー要素無しです…
読んで頂けたならば幸いですm(__)m
自分の過去を振り返って見て、小学2年生の時ほど輝いていた年は無いだろうと思う。
当時の僕は無邪気で素直で明るくて、若干弱気な部分もあっただろうがそんな短所が表面に出ることもなかった。
誰とでも気軽に話す事が出来ていたし、一年度を通して隣の席になり続けた『立花亜優さん』とこれ以上ないくらいに仲良しになった。
☆★☆ 小学2年生 ☆★☆
席替え。
僕の隣は『立花亜優』に決まった。
僕は窓際だったから、左隣と言うものは無く、隣と言えば右だけ。つまり『立花さん』しかいないわけだ。
給食の際に作る6人グループでも当然一緒になり、僕は立花さんと結構おしゃべりをする仲になっていく。
立花さんの性格はどちらかと言えば内気で、かなりの人見知りで、結構な泣き虫で大人しい、物静かな子だった。
体型的には若干ぽっちゃりと言うか幼児体型から抜け出すまでもうちょっとと言った具合で、男子から人気がある方では無かった。
立花さんは自分から誰かに話しかけると言う事が少なかった。と言うか知っている限りでは全く無かったように思う。
そんな立花さんの人見知りの激しさは筋金入りで、僕と初めて挨拶以外の会話をしたのだって席替えをしてから、たっぷり三日は経っていた筈だと記憶している。
僕はその時の会話の内容を今でも鮮明に記憶している。
あの頃の僕は、立花さんの事が気になって気になって仕方がないくらいに心を惹かれていたから。
なぜ僕がそんなにまで彼女……立花さんに心を惹かれていたのかの理由は未だに説明できる気がしないが、当時小学2年生の僕は、なんの疑問も持たずに彼女に心を惹かれていた。
最初に話しかけたのは当然僕の方から。
給食の時間だった。
僕たちの小学校の給食は、絶対に残すことを許されない。
従って、好き嫌いが多い人達にとっては地獄でもあったそうだ。
僕には好き嫌いが全く無かったから特に気にならなかったが、立花さんにとっての給食は、天国3割で地獄7割だったらしい。
ピーマン・ブロッコリー・グリンピース・しいたけ・人参・もやし・チンゲン菜・小松菜・マーガリン。
嫌いな食べ物は他にもいろいろあっただろうが、今すぐに思い出せるメニューをパッと上げただけでもこれくらいはある。
それほど立花さんは好き嫌いが激しい女の子だった。
嫌いなものを口に入れると、なかなか飲み込めず、酷いときにはボロボロと涙をこぼす。
その涙を誰にも見せないように俯き、ハンカチで顔を隠す。
僕は、彼女に心惹かれていたものだったから、立花さんの地獄の苦しみを案外あっさりと察してしまった。
「(小声)ピーマン……苦手なの?」
「(小声)うん……死ぬほど苦手」
「(小声)その皿、こっちに寄せて」
「(小声)え?」
「(小声)こっそり僕が食べてあげる」
「(小声)ホント? ありがとう……」
複雑な会話じゃない。むしろ単純すぎる会話だ。
僕がこの会話を『一言一句』違えずに記憶できているのも別に記憶力が良いからではないだろう。
この会話の記憶に意味を求めるとしたならば、内容の方ではなく、僕が立花さんに話し掛けるきっかけになった給食のピーマンの方だったろう。
この日僕は、窓際の席の隠密性を最大限に利用して彼女を救った。
そして今後、彼女の隣でいられる限りは給食地獄からの救い手であり続けることを決意し、それが僕の最大の喜びであり楽しみになった。
僕と立花さんは、同じグループの仲間にもばれないように内緒で、秘密のやり取りを続けた。
スリルと嬉しさと楽しさが、僕の立花さんに対する興味をどこまでも掻き立てた。
二学期の席替えでも、また隣の席になった。
新たなグループになって早々、立花さんが給食を食べ終わった後に少しだけ寂しそうな表情をしている事に僕は気が付いた。
確信があったわけでは無かったが
「(小声)給食、足りないの?」
と聞いてみた。すると
「(小声)うん……」
と恥ずかしそうに頷いた。
僕は勇気を振り絞って自分のパンを三分の一ほど千切り
「(小声)口は付けていないから」
そう言ってそっと机の下から立花さんに手渡した。
「(小声)……いいの?」
「(小声)いい」
「(小声)ありがとう」
その時向けられたはにかむような笑顔と感謝の言葉に僕は完全に心を奪われた。
その日から僕は、毎日三分の一ほどのパンをあらかじめ千切って立花さんに上げるようになった。
自分も給食の量が足りないと感じていながらも、立花さんの笑顔を見たいためだけに、僕は本当に一日も欠かさず毎日パンを分け続けた。
☆★☆ 3年生 ☆★☆
3年時には立花さんの隣の席になる事は無かった。
それでも一学期のうちはこっそり立花さんに近付いて、苦手なおかずを奪ったり、三分の一ちぎったパンを隠れて届けたりしていた。
だが、やがて他のクラスメイトに見つかってしまった。
案の定揶揄われた。
立花さんは揶揄われることに異様なまでに過剰反応し、急に僕に対して冷たい態度をとるようになった。
苦手なおかずを奪いに行けば
「もうそんな事しないで」
「自分で何とかするからもう来ないで」
こっそりとパンを届けようとしても
「もう私に関わらないで」
そう言って僕を拒絶した。
この『もう私に関わらないで』は僕の心を大きく抉った。
この言葉が、長い間僕の『呪い』になった。
関わってはいけない。
だから僕は……
立花亜優と関わることをやめた。
3年時はそれっきり席が近くになることも無く、話かけることも出来ず、もちろん彼女から話しかけられることも無くなった。
☆★☆ 4年生 ☆★☆
3年から4年に学年があがる際クラス替えが行われたが、幸運にも、あるいは不幸な事に、僕はまた立花さんと同じクラスになった。
立花さんはこの頃にはもう幼児体形から脱し、すらりと均整の取れた良いスタイルになっていた。
もともと可愛かった顔もすっかり美人さんと言えるほどに成長した。
逆に僕はもともとの悪人顔が更に凶悪になっていた。
ある日、鏡で自分の顔を見て愕然とした。
クラスでも最低の醜男と言っても過言では無いと思った。
背だけはずば抜けて高く、その容貌から僕はクラスメイトから恐がられてしまい、話かけられることが激減した。
この気付きは性格にも影響を及ぼした。
無邪気で素直で明るかった僕の性格は消え去り、弱気で臆病な面が大きく前に出てきた。
この顔で弱気や臆病というギャップがクラスメイトには滑稽に感じたようだ。
僕に話しかけてくるクラスメイトは、嫌味を言うか鼻で笑うかのどちらかしか無くなった。
やがて僕は無気力になり、神経質になり、ついに反抗的な態度でクラスメイトに接するようになった。
弱気を隠す仮面を被る必要に迫られたからだ。
『でかいだけ』で『凶悪な顔』してる『弱い奴』
この言葉の組み合わせに心の底からうんざりした。
せめて『強い奴』にならなければ生きて行けないと思った。
だが、そんなに上手くはいかず、僕はやがて『自信を失い』ついに『孤立』した。
さらに嫌な事は重なる。
クラス替えで新たにクラスメイトになった『葛原光輝』という爽やかイケメンが立花にやたらと話し掛けることが多くなった。
葛原は女子から人気があり、距離感も近く手を握ったり肩を組んだりと、やたらスキンシップが激しい。
立花も何度か葛原に手を握られたり肩を触られたりしているのを見た。
嫌がる様子はしていたが、表情はニコニコしていた。
度々そんな様子が目に入って、僕の心に罅が生じた。
この年も、立花は僕に話しかけて来る事は無かった。
もちろん僕も、もう立花に話しかける勇気など全く無くなっていた。
☆★☆ 5年生 ☆★☆
席替えで、立花と隣の席になるチャンスが訪れた。
クジ引きの結果、一番前の窓際に立花。その右が僕に決まった。
だが
「先生、前の席の真田くんが大きすぎて黒板が見えません!」
僕の後ろの席になった葛原が叫んだ。
ちょっと避ければ見えるだろ! などと思ったが
「そうだな。真田くん、キミはちょっと大きすぎるからこの列の一番後ろに下がってくれ。他のみんなは一つずつ前に詰めるように」
先生のこの言葉で僕の期待は泡と消えた。
葛原が僕を見て『にやっ』と嫌らしい笑みを浮かべた。
その顔、一生忘れないぞと心に刻んだ。
一番後ろの席に移動する際、立花が
「あっ」
と声を出したのが聞こえたが、振り向くことはしなかった。
僕に対して声を出した。などと言う自意識過剰な自分の思いを断ち切るためだ。
どうせ葛原と隣になれて嬉しくて出した声だろう、とそう決めつけた。
この年は、立花と葛原が仲良くお喋りしている様子を最後方の席から黙って見ているだけで過ぎ去ってしまった。
『私に関わらないで』という呪いなど無くても僕にはもう立花に話しかける切っ掛けなど、どこを探しても見つかる気がしなかった。
☆★☆ 6年生 ジム ☆★☆
僕はあまりのストレスに耐えかねて、両親に格闘技の習い事をしたいと頼んだ。
幸い近所に『升形ボクシングジム』があった。
フィットネスコースなら小学生は月1650円(中学生2200円・大人3300円)。
10時~22時までの営業時間で毎日通い放題。
トレーニングマシンも(コーチの指導と許可が必要だが)使い放題と言うものだ。
ジムは通常の格闘技の習い事(例えば空手とか少林寺拳法等)とは違って、時間も曜日も決まっていない。
完全に自由だと言う事が僕も両親も気に入った。
但し、プロ志望コースは曜日と時間が決まっている。
でも僕は別にプロになる気は無いし、なれる気もしない。
それに、フィットネスとは言えマシーン類はかなり充実しているし、スパーリングやミット打ちなども事前申請の予約さえすれば誰でも出来る。
毎月初めや希望時には、インストラクターの先生が個別に適したトレーニングプログラムを一緒に考えてくれる。
僕は迷うことなくジムに入門した。
最初は軽くフットワークエクササイズからと言われ参加したが、3分×10ラウンドのエクササイズは凶悪なほどきつかった。
他の入門生はこのエクササイズの後で、自分の好きなようにトレーニングに励んでいるが、僕は7ラウンドの半ばから足が攣り、腕が上がらなくなって次どころでは無かった。
インストラクターの先生と話をし、僕の体力が付くまではエクササイズ後に柔軟、休憩がてら他の入門生のトレーニングを見学。
体力が戻ったなら、興味のある物から順番に少しずつ試してみる。と言う事でまとまった。
例えきつくても、ジムには毎日通う事にした。
☆★☆ ☆★☆
平日の月・火・木・金は午後になるとプロ志望の若者たちがリングを使う。
土日は午前も午後も。
プロコースの練習時間にはフィットネスの僕たちは使用できない。
だが、見学は自由にできる。
リングは中央に2つあり、奥の方をプロが。手前の方をプロの卵が使うようになっている。
奥のリングを見に行くのは少し怖い。
だから僕はプロの卵の方を見学させてもらう。
「脇を締めろ!」
「振りかぶるな!」
コーチだろうか? 大きな声で怒っている。
「足が止まってる!」
「頭を振れ!」
コーチの指示でプロの卵が動きを矯正する。
これは見ているだけでも勉強になる。
僕は一挙手一投足をしっかりと見て、コーチの言葉を一言一句聞き逃すまいと集中した。
「振りかぶるなと何度言わせる!」
ふと気が付くとコーチのアドバイスに従って、いつの間にか僕も身体を動かしていた。
ジャブの基本・ワンツー・ワンワンツー・ショートフック・ショートアッパー
攻撃時のフットワーク・回避時のフットワーク・ガード・パーリング・ダッキング・スウェーバック
スパーリングの様子を目に焼き付けた僕はこの日初めて『シャドーボクシング』をするために大きな鏡の前に立った。
鏡の中では不細工で強面の悪人面が凶悪な表情で立っていた。
正直に言って鏡など見たくは無かったが、こいつが僕なんだと認めなければと何度も自分に言い聞かせた。
僕は初めてのシャドーボクシングを葛原を殺すつもりのイメージで、した。
☆★☆ 6年生 学校 ☆★☆
6年生の一学期は筋肉痛が酷くて、まともに動けなかった。
もともと『でかいだけ』で『凶悪な顔』してる『弱い奴』と思われているだけに、僕を馬鹿にする声が大きく聞こえるようになった。
正面から言ってくる奴はいない。陰でコソコソ言われていたものが大声で言われるようになっただけだ。
立花も僕の事を馬鹿にしているのだろうか?
気になるなら立花に聞けばいい。
だが、聞く勇気がない。
聞こうと思えばいつでも聞けるのに。
☆★☆ ☆★☆
二学期にもなると筋肉痛から解放され、以前よりは格段と動けるようになった。
筋力も体力も付き、自信も付いた。
ある日の体育の授業で、長距離を走らされた。
ぶっちぎりで1位をもぎ取った。
僕を馬鹿にする声が減った。
減っただけで、消えはしなかったが。
10月、マラソン大会。
ここでも1位を奪った。
僕を馬鹿にする声がやっと聞こえなくなった。
聞こえない場所で言っているのかもしれないが、聞こえなければどうと言う事もない。
二学期の終わり頃に、クラスの女子に話しかけられた。
「修了式の後でみんなでカラオケに行くんだけど来ない?」
呼びかけも挨拶も無く要件から言われた為に、僕に話しかけていると思ってなくて、無視する形になった。
「真田くんって耳、聞こえないの!?」
そう言われて初めて僕が話し掛けられていたことに気付いた。
「誰に話しかけてたのか分からなかった。まさか僕に言っていたとはな」
僕はその女子に振り返った。睨んでなどいない。
「ひっ……そんなに睨まないでよ! もういい!」
繰り返す。睨んでなんかいなかったんだ。
☆★☆ ☆★☆
三学期。僕は立花と相変わらず一切話をしなかった。
と言うのは事実だが正確では無いな。
僕は卒業まで、誰とも話を一切しなかった。
ただ、そこにいただけだった。
ジムには1年間、ほとんど休まずに通った。
通っているジムの鏡の前で、僕は毎日誰かを殴り殺すイメージでシャドーボクシングを続けている。