故郷
森が風に吹かれ、叫ぶように揺れている。
どんどんその揺れは大きくなり、それに比例して一帯のの地面が暗くなっていく。
そして一際大きく森が蠢くように叫び、地面が震えたかと思うと、森の声は収まり、途端に眠るように静かになる。
そう、静かなのだ。
まるで、この地に降り立った4人と1体以外に、誰も居ないかの様に。
「さぁ、急いで!」
地面に降りたエリスが呼びかけると同時にドラゴンが姿を消し、カインもそれに続く。
「ほら!行くよ!キュリアちゃん!しっかり捕まってててね!」
まだ足の怪我が治りきっていないキュリアをカインが背負い、エリスの後を追う。
その中にカルロスは居ない、ハンナが地面に降りる前に先に飛び降り、村に向かっていた。
エリス曰く、ハンナを隠す為にも、村からはある程度の距離が必要だった、だがその時間すらも惜しかった彼が業を煮やしての強行だった。
「全く…怪我も治りきってないのに…!」
エリスが頭を抱え、思わず愚痴を零す。
暫くカルロスの足跡を辿って、森の中を走り続ける。
その間、誰と会うことも無かった、カルロスにも、そもそも生き物すら居ない。
十分程走り続け、ようやく森の中から抜け出し、開けた場所に出る。
だが、そこには…
血の海、誰のかも分からない体の部位、僅かに燻っている家の残骸。
かつて"村だった景色"が、残酷な地獄へと姿を変え、目の前に広がっている。
「…何なの…これ…
ここがカルロスの故郷なの!?ねぇ!」
真っ青になった顔で、「そうであって欲しくない」と懇願するようにキュリアは叫ぶ。
「はい、間違いありません…私達はずっと、子供の頃から見てきましたから」
「だったら…何で…何でこんな事に…」
「ねぇ!あそこ!」
とカイン指した先、ほぼ村の反対側、燃え尽きた真っ黒な瓦礫の前でカルロスが立ち尽くしていた。
キュリアは見えていないが魔族である二人には十分に認識できる距離だ。
急いで近づくと、崩れるように地面に膝を付いて、項垂れていた。
「…カル…ロス…」
その姿で全てを悟るキュリア、子供の頃から切磋琢磨し、共に支え合った最愛の彼が打ちのめされる姿を間近で見てしまい、心臓を握り潰されたような痛みと息苦しさが胸に走る。
「……ハァ………ハァ…」
(もう…見たくない…やめて…)
もはや呼吸する事も難しい程に、胸が締め付けられる。
キュリアの目から涙が溢れる、それに気付いたカインがキュリアを下ろして、頭を撫でて励ましている。
エリスは毅然とした態度でカルロスを見つめ、何も言葉を発さない。
あまりにも苦痛で重く果てしない、風の音すらかき消す程の、強烈で激しい沈黙が流れ続ける。
そして、その沈黙を破ったのは、カルロス自身だった。
「……無茶して…悪かったな…エリス」
ゆらりと立ち上がり、静かに言葉を紡ぐ。
「………宜しいのですか…?」
「あぁ…」
「…では…」
エリスが後ろに振り向き、歩き始める。
「…そろそろ、会いに行こうと思ってたんだけどな…」
キュリアは動く事がまだ出来ない、過呼吸の様に浅い呼吸を繰り返している。
「大丈夫だから、ねぇ、大丈夫だから、怖くないよ…!私達が守るからさ!」
「ち…がう…ハァ……カルロス…か…ぞく……ハァ…!」
「ねぇ!エリス!何とかしてよ!」
ピタリ、とエリスは動きを止める。
「っ!カイン!」
動きを止めた瞬間、エリスがカイン達のいる方に振り向き、両手を突き出す。
「え?」
すると、一瞬風が吹いたかと思うと、カインの後ろに回っていたカルロスが、カインの首元目掛けて、剣を振るう。
「……え…?」
反応する間もなく、剣がカインの首に触れようとする刹那。
ドゴォン!
突如現れた巨大な影が、カルロスを真横に突き飛ばす。
森の中へと飛ばされそうな勢いでカルロスが宙を舞うが、咄嗟に剣を地面に突き刺して、巨大な一本線を作りながら、カルロスは堪える。
「…な、なんで…ここに…」
唖然とするカインと言葉も出ないキュリアの目の前には、さっき森の中に置いてきたはずのドラゴンの頭が現れていた。
「ハンナが…!?」
「……やっぱり…そうかよ…」
ゆっくりと立ち上がりながら、カルロスは面倒臭そうに呟く。
「…あのドラゴン…お前だろ」
剣を向ける、その剣先はドラゴンの頭では無くではなくエリスに向けられていた。
「…エリス…が…?」
巨大なドラゴンの頭が邪魔で見えないが、カルロスからはその姿を目視できている。
エリスが突き出している、両腕の肘が引っ付いて真っ黒な鱗に覆われ、先に進むにつれ徐々に肥大化、その先端には巨大ドラゴン、ハンナの頭が形作られている。
「な、何言ってるの!?エリスがハンナの訳無いじゃん!」
と半ば混乱しているカインがカルロスに向かって叫ぶ。
「ずっと秘密にされてたんだろ」
その言葉を一蹴し、カルロスは殺意に満ちた表情を浮かべる。
その表情を見たキュリアの全身に悪寒が走る、彼から感じた事の無い、冷ややかな殺意の塊が彼女の心臓を握り潰す…
「……どの辺りで?」
「今考えたら、ダンジョンの時からおかしかった。
物を小さくする魔法は確かにある
だがそれはあくまで、"生身では無い物体"だけ、つまり、人間やモンスターみたいな生物には使えない」
と淡々と説明し、更に言葉を続ける。
「そして隠せないならドラゴンなんてデカくて珍しい生き物、俺達が見逃す訳がない」
「何度も言いますが、我々は姿を消す魔法を…」
「…そんな物は無い
あるのは姿を隠す、"装備"だ。
それに人間用、しかも隠すのではなく見えにくくする…の方が合っている
言うなら動物の擬態の方が近い」
「なるほど…それは勉強不足でした、長く生きているのに、学ぶ事は尽きませんね…」
エリスは溜息混じりに言葉を返し、カルロスを睨みつけている。
「何故、カインを攻撃したのですか?
まさか、私の正体を確認するためだけではないでしょう?」
「…はっ……とぼけるなよ、外道が」
「…?」
「俺の故郷を襲ったのは…お前達だろうが!」
「!?」
「…どう見ても、破壊跡が人間じゃねぇんだよ」
「待ってください…我々は…!」
「お前達、魔王軍の偉い奴なんだろ?俺の村を壊して何の未練も残さずに魔王軍に入ってもらおうって魂胆なんだろ!?」
カルロスは正気を失っているに近い程の激昂をみせ、エリスへと剣先を構える。
「カルロス…!」
「遠くに逃げよう!危なそうだよ!」
カインがキュリアを抱えて全力で逃げる。
「待って!お願い!」
「あぁいうのは、一回暴れさせた方がスッキリするの!それにエリスが戦うなら近くにいたら危ないから!」
カイン達が離れたのを確認してから、エリスが口を開く。
「…分かりました、我々に覚えはありませんが…」
ドラゴンの頭を引っ込め、普通の両手に戻って行く。
「…しかし今の状態では弁明も難しい…なので一度…」
カルロスが凄まじい速度で距離を詰め、剣を振り下ろす、並のモンスターなら反応どころか斬られた事にすら気づかない程の速度。
ガキィン!!
エリスの両腕が漆黒の鱗で覆われ、右腕だけでその一撃を受け止めた瞬間、辺りに衝撃波が走り、地面が僅かに波打つ。
エリスは残った手で剣を掴み
「話を聞ける状態になってもらいます」
キィィィィ…ン…!
その言葉が聞こえた瞬間、カルロスの足が地面を離れ、吹っ飛ばされる。
「ごぁ!?」
水月を中心に、体全体に強烈過ぎる衝撃が走る。
「…ぅおぇ…!」
鎧を着込んでいるにも関わらず、内側に響く様なその衝撃をモロに受け、カルロスは大量に吐血する。
「ふぅー…」
エリスは右の掌底を放った体制のまま、深く息を吐いている。
一瞬で右腕を引き、上半身の僅かな捻りのみで撃ったとしか思えない体制。
(…それで…この威力…あの小さな体から…?
……いや…そうじゃない…これはもっと…別の力が…)
彼女の技量や肉体の強さだけでは無い。
恐らくもっと、別の、"ドラゴンとしての力"があるとカルロスは考えながら、震える足でゆっくりと立ち上がる。
(…鎧も壊れていない…それどころか凹んでもいない……つまり…内側に直接…響くような攻撃…)
「…もしや、私の能力をお考えで?」
「……」
質問を返さず、再びカルロスは構える。
「まだ来ますか…今ので十分だと思っていたのですが…少し見くびっていた様です…」
(鋼鉄より硬い鱗、振り下ろした剣を片手で止める膂力、そして…正体不明の力…)
「次で、確実に…」
そういったエリスの上半身が前にダラリと垂れ下がる。
「んあ」
顔だけを前に向け、カルロスの方に向けて口を開く。
(ブレスか…??)
カルロスが身構える、ブレスなら予備動作も大きく、目に見える、いくら格上であろうと、タイミングさえ分かれば避ける事は容易い。
そう考え、エリスに向かおうとした瞬間、エリスの上半身が先程とは逆に後ろへ大きくうねる様に仰け反る。
キィィイイ…ン…!!
その姿を見たカルロスは考える間もなく全身を謎の衝撃に殴りつけられ、意識を失っていた。
「…すぅぅ…ふぅぅう…」
エリスが再び、深呼吸をする。
その視線の先には倒れたカルロスと、数十m抉れた地面と、倒れた森の木々が映されていた。
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