純白の者②
少女に剣を向けるカルロス、しかしその手は震え、怯えの表情を見せている。
「お前、見た事あるぞ…俺がエデンに行って王に謁見した時…近くにいたよな」
「これはこれは、かの勇者に覚えられているとは光栄です…で? そこまで分かっていて、何故私に剣を?」
少女はドレスを操るように、美しいお辞儀をカルロスへと向ける。
「…とぼけんな…俺を殺しに来たんだろ? "神官"…!」
「………盗み聞きとは関心致しませんね、それに心外です…私はあくまでこの未熟者に命じただけにすぎません……はぁ、勇者と言う割には、随分と臆病になられたのですね…」
「…殺したいなら殺せよ、その代わり、こいつらには手を出すな」
「……だ…めぇ!」
カルロスの言葉を遮るように、氷の方から声が響く。
そこには手足と体の半分を凍りつかせたキュリアが辛うじて生きている状態だった。
ギリギリで防御が間に合ったのか、彼女の周りはほんのわずかに氷が薄い。
「そうだよ!! 駄目だよ!勇者様!!」
その傍らでカインも氷を喰らい、少しづつ動き出そうとしていた。
その様子を見てか、少女は口を開く
「…良いでしょう」
「……!?」
「ただし、貴方を殺すなんてしません…貴方が殺すのです」
「は?」
「勇者…嗚呼、勇ましき者を冠する無二なる存在よ……其方は魔族を殺す為に天よりその生を受けた……しかし、魔に唆され、その偉大なる道を踏み外さんとしている…なんと嘆かわしい……その剣は魔の者の血を食む事で、真なる力を持つというのに…」
「…お前、さっきから何を…!!」
「その三匹を殺せ、私はそう言っているんです」
「…っ」
「貴方はそうあるべきなのです! 勇者ともあろう者が降伏などしてはならない! 私は神官の一人"結晶卿"としてその勇姿を再び拝みに来たに過ぎない! さぁ! 早く! 殺せ!」
先程の冷酷さは完全に消え去り、氷を溶かす勢いの熱意と背筋を凍らせる様な狂気を孕む表情で、カルロスへ詰め寄る。
少女の周りには冷気が漂い始め、付近の木々が急激に枯れ始めていた。
「さぁ! 私に今一度…魔を殺すその御姿を…」
「…断る!」
「……………………………………は?」
「…お前の言う通り俺はもう、ただの臆病者だ…お前が強いと分かってるから、戦いもせず…こうやって死のうとしてるくらいの人間だからな」
「何故…」
「今言ったろ、俺は勇者じゃねぇんだよ…そんなの、ただの肩書きだけだ」
「…………………………………………違う、貴方は勇者…」
凍えきり、震えた少女の手がカルロスの頬へと触れようとした瞬間
「おりゃああああ!!」
少女の眼前に、カインの拳が迫っていた。
だが、届かない。
当たる寸前で再び全身を凍りつかされた。
「うぐっ…カイン!!」
余波で吹き飛ばされ、僅かに体が凍るカルロス。
そのどれにも少女は一切の感動を見せず、カインの方をほんの一瞥し、再びカルロスに視線を移した。
(むきー!また氷だぁ!! どいつもこいつも…!!)ガジガジ
「…貴方は勇者、神が定めた者…私達に平和を…」
少女はゆらゆらとカルロスへと歩いていく。
白い瞳はより深く白みを増し、最早正気を感じない。
「……くそ…! 来るな…!!」
辛うじて上がる右手で剣先を少女へと向ける。
(…寒い! 動けねぇ…! これで精一杯だ!! 畜生!!)
しかし、少女は構わず歩みを進める。
向けられた刃先へ指を当てる。
プツっと指先から血が滴り、それを舐めとったかと思うと、今度は刃へと愛おしそうに頬擦りする。
頬に傷がつき、滴る血を拭うこともなく塗り広げて、純白な肌に赤い血痕が広がっていく。
「……はっ……はっ…」
(何だこいつ…! さっきから何がしたいんだ…!? 俺を殺すのが命令してたよな!? 自分ではやらないのか!? 何なんだよ!)
やってる事も支離滅裂で、言ってる事は意味不明。
カルロス自身も、会話が出来るのにこれほど理解不能だと感じた存在は初めての体験だった。
「…………カルロス…勇者カルロス…弱く、可愛い…小さな勇者…貴方は一体何者…? ただの臆病者か、凛々しい勇者か…はたまた…魔に堕ちた大罪人か」
冷たい手を蛇のようにカルロス首や顔に絡め、その汗や血を舌で掬う。
カルロスも抵抗しようとするが、手足が凍り付いたように動かなくなっている。
「…やめろよ…! 気持ち悪ぃ!」
「…………いずれにせよ、貴方の運命は決まっている、それは今か、或いは未来…それだけの違い…」
「お前、マジで何言ってんだ…!」
「理解しなくて良いのです、どちらにせよ、貴方はまだ死ねない……運命が…そう決めたのです」
「…運命…?」
「……いずれ分かります……しかし、アランは持ち帰るとして、あそこの魔族共はどうしましょうか…特にあのごちゃ混ぜのガキ…私じゃ到底殺せませんね…オーガと女だけでも…」
そう呟いた少女が二人の方へ手をかざす。
その手先からは二つの魔法陣が展開され、そこから膨大な冷気を放ちながら、二本の氷柱が現れた。
「っ、止め…!」
声すら間に合わない。
そう確信した瞬間、少女の遥か頭上がほんの一瞬、痺れるように強く輝いた。
「…っ…」
その瞬間、二人へ向けていた魔法陣の方向を上向きに切り替え、出ていた氷柱を発射した。
それと同時に2発の稲妻が放たれた氷柱へと直撃する。
「……なるほど、彼らも…運命だと…」
初めて明確に煩わしそうな表情を浮かべ、今度は拳大の魔法陣を自身を囲うように展開する。
その魔法陣からは粉雪のような細かく濃い冷気が絶えず放出され続けており、近づいただけでも氷のオブジェになりえる程だった。
「…うぎっ…! くそ! どこいった!?」
僅かに動いた右手で剣を振るうが、何の意味もない。
既に少女は冷気に紛れ、カルロスから離れており、いつの間にか、混乱しているアランの前へ立っていたからだ。
「…帰りますよ、また…思い出しましょうね」
慈悲深く、冷徹に伸ばしたその手をアランは生気も正気も消え去った瞳で見つめていた。
そんな瞳が、一瞬だけ…カルロス達の方を見た。
すぐさま視線は目の前の冷たい手へと戻され、アランはその手を握る。
「……はい、行きましょう…神官様…」
「先日より貴方もその一人です、お間違えなきよう」
「…"結晶卿"…助太刀…感謝します」
「………ええ、行きましょう…"双術卿"」
手を握った次の瞬間、再び強烈に砕ける様な耳鳴りが辺りへ鳴り響き、魔界と人間界を繋ぐゲートが開かれる。
「…そこ…かっ…!!」
「逃がさない!!」
その音により、敵の位置を辛うじて把握したカルロス、そしてカインが白に満ちた冷気の中、捨て身の攻撃を仕掛けた。
「………さようなら、勇者カルロス…」
ここに居る誰もがその言葉の意図に気づかない。
何故なら彼らを囲んでいた冷気の一部が鋭く、硬い氷柱となり、四方より襲いかかってきたからだ。
「「っ!」」
二人は一切の反応が出来ず、その全てをモロに食らってしまう。
カインは両足と首に深々と突き刺さり、殴りかかろうとしていた腕は千切れ飛んでいる。
カルロスは更に酷い。
攻撃していた腕と剣が細切れに貫かれ、右肩と右脇腹を貫通、足に至っては、右足の膝から下が消えていた。
「…っ…」
最早助からない。
そう確信するしか無かったカルロスは、血に染まる視界と意識の中、せめてもの足掻きとして、ゲートと自身の瞳が閉じる数瞬の間だけ、アランの背と少女の横顔を睨みつける。
「……」
その時、消えゆく意識の中、カルロスは少女がこちらを見ている事に気づいた。
その視線は、いたく悲しみに満ちている様に見えた。
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