油断
ドゴ!ボゴ!
道から外れた森の真ん中で鈍く激しい打撲音が響き続ける。
「ぅぁ…!」
その中心では戦いとも言えないほどの一方的な蹂躙が繰り広げられていた。
アランの持つ杖が振るわれる度に辺りには痛々しい音が鳴り響き、それと同時に誰かの肉片と鮮血が弾け飛んでいた。
先程は呻いていた声も今は消え入りそうな程に細く弱り、抉られた体の再生も間に合わず、更に深手を追い続ける。
動かない足を更にへし折り、向かってきた手を砕き、尚も足掻くその肉塊を、アランは下らなそうに淡々と叩き続ける。
「…ぁ……か…」
カインの体は最早、人の形を保っていなかった。
頭部の左側がへこみ、左目は潰れ、両手の拳はぐちゃぐちゃに砕かれ、更に右腕の肘から骨が飛び出している。
腹の右側もへそ近くまで抉られ、両足もあらぬ方向へと曲がりくねり、立つだけでも足の至る所から血が吹き出ていた。
何故立てて居るか分からない程、それどころか何故生きてているかも不思議な位に痛めつけられた体を引きずり、カインはアランの方へと向かっていく。
「…しつこいなぁ…魔族ってこんなにもしぶといんですね、貴方の知り合いもそうなんですか?」
苛付きを隠せない口調でアランは嘲笑いながら尋ねる。
「……こひゅ…かひごぶ…」
「あぁ、そうか…発声器官も潰したんでしたね…失礼」
「……ひゅー…!」
アランとの距離が間近に迫った瞬間、折れた右腕を振るう。
ビギビギ…!
途端に右腕が再生し、アランへと近づくが当たらないどころか軽く片腕で受け止められてしまった。
パシ…
「…これが最後ですか?」
ミシ……バギャ…!
受け止めた拳を握り潰し、下らなそうにパッと離すとカインは糸が切れた様に膝をつき、項垂れる。
「………が…!」
「もう再生も出来ないでしょう?魔界に満ちるマナのお陰で生命は維持出来ているようですが…」
「……っ…」
「……流石に今なら、頭を潰せば死にますよね」
アランの言う通り、さっきのが彼女にとって最後の一撃だった。
本来ならば相性が良いはずの魔法使いとの戦いであるにも関わらず、カインは誰がどう見ても完璧な敗北を喫してしまった。
(……なんで…)
最期の抵抗の様に僅かに顔を上げ、アランを睨む。
死体かの様な光のない目、実力と乖離した幼い顔立ち、首から伸びるヒビ割れのような赤黒い痣、そして…
「!!」
彼の破けたローブから見えたアランに背負われた”何者か”
その瞬間、カインの中で一つの記憶が繋がった。
エリスから聞かされていた”イグニスの記憶”、その中で登場した彼に比肩しうる人類側の勇者”達”。
その中に…”二人で一つ”と呼ばれた”姉弟”の勇者が居たと…
(もし…かして…)
スッ
アランの正体に近づいたカインだったが、答えに至る前にアランの無情な一撃が振り下ろされようとしている。
(…伝えないと…お城の…みんなに…)
「さようなら」
(……こいつは…!)
グォン!!
アランの攻撃がカインへと触れる寸前、アランの体へと巨大な拳が後ろから襲いかかる。
ドガァ!!
「がはっ…!?」
ミシミシミシ…!!
油断し、強化魔術を解いていたアランはその攻撃をまともに受けてしまう。
「フンッ!!」
その拳が振り抜かれるとアランは全身から血を撒き散らし、先にあった木々を吹き飛ばすような勢いで飛んでいった。
「ふぅぅぅ…!!」
その光景を生み出し、見届けたヴァンは牙を剥き出し、髪と髭を逆立てて、全身から蒸気機関の様に溢れる湯気を深呼吸で落ち着かせ、カインの側へと駆け寄る。
「…無事ですか、カイン様」
「……ひゅ……か…ぁ…ぇ…!」
「…皆は無事です、貴方のお陰ですよ」
「………ぁ……め…!」
「……カイン様…?」
「……だ…めぇ!!」
ピシュン!
カインが血を吐きながら叫ぶと同時にアランが飛んで行った方角から一筋の光がヴァンの右腕を切り上げる様に通り抜けた。
ボト…!
丸太のような逞しい赤腕が地面へと落ちる。
「!!」
痛みに悶える暇もなく次の瞬間、砂煙の奥から青白い輝きが二人を包む。
途端に二人の動きが鈍り、一瞬にして周りの大地や木々、大気諸共氷に覆われた。
ガチィン!!
「……”イモータルレイ”…」
呟くように氷の最上級魔法を放ち、それによって凍りついた土地を踏みしめながら血だらけのアランが現れる。
「…これ以上は流石に面倒です…しかも魔法を吸収するハーフと物理に強いオーガを同時に相手するとなれば尚更…」
少し溜息をつきながら自身へブレシアをかけ、ヴァンから受けた傷を瞬きの間に回復した。
「だから暫くそこで大人しくして下さい、最低でもカルロスさんとキュリアさん…あとあのドラゴンを殺すまでは…と言ってもオーガの方はこのまま凍え死ぬかもしれませんが…」スタスタ…
アランは二人の横を通り抜け、勝ち誇るかの悠々と歩みを進める。
下手をしたらカインが完全に回復する行為だが、彼にとって彼女は最早敵では無かった
何度復活しようと同じ事をすれば良い、少なくとも他の三人を殺せる時間だけ稼げれば良い、例えすぐさま氷から出ようとオーガの方は助からない、そう考えていた。
確かにその考え自体は間違っていなかった。
魔法に並程度の耐性しか無いヴァンは氷を砕く事は出来ず、カインも少しずつ氷を喰らって回復しているが動ける様になるにはもう少し時間がかかる。
それに彼女からすればヴァンを助けたい思いが優先し、例え動ける様になってもヴァンの氷を先に何とかしようとするからだ。
間違いなくこの状態で出来るアランの最適解、カインの足止め、ヴァンの始末を同時に、かつ迅速にこなせる選択。
カルロスとキュリアがいつ逃げるかも分からないこの状況で面倒な戦闘は避けたい。
そんな彼の出したこの考えは完璧に近かった。
しかしそれはあくまでも第三者が居ないことが前提。
もし他の誰かが現れる事態になれば、この選択は最悪の事態を引き起こす可能性が高まる。
タタタタタタタ…!
「!!」
遠くの方からだが、誰かが向かってくる音が聞こえる。
その瞬間、アランに僅かな悪寒が走る。
最悪な状況を引き起こす可能性。
その最後であり、最も重要なピースが此処へと現れた事を悟ったからだ。
「地へと眠りし 炎の長よ…!」
この状況に至るまでに彼は三つ、重大な事を見落としていた。
「我が声に答え 汝の業火 この身に預け…!」
(これは…ヘルフレイムの詠唱…!)
一つ目、彼は自身が強大な力を得たが故に、”彼女”の存在を無下にした事。
「仇なす者を…!」
二つ目、その”彼女”はここ数百年に置いても類まれな才能を持つ存在であり、魔血の盟約によって更なる力を得た事。
「灰燼に帰すまで…!」
そして三つ目
「焼き払え!!」
キュイン…!
「”ヘルフレイム”!!」
“キュリア”が友達を見捨てる様な人間では無かった事。
ドゴォォォォ!!
「!?」
爆発したかのような炎の塊が絶え間なくアランの方へとなだれ込んでいく。
かつて見た彼女の魔法とはまるで違う圧倒的な火力と範囲。
「”魔防壁”!!」
躱すのは直感で不可能と悟り、自身を囲うように魔法用の防御壁を展開する。
防御魔法には二種類ある。
物理用と魔法用、
上級や下級の差はなく、防げる魔法の強さも扱う者が有する魔力の多さと出力で決まる。
アランは出力、量共にキュリアよりも勝っているので防御壁さえ展開すれば食らうことは無い。
しかもアランは前方だけで無く、囲うように展開している為、例え漏れた分の炎があろうと決して自分には触れる事は無い状態になった。
その予想通り、その密度によってアランの周りには隙間なく
炎が通過していく。
このまま魔法が止まるまで耐えていればアランは勝てる。
距離的にも次の詠唱をさせる前に殺せる。
筈だった。
ガシ!
アランの肩を何者かが掴む。
「!!」
再び言うが、彼の考えは”第三者が居ない事が前提”。
先程の氷魔法も、今の防御魔法も全て目の前に居る敵しか見えていなかった。
強大な力を得た故の慢心と油断。
そしてその復讐心が彼の視界を限界までいつしか狭めていた。
辺りを包む炎魔法、本来なら防御魔法を展開していないと簡単に焼き尽くされてしまうであろう威力。
しかし彼は再び侮り、無下にしていた。
魔力を喰らい、それを己の力と変える稀有なる存在。
アランへの怒りに燃え、痛みをものともせずに進み続けてくる存在。
振り返った彼 アランの目に入る少女の姿。
全身が焼け爛れ、焦げ臭い香りを放っている。
だが、少女は焦げた上からでも分かるほど不敵に笑っていた。
「久しぶりぃ…そして…」
拳を構え、振りかぶる。
焼けた肌はすぐさま再生し、治ったその目には笑顔と共に明確な殺意を宿していた。
「さよならぁぁ!!」
ボガァ!!
アランの顔面にカインの全力パンチが突き刺さる。
押し出される様にアランの体が防御壁から出て行こうとした瞬間、展開していた防御壁が消え去り、そして…
ゴォォォォ!!!!
彼の姿は炎の渦へと消えて行った。
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