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死か逃走か

硬いものが肉を打ち、その度に骨を砕く無惨な音が森の中に静かに広がり続ける。

音の中心には二つの人影。

かたや血みどろになりながら拳を降り続け、かたや余裕の笑みで杖を巧みに振り回して敵を打ち続ける。

お互いを飛ばし飛ばされ続けた事で戦いの舞台も深い森の中へと移り、カルロスとキュリアはその死闘の様子を見れていない。


そんな中、戦いの光景を唯一見る事ができていたオーガが動き出した。

「奴が魔法を使わなくなった…カイン様の身体に気づいたようです…」

「…?」

「私も戦います、物理ならばそれなりに耐えられますので時間は稼げるかと」

身につけていたボロボロのシャツを脱ぎ、眠るエリスに優しくかけて立ち上がる。

「お二人は先に城へ、道沿いに歩けば辿り着けます、その頃にはエリス様もお目覚めでしょうから皆も信用するでしょう」

「…ヴァンさんは…?」

「生憎、オーガですが戦いはからっきしでして…しかしおふたりと…カイン様も逃がすつもりです」

「それって…」

「エリス様にお伝え下さい、貴方にお仕え出来て幸せでした、と」

「待って!」

大きな図体に似合わぬ速さでヴァンは戦場へと向かう。

「……うぅ…そんな…ねぇ!カルロス!何とかしようよ!このままじゃ2人共…!」

「…行くぞ、キュリア…」

決心したカルロスがえエリスを背負い、歩き出す。

「何で!?見殺しにするの!?」

「アランを見ただろ、あいつはもう俺達の知るアランじゃない、俺達に出来ることは無いんだ」

「でも…でも…!」

「良いから行くぞ!ここで全滅よりは遥かにマシだ!」

「全員でやれば勝てる!」

「無理だ!俺達は足でまといでしか無い!俺はもう…失いたくないんだ…!」

「…っ…」

「…父さんも母さんも居なくなって…次にお前まで死んだら…もう耐えられない…!」

「…じゃあ…二人は死んでいいの…?友達じゃないの!?」

「…お前が居なくなるよりは…マシ…だ…」

「……!!」

「…頼む、一緒に来てくれ…」

「………………………ごめん…」

「…は…?」

「……私、行くから…」

「おい…!」

「………二人を助けに行くから…!」

半泣きになりながらそういったキュリアはヴァンと同じ方向に駆けていく。

「待て!!」

追いかけようとするカルロスだったが、足が竦んで動かない。

「…っ…!」

ドンドンと遠ざかるキュリアの背中を追いかける事も出来ず、進む事も逃げる事も拒んだ足はいつしか力なくその場に崩れ落ちる。

「…クソ…!クソ!!」

背中にエリスを背負ったまま再び現実に痛めつけられ、涙を流す。


何もかもが重い、背負った命も責任も自分という人間にはあまりにも重く、その先に見えるゴールも壮大で果てしないほどに遠い場所だった。

数日前までの勇者であった自分を殴って効かせてやりたい。

「お前はただの自惚れたガキだ」と泣くまで言いきかせてやりたい。

そして数日前の自分に背中を蹴り飛ばして欲しい、1歩でも進む勇気と力を分けて欲しい。

あの日みたいに死への恐怖も失う悲しみも知らなかった自分から。

何故守りたいのに進めない?

何故生きたいのに逃げられない?


俺には何も無いからだ。


力と勇気があれば進んだだろう、覚悟と意思があれば逃げたかもしれない。


だがどうだ?今の俺には何も無い、自惚れただけの力、欠片すら残っていない勇気、上っ面だけの覚悟、中途半端な意思。

それすらも見事なまでに全て打ち砕かれ、そのまま砂になってどこかへ消えてしまった。今の俺は勇者だっただけの男の末路。

愛する人に手を伸ばせず、友になった者達を見捨てる事しか出来ない。

ただ殺されるのを待つだけの生きた骸だ。


「……クソ……クソ…」

恐怖で歯を鳴らし、じわりと悔しさと罪悪感の涙が溢れる。

そんなカルロスに背負われたエリスは、少し幸せそうな顔をして…眠りながらはっきりと言葉を発した。

「…イグ…ニス……また…無茶して…」

「!!」

彼女の愛した魔族の勇者、その名を微笑みながら彼女は口にした。


無茶をして…多分イグニスって人が死にかけたんだろうか。

普通なら怒り、涙するであろう状況の夢で微笑んでいる、今の彼女にとってはそれすらも彼との数少ない思い出の一つであり、今でも心の支えなんだろう。

何千年も戦ってきた彼女の、唯一の拠り所だったのだろうから。


拠り所…今の俺が戦う理由は…何だ?

平和の為…人間の為…魔族の為…?


「……キュリア…」

驚く程自然に、その名が口をついて漏れ出る。


自分を心の底から思ってくれる人。

あいつは肉親を失った俺に寄り添ってくれた。

だから死んで欲しくなかった、俺の勝手な欲望のために。

だけど、俺はあいつの願いを何も聞いちゃいなかった。

底抜けに優しくて明るい奴だから誰とでも仲良くなるし仲良くなろうとする、そのせいか色んな人を助けたい、救いたい、そんな意思が人一倍強い。

アランやシエラが抜けた後も罪悪感で吐いていた程だった。

それほどに人を愛し、思える人間…それは魔族とて例外では無い。

恋人よりも友達優先…アイツらしい…


「……友達…優先…」


……まさかあいつ…


『…………ごめん…』


自分が犠牲になって…二人を逃がそうとしてるのか…?

たった一人で…


カルロスの脳裏に過ぎる最悪の想像、言ってしまえば完全上位互換の相手に戦いを挑もうとしている。

そんなの時間稼ぎにもなりはしない、それはキュリアも理解しているだろう。

だが、それだけで彼女の足が止まる事はなかった。

恋人が逃げてくれるなら自分は友達を助けて逃げてもらう、それで全員が助かる。

0.01%でもその可能性があるならキュリアは覚悟を決める事が出来る、そんな奴だ。


それなのに…俺は…!


「……エリス…少し待ってろ」

エリスを安全な場所で下ろす。


すまない…キュリア…身勝手な奴ですまない。

お前に寄り添おうともせず、その覚悟にも気づけなかった俺を許してくれ。

それが勘違いでも、俺はそのお陰で戦おうと思える。

そして、見知らぬ勇者、大英雄イグニス…

俺に愛する者のために命を捨てる勇気をお与えください。


動かなかった足は、自分でも信じられない程に早く進み、震える足でその重い一歩を軽やかに踏み込見続け、感じた事の無い凄まじい速さで森の中でキュリアと同じ方へと走り出した。


(全員…無事で居てくれ!!)



全員が生きてる事を願い、カルロスは全力でその足を前に進め続ける。

風のように、鳥のように素早く全てを掴む様に軽やかに。

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