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少女の日々

2話完結


 とある病院の一室。


 その部屋には、物心がつく前から病院に入院し続けている少女がいた。


 少女は原因不明の病に侵されており、治療法はなく今より悪くならないように安静に日々を過ごす事だけが少女の日常だった。


 そんないつもの日々を過ごす少女は、いつの日からか窓辺の柵に小さな青い小鳥が止まっている事に気が付いた。青い小鳥は決まった時間に来ることはなかったが、午前中か午後のどちらかには必ず毎日現れて、いつもしばらく少女を見た後に飛び立っていた。


 青い小鳥を見てから数日間は、少女は小鳥を脅かさないように見守っていたが、ある時に看護師が空気の入れ替えで開けられていた窓の隙間から、病室の窓枠まで青い小鳥が入ってきた。


 青い小鳥が病室の窓枠に止まった後は、少女に近づくこともなくいつもと同じように少女を見つめていた。少女も同じように小鳥を見つめていたが、もうすぐ看護師の人が窓を閉めに来ることを思い出して小鳥に声をかけようとした時、病室の扉が開く音がした。


 思わず病室の扉を見て看護師の人だと確認してから、小鳥の事をどう説明しようと窓辺に視線を戻したが、すでに小鳥は飛び立った後だったのか青い小鳥の姿はなかった。少女の様子に看護師の方は不思議そうにしていたが、いつも通り窓を閉めて体の調子を聞いてきた。


 その日からは、青い小鳥は看護師の人が窓を開けてくれる時間になると現れて、病室の窓枠に止まってからこちらの様子を窺うようになった。


 数日は様子を見るだけに終わっていたが、少女はいつもやってきて逃げない青い小鳥に興味を持って、意を決して声をかけてみる事にした。


「こんにちは、青い小鳥さん」


 少女はドキドキしながら小鳥の反応を窺ったが、小鳥は変わらず見てきただけだった。少女もそれ以上は声をかけずいつもと同じように、看護師の人が窓を閉めに来る前には青い小鳥は飛び立っていた。


 少女は話しかけたせいで青い小鳥が来なくなったらどうしようと、その日一日考えることになったが、次の日も変わらず青い小鳥が来たことに安心して、少女は昨日より少しうれしそうに青い小鳥に挨拶をした。


「こんにちは!青い小鳥さん!」



 その日から、いつも窓枠に現れる青い小鳥に挨拶をすることが日課になった少女は、青い小鳥が来るのを一日の楽しみにしていた。


 そしてそんな日々が続くうちに、青い小鳥は病室に降り立つといつも一言声をかけてくる少女に返事をするようにピピっと鳴くようになっていった。


 そんな少女と青い小鳥の挨拶だけが続く、少女にとって唯一の外から来た初めての友達との毎日が続いた。


~~~


 ある日、日も落ちて深夜に差し掛かろうとしている時間の病室の外にて、大人の話し声が病室の中までかすかに聞こえてきた。


「お願いします。どうか…どうか…」


「私達にはもうあの子しかいないんです。どうかお願いします。どうか…あの子を助けてください」


 誰かを助けるように必死に頼みこむ男女の声。


「わかっています。私達も全力で解決法を探してはいます。……ですが、現代医学ではまだ娘さんの病の原因を特定することが出来ていないのです。そして…娘さんの状態は…いえ、この話はこちらで話しましょう。どうぞこちらへ…」


 話し声が聞こえなくなって静まり返った病院。その日は少女の容体が急変して、初めて救急治療室へと入った日であった。


 しばらくの時間が経った後、少女の病室の扉が開かれる音がした。2人の足音が少女が眠るベッドのそばまで来ると、少女の頭を優しく撫でてわずかに声を震わせながら話しかけた。


「早く、元気になってね。私たちはあなたが家に帰ってくるのを待ってるからね」


「元気になったら、パパがどこにでも好きなところに連れて行ってあげるよ」


 しばらくして、少女を撫でていた手が離れると、すすり泣くようにして呟いた。


「どうして…どうしてこの子までも(・・・)…」


「……」


 父親が母親を抱きしめながら、2人は少女の病室を後にした。



 数日後、少女はいつもと同じ病室で青い小鳥が来るのを待っていた。そして、青い小鳥も今までと同じように開いている窓から病室の窓枠に止まり少女の挨拶に返事を返した。


 だが、その日はいつもとは違い少女から青い小鳥に初めて語りかけた。


「あおいことりさん、…わたしってもうすぐしぬみたい」


 青い小鳥は少女から話しかけられたことに驚く様子もなく、逃げることもせずにいつもと同じように少女を見つめていた。


「きのうね。りょうしんがきてくれたんだけど、いままでとちがってとてもかなしんでいたんだ。そのようすがわかって、じぶんでもわかっちゃったんだ。なんとなくは、わたしもわかってはいたんだ。きみがはじめてきてくれたときとくらべてからだのじゆうがきかなくなってきてはいたんだよ」


 少女は、上がらなくなってきている手を胸まで持ってくると、目を閉じて心の内を初めて語った。


「わたしね。このびょういんからいちどもでたことがないの。あっでも、ほんとに小さいころはりょうしんといえでくらしてたらしいんだけど、ざんねんだけどなんにもおぼえてないんだ~。だから、きのうりょうしんがいってた家ってのもきおくにないからどんな家なのかも知らないんだよね。家よりこのびょういんですごした時間の方が長いから、むしろこのびょうしつがわたしの家ってかんじなんだよね」


 少女は笑い話でもするように、ことさら明るく話し続けた。


「でも、お父さんがいろんなところにつれていってくれるっていっていたのはちょっときょうみがあるなー。わたしはこのびょういんから出た事がないから、ここから見えるところいがいはえいぞうやえでしかしらないんだよね」


 少女は窓枠にいる青い小鳥の方を向いた。


「きみは、そのつばさでいろんなところを見てきたんだろうな~。日本で一番大きな山やどこまでもつづく海とか、人がいっぱいいる街とか。いいな~、わたしも…わたしも、みて‥みたかったな……」


 明るく語っていた少女から、一滴(ひとしずく)の涙が流れると止まることなく涙が次々とあふれ出るように流れ出てきた。ひとしきり泣いて涙が止まった後、再び笑顔に戻ると少女は小鳥に謝った。


「ごめんね。小鳥さんには分からなくてかんけいない事だからついしゃべりすぎちゃった。…私がしんで生まれかわったら、わたしも(・・・・)鳥になってこの世界を見てみたいな…なんてね」


 少女は久しぶりに多くを話したことで疲れたのか、ベットに倒れるように横になった。


 もうすぐ看護師の人が来て、今日のこの時間も終わりかなっと目を閉じて思っていると、いつもは挨拶の時以外に鳴いたことがない青い小鳥の声が聞こえた。小鳥が返事でもしてくれたのかなと思いながら、その日はそのまま目を閉じて眠りについた。


 翌日からも、少女と青い小鳥は挨拶と時々少女が語る日々を送っていたが、数か月後に少女の容体が悪化したため、再び集中治療室に数日間入ることになった。


 少女は以前より体の調子が悪くなっていた為、もしもの為に集中治療室に部屋を移らないか検討されたが、体調が落ち着いていた事と少女の希望により、以前の部屋に戻れることになった。


 ベッドに寝たままの少女が看護師の人が窓を開ける音を聞いて目を覚ますと、閉じようとする瞼に抵抗しながら、少女は青い小鳥が来るのを待った。


 少女の思いが通じたのか、青い小鳥は窓枠に現れた。


「お…はよ‥う」


 時刻は昼過ぎであったが、少女はいつもと同じように小鳥に挨拶をした。小鳥がいつもと同じようにピピっと鳴いて返事をしたのが聞こえると、少女は微かに笑ってその日はそのまま瞼を閉じて眠った。


 それからは、今までの間隔より体調が悪化する事が多くなった少女が集中治療室に行く事が多くなり、青い小鳥とは会えない日々が続くことがあった。


 そして、集中治療室と病室を行き来する間隔が短くなり、とうとう医者から病室にはもう戻れないと言われたが、少女があの病室に戻ることを強く望んで、両親も少女の望みを叶える為に病室のお金も出してもいいと病院側と交渉した結果、体調のいい日には決まった時間に病室に連れて行ってもらえるようになった。


 しばらくは少女もその生活を続けていたが、少女の容体が急に悪くなることが多くなったことにより、その生活も長くは続かなかった。


 そして、もう集中治療室から出ることは出来なくなり、少女の両親にも覚悟の準備をしておいてくださいと言われるまでになった。


 少女は僅かな時間の体調が良くなる間に両親や医者と話しながら、別れの言葉を両親に伝えた後に、少女が最後に望んだことはあの病室で過ごす事だった。医者は両親にもう次に少女の体調が悪化すると手のほどこそ用が無くなる事を伝えた後、両親は少女の望みを優先してもらえるようにと伝えた。


 病室へと戻った少女は、不思議なほど体調が良かったこともあって、ベッドを上半身が起きるように操作すると、久しぶりに自分の手をゆっくりあげて、窓に手が届く位置まで近づけてもらったベットの上から窓を開けた。ただ窓を開ける事だけなのに、少女は息を切らした呼吸を整えながら待つことにした。


 窓を開けてすぐにいつもとは違う時間のはずなのに青い小鳥は飛んできて、いつもいた位置に止まった。


 少女は今までと同じように挨拶をしようとした。


「こん、にちは、ことり、さん」


 久しぶりに喋ったことで言葉がつっかえながらも挨拶をすると、青い小鳥はいつもと同じようにピピっと鳴いた。


 それからは、ゆっくりとだが少女が話して小鳥は時々返事をするように鳴いて、少女は小鳥との時間を楽しんだ。やがて、喋り疲れた少女が完全にベッドに体を預けるようになり顔だけをわずかに小鳥に向けて話した。


「あり、がとう…なん、ねんも、かわる‥ことの、なかったひびに、たの‥しみが、うまれて、うれし…かった。もう、きみとは、あえ‥ない、から、きみは、もう‥ここにきちゃ、だめだよ…」


 少女はもう目を開けることも出来ずに瞳を閉じて、呟くように小鳥へと喋り続けた。


「みて、みたかった、な…わたしが‥うまれた…この…せかいの…こ‥と…を……」


 少女が言葉を紡げなくなると同時に、医師と両親が病室の扉を開けて入ってきた。少女の周りは医師と両親の声がずっと聞こえていたが、少女はもう目を開けることも出来ず、心の中で両親へのありがとうといつまでも心配かけてごめんなさいと伝えると、少女の命は今この瞬間にこの世界から消えようとしていた。


 医師や両親の声も遠く聞こえなくなっていくなか……少女は最後に、青い小鳥は病室から無事に飛び立ってくれたか、突然の入室者に驚かなかっただろうかと、最後まで小さな友達の事を気にしていた。


 そして、少女の意識が深く深く沈み込んでいくとき、一度も聞いた事がないはずなのに、どこか安心する、もう1人の自分の様な声が聞こえた気がした。




 数日後、誰もいなくなった病室では部屋の清掃が行われていた。清掃していた人が、室内の窓枠に綺麗な小さな青い羽が落ちているのを見つけた時、病室の扉の外から清掃していた人に声がかけられた。


「すいません。その青い羽もらえませんか」


 車いすに乗った少女が、清掃員の手に持っている青い羽を見つめながら、清掃員の言葉を待っていた。清掃員は野生の鳥の羽を少女に渡していいものか悩んだが、少女があまりにも真剣に見てくるため、軽く消毒をした後に少女へと青い羽を渡した。


「ありがとうございます」


 少女はとてもうれしそうにお礼を言った後に、看護師の人に車いすを押されて病室の方へと戻って行った。


~~~


 数週間後、経過観察とリハビリで入院していた少女の退院の日がやってきた。


 少女の両親は、少女が無事に退院できることを涙を流しながら喜んで、退院までの書類手続きの間に、少女にこれからの事を病室で話していた。


「本当に、奇跡って起こるんだな」


「そうね。あの日の事は今でも鮮明に覚えているわ。でも、本当に良かった」


「ああ…そうだっ!前に言ったけどどこか行きたいところはないか?これからは何処へでも連れて行ってあげれるからな」


「そうね。行きたい所、食べたいもの、何でも言って、お母さん頑張って何でも作るから」


「そうだぞ。母さんは家に帰ってきたら美味しいものを食べてもらいたいからって、毎日料理の腕を磨いていたからな」


 少女の両親が今までどれだけ心配してくれて、今の状況を喜んでくれているのか少女は改めて実感していた。


 退院の手続きも終わった後、少女が物心ついてからは初めての家への帰宅のために車に乗っていた。


 車の中でも少女の両親は、これからの事を楽しそうに少女に話していたが、少女は両親に一つ聞いておかなければならない事があった為、両親の話が途切れた時にある質問をした。


「お父さん、お母さん。聞きたいことがあるの」


「ん、なんだ?」


「なあに、何でも言って」


 少女は両親と一度目を合わせた後に尋ねた。


「もしかして、私に姉弟(・・)っていた?」


 少女の質問に両親は驚くようにして固まった、両親は目を合わせて2人が頷いた後に話してくれた。


 両親の話しでは、少女には本当は双子の弟がいた。だが、弟は生まれてすぐに亡くなってしまった為に、体の弱かった少女には余計な負担をかけない為に今まで話してはこなかった。大きくなってから話そうとは思っていたが、少女が入院したことにより双子の弟の事は話すことはなく、今日まで伝えては来なかった。


 話していなかった事情を両親から聞いた後に、少女はどうして知らないはずの事を知っているのか聞かれたが、何となくとぼかしたことで、両親も祖父か祖母がお見舞いにその事を来た時に聞いたのかもしれないと思いそれ以上は少女に聞くことはなかった。


 少女は初めて見る景色を楽しみながら、車が家の前に着くと少女と母親は先に降りて家へと入っていった。そして家の中を案内してもらっていた時に、部屋の机に双子の赤子が並んだ写真が置かれているのを見つけた。


 少女はいつも肌身離さず持っていた青い小さな羽を写真の前に置くと呟いた。


「ありがとう。必ず約束(・・)は守るよ」




お読みいただきありがとうございます。

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