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episode49(ⅰ)

 旧王都近郊。かつて、フェバート村と呼ばれていたらしい小さな農村に、師弟は足を向けていた。

 現在は六番街の一部として合併され、ここに住む人間はほとんどいない。何より隣接しているのは人外が暮らす森なのだから、世帯数が小規模なのも当然だろう。


 崩壊した家屋を何軒か通り過ぎる。いつの間にか張られていた緊張の糸に、背筋が伸びた。

 荒れ果てた畑には雪解け水が溜まり、鳥たちがつついて回る。凪いだ水面に波紋が広がった。


 シンセ森を突っ切って向かえば早かったが、わざわざ村を通って迂回してきたのには理由がある。番人であるセーゼに見つかっては、いちいちヒュウとの諍いを挟んでしまうからだ。そのようなことをしていては日が暮れてしまう。事は重大である故、一刻の猶予も惜しいのだ。


 シュリは師の左隣を歩きながら、そっと辺りを見回す。

 森沿い一帯が村だと説明されたが境界線が定かでない。所々、風化したロープが木々の合間を縫うように結ばれているばかりで、役目など疾うの昔に終えている様子だった。


 これほど近くては二者の生活圏が重なってしまう気がするが、少年は黙って思案に耽る。

 実際、シンセ森周辺に人が住むような場所はここ以外にない。大方は人里と森の間に池を作ったり、大きな柵や塀を設けたりしているのだ。

 しかし街に彼らが現れている辺り、それらは意味のない隔たりであることは明白だが。


 怪物たちの巣は名目上、国の管理下にはなっている。役人たちが監視しているのが常だが、この村にはいなさそうだった。


「ここらへんかな。入ってすぐにミズナラの木がある筈。そこに住んでるから」


 そう言ってヒュウは立ち止まる。少年も倣って足を止めたが、視界の大部分を占めるのは先ほどから何も変わらない森の一角だった。

 果たして彼は何を目印に言っているのだろうかと、弟子は疑問に思いつつ青年の後を追おうとした。


 すると。


「あれ、シュリくん? 何してんの?」


 背後に掛けられた声に振り返る。

 二人の視線の先には、赤毛の小柄な青年が目を丸くしていた。


「ロゼさん。貴方こそ、どうしてこんな場所に」

「こんなってヒドイなぁ、ここボクの地元なんですけどぉ。キミたちこそなんで森に入ろうとしてるのさ」


 朗らかな笑顔を浮かべ、ロゼルアは背負っていた荷物を下ろす。襟の高い粗末な私服に映える黄色い目は、不思議そうに師弟を眺めた。

 シュリは手早く仕事だと説明すると、察しのよい彼は大きく頷く。必要以上に深掘りせず、眉を八の字にして大変だねと笑った。


「少佐くんは一緒じゃないの?」

「リグさんには留守番を頼んでいます。失礼だとは承知の上ですが」


 申し訳なさそうに言う少年に、赤毛の彼は笑って首を振った。扱き使っていいと自分の上司に対する言い草ではないが、気にする素振りはない。


 他方、ヒュウは初対面だったため、シュリを介して挨拶を交わす。両者とも社交的な性格であるからか、難なく楽しげに世間話をしていた。


「こんな時期に帰省するなんて珍しいね。休暇が取れなかったのかい」

「実はダディがぶっ倒れたらしくて、ちょっと介護しなきゃなんですよ。家政婦さん雇おうとしたら一週間後って言われちゃって」


 相変わらず少年のような声で話す彼は、はっとして口を噤む。二人が仕事中だというのに立ち話をしてしまったと謝罪した。その身に軍服を纏っていなくとも彼の能弁さは健在のようだ。


 別れ際、ロゼルアは忠告を口にする。


「月魄様に殺されちゃわないようにしてよ、何かあったらいつでもボクんとこに来ていいから」


 そう言って、近くにあるレンガの家を指差す。明るい調子で再び手を振ると背を向けて去って行った。


 どうやら騒がしさは人に移るらしい、先ほどまで張りつめていた空気はいくらか解れていた。

 森に足を踏み入れると、地面の湿った感覚が足裏に伝わってくる。大地からちらほらと芽吹く緑の上を歩いていった。


 師の言っていたミズナラはすぐに見つかった。

 周りの木よりも一際太く大きいこともあって、感じられる生命力と威圧感は形容詞しがたい。自然と息を呑んでしまった。

 長く生きているからか、木の表面には苔が()している。幹の太さは大人が両手を広げても届かないだろう。


 首が痛くなるほどの高さを見上げ、ヒュウはすっと息を吸う。次の瞬間、森中に響き渡る勢いで彼は声を上げた。


「いるかいマギー! 僕だ、ヒュウエンスだ!」


 閑静な空気がざわめく。仰天した鳥たちが一斉に羽ばたき始め、森が騒然とした。

 弟子は肝を冷やしてヒュウを注意する。


「こ、声が大きいですっ びっくりさせないでくださいっ」

「だってアイツ耳遠いんだもん」


 悪びれもせずに言い返す彼に、シュリは呆れた顔をした。人外にも難聴が存在するとは意外だったが、論点はそこではない。


 不意。呼び掛けに応えるように影が躍り出た。

 それは明らかに人の形を持たず、静かに一行の前に立ちはだかる。


「誰を婆さん扱いしてるつもりだい、あたしゃアンタと七十しか違わないだろう」


 現れたのは、少年とさほど変わらない背丈の梟だった。

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