【帰郷編】episode48
冬が溶け、花々が面を上げて綻ばせる頃。
王宮にて行った潜入依頼から半月の時が流れていた。
あれから氷輪の救急箱に目立った仕事は舞い込んでこなかった。発症者が現れることも以前より減り、穏やかな毎日を送って――いれば良かったのだが。
一番の問題であるフレイアの件で、悪い方向に進展があった。単刀直入に言うならば、彼女が営んでいた花屋がなくなってしまったのである。
蝶と衝突したあの夜から、暫くの時間が経っているが店はそのまま続けられていた。どうやら昼間は以前の彼女を演じているらしい。
だがヒュウが実際に赴くと、入店を断られてしまい直接会うことは叶わなかった。もちろんシュリやリグも同じように門前払いを食らわされていた。
そして先日、訪ねていくと蛻の殻と化してしまったのである。
「理由はともかく居なくなったことには変わりない。絶対に探し出す、これ以上好きにさせるつもりはない」
師はそう言って緋色の眼差しを鋭くした。
まずは彼女の行方を追わなくてはならない。あの蝶のことだ、考えもしないような場所へひらひらと行ってしまっている可能性が大いにある。
彼女の目的が明確になっていない現在、氷輪の救急箱に為す術は限られてしまっていた。
曇天の今日。
すぐにでも降り出しそうな雨雲が、窓の外に広がる。
フレイア捜索と同時に行うシンセ森の人外流出について、三人は話をしていた。
「若い奴らは言語が通じないから、直接聞き込みをしても無駄だろうね。やっぱり他の住人に聞くしかないか」
ヒュウは過去に調べ上げた資料の束を机に置く。膨大な量だというのにもかかわらず、記されている内容は薄いものばかりだった。
それを片手に取りつつ、リグが口を開く。
「森は広いですし、どれくらいの人外が住んでいるのか見当もつかないです。月魄様でさえ分からないとなれば、どうにもならない気がします」
真顔に似合わず狼耳が力なく垂れる。隣に座るシュリも同意して頷いた。
根詰まりする若者組に対して、長髪の青年は面を上げる。細い腕を組み、彼は眉根を寄せて言った。
「いや、正直に言うと宛はある。セーゼ以外に森に詳しい奴がいるんだ」
しかしヒュウは、ただ、と言い淀んで目を伏せる。口調からして、彼は自分の言う“宛”にあたる人物を頼るか否か迷っているように見えた。
何となく察した二人は、催促することなく年長者の気持ちを待つ。長く生きる彼だからこそ悩みは尽きないのだろう、セーゼと似た関係なのかと推測できた。
少しして、決心したらしいヒュウが言う。
「そいつ、僕のこと嫌いだし、僕もそいつのこと嫌いなんだよね」
「なんですかそのふざけた事情は」
思わずシュリが冷静な一太刀を入れる。リグも呆気にとられた顔をして瞬きを繰り返した。
青年は嘘泣きをするように、軽く握った拳を目元に当てる。戯けた言い方で、これには理由がちゃんとあると反論した。
真面目な話題かと身構えていたのが馬鹿らしくなり、弟子は説明を求める。長い毛先を弄りながら師は答えた。
彼女の名前はマグダレン・N・ヴァウル。
月魄様に次いでシンセ森に長く暮らす、聡明な梟の人外。彼女は右に出る者はいないほどの知識人だそうだ。
「森で暮らしてた時に世話になったんだけど、まぁ色々あって。それが原因で僕は森から出てったんだ」
ふと、弟子の脳裏にセーゼの台詞が過る。番人が青年に、帰ってこないのかと執拗に問うていた理由も明らかになる気がした。
マグダレンは通常の人外よりも遥かに獣の姿に近いらしく、人間に化けることができない。そのせいもあって彼女は街へ降りたことがないそうだ。
何より最も厄介なことは、人間を忌避し軽蔑しているという点。
師とは真逆の思想を持つのだと言う。
彼の言う色々が何を指し示していたのか、それとなく想像がついた若者組は控えめに顔を見合わせる。希望を見出しかけたが雲行きは怪しいものだった。
しかし、生き字引である彼女を頼るのが最善だろう。加えて今、危機的状況にあるのは人外側だ。こちらがそれに手を差し伸べる形になれば協力的になってくれるかもしれない。
三人は作戦会議の末、シンセ森に行ってマグダレンと話をすることに決めた。
とはいえ森も広大。たった一人の人物を探し出すのは骨が折れそうである。
シュリがそう言って俯くと、ヒュウは眉尻を下げて微笑んだ。場所の予想はついているという口調は、何処か儚げだった。
「旧王都の郊外。僕の故郷の方だよ」




