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episode42(ⅰ)

 香り高い花の匂いが漂う。

 藍色の絨毯、金が施された花瓶、照明が映える深蘇芳の天井。人より遥かに大きい窓ガラスの向こうに見えるのは、朝日が昇る前の街並み。


 依頼遂行の当日、早朝。

 三人が使者に連れられ案内されたのは王宮の奥だった。

 すれ違うメイドやフットマンは、上品な仕草で礼儀正しく頭を下げる。恭しい挨拶に、瑠璃の目を持つ少年は悪心を覚えざるを得なかった。


 今朝から顔色の優れない同僚を見て、リグも不安げな視線を迷わせる。先日の話し合いが頭の中で再生された。


 あの時、ヒュウは淀ませることなく言った。リグが人外であることを見抜けるのはグレウだけだろうと。

 後天性なこともあって、彼の場合は獣より人間の気配の方が強くある。同類でも看破するのは難しいと考えられるが、しかし統率者の目は欺けないだろう。

 加えてあの男は、ヒュウの正体でさえ見破ってしまったのだ。並外れた実力者であることは言うまでもない。


(父上はロッドさんが人でないことを知っても殺さなかった。でも、それはおれを殺さない根拠にはならない)


 彼はきつく唇を結んで歩を進めた。

 死をも覚悟していたが、その胸にはどこか安堵の色が滲んでいる。贖罪になるなら、そんな結末の方が良いのではないかと思ってしまっていたのだった。


 日光が差し込む屋敷の奥。

 目的の客間に着くと、そこには先客が揃っていた。黒のローブに白い不気味な仮面――手紙に書かれていた四人の処刑人だ。


「早いね。集合時間の一時間以上前なのに」


 入るや否や、長髪の青年が軽い調子で言う。

 対して腰掛けていた一人の偉丈夫が、こちらに鋭利な眼光を向けた。


「王家直属の狩人として当然だ。君たちも十分早いと思うがな」

「わ、シュリくんだっ こないだぶり!」


 グレウが返すと、彼の影に隠れてしまっていたカツェルが顔を出す。格式高い部屋でも、彼女の天真爛漫さは健在のようだ。


 一瞬、彼の深緑の目が息子を捉える。だが即座に逸らされてしまった。


 従者が来る前に自己紹介を済ませ、いくらか空気は穏やかになる。エンカー親子の間では特段何かあるわけでもなく、主にカツェルとヒュウがその場の雰囲気を和ませていた。

 他方、シュリは部屋の隅で俯いている。長い睫毛に縁取られた、蒼い瞳が揺れた。


 ふと扉の外から、何やら騒がしい音が聞こえる。バタバタを走る音と、誰かを呼び止める声だ。

 なんと言っているかまでは聞き取れないが、間もなくして判明するだろう。客人たちが疑問に思う中、扉は勢いよく開かれた。


「お、お待ち下さいカエハ殿下! 貴方様が出る幕ではっ」


 何事かと出入り口に視線が向く。

 途端、少年は息を吸ったまま停止した。


「うるさいぞリチャード。私が直接話せば早いではないか」


 濡羽色の髪、瑠璃色の双眼、氷のように透き通った白い肌――シュリと瓜二つの顔を持つ、この国の第一王子・カエハだった。


 前触れのない王族の登場に、座っていた者みなが立ち上がり頭を垂れる。唐突に張り巡らされた緊張の糸が、全員の体を縛るかのようだった。


 代表してグレウが挨拶を口にすると、幼い王子は満足そうに言う。


「此度はよく来た、感謝する。早速で悪いが本題に入ろう」


 片手を軽く上げ、座るように指示する。着席したのはそれぞれの長だけで、他の者たちは後方に控えた。


 王子が直々に来ることは想定されていなかったらしい。リチャードと呼ばれた執事が慌ただしく動いていたが、当の本人は気にすることもなく話し始めた。

 彼から見て左奥。

 シュリは今にも倒れそうな血相で、自身の弟を見つめていた。当然、彼の話など頭に入るわけがなく、鏡の向こうにいるような片割れを盗み見る。


 見ないうちに彼も成長したものだ。王家の証である美しい瞳も、伝統である髪型も、豪勢な衣装もすべて物にしている。

 ただ違うのは、言動を含めた性格だった。


「お前たちには此処で“従者として”潜入捜査をしてもらう。もちろんこの件について、従者たちはこの執事以外誰も知らない」


 真剣な眼差しの彼はそう告げ、あとの作戦は自由にしても良いと言う。随分と危険なことをすると思いながらも、処刑人たちは口を噤んで頷くばかりだった。


 カエハは質問がないかと問う。静まり返った室内、すっと片手を上げる者が一人。

 ヒュウが普段通りの笑顔を貼り付けて尋ねた。


「今回、守護団体だけでなく私どもをお呼びになったのは、どのようなお考えがあってのことでしょうか」

「エンカー卿からの推薦だ。人外駆除の腕は確かだと聞いたぞ」


 思わぬ事実に、青年の赤い目が偉丈夫を一瞥する。彼は笑みを崩すことなく返事をし、再び深く礼をした。


 話が終わるとカエハは腰を上げる。最後に一言、期待をしていると言い残して去って行った。


 扉が閉まる。嵐のような王子の訪れに、若い者たちは大きく息を吐いた。

 警鐘とも錯覚するほど鳴っていた心臓を押さえ、少年は脱力する。師の座る椅子の背凭れに体を預け、気味の悪い汗を額に滲ませていた。


 ヒュウは弟子に視線を遣りつつ、話を切り出す。

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