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【王宮潜入編】episode41

 ヒュウの手には一通の手紙。

 瑠璃色の封蝋が象るのは王族――ヴィンリル家の紋章。


 事務所の玄関に向かい立つのは、胡散臭い顔をした初老の男。彼は華美な装いを身にまとい、モノクル越しの糸目を弓なりにした。

 長髪の青年を囲むように、紺色の制服が立ち並ぶ。言わずもがな緊張の糸が張り巡らされていた。


 部屋の奥、師の仕事机の下。

 虚空を瞠目したまま蹲るシュリは、体の酷い震えを押さえつけようと自身の腕に爪を立てている。息を殺そうとするも、心臓は高鳴って呼吸をしろとせがんだ。


「お話は以上でございます。どうか奮ってこのご依頼にご尽力くださいませ」


 初老の彼はそう言い残し、軍人たちを引き連れて馬車へと乗り込む。ヒュウの返答すら聞く気はないようで、こちらに断る選択肢はないらしい。


 静まり返った空間に一際冷たい風が横切る。

 彼は大袈裟に溜息を吐いてみせ、勢いよく扉を閉めた。バンッと大きな音が響き、わざとらしくヒールを鳴らす。


「シュリ、出てきていいぞ。もう行った」


 荒々しい行動とは裏腹に、弟子へ向けた声音は優しい。少年は小さな頭をひょこりと机から出した。

 八の字になった眉の下、潤んだ目は怯えと確かな恐怖心がある。小刻みに震える唇はすっかり乾いていた。


 そんな様子の彼に、師は普段通りを装って軽口を叩く。突然の訪問が気に入らなかったようだ。


 すると、今度は玄関の扉が開かれる。

 軋んだ音を耳にした途端、シュリは考える間もなくピストルに手をかけようとした。だが、すぐさま警戒心は解ける。

 ドアの向こうにいたのはリグだった。


「さっき誰か来てましたか? 馬車の音が聞こえたんですけど」


 先ほどまで二階にいたリグは、小首を傾げながら問う。彼は通りの方へ視線を遣った。 

 対してヒュウが、片手にした手紙を掲げて見せる。仕事の依頼が舞い込んできたと。

 返答とともに見せられた封蝋に、金髪の軍人は思わず目を見開いた。驚くも無理はない。国旗でしか目にすることのない紋が記されていたのだから。


「軍直々の依頼でさえびっくりしたのに、今度は王家からなんて。ロッドさんたちは本当にすごいんですね」


 素直に感嘆する若造を眩しく思いつつ、長髪の青年は苦笑する。本当は拒否したかったんだが、と本音を零した。

 そして、すぐに表情を消す。


「今回は共同業務。現場は王宮、依頼内容は人外の摘発だよ」


 王族に従事する者の中に化け物が紛れ込んでいる。その者を見つけ出し、即刻処せ。

 詳細は以下の通り。

 城内にて、半壊状態の従者の死体の発見が立て続けに三件発生。その他異臭などの報告あり。外部からの侵入の可能性は低いため、従者の中に潜んでいると断定したそうだ。


 ヒュウは既に中身を確認していたらしく、手紙をリグへ手渡す。受け取った彼は素早く目を通し、瞬く間に表情を曇らせた。

 少しの逡巡の後、彼は薄い唇を開く。


「処刑人と一緒に、やらなくちゃいけないんですね」

「あぁ。人外(ぼくら)を見分けられるのは、アイツらか同類しかいないしね」


 当惑する眼差しを紙面に向け、青年は力なく狼の姿を晒した。耳も尻尾も力なく垂れている。


 手紙には参加する狩人たちの名も記載されていた。氷輪の救急箱のメンバーを含めて計七人。そこには彼と同じ苗字を持つ者が一人、いた。

 彼の父親だ。


 瞳を濁らす同僚を見上げ、シュリはどう言葉を掛けるか迷う。しかしそれ以上に、自分の身に迫った危機を見過ごすわけにはいかなかった。

 まさか、また城に足を踏み入れなくてはいけないとは。もしかしたら両親や双子の弟と、再会せねばならなくなるのではないだろうか。


 そう思うだけで彼は耐え難い吐き気に襲われた。面を真っ青にして、その場に座り込む。

 リグが心配して膝をつくも、子は顔を上げられそうになかった。


 心の澱を抱えた二人を見下ろして、ヒュウは落ち着いた声で話し始める。


「正直に言うと、僕は君たちを参加させたくないと思ってる。絶対いつも通りに仕事できないだろ」


 長い黒髪の毛先を弄る。すべてを見通しているかのような口調だが、深紅の瞳は隠しきれない憂いを滲ませていた。

 彼は、打ち消しの言葉を口にして目下の二人に告げる。


「でもこのままでもダメだ。いつか必ず過去と向き合わなくちゃいけない時が来る。今回はそれなんじゃないかい」


 優しさと厳しさの同居した台詞は、自分へ向けたものでもあった。己の犯した罪にも、逃げ続けてきた現実にも、正面から受け入れていく必要があるのだ。


 守るべきか、成長させるべきかの狭間に揺らぐ彼の複雑な心境を察して、リグは腰を上げる。既に覚悟は決まっていたらしい。三角耳はぴんと立ち、双眼の緑翠は色濃く瞬く。

 一方、シュリは俯いた状態で動かなかった。過去にはもう縛られないと言ったはずなのに、身体が勝手に反応してしまう。

 あの火事の匂いが思い起こされてしまうのだった。

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