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episode38(ⅱ)

 少年は彼女の首を狙っていた。


 カツェルの瞳が大きく開かれる。映るのはたった一発の弾丸。至近距離、避けるには時間が無さすぎる。


 思考も虚しく、彼女は為す術なく模擬弾を撃ち込まれた。


 観衆が一斉に騒然とする。身を乗り出したり、我先にと女の狩人へと駆け寄ろうとした。


 他方、シュリは未だ、まともに喰らってしまった蹴りに表情を歪めている。骨は折れていないだろうが多少の影響はありそうだ。

 無理に動いたからか、通常より上がった息が収まらない。呼吸をする度に痛んで上手く酸素が吸えなかった。


 覚束ない足取りで倒れた少女に歩み寄る。すると、男どもの名を呼ぶ声の中、気の抜けた甲高い声が聞こえた。

 カツェルが起き上がったのだ。


「びっくりしたぁ、死んじゃうかと思った!」


 喉を押さえ、酷く幼気な上目遣いで見てくる。少々咳き込むくらいで顔色は何ともなく、彼女は頭上に立った後れ毛を揺らしていた。


 周囲の処刑人らが心配の言葉を掛けると、彼女は満面の笑みを返して言う。その台詞に、シュリは思わず怪訝な目を向けた。


「カツェルは大丈夫だよ、痛いってわかんないから」

「わからない? どういうこと?」


 少年の疑問に、彼女はキョトンとした顔をする。やがて大きな双眼を宙に彷徨わせて唸った。どうやら本人も分かっていないらしい。


 考え込むカツェルの傍ら、中年の男が代わりに説明してくれた。彼女は痛みを感じない病気に罹っているのだと。

 初めて耳にする病に、シュリは驚いた表情をする。

 先程まで彼が行っていた銃撃のほとんどに反応がなかったのは、恐らく痛覚がなかったからだ。痛みという障害がないお陰で、この少女は臆することなく戦えていたのだろう。


 首を擦って立ち上がる彼女は、それよりもと言って子に駆け寄った。勢いよく両手を掴まれ、ぐいっと顔を近づけられる。

 カツェルはとても興奮した様子で、握った両手を上下にぶんぶん振った。


「ホンっトにあなた強いんだね! 銃って遠くからバンバン撃つものだって思ってたけど、すっごく近くにきても戦えるんだ!」


 きらきらとした笑顔を向けられ、シュリは僅かに後退してしまう。が、きつく掴まれた手から逃れられず上体を仰け反らせるので精一杯だった。

 苦笑して貴方も強い、と返すと彼女の目が一瞬だけ揺らぐ。口調は勢いを殺して落ち、笑顔も力ないものになった。一言、そうかなと呟く少女は年相応に見える。


 束の間の静寂が訪れた。

 ふと二人の模擬戦を見ていた処刑人たちが、張り切った声で言う。


「オレらも負けてらんねーな!」

「よっしゃ、訓練再開だ! 野郎ども!」


 雄々しい台詞を言い合って彼らは散っていった。各々の武器を携え去る背中は、シュリにとって遠いものに思える。

 肩を並べて戦場に立つ仲間を、どこか羨んでいた。


 側腹部の痛みも和らいだらしい。とは言え大事に至っては元も子もない。彼は少女を見上げ、医務室へ案内してほしいと頼んだ。彼女は大きく頷いて快諾した。


 古い壁を伝って駐屯地の中を進む最中。

 少女はスキップをし出しそうな足取りで少年の隣を歩く。先ほどの手合わせが満足のいくものだったのだろう。


 鼻歌を軽く歌う彼女へ、シュリは問うた。


「カツェル。貴方、本当に人間なの」


 木の床の軋みが鳴き止む。離れた喧騒が響いてくる程度の小さな音が、張り詰めた空気を掠めた。

 晩冬の場違いな陽気が曇りガラスを通って差し込む。落ちた影は微動だにしない。


 茶髪の彼女は無表情になって首を傾げた。

 自分は人間だと言い、でもと付け加える。


「ここに来た時、おじ様が教えてくれた人外さんの共通する見た目は、パパとママのに似てた。たぶん」


 衝撃の発言に少年の足に力が籠もった。しかし、いま警戒しては勘の鋭い彼女に感じ取られてしまう。なるべく平常心でいなくては、と自身を諭した。


 次にどんな特徴かと尋ねる。彼女は覚えていないと返した。両親が居たのはとても昔のことだと。


 カツェルが嘘を吐いているようには見えなかった、事実で間違いないだろう。だが、もし親が本当に人外ならば何故、彼女は人間なのだろうか。その説明がつかない。


 足を止めて考え込むシュリに、少女は意地悪そうな笑顔で問い返した。


「そう言うあなただってホントに人間さん?」

「でなければ人外になるけど、そうしたら私を狩るの?」


 彼から師譲りの冷静な返しを食らい、カツェルはつまらなさそうに唇を尖らせる。殺せないと答え、葡萄色の目を伏せた。

 そしてポツリと、おじ様の大事な友達だからと言う。

 友達、という単語に少年は拍子抜けした。あの偉丈夫が年端のいかぬ自分を友人だという様が想像つかなかったのだ。なんだか面白くなって、彼はくすくすと笑い出した。


 しかし彼女は大真面目に同じことを繰り返し、信じられなければ本人に聞けと言う。


「おじ様は同胞さんならたくさんいるけど、友達はいないって言ってた……シュリくんずるい」


 拙い物言いに彼は笑うのをやめた。向こうの深刻そうな面差しが胸の内に引っ掛かり、その核心に触れようとする。

 だがカツェルは逃げるように踵を返し、廊下を突き進んで行ってしまった。


 機嫌を損ねてしまったことに、シュリは動揺したまま少女の背を追う。

 引っ掛かりが痛みを感じるほど、深く刺さった気がした。

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